明神平という白銀の世界へ行きました
12月29日午前20時・・・
八経ヶ岳を登り終えた水城涼真、若宮朱莉、天音琴美の3人は下市口のホテルに入ってチェックインを済まして宿泊部屋に入った。最大5名まで宿泊可能になっているが客室は10畳の和室になっており、部屋の真ん中にテーブルと椅子があった。温泉はなかったが離れにシャワールームがあったので、3人はまず部屋に荷物を置くと、バスタオルと着替えを持ってシャワールームへ向かった。それから30分程経ってシャワーを終えた3人がジャージ姿で部屋に戻ってきた。水城涼真は、ホテル近くのスーパーで購入したビール18本とお刺身やおつまみなどの食べ物をテーブルの上に並べると「さあ、はじめよか」と言った。テーブルには水城涼真の向かいに若宮朱莉、その隣に天音琴美が座って、それぞれ缶ビールの蓋を開けると「乾杯っ!」と言って宴会がはじまった。天音琴美はピッチが早く、一本のビールを飲み干すともう一本の缶ビールの蓋を開けて飲みだした。
天音琴美「ところで、涼真さんはどうやって登山技術を学ばれていったのですか?」
若宮朱莉「それ、わたしも聞いてみたかったです!」
水城涼真「うーん、ちょっと話が長くなるかもしれんけど・・・まず、俺は小学生の頃から母親によく登山に連れていってもらってたことからはじまるかな。父親は全く登山に興味がなかったんやけど、母親は大の登山好きやったんよ。まあ母親に似てしまったのか、それで俺も登山に興味を持ち始めたんよな」
若宮朱莉「うちとは逆だったんですね」
水城涼真はコクリと頷くと話を続けた。
水城涼真「それと同時に母親の弟、まあ叔父にあたるんやけど、その人がスキーがめっちゃ上手でずっと教えてもらってた。そんな母や叔父の影響で登山やスキーが趣味になって高校に進学したんやけど、その高校には山岳部があったから入部してみたんよ。ところが、どうにも山岳部の登山っちゅーか考え方が俺には合ってないって思ったからすぐ退部したんよな。それから帰宅部になって、特にやることもなくブラブラしてると気づいた高校二年生に進級してた。俺はろくに勉強ができたわけでもなかったんやけど、はじめて進路の話が出てきて進路希望を白紙で提出したんよ。だって、進路のことなんて考えたこともなかったからな。それを見た高二の時の大野っていう担任の先生に呼び出されて、進路希望を白紙で出した理由を問い詰められたんよ」
ここから少し高校二年生の時の担任である大野先生と水城涼真の会話になります。
水城涼真「進路のことなんて考えたこともなかったんで答えられなかったんです」
大野先生「それでも将来やってみたいと思うことくらいあるやろ?」
水城涼真「全くありませんね。将来のことなんて想像できません」
大野先生「だったら今の趣味を活かしてみるとかあると思うんやけど、水城ってなんか趣味はないのか?」
水城涼真「僕の唯一の趣味は登山ですね。一年生の時に山岳部に入ってみましたけど、自分に合わないと思ったのですぐ退部しましたけどね」
大野先生「水城の趣味は登山か・・・それやったら登山技術を上げて雑誌や本の執筆をしてみるってのはどうや?」
水城涼真「そんな道もあるんですね。でも、山岳部のようなところは僕に合いませんし、登山技術なんて教えてくれる人なんて周りにいませんよ」
大野先生「水城はどんな登山をしてみたいと思ってるんや?」
水城涼真「そうですね、本格的な登山ですかね。いろんなことを学んでいろんなところに行ってみたいです」
大野先生「それやったらうちの山岳会に入って頑張ってみるか?」
水城涼真「先生、山岳会に入っているんですか?」
大野先生「うん。水城のいうように本格的な登山をしてる山岳会なんやけど、正直言って訓練は厳しいんだがな」
水城涼真「生徒の俺がその山岳会に入ってもいいんですか?」
大野先生「水城が本気で頑張るっていうなら、先生から会長にお願いしてもいい。ただし、何かあったときのために一筆書いてもらうけどな」
水城涼真「先生、その山岳会に入れてください。進路のことはそれから考えていきます!」
この話によって水城涼真は大野先生が所属する三島山岳会に入ることになった。
水城涼真「大野先生がいる山岳会に入って毎週のように訓練させられたんやけど、岩登りでは20本以上登るとか、普通の登山でも石をいっぱい入れた20kgのザックを背負うとか、沢登りでも完全に谷を詰めて最後は藪漕ぎをしていくとか結構過酷やったんよ。それにいきなり槍ヶ岳の北鎌尾根に連れていかされてちょっとびびったこともあったな。でもそのおかげで俺の登山技術はかなり向上したんよ。それで高校を卒業したんやけど、そのすぐ後で両親が交通事故で他界したこともあって山岳会から抜けたんやけどな。まあ、それからはネット上で今の雑誌社の人と出会って、一時期は登山の取材で東京に二年住んでから今に至ってるわけよ」
そんな水城涼真の話を聞いた若宮朱莉と天音琴美はポカーンとしていた。
天音琴美「高校二年生の担任の先生のおかげで今の涼真さんがいるわけですね?」
水城涼真「まあそういうことやな。山岳会を抜けてからは今の登山仲間と訓練を続けていってるって感じやわ」
若宮朱莉「すごく過酷な訓練をされてきたんですね。今のわたしに同じことができるとは思えません」
水城涼真「山岳会は特にそういう訓練とかに厳しいところやからしゃーないんやけど、俺は訓練でもとにかく楽しむってことが大事やと思ってるから。まあちょっとしらけた話になったから、話題を変えよ。まだビールも刺身もいっぱい残ってるから食べてな」
それから3人はビールを数本あけて、刺身やおつまみなどが減っていった。そこでほろ酔いになった天音琴美が話しだした。
天音琴美「ねぇねぇ涼真さん、芸能界に全く興味がないようですが、あたしや朱莉ちゃんのことどう思っています?」
水城涼真「どうって、一緒に登山する仲間やって思ってるよ」
天音琴美「そうじゃなくって・・・これでもあたしって業界では山ガール美女と呼ばれていて、朱莉ちゃんは可愛くてキュートな有名タレントと呼ばれているんですよ。一緒にいてドキッとしませんか?」
水城涼真「天音さん、ちょっと酔ってるやろ?たしかに天音さんは美女やと思うし、朱莉ちゃんは可愛らしいって思うけど、ドキッとはせーへんな。俺は人を見た目で判断したりせーへんから」
若宮朱莉「わたし、涼真さんから女性として扱われていませんからね」
天音琴美「あたしはともかく、逆に朱莉ちゃんは涼真さんのことをどう思ってるの?」
若宮朱莉「涼真さんはわたしにとって父のような存在ですよ。ときどきですが、甘えさせてもらえることもあります」
天音琴美「甘えさせてもらえるか・・・へえー涼真さんってキツイ感じだけどすごく優しいところもあるんだね」
水城涼真「まあ、もうこの話は終わって、明日も早いからそろそろ寝ようや。俺は一番端っこに寝るから、二人は真ん中で寝ればええよ」
水城涼真がそう言うと一番端っこに水城涼真が布団を敷くと、部屋の真ん中辺りに若宮朱莉と天音琴美は布団を敷いた。そして消灯したからわずかで3人とも寝息をたてながらぐっすりと眠った。
12月30日午前6時40分・・・
室内の目覚まし時計が鳴ると3人は同時に起床した。水城涼真は着替えをもって離れのシャワールームまで行って着替えていると、若宮朱莉と天音琴美は部屋の中で登山服に着替えた。まだテーブルには残りのビールやおつまみがあったが、それはホテル側のスタッフが片付けるとのことだったので3人はさっさとホテルのチェックアウトを済まして車に乗って東吉野村へ向かった。
天音琴美「ところで今日行くのは台高山脈の明神平ってところですよね!?今さらなんですが、台高山脈ってどういう意味なんですか?」
水城涼真「台高山脈の台は大台ヶ原のことで、高は高見山って意味やねん。つまり高見山から大台ヶ原まで続いてる山脈っていう意味やな。ホンマはもっと続いてるんやけどな」
天音琴美「大台ヶ原は有名ですが、高見山って関西では霧氷の山で有名なところではなかったですか?」
水城涼真「天音さん、よー知ってるな。ただ、霧氷は昨日さんざん見たし人も多いから、今日は少しマニアックな白銀の世界を体験してもらおうと思ってな」
天音琴美「白銀の世界ですか?それは楽しみです!」
若宮朱莉「わたしも楽しみにしています!」
今朝から天気はすっかり快晴だが、夕方から天気は下り坂になるとの予報なので午前中が勝負になる。
午前8時10分・・・大又林道終点駐車場
東吉野村に入って山のほうへ林道を走らせると、すっかり道路が雪で覆われていた。水城涼真はスタッドレスタイヤにしていたのだが日陰に入ると凍結している場所があってときどき車が滑る。それでもなお林道を上がっていくと大又林道終点駐車場に到着した。林道終点といっても、本当の終点までは道路を歩いていかなければならない。さすがに関西では有名な場所なので駐車場には数台の車が停まっていた。車を駐車すると3人は車から降りてハードシェルジャケットとズボンを着こんでゲーターとアイゼンを装着した。
天音琴美「ここは昨日と違って登山パーティーが多そうね。バレないかな!?」
若宮朱莉「この恰好ですから意外とバレないと思います。何か言われても人違いだって言えば大丈夫だと思います」
水城涼真「みんな準備ができたようやから出発しよか」
水城涼真が登山届ボックスに登山届を投入すると3人はそのまま林道を歩きはじめた。この林道はちょっとした斜面もあるのだが、ゆっくりと歩いていった。林道を5分程歩いていくと橋が架かっている林道の終点に到着した。そのまま橋を渡って沢沿いの道を歩いて行くと、最終的に沢筋に出た。ここには長いロープが設置されており、いくつかの岩をまたぎながら対岸へ渡渉しなければいけない。
水城涼真「ここの渡渉はロープ一本やからバランスが悪いから注意してな」
若宮朱莉「ここは一人ずつ渡っていくのでしょうか?」
水城涼真「うん。多人数やとロープがグラグラ揺れるから一人ずつ渡っていこ」
若宮朱莉「では、まずわたしが渡りますね」
若宮朱莉はロープを掴みながら時折バランスを崩しそうになりながらもなんとか対岸まで渡った。続いて天音琴美が渡っていったが、若宮朱莉と同じく途中でバランスを崩しそうになりながらもなんとか対岸へ渡ることができた。最後に水城涼真がバランスを崩すこともなくスルスルと対岸へ渡っていった。それから少し進んだところでまた渡渉ポイントと梯子があったのだが、ここは3人とも意外と簡単にクリアできた。その先から少し急斜面になっている場所にトレースがついていた。本来なら、この場所はつづら折れの道になっているのだが、積雪期になるとみんな直登する。ストックでバランスをとりながらその急斜面を登っていくと右斜め上側に完全に凍った明神滝が見えた。
若宮朱莉「天音さん、あそこ見てください。滝が完全に凍っちゃってますよ」
天音琴美「うわぁー氷瀑だ!まさかこんなところで見れるとは思わなかった」
水城涼真「あれはおそらく明神滝なんやけど、もう完全に凍っててなんかよーわからんようになってるな」
若宮朱莉「氷瀑っていうんですね。わたし、はじめてみましたけど滝が凍ってしまうなんてすごいです!」
天音琴美「あたしはツアーで氷瀑を見に行ったことはあるけど、観光地でもない場所で見る氷瀑はまた違うって感じがするわ」
それから3人はつづら折れの道をひたすら登り続けた。
午前9時30分・・・霧氷のトンネル
しばらく登っていると雪がかぶったベンチのある広い場所に到着した。水城涼真は「ここでちょっと休憩しようか」といって、3人はザックを下ろすとペットボトルと行動食にしている餅饅頭を出した。青空は出ているものの陽が雲に隠れていて少し寒さを感じていた。
天音琴美「ところで涼真さん。今日、あたし達って昼食を購入しなかったように思いますが、昼食はなしってことですか?」
水城涼真「いや、実は昨日ホテルに行く前に立ち寄ったスーパーでうどんすき鍋の材料を買っといたんよ。それをみんなで食べよかなって思ってる」
若宮朱莉「うどんすき鍋いいですね。寒さが吹っ飛びそうです!」
水城涼真「ちゃんと〆の雑炊用にご飯と生卵も持ってきてるから、大食いの朱莉ちゃんも大丈夫やで!」
天音琴美「朱莉ちゃんって大食いなの?」
若宮朱莉「お昼だけはたくさん食べるようにしているだけですよ」
昼食の話から雑談をしていると休憩時間が終わって3人は登り始めた。少し登っていったところから雲がはけて青空が出てきて、いつの間にか辺り一面が霧氷地帯と化していた。空を見上げると青空の下に霧氷が広がっており、細い道ではまさに霧氷のトンネルとなっていた。
天音琴美「これは素晴らしい霧氷のトンネルですね!昨日とはまた違った美しさがあります」
若宮朱莉「まるで真っ白な雪が生えた木があちこちにあるって感じすね。見上げると青空の中に霧氷が広がっていてとても美しい風景です!」
天音琴美「あたし、こんな近くに霧氷が広がっている場所を歩くのははじめてですし、いつも曇っていましたから新鮮な感じがします」
若宮朱莉「天音さん、ちょっとあの辺りの踏み跡がない綺麗な場所で一緒に撮影しませんか?」
天音琴美「いいね!涼真さん、このスマホでお願いします」
若宮朱莉と天音琴美はルートから少し外れた場所の霧氷に囲まれた場所に立った。そして、水城涼真はスマホのシャッターボタンを押して何枚か撮影した。
天音琴美「この写真、あとで朱莉ちゃんにも送るからね!」
若宮朱莉「ありがとうございます!」
そしてトレースのある道は大きく左に折れた後、その先でさらに大きく右に折れた。
午前10時15分・・・明神平(標高約1323m)
トレースを辿りながら樹林帯の手前にある少しの斜面を登ってその先に進むと一気に雰囲気が変わって広い雪原地帯にでた。つまり明神平に到着したのだ。青空の下、ところどころには霧氷があり、普段使われていない木製の小屋、そして左側には真っ白になった扇形の山容をした水無山がそびえており、右側には霧氷地帯ともいうべき前山がそびえている。その光景は青と白の素晴らしいコントラストになっており、まさに白銀の世界と呼ぶにふさわしい。明神平は天気が崩れている日が多く、このような景色を眺めることができるのは年に数回とのことらしい。
若宮朱莉「す、素晴らしい、素晴らしすぎます!!本当に白銀の世界ですね!!!」
天音琴美「これはすごい!まさか関西でこんな景色が見れるとは思いませんでした。本当に青と白のコラボレーションが美しすぎます!!」
水城涼真「今日は当たりやったみたいやな。ここがこれほど晴れるのは珍しいんやで」
若宮朱莉「この景色は父に見てもらいたかったです」
水城涼真「朱莉ちゃん、お父さんはここにも来てるはずやで。この向こう側に薊岳ってのがあるんやけど、それに登って最初の駐車場に下ったみたいやから。ただ、天気はどうやったんかわからんけどな」
若宮朱莉「そうなんですね」
天音琴美「今回、関西で雪山登山をして本当に良かったです!いろんな体験をしていろんな景色を見ることができました。お二人に感謝します!!」
水城涼真「それにしても人が多いなあ。昼食にはまだ早いから、予定にはしてなかったけど桧塚奥峰まで行ってみよか」
若宮朱莉「桧塚奥峰ってどんなところなんでしょうか?」
水城涼真「ここから40分程歩いたところにあるんやけど眺望がええところなんよ。そこやったらこんなに人はおらんと思うわ」
天音琴美「ここまできたらとことんお付き合いしますよ!」
水城涼真「じゃあそこで昼食をとろか。ここからはワカンを装着してな!」
水城涼真がそう言うとワカンと天音琴美はスノーシューを装着して前山のほうへ登っていった。前山の手前にある道標に従って左に曲がって樹林帯の中に入ると、細尾根が続いていて、その途中に明神岳(標高1432m)と書かれた木柱が立っていた。トレースがあったのはこの明神岳までになっており、その先はノートレースになっていた。そこから20分程歩いていると判官平と書かれたプレートが雪に覆われていた。そこから少し迷いやすい場所になるんだが、水城涼真は完全にルートを覚えていたため、そのままP1394へ辿り着いた。
午前11時10分・・・桧塚奥峰(標高1402m)
明神平から歩いて約40分程でT字路になり、その真ん中には桧塚と桧塚奥峰の道標が設置してあった。その分岐を右に曲がって進んでいくと桧塚奥峰(標高1402m)に到着した。この桧塚奥峰からは眺望が開けており、迷岳や仙千代ヶ峰といった台高山脈の山々を望むことができる。そしてこの時は誰いない静寂な雰囲気の山頂であった。
若宮朱莉「ここ、とても景色がいいですね!それに誰もいないので落ち着きます」
天音琴美「雪景色と化した山々が見渡せるのがとてもいいですね」
水城涼真「よし、ちょっと早いけど昼食にしよか。さっそくうどんすき鍋の準備するわ!」
水城涼真はザックの中からガスバーナーとチタン製の鍋、そしてうどんすき鍋の食材を取りだして鍋に入れた水を温めはじめた。水が沸騰してくると、うどん出汁の素を投入して、鶏肉やつみれ、えのき茸や水菜などを投入して煮始めた。具材が煮えてくると最後にうどんを2玉入れて鍋に蓋をして数分経ったところでうどんすき鍋が出来上がった。水城涼真は割り箸とペーパーボウルを配って鍋の蓋を開けた。そして3人が「いただきます」と言うと、お腹が空いていたのか、みんな鍋をつつきだした。
天音琴美「山で食べる鍋料理は最高ですね!特に体が温まります」
若宮朱莉「とても美味しいです!寒い時に食べるうどんっていいですよね」
水城涼真「やっぱ、寒い所では鍋がベストやな!って朱莉ちゃん、食べるペース早いんとちゃうか!?」
若宮朱莉「ごめんなさい。でも本当に美味しいので食が進んでしまいます」
天音琴美「あたしはほとんど山小屋で食べていましたので、こういう食事も新鮮な感じです」
そんな話をしながら3人で鍋をつついていると一気にうどんと具材がなくなってしまった。水城涼真はパックのご飯を鍋の中に投入して、生卵2個をぶっかけると、軽く塩を入れてかき混ぜた。若宮朱莉が「〆の雑炊がまた美味しいんですよね」と言うと天音琴美が「関西ではおじやって言うんですよね!?あたし、卵料理好きなので楽しみです」と言った。しばらく鍋をかき混ぜていると雑炊が完成した。水城涼真はプラスチック製の使い捨てスプーンを配ると3人は雑炊を食べはじめた。特に若宮朱莉の食べるペースが早く、天音琴美からも「朱莉ちゃん、本当によく食べるね」と言われた。そういうこともあって、雑炊も一気にたいらげてしまった。その後、3人は後片付けをして桧塚奥峰を後にして明神平へ戻っていった。
戻りはトレースがあったので意外とスムーズに歩いていくとこができた。そして明神岳から樹林帯を抜けたところで水城涼真は「ここでワカンを外してね」と言った。
天音琴美「こんなところでですか?まだ下りがあると思うのですが」
若宮朱莉「下りだからですか?」
水城涼真「いや、みんなとりあえずこれを一枚ずつ持って」
天音琴美「涼真さん、それ登りの時から持っていましたが、ショベルか何かと思っていました」
若宮朱莉「ショベルにしては薄いですね」
水城涼真「ヒップソリやんやけど、しばらく下りはこれで滑るんよ。ショートカットできるところあるしな。あと、アイゼンだけは装着しといてな」
水城涼真と若宮朱莉はワカンをはずして、天音琴美はスノーシューをはずしてアイゼンを装着した。そして水城涼真が最初にヒップソリを敷いて両手でグリップを持つと少し足を上げて滑っていった。スピードが出てくると両足を雪につけてブレーキをかけるとストップした。そして水城涼真が「お尻にヒップソリを敷いて前のグリップを両手で握ったら、両足を少し上げて滑っていくんよ。スピードが出てきたら両足を雪につけてブレーキをかけると止まるから、まず朱莉ちゃんやってみ!」と大声で言った。若宮朱莉は言われた通りにして足をあげてみると滑りだした。
若宮朱莉「きゃーなにこれ!?超楽しい!!!」
水城涼真「朱莉ちゃん、そろそろストップせなまずいで!」
若宮朱莉「はいっ!」
若宮朱莉は足を雪につけるとゆっくり速度が落ちてきて止まることができた。続いて水城涼真は「最後は天音さんやで!」と言うと天音琴美は「あたし、こういうことをしたことないからちょっと抵抗あります」と言った。そこで若宮朱莉が「天音さん、超楽しいので滑ってみてください!」と言った。天音琴美は複雑な表情をしながらも、水城涼真の言われた通りにヒップソリに座ると、両手でグリップを掴むとゆっくり両足を上げた。するとヒップソリが滑りだした。
天音琴美「きゃぁあー!」
水城涼真「天音さん、とりあえずスピードが出てきたから両足でブレーキをかけてストップや!」
天音琴美「は、はい。こうですか!?」
天音琴美は両足を雪につけると少し先で止まった。
天音琴美「ひゃーびっくりしたっ!ドキドキしたけど、これ楽しいね。なんだか子供の頃を思い出しました」
水城涼真「童心に返ることも俺らの登山なんよ。みんなコツは掴めたみたいやから、一気に明神平まで滑っていこか」
それから3人はヒップソリで明神平へと滑っていった。
午後12時50分・・・明神平(標高約1323m)
ヒップソリは途中から全く滑らなくなり、そのまま歩いて明神平まで戻ってきた。水城涼真は「ここで20分程休憩したら下山していこか」と言った。若宮朱莉と天音琴美は明神平のあちこちをスマホで撮影していた。
天音琴美「涼真さん、ここって天然のスキー場って感じがしますね」
水城涼真「俺も詳しいことはしらんのやけど、昭和四十年代前半は本当のスキー場やったみたいやで」
天音琴美「そうなんですか!?」
水城涼真「俺も以前、ここまでスキー持ってきて滑ったことあるけど、全然滑らんかったんよな」
若宮朱莉と天音琴美はスマホの撮影を終えてしばらく座っているとだんだん寒くなってきた。そして西側の空を見ると向こうのほうから雪雲が迫ってきている。それを見た水城涼真は「天気も崩れてきそうやし、ちょっと早いけど下山していこか」と言った。
3人はヒップソリを手にしながら下山を開始した。特につづら折れになっている道はショートカットするために樹林の間をヒップソリで滑っていった。そうして下山していくとあっという間に沢筋に出た。そこで水城涼真はヒップソリを回収して、渡渉ポイントをクリアしていくと予想より早く林道終点まで戻ってくることができた。
午後15時50分・・・大又林道終点駐車場
少し長い林道を下っていくと、ついに大又林道終点駐車場まで戻ってくることができた。駐車場には人が多くいたため、3人はさっさと片付けをして車のトランクに荷物を積み込むとさっさと車を走らせた。次なる目的地は近くにある日帰り温泉だが、あまりにも人が多い場合は直接アパートへ帰る予定にしていた。
午後16時30分・・・天然の日帰り温泉
林道を下って国道に出たところで温泉が見えてきた。温泉の駐車場には車が2台だけ停まっていた。この程度なら人は少ないと判断した水城涼真は駐車場に車を停めた。そして3人が温泉施設に入るとほとんど人はおらず施設内は閑散としていた。券売機でチケットを購入して受付にいる店員さんに話を聞くと、16時前まではたくさんのお客さんがいたが、今はもうほとんどいないとのことであった。
天音琴美「人が少なくてよかったです。涼真さん、30分後くらいにそこのロビーで待ち合わせしましょう。朱莉ちゃん、一緒に入ろう!」
若宮朱莉「はい!では涼真さん、また後で!」
水城涼真「じゃあ俺も入ってくるわ。もしかしたら俺のほうが遅くなるかもしれんけど、ロビーで待っといてな!」
先に体を洗って温泉に浸かった天音琴美と若宮朱莉はまったりとしていた。
天音琴美「やっぱり登山の後の温泉って最高ね」
若宮朱莉「そうですね。とても癒されます」
天音琴美「この二日間はあたしにとって最高の登山になったわ」
若宮朱莉「わたしも、雪山登山ははじめてでしたが景色は最高でしたし、いろんな体験をしました」
温泉に入ってから30分後、天音琴美と若宮朱莉はジャージ姿になってロビーのソファーに座っていると、少し遅れてジャージ姿の水城涼真があがってきた。水城涼真は「温泉に入り過ぎてちょっとのぼせてもうたわ」というと若宮朱莉は「大丈夫ですか?」と心配そうに声をかけた。すると水城涼真は「もう暗くなってきたし、さっさとアパートに戻ろか。妹の志帆がピザを注文してくれるみたいやから、帰りに酒買っていって今夜も宴会や」と言った。
そして3人は着替えを持って温泉施設を出ると車に乗ってさっさとアパートへと戻っていった。アパート近くまで車を走らせると時刻は午後19時を過ぎており、水城涼真は近くのスーパーで500mlのビールを12本購入した。
19時30分・・・謎の206号室
アパート近くの駐車場に到着すると、水城涼真と天音琴美はトランクから荷物を降ろしたのだが、天音琴美は着替え用のバッグだけ降ろした。そしてほたか壮まで歩いていくと、水城涼真は「天音さん、ちょっとだけここで待っといて」といって、水城涼真と若宮朱莉は荷物を自分の部屋を置きにいった。それから3人は206号室へ行って水城涼真が鍵を開けて部屋の明かりをつけた。
水城涼真「どうぞ入って!」
若宮朱莉「うわぁー登山道具ばっかり!!これが涼真さんの登山道具置き場なんだ」
天音琴美「まるで登山ショップのような部屋だわ。こっちの棚だけ化粧道具が並んでいるわね」
水城涼真「そこは妹の志帆が使ってるエリアなんよ。とりあえずエアコンつけたから、もうすぐ暖まるわ」
若宮朱莉「部屋の真ん中にはテーブルまで置いているんですね」
水城涼真「それは志帆が持ってきてくれたんよ。さあ、もうすぐピザがくるから宴会のはじまりや!」
天音琴美「布団が2セット用意されているけど、今日はあたし一人がここで寝るのよね?」
水城涼真「いや、朱莉ちゃん、今日は天音さんとここで一緒に寝てあげてもらえる?知らない部屋に一人で寝るのは不安があると思うから」
若宮朱莉「わかりました。天音さん、今日は一緒に寝ましょう!」
天音琴美「いろいろ気を遣っていただいてありがとうございます」
その後、大きめのピザが3枚配達されてきて宴会がはじまった。さすがに二日連続の山行工程だったこともあり、みんな途中で眠くなってきた。水城涼真は「もう眠いから部屋に戻って寝るね」と言って201号室へ帰っていった。若宮朱莉と天音琴美も少し部屋を片付けると、さっさと布団を敷いて横になるとすぐに眠りについた。
次の日の午前10時、水城涼真と若宮朱莉は天音琴美を新大阪駅の中央改札口まで送っていき、年末二日間の山行工程は無事に終了した。




