第7話 雨の日
朝から、しとしとと雨が降っていた。
アルカ村の空はどんよりと曇り、灰色の雲が低く垂れ込めている。
屋根を叩く雨音は静かだが、止む気配はなかった。
フィリアはマリアばあちゃんの家の窓から外を眺めていた。
「今日はよく降るなぁ……」
村の家々の屋根からは雨水がぽたぽたと落ち、道はすでにぬかるみ始めている。
前世でも雨の日は好きではなかった。
だが、この村の雨は少し事情が違う。
この村の道はすべて土だからだ。
雨が降れば、すぐに泥になる。
そして泥は――とても滑りやすい。
「村の人たち、大丈夫かな……」
ふと心配になり、フィリアは外に出てみることにした。
布を頭からかぶり、雨をよけながら村の道を歩く。
靴の下で泥がぐちゃりと音を立てた。
(やっぱり滑りやすいな……)
そんなことを考えていると、前方から声が聞こえた。
「おっと……!」
見ると、カインが坂道を歩いているところだった。
カインは松葉杖を使って歩いている。
だが、ぬかるんだ地面に杖が取られ、体がぐらりと揺れた。
「カイン!」
フィリアは思わず駆け寄った。
幸い転ぶことはなかったが、カインは少し苦笑している。
「悪い、見られたな」
「大丈夫?」
「ああ。でもこの道はきついな」
カインは足元を見ながら言う。
坂道の土は泥になり、ところどころ水たまりもできている。
「雨の日はよくこうなるんだ」
「転んだりしないの?」
フィリアが聞くと、カインは肩をすくめた。
「しょっちゅう転んでるよ」
「え?」
「俺なんかより年寄りなんかは特にだな」
カインは泥の道を杖で軽く叩きながら言う。
「去年も転倒して骨折したばあさんがいた」
「骨折……?」
「この村は坂が多いからな。雨の日は危ない」
フィリアは足元の道を見つめた。
ぬかるみ。
段差。
坂道。
前世の記憶が頭の中で繋がる。
(これは……危ない)
高齢者、怪我人…そして身体の不自由な人。
こういう場所では転倒事故が起きやすい。
前世の世界なら、すぐに対策がされる。
手すりや滑り止め…
(そうだ……)
その瞬間、フィリアは思い出した。
昨日見たハンドブックの表示。
4級。
フィリアは小さく呟いた。
「個人記録開示」
淡い光が目の前に現れ、本の形を作る。
ページを開くとそこにはこう書かれていた。
4級:移動や生活の安全を支える環境補助具を生成できる
フィリアは坂道を見た。
(これなら……できるかも)
「カイン、村の薪置き場から薪を出来るだけ多く持ってきて」
「ん?薪を…?」
「いいから、早く!お願い!」
カインにフィリアの考えは分からなかったが、とりあえず人を集めて薪を運んだ。
それからフィリアのもとには100本ほどの薪が置かれた。
フィリアは目の前の薪に手をかざした。
(福祉創具)
淡い光が集まり、地面の上に形を作り始める。
やがて現れたのは、一枚の木の板と先端が尖っている柵のようなもの。
そして板の表面には等間隔に棒状の木が並んでいた。
「……これは?」
カインが不思議そうに見る。
フィリアはそれを坂道の上に置いた。
「スロープ」
「すろーぷ?」
「足場が安定して滑りにくくする板だよ」
カインは半信半疑で、その上を歩いた。
「……お?」
杖が滑らない。足が滑らない。
この等間隔に配置された木の棒のようなものが踏み出した足をしっかり支えてくれている。
「歩きやすい」
カインは驚いた顔をした。
さらに、フィリアは薪運びの手伝いをしてくれた男性に声をかけた。
「すみません、”これ”を先端が尖っている方を下にして安定するまで板の横に打ち込んでもらえませんか」
「おう、任せろ」
男は力いっぱいそれを打ち込んだ。
そして、すべてを打ち込んだ男はぶはーっと息を吐いてその場に座り込んだ。
なんとそこには手すりが設置されたのだ。
フィリアは杖を使う人でも、老人でも体を支えられるようにと簡易的な手すりを作ったのだ。
そこへ雨の中、出ていったきり中々戻ってこないフィリアを探しに来たマリアばあちゃんがやってきた。
「おや、なにしてるんだい?」
「ばあちゃん、これ歩いてみて」
マリアばあちゃんはゆっくり板の上を歩く。
そしてすぐに笑顔になった。
「これはいいねぇ!滑らないうえに、この支えがあるから安心だわ」
その声を聞いて、近くの村人たちも集まってきた。
「なんだこれ?」
「道に板があるぞ」
「おお!歩きやすい!」
村人たちがフィリアを見て言う。
「ありがとう。これで雨の日でも安心だよ」
フィリアは少し照れながら笑った。
「福祉だよ」
その言葉を聞いた、村人たちは顔を見合わせた。
「福祉?」
カインが説明する。
「フィリアの作る便利な道具や仕組み?のことをそう言うようだ」
村人たちは感心したように言った。
「すごいな。福祉か」
「これは助かる」
「年寄りでも歩けるものね」
カインも頷く。
「本当にすごいよ、フィリア」
フィリアはまた少し恥ずかしそうに笑った。
「まだ始まりだよ」
「この村、もっと住みやすくできると思う」
その時、遠くから声が聞こえた。
「フィリアぁ!」
村長のゴンじいだった。
「なんだその板は!」
村人が説明する。
「滑らない道ですよ」
ゴンじいは試しに歩いた。
「おお!」
そしてすぐに言った。
「フィリア!」
「なんです?」
「うちの家の前にも作れ!」
それを聞いた村人たちが一斉に言った。
「うちにも!」
「うちの坂にも!」
「畑の入口にも!」
フィリアは一瞬固まった。
(あれ……)
村人たちの期待の視線が集まる。
フィリアは空を見上げた。
雨はまだ降り続いている。
そして、村人たちの顔。
フィリアは小さく笑った。
「……うん。いいよ」
この村をもっと住みやすくするため、フィリアは再び薪へ手をかざした。
淡い光が雨の中で優しく広がった。
アルカ村の福祉は、少しずつ広がり始めていた。




