50%の確率で婚約破棄される私は100%の愛を所望します
この世の中は『ある』と『ない』で出来ていると表現していた賢者がいた。
実際に発生していないのならば、どんな確率があったとしてもそれは『ない』こと、なかったことに分別できると賢者はいった。
賢者の言い分はこうだ。
『君たち、確率という言葉があるね。あれは所詮可能性の話だ。どんなに確率が高くたってその出来事が発生していなかったなら、それはなかったことなのだよ』
賢者は偉そうにそう言葉にしていた。
そして、わたくしはその言葉を心の底から恨めしく思っていた。
「すまん! 家の事情があって……! 婚約破棄させてもらう! 書類は書いた! 許してくれ!」
バタン!
そういってある日の侯爵は帰っていった。
婚約破棄だ。今回の侯爵はまぁ、謝ったり書類を書いてくれるだけよかった。
結婚は仲睦ましい男女が一緒に暮らすもの。だからこそ、真剣に考えてくれるのはありがたいことだとは考えている。
非誠実なやつだって婚約破棄をしてくるのだから。
たとえば、前に破棄するとかいってきたヤツは連絡一報も送らずに去っていったりした。
新しく恋人ができたから用無しとかいうおぞましい理由を投げてくるやつだっていた。
だから、しっかり対応してくれる人は誠意を感じられていいとは思う。
……思う、のだけれども!
「もー、これで何回目ですの!? もう10回は婚約破棄されてますわ!」
わたくし、フィフティは婚約破棄を何回もされている。
わたくし自身に不備があるわけではない。身支度も整えていつも結婚話には向き合っているし、笑顔の練習も欠かせない。社交場のマナーについてもしっかり学んだ。婚約をしてくれと言われるところまで持ってきたことはそれこそ今回含めて10回目だ。
それでも駄目っていうのはおかしいのではないか?
「レイブンっ、これはどういうことですの!?」
来客がいなくなったテーブルに魔力の鴉、レイブンを呼び出して問いかける。
彼は私の使い魔であり、信用できるアドバイザーだ。
「お嬢様。非常に遺憾な話ではあるのですが、これが運が悪いということです」
「またアレの話? わたくしの家系の呪い」
「さようでございます」
わたくしの家系は幸運の元に成り立っている。
初代家主は金山を見つけて一族の基盤を作った。
三代目は商業を成功させた。
わたくしはひとつの街を動かす大富豪。
神の祝福の下、幸運が巡るようにできている家系なのだ。
……ただ、一点、祝福が裏返ってしまうという呪いを除いて。
「フィフティお嬢様のただひとつの不幸。それは『50%の確率で婚約破棄される』というものです」
「その確率って二分の一ですわよね? 普通にそろそろ婚活終わると思いません?」
「えぇ、私もそう思います。普通の方では引けない数字を引き当てているので」
「……レイブン、確率にするとどれくらい?」
「鴉ネットワークで計算してみたところ1000分の1くらいにはなるそうで」
「わたくし、一生婚活できないのでは……?」
「ふむ、ちょっと実験してみましょう」
そう言葉にして、レイブンが翼を広げると魔力を形成したコインが出てきた。
二分の一を試してみようというところか。
「幸運の加護抜きで、コイントスしてみてどうなるかというのを試せば気が楽になるかもしれません」
「きっと気休めになりそうな気がしますけれど」
一回目のコインを投げてみる。
最初に出たのは裏面。外れだ
「ほらやっぱり」
「まだ諦めてはいけませんよ」
「むしろ裏面が出てほしいのですが」
再度コインを回す。
そこで出たのは裏面。
「ほら」
「流れが来てますよ、お嬢様。負けが続くと勝ちが来るというものです」
「……そういって家を没落させかけた二代目様がいるから、怖いったらありゃしませんわ」
再度コインを回す。
表面。あたり。出てしまった。
「ほら、流れがありましたね?」
「絶対認めませんわ! こういうのはマグレというものです!」
「いいですか? 勝つまで回せばいつかは勝てるものなのです」
「……わたくし、幸運の家系出身ではありますが、賭け事は一切する気はありませんわ」
使い魔が囁くような声で言葉にするので、きっぱりと断りをいれる。
勝つまでやればいつかは成功する。それは通りというものだろう。
試行回数が大切っていうのもきっと間違いではないだろう。
だけれども、それを認めてしまったらすっごい負けた気持ちになる。
でも、そろそろ婚約したい。本気で結ばれたい。幸せになりたい。
そう心から思う日々が続いていた。
私室でのんびりとティータイムにしていたある日の昼。
レイブンがバサバサと翼をはためかせ、私のテーブルにやってきた。
「あら、なにかありましたの?」
「巷で噂の侯爵が会いたいそうで」
「あら、婚約話かしら」
「はい。フィフティお嬢様に興味があるそうで」
「珍しいわね、わたくし個人に興味があるなんて」
わたくしの家系は幸運の家系。
そういった事情もあり、結婚の話が持ち上がることは少なくない。
わたくしの姉たちは、素敵な殿方との出会いを繰り返しているし、人気も高い。
しかし、こっちはそろそろ不審な存在だと思われつつあるのだ。
「……婚約破棄プリンセスだなんて言われてるわたくしに興味を持つなんて」
5回目くらいの婚約破棄トラブルがあってからだろうか。
わたくし自身に非がないのになぜか『こいつは婚約破棄を仕掛けてくる』といったうわさが立ち始めて、変な目を向けられるようになっていた。
だからこそ、純粋な目を向けてくる存在には興味を抱けた。
「いいわ。この部屋まで案内しなさい、レイブン」
「かしこまりました」
内心、楽しみにしながらもお茶を新しく用意する。
いったい、わたくしに興味を持つ殿方というのはどんなお茶が好きなのだろうか。
素直に紅茶を淹れようか。
そう思い、ゆったりとカップを用意していた時だった。
「どうも、こんにちわ」
……閉じたはずの扉から顔が出てきた。
「えっ」
目を擦ってもう一度確認する。
身なりのいい男性の顔が出てきている。
よく見ると手足も扉から抜け出してきている。
「ゆ、幽霊ですか?」
不安になって問いかけてみる。
するとすっと扉を通り抜けて男性が笑顔で言葉にした。
「幽霊ではない。すり抜け侯爵だ」
「すり抜け侯爵?」
「聞いた覚えはないか? 婚約の場に残念な男が現れたという噂」
「……あー」
なんだかわたくしの婚約破棄系の噂話と一緒に噂が流れていた気がする。
『絶対に最高級の侯爵を入手できたと思ったのにすり抜け侯爵に邪魔された!』
『すり抜け侯爵がいなければ、あたしはいい相手を見つけられたのに!』
『おのれすり抜け侯爵!』
……つまる話、彼は嫌われている。
完璧な計画を企てている相手のところにやってきて、残念な思いをさせるというのがすり抜け侯爵だという話は私にも耳にしたことがある。
「それが俺だ」
「そ、そのすり抜け侯爵さんがどうして私のところに?」
「ふむ」
静かに向かいの椅子に座り、彼が言葉にする。
「似ていると思ったからだ」
「えぇ……?」
「俺も婚約を成功させたことはない」
「何回?」
「今日までで10回だ」
「……なんでしょう、途端に親近感がわいてきましたわ」
かといって突然好きになるというわけではない。
あくまで、同じような悩みを抱えている存在として仲間意識が芽生えただけだ。
「その理由を聞きましょう」
「俺の家の名はガチャルという。その息子のひとりがすり抜け侯爵の俺……フェールだ」
「ガチャル家……耳にしたことはありますわね。大量の子がいる家と聞きます」
「特異的な能力を持つ家系なこともあって、俺以外の兄弟は大抵人気だ」
「あなたはそうではないんですの?」
「いっただろう? すり抜け侯爵だと」
苦笑しながらも彼は続ける。
「婚活話を打ち切る為の切り札として俺はいつも呼ばれている。すり抜けの力を持った俺は怖がられるからな。恐怖体験を抱かせて、ガチャル家との縁を断ち切ろうと考えたりするときに呼ばれたりするのさ」
「家の事情ってやつですわね」
「あぁ、そういうやつさ」
そのことを話すすり抜け侯爵……フェールの表情は暗いものになっていた。
そんな彼が自分の意志で、私の下まで来たというのはなんだか不思議な感覚だ。
「では、なぜわたくしの元にやってきたのです?」
「……運を試したくなった、といったら笑うか?」
「運を?」
想像していない答えに首を傾げる。
それに対し、フェールは不敵な笑みを浮かべて言葉にする。
「本気で付き合って婚約破棄の噂通りに別れてしまうか、それともすり抜け侯爵に嫌気がさして別れてしまうか」
「随分マイナス思考ですわね」
「そういう性分なんだ、許してくれ」
どこか寂しい表情を向ける彼に対して、わたくしは思いっきり言葉にする。
「いいでしょう、付き合いましょう」
「あっさり終わらせてくれるなよ」
「そちらこそ、楽しみにしてますわ」
そうして、すり抜け侯爵とわたくしは付き合うことになった。
お互いの趣味を理解し、食事を学び、文化を尊ぶ。
様々な暮らしを繰り返しながら、お互いを知る日々。
いつか50%で破局するかもしれない仲を続けていく。
そうして、わたくしとすり抜け侯爵フェールはついに婚約を結ぶことになった。
今までの流れならば、ここでなにかしらのトラブルが起きて、婚約破棄が発生する。
今回もきっとそうなると思っていた。
……思っていた。
結婚式、当日。
わたくしは純白のウェディングドレスを身に着けていた。
「あ、あれ?」
いままでの流れだと、絶対に破棄されると思っていた。
なのに、今、私はドレスを身に着けている。
隣には、正装のすり抜け侯爵フェール。
えっ、結婚できるの、わたくし……?
「異世界の言葉にはこういう言葉があるらしい」
いたずらっぽく笑うフェール。
その表情は今まで見た表情の中でも一番輝いていた。
「ハズレとして『すり抜け』がある」
「つまり、いままで通りわたくしはハズレを引いたから、結婚出来たってこと!?」
本来なら婚約破棄が起きていたとしても、すり抜け侯爵ならそうならない。
なんていうか、屁理屈だ。それが通っていいのだろうか。
「そうかもしれんな」
「ハズレカップルってことになるのかしら」
「そうだとしても、いいんじゃないか?」
優しい笑みを浮かべて彼が言葉にする。
「俺たちは幸せをつかみ取ったのだから」
「……そうね。わたくしたちは、愛を勝ち取ることができたのだわ」
どんなに失敗しても、否定されたりしてしまう存在だったとしても、愛を伝えあうことができる。
その事実をわたくしはいつまでも大切にしていきたい。
結婚式に鳴り響く祝福の鐘は、優雅に響き渡っていた。




