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登山道のない難易度の高いバリゴヤの頭

5月15日午後22時10分・・・


執筆活動の納期が迫っていたため、水城涼真はパソコンの前であれこれ考えながら記事を書いていた。水城涼真の執筆活動は山へ取材に行くだけではなく、登山初心者のための読図方法や疲れない歩き方などといった知識的な執筆をすることもある。コーヒーをパソコンのテーブルに置いて一息入れようとしたとき、部屋のチャイムが鳴った。水城涼真は「はーい」と返事をすると、ドアの鍵が開いて若宮朱莉が「お邪魔します」と言って入ってきた。


若宮朱莉「涼真さん、忙しそうだね」

水城涼真「明後日までに今書いてる記事を完成させなあかんねん」

若宮朱莉「執筆業も大変なんだね。そういえば週末に行くバリゴヤの頭の地図を取りに来たんだけど・・・」

水城涼真「あーこれこれ、登山道なんてあれへんからしっかりルートを頭に入れといて」

若宮朱莉「登山道がないって完全バリルートなの?」

水城涼真「完全バリルートやで。大川口の手前に自転車デポしとくから、下山後は俺が車をとりにいくよ」

若宮朱莉「今回のルートは難易度高そうだね」

水城涼真「朱莉ちゃんがこれまで登った山で一番難易度が高いと思うから覚悟しといて」


こうして5月18日に大峰山脈のバリゴヤの頭に行くことになった。今までと違って全てが完全バリルートで若宮朱莉にとってとても難易度の高い登山になることは明白であった。



5月16日午後9時10分・・・


若宮朱莉は大阪の情報番組の出演が終わって楽屋に戻るとマネージャーである井野口晃が待っていた。井野口晃が「朱莉ちゃん、今日もお疲れ様。ちょっと話したいことがあるんだけどいいかな?」と言うと、若宮朱莉は「じゃあ楽屋に入って」と言った。楽屋に入って若宮朱莉がソファーに座ると井野口晃は若宮朱莉の隣に座った。


若宮朱莉「井野口さん、話したいことって何?」

井野口晃「朱莉ちゃん、本当に水城さんと結婚するつもりなの?」

若宮朱莉「本当に結婚するつもりだよ。今年の夏に結婚式をする予定になってるの」

井野口晃「その話、考え直す気はない?朱莉ちゃんは今、超売れっ子のタレントでこれからって感じなんだよ。そんな時に結婚なんてしてしまったらファンも減ってしまう可能性があるんだよ」

若宮朱莉「井野口さんには悪いと思うけど、考え直す気は全くないよ。それにわたしが結婚したからってファンの方が離れていくとは思えないの」

井野口晃「それでも世間の目は変わってしまうものなんだよ。結婚したら子供もできちゃうでしょ?」

若宮朱莉「結婚してもこれまでと何も変わらないよ。水城さんは子供を作る気はないと言ってるし、強いて言えば一緒に居られるようになるくらいで・・・ちゃんとファンのみなさんに理解してもらうつもりでいるよ」

井野口晃「朱莉ちゃんがそこまで言うなら仕方がないね・・・おそらく記者会見になると思うけど、下手なことを言わないように注意してね」

若宮朱莉「結婚するまでは内緒でお願いね。時期がきたらちゃんとわたしの口から説明するから」


井野口晃は以前と同様にもう若宮朱莉の結婚を承諾せざるを得なかった。



5月18日午前4時30分・・・


アパートの入口で合流した水城涼真と若宮朱莉は「おはよう」と挨拶をすると駐車場へ向かった。荷物を車のトランクに積み込むと奈良県天川村に向かって車を走らせた。


若宮朱莉「涼真さん、井野口さんがわたし達の結婚を承諾してくれたよ」

水城涼真「あの口うるさい井野口さんがよく承諾したね」

若宮朱莉「わたしはアイドルじゃないし、結婚に反対するなら引退するって言っちゃった」

水城涼真「引退って、それはちょっと言い過ぎとちゃう?」

若宮朱莉「でも、涼真さんと結婚することに反対するんだったら、わたし引退も考えてるよ」

水城涼真「そっか・・・」

若宮朱莉「ところで結婚したら涼真さんと一緒がいいんだけど、わたしは103号室に住まないといけないの?」

水城涼真「俺の部屋は2DKやから、隣の部屋の荷物片づけてそこに住めばええよ」


そんな話をしながら車を走らせていると1時間程経って、いつも立ち寄っているコンビニに到着した。いつもの店員さんと呼んでいた彩葉ちゃんは既に高校を卒業してもう働いていないようであった。


水城涼真「今日は昼食とるところがあれへんから、もう行動食と水分だけ買っとけばええわ」

若宮朱莉「わかった。行動食を多めに買っておくね」


コンビニに入っていつもより多くの行動食と水を購入して2人は車に乗り込んだ。水城涼真は少し休憩をとった後、天川村に向かって車を走らせた。



午前7時20分・・・モジキ谷登山口


さらに車走らせて天川村に入ると国道309号線を南へと進んでいった。そしてアプローチとなるモジキ谷登山口に到着したが、さらに国道309号線をっ進んでいき、下山予定場所となる大川口の手前に車を停めると、トランクの中から折りたたみの自転車を出してガードレールにワイヤーロックをかけてデポして、それからモジキ谷登山口へ戻っていった。モジキ谷登山口には車を駐車できるスペースがあり、この日は一台も車が停まっていなかった。水城涼真はそこに車を駐車して、若宮朱莉とともに登山の準備をはじめた。このモジキ谷は夏になると沢登りにも利用される場所でもある。


登山準備を終えた2人は登山を開始して、まずはアプローチとなる尾根まで歩いて行くことにした。沢を見ると綺麗な大峰ブルーに輝いておりとても綺麗であった。まずはなだらかな登りが続くと橋が架かっており、それを渡った先で南谷との分岐になっていた。方向的に最初は南谷のほうへ進んでいくのが正解なので、道標に従って進んでいった。そこからは水路と思われる道を奥へと進んでいくと、その先で植林地帯へ入っていった。そこからは林業用の道になっており、水城涼真は途中で「行きすぎた。少し戻ろう」と言って少し戻っていった。そして予定していた尾根への登り地点に到着した。


若宮朱莉「こんなところから登っていくの?尾根かなんだかわからないね」

水城涼真「よーく見ると尾根になっとるよ。ここから強力の頭までひたすら尾根が続いてるんよ」

若宮朱莉「本当に無理矢理に登っていくのね」

水城涼真「登山道なんてあれへんからな。俺先に登っていくからついてきて!」


水城涼真は歩きやすいところを踏んでいきながらルーファイも兼ねて登っていった。若宮朱莉も後をついていくように登っていったが、さすがに最初から急斜面だったので息が切れそうになっていた。モジキ谷登山口から登っていくこと40分程経った頃には標高1100m地点まで登っていて、少し休憩できそうな場所があった。


水城涼真「ここでちょっと休憩しよか。この先からさらにキツい登りになるからな」

若宮朱莉「はぁはぁはぁ、これはキツいよ。これが本当のバリルートなんだね」

水城涼真「さすがの俺も2回目やけど、この登りはキツいわ」

若宮朱莉「まるで心臓破りの尾根道だね。まだ上が見えないし、どこまで続くんだろう」

水城涼真「あと標高300m程の登りやな。ただそれで終わりやないんやけどな」

若宮朱莉「それでも1時間で登れそうにないね」


休憩を終えて登りはじめて20分程経った標高1200m地点では植林地帯が終わって浮石が多くなってきた。先頭を登っていた水城涼真は「ラーク!!」と何度か後ろに向かって叫ぶようになっていた。まさにこの付近は落石地帯になっていた。若宮朱莉はなんとか落石を回避しながら登っていたが、かなり怯えていた。標高1350m付近になると根っこ地帯になって一旦斜面が緩やかになったがその先ではさらに急斜面の登りが待っていた。なんとか急斜面を息を切らしながら登り詰めるとシャクナゲ地帯に入った。ここまでくると強力の頭まであともう少し登ったところである。その付近で左側の樹林の間の景色を見ると、なんと稲村ヶ岳と大日山が綺麗に見えていた。


若宮朱莉「涼真さん、稲村ヶ岳と大日山がとても綺麗に見えてるよ」

水城涼真「ああ、ここ距離も近いし山容も一番綺麗に見えてる場所やと思うで」

若宮朱莉「一応、写真に撮っておくね」


若宮朱莉は稲村ヶ岳と大日山を撮影すると、水城涼真は「ついにピークが見えたわ」と言った。



午前11時10分・・・強力の頭(約1580m)


枝をかき分けてピークへ登って行くと木に「強力の頭」と書かれたプレートが設置されていた。ここからの眺望はあまりないものの少しだけ北東側が見えていた。


若宮朱莉「あそこに少しはげている場所があるけど、あれは何?」

水城涼真「あれは観音峯山展望台やな。雪山初心者がよく行く人気の山なんよ」

若宮朱莉「その奥に見えてるのは金剛山と葛城山だよね?」

水城涼真「そう・・・さて、ここは休憩するのに適してないからバリゴヤのほうへ行こか」


強力の頭から尾根を南東に歩いていった。左を見ているとこれから登るピークが見えていたが樹林帯を抜けると少し東側の眺望が広がった。


若宮朱莉「あそこに見えているのは大普賢岳じゃないですか。そこからずっと稜線をたどったところに見えてるのが行者還岳だよね?」

水城涼真「朱莉ちゃん、成長したな。その通りやわ」

若宮朱莉「この左のピークがバリゴヤの頭になるのかな?」

水城涼真「いや、この左は偽ピークでバリゴヤはこの先のピークやねん」


2人は手前のピークを登りはじめると、意外にもすぐにピークをこえることができた。そしてちょうどコル部に下ったところで樹林と岩場の登りが待っていた。


水城涼真「これから大変やからここで20分程休憩しよか。行動食だけやけど、空腹は満たしといてな」

若宮朱莉「涼真さん、まさかとは思うけど、この岩登っていくの?」

水城涼真「この岩を登ったところがバリゴヤの頭やねん。このくらいの岩、今の朱莉ちゃんやったら余裕や」

若宮朱莉「それにしても本当に登山道なんてない山なんだね」

水城涼真「だからこそ登る価値があるっちゅーか、秘境感満載やねん。今回は景色というよりこの雰囲気を楽しむ山やねんけどな」

若宮朱莉「なんだかこの世にわたし達しかいないみたい」


そんな話をしていると休憩時間が終わって水城涼真が先に岩を登りはじめると、続いて若宮朱莉も岩に登っていった。



午後12時10分・・・バリゴヤの頭(約1580m)


岩を登り終えるとシャクナゲが広がっていた。シャクナゲの間を通りながら奥へ進んでいくとついにバリゴヤの頭(約1580m)に到着した。山頂は樹林帯に囲まれた狭い場所で、二本の木の間にバリゴヤの頭と書かれた木の棒が立っていた。


若宮朱莉「やっとバリゴヤの頭に登頂できたね。ここまで長かった感じがしたよ」

水城涼真「朱莉ちゃん、せっかくやから記念撮影したるからスマホ貸して」

若宮朱莉「えっと・・・じゃあお願い!」


水城涼真は若宮朱莉の記念撮影をすると「ここは虫が多いからさっさと下ろか」と言った。その後、2人は下山をはじめて岩場を下って偽ピークを通過して強力の頭とのコル部へ到着すると水城涼真が立ち止まった。


水城涼真「えっと、強力の頭に戻るんやなくて、南側のこのピークに登ってこの尾根で下っていきたいから、ここは巻くしかないな」

若宮朱莉「ピストンじゃだめなの?」

水城涼真「ピストンやと面白くないやん。朱莉ちゃんの訓練にもならんしな」


そのまま2人は強力の頭のピークを巻いて歩いていったが、左側は超急斜面になっており滑落すると大けがするような細い道であった。ところが、登ろうとしていたピークの手前まで来たのだが、登れそうな場所がなかった。水城涼真は立ち止まって周りを見渡すと一カ所だけ岩の間から登れそうなところを発見した。そこは岩の間をつたって登れるのだがその真上には枝が散乱していて、枝をよけながら無理矢理登っていくしかない。


若宮朱莉「本当にこんなところを登っていくの?」

水城涼真「このピークはここから登るしかあらへん。朱莉ちゃん、がんばって登ってきてや」


先頭を登っていった水城涼真は枝をかき分けながらなんとか目的のピークへ登ることができた。続いて若宮朱莉もかなり苦労しながら枝をかき分けながらなんとかピークまで登り詰めた。ところが、このピークはシャクナゲだらけになっており、まさにシャクナゲ地獄の状態になっていた。2人はシャクナゲをかき分けて尾根の方向へ下っていこうとしたが、今度は倒木に遮られてここもなんとか無理矢理下って行くしかなかった。ここは恐る恐る注意しながら倒木をまたいで下っていった。そこからしばらくなだらかな道が続いたが、さらにピークがあって再びシャクナゲ地獄になっていた。そこはシャクナゲをかき分けてクリアしたものの、今度は5m程の斜面が崩落していて、とても足では下れそうにない地点に辿り着いた。


水城涼真「ここはもう無理やな。ロープ出すから懸垂下降で下ろか」

若宮朱莉「わたし、ハーネスは持ってきてないよ?」

水城涼真「カラビナはザックにつけてるやろ?スリングとATC渡すから、簡易ハーネスで対応できるやろ」

若宮朱莉「まさかこんなところで懸垂下降をするなんて思わなかった」


水城涼真は30mのロープを出してスリングとATCを若宮朱莉に渡した。若宮朱莉はスリングでチェストハーネスの準備をして懸垂下降の準備をはじめた。一方、水城涼真はこういう時のためにハーネスもちゃんとザックに入れており、支点となる木を見つけてロープを設置すると最初に懸垂下降をはじめた。そして「朱莉ちゃん、意外とすぐ終わるからさっさと降りておいで!」と大声で呼びかけると、若宮朱莉も懸垂下降をはじめてあっという間に降りることができた。



午後14時10分・・・P1368~大川口手前


しばらく尾根を下っているとP1368地点に到着した。ここから先はそこまでの急斜面はなくテープが巻かれている。


若宮朱莉「涼真さん、わたしちょっと疲れちゃってここで少し休憩してもいい?」

水城涼真「そうやな。いろいろあったし、ここで20分程休憩しよか」

若宮朱莉「バリゴヤの頭って登る人はいるんだろうけど、普通は誰も登らないんじゃない?」

水城涼真「まあ、登るような山ではないんかもな」

若宮朱莉「でも、わたしこんな誰もいない山に登っていたんだって達成感はあるかも」

水城涼真「その達成感も俺らの登山の一つにあるんよ。誰も登らなかった山に登ってやったみたいな」


その後、行動食や栄養補助食品などを口にしたあと、2人は下山をはじめた。ここからは植林地帯の下りになっているが、まだ標高500m以上は下っていかないといけない。下りやすくなったところで2人の下山ペースが少し早くなった。途中で樹林の間から少し山容がカッコいい行者還岳が見えたので若宮朱莉はスマホのシャッターを押した。そしてさすがの2人も下りでヘトヘトになっていたところで国道309号線の道路が見えてきた。尾根の先は3m程の高さの断崖絶壁になっていたので、水城涼真は少し西側へと移動して道路へ下りた。ちょうど自転車をデポしたところに下ってくることができたのだ。


水城涼真「車とってくるからここで待っといて」

若宮朱莉「わかった」


水城涼真は自転車に乗って最初のアプローチポイントであるモジキ谷登山口へ向かった。それから15分程で車が戻ってきて2人は荷物を車のトランクに積み込んで車に乗り込んだ。


若宮朱莉「わたし、こんな難しい登山をしたのははじめてだよ」

水城涼真「だから今回は難易度が高いって言っておいたやろ」

若宮朱莉「涼真さんいなかったらとても行けそうになかった」

水城涼真「まあこれも経験やわ。そういえば、帰りに温泉に寄っていこか」

若宮朱莉「登山の後の温泉行きたい!それにもうお腹ペコペコだから、どこか食べに行かない?」

水城涼真「お好み焼きがええんやけどあの店最近閉まってるんよ。とりあえず温泉にいこか」


国道309号線を走らせて40分程経ったところで下市温泉に到着した。2人は車から降りて温泉施設へと入っていった。温泉に入って疲れを癒して体を温めた後に、2人は食堂へ向かった。そこで水城涼真はカキフライ定食を注文したのだが、若宮朱莉はカツカレー定食の大盛を注文した。


水城涼真「朱莉ちゃん、やっぱ食べ過ぎとちゃうか?」

若宮朱莉「今日はたくさん運動したからいいの」

水城涼真「でも普段から少しは食べといたほうがええで」

若宮朱莉「そうなんだけど、やっぱり夜は基本的に食べないようにしてる」


料理が運ばれてくると、若宮朱莉は今まで何も食べていなかったかのようにカツカレーをがっつくように食べはじめた。時折「カレーってやっぱり美味しいね」と呟きながら食べるペースも早かった。水城涼真は若宮朱莉の胃袋がどんなふうになっているのか気になりながら、カキフライ定食を食べていた。15分程して2人は食事をたいらげてしまった。それから温泉施設を出た二人は車に乗って帰っていった。

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