オープニング
最初に夏がなくなる。冬の寒さは途方もないものになる。人々は寒さに凍え死んでいった。雪はあらゆる方角から降り、霜はひどく、風はきつい。太陽はなんの役にも立たない。このような冬が引き続いて3度もやってくるがその間一度も夏は来ない。
~北欧神話エッダより~
正午が近い。時間は4時限の途中ぐらいだろうか。
ここは東京、といっても電話番号が03で始まらない場所、憶良市にある私立七草学園の屋上。外を見れば山は近く、喧騒とは程遠い場所だ。
季節は晩春、桜は散り、ゴールデンウィークと花粉の猛威が過ぎ去った頃。
俺は屋上のベンチで優雅に昼寝を楽しんでいた。太陽は今日も勤勉で、俺の肌を照る。日差しは夏のものに変わりつつあり、今が屋上で昼寝を楽しめる最後の時期でもある。
「う~ん!」
俺は仰向けのまま思い切り伸びをした。爽やかな風が吹き抜ける。穏やかな時、側では小鳥なんかも鳴いている。実に幸せな瞬間だ。
まあ、そんな時間はそうは続かないわけで、それを証明するように、重々しい音と共に入り口の扉が開いた。
俺は目を閉じた。俺の眠るベンチに向かってくる足音。
影が指した。
足音の主は俺の前で止まり、俺を覗き込んできた。細い髪が俺の頬を撫で、微かな吐息が迫る。俺は幸せを手放すまいと必死に瞳を閉じる。
……これは我慢比べ、つまりは俺に勝ち目はなく、俺は早々に敗北する。
「まいった、俺の負け」
眼前、まつ毛の数えられる距離に少女の顔があった。長い黒髪はカーテンとなり、整った顔立ちに陰を作っている。
俺の後輩、新橋美異だ。
「やっぱり起きていた」
「なんだ、わかっていたのか?」
「ええ、巧さん、わかりやすいから」
新橋は俺を覗き込む姿勢のままくすくすと笑った。
「ちょっと離れて。起きるから」
俺がそう言うと新橋は素直に離れる。
陰が消え、日差しに目が眩む。俺は目を擦りながら身体を起こした。携帯の電源を入れて時間を確認する。
「それで、どうしたんだ?今授業中だろう?」
「呼び出しですよ、生徒会室に。授業中に校内放送があったんですよ。聞こえませんでしたか?みんなが集まっても巧さんがなかなか来ないから私が探しに来たんです」
「授業中に校内放送で呼び出し?まったく、無茶するなあ」
俺は立ち上がった。新橋はそうするのが当然のように俺に近づき、ネクタイの曲がりを直してくれる。新橋は、俺と2人だけの時はやたらべたべたと触ってくる。
「無茶、ですか?」
新橋は微笑みを浮かべたまま俺から一歩離れた。
「新橋?」
新橋は、ふっと、重力を感じさせない動作で飛び上がった。音も立てずにフェンスのひさしに止まる。そして、新橋は、小悪魔チックな笑みを俺に見せ、そのまま外に落ちていった。
「……おいおい」
俺は小走りでフェンスに近づくと、下を見た。校舎は4階建てだ。だが、地面には新橋の姿はない。
「生徒会室はこの真下、だったか」
俺は一応周りを確認して、それから階段で生徒会室に向かった。