昔の夢
夢を見た。あまり思い出したくない、昔のことだ。
俺の実家、秋葉家ってのは地元ではそれなりの名家で、俺はそこの長男として恥ずかしくないように、と育てられた。
その教育課程で、自分の家を名門だと信じ、誇りに思うようになった。
今考えればそれはそうなるように教育されていたんだろうけど、結果、他家を軽んじて、秋葉の人間であることを鼻にかける嫌な奴になった。
クラスメートのほとんどはそんな俺を嫌い、そして、わかりやすい手段に出た。
暴力だ。
だが、俺は幼少より武道を叩き込まれていたのでそれを返り討ちにした。
そして、俺は孤立した。
クラスメートの中には秋葉の名に媚を売ってくる奴もいたが俺はそういう奴は無視した。
当時の俺は卑しい家の人間と群れる必要はないと考え、それを口に出してもいた。
生活のために教職を選んだ担任は俺の孤立を黙認する。これは俺が孤立した小学校中学年から七草学園中等部に編入する中学2年までの担任全てがそうだった。
もっとも、俺はそれを悪からぬものと思っていたのだが。
当時の俺は、安っぽい情熱で説教してくる先生がいたらたまらなかっただろう。学校の教師というものを見下していたし、その情熱を受け取れる器量もなかったしな。
下らない、つまらない学校生活を消化的に済まし、放課後は家に直帰して習い事の稽古を受ける。そんな毎日を送っていた。
そして、あの娘にあったのは、たまたま習い事が中止になったエアポケットのような日のことだった。
控えめなノックの音に目を覚ます。
時計を見る。
もうすぐ19時になろうかという時間帯だ。ぐっすり寝てしまった。久しぶりに使った時伏せは思った以上に俺の体力を奪ったらしい。
俺はベッドから起きて、扉を開いた。
外には新橋が立っていた。
「なに?夕飯?」
「いえ、あの、電話です」
新橋は申し訳なさそうに携帯電話を俺に差し出した。
俺のではなく新橋の、だ。余談だが今のご時世、携帯電話にもトリビジョン機能は付いてるものだが実はこれが人気がない。知らない人間に姿を晒すことになるし、一々身だしなみを整えてからでないと使えないためだ。機能自体はあるがオフにしているのだ。
「……誰から?」
「あの、東桃花さんっていう、女性の方から」
ったく、あの手この手でやってくる。俺にかけても電話に出ないものだから、新橋の携帯を調べてかけてきたのだろう。
俺は新橋から携帯を受け取ると、即行で通話を切った。そのまま押し付けるように携帯を新橋に返した。
「悪いけど、着信拒否しておいて」
俺は扉を閉める。新橋は、するりと扉の内側に入ってきた。
「まだなにか用?」
「東桃花さんって誰ですか?」
「実家関係者」
「ずいぶん親しそうでしたけど?」
強気な口調とは裏腹に、新橋の瞳には不安の色が見える。
最近やられっぱなしだからな。俺は言葉を選んで言った。
「許嫁」
新橋の口角が下がる。驚いてる驚いてる。成功だ。
「許嫁、ですか?」
「元、な。俺は実家とは縁を切ってるからもうその関係も解消されてるよ」
俺はベッドに腰下ろした。ちょこんと、新橋も俺の隣に座る。
俺は言葉を続けた。
「時代錯誤だろ?だけど俺の実家では当然のように行われていることだよ。閨閥作りの一環だとよ」
「巧さんは、結婚するんですか?」
「だからしないって。向こうもその気はないはずだよ」
かちりと、時計の針が動いた。19時だ。
「今日の夕飯は?」
「各自で取ることになりそうですね。芳樹さんが忙しいから」
俺は立ち上がった。新橋に手を差し出す。
「それじゃあ飯食いに行こうか。街まで出るのは面倒だけど」
新橋は俺の手を取り立ち上がった。
「そうですね。普段は面倒に感じないんですけどこういう時って不便ですよね、ここ」
「なにしろ山の中腹だからなあ」
俺たちは手を繋いだまま部屋を出る。
断っておく。俺と新橋は別に付き合っているわけではない。ただ、新橋が手を離さないだけだ。いや、振り払うこともないだろ。
新橋が俺の手を離したのはエントランスで転がる物体を見かけたときだった。
ごろごろと転がる物体は岡地留美先輩だった。
「……先輩、なにしてるんです?」
「芳樹がご飯つくってくれないんだよう~」
右にごろごろ、左にごろごろ。これは芳樹さんが夕飯を作らないことに対する抗議行動、なのか?
「あの、俺たちこれから飯食いに行きますけど、一緒に行きます?」
岡地先輩はぴたりと俺の足元で止まる。そして、仰向けのまま俺にいつものにやり笑いを見せた。
「え~、いいの?2人のジャマじゃないかなあ?」
「?なに言ってるんです?無理にとは言いませんけど」
「は~。みいちゃん、苦労するね」
「わかってくれますか?」
??女ってのはよくわからない会話をする。
「それじゃあ俺たちは行きますよ」
「わあ、まってまって。私も行くう」
岡地先輩は立ち上がって俺たちの後についてきた。回りすぎたのか、少しよろけていた。