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素晴らしい雪景色の鉄山から八経ヶ岳

12月28日午後17時30分・・・


午前中で仕事を終わらせた天音琴美は、一旦自宅に戻って雪山登山の準備をすると品川駅から新幹線に乗って大阪入りした。水城涼真が理想とする吹田駅周辺のホテルは予約できなかったものの、その隣の岸部駅の駅前にある少しお高いホテルの予約はとれたので、今日はそこで宿泊することが決まった。ところが、二日連続で登山をする予定になっており、29日は下市口のホテルでの宿泊は決まっていたが、30日の夜の宿泊先は決まっていなかった。若宮朱莉が「30日の夜はわたしの部屋で一緒に寝ませんか?」と誘ってくれているものの、やはり気を遣ってしまうことも考慮してなんとか近くのホテルを探していた。


一方、水城涼真は29日の天川村の天気や八経ヶ岳の積雪情報を調べていた。29日の午前中は西高東低の気圧配置になっているが、午後からは快晴になるとの予報で、27日時点の登山記事を見ていると八経ヶ岳周辺の積雪量は40cmから50cm程度という情報であった。また、30日の東吉野村の天気は朝から快晴だが、夕方あたりから少し天気は下り坂になるという予報で、27日時点の積雪量は50cmから60cm程度という情報であった。そんなことを調べていると天音琴美からSNSの通話着信音が鳴った。


天音琴美「涼真さん、こんばんは。さっき岸部駅前のホテルに到着しました。明日は朝5時にホテル前にあるコンビニで待ち合わせですよね?」

水城涼真「うん。面倒やけど荷物は全部持ってきてな」

天音琴美「はい。ところで30日はどこのホテルも満室でして、どうしようか困っています。最終の新幹線には間に合わないでしょうか?」

水城涼真「たぶん間に合わんと思うわ。朱莉ちゃんの部屋で一緒に寝るのはあかんの?」

天音琴美「それでも構わないのですが、やはり気を遣っちゃいます」

水城涼真「それは朱莉ちゃんの部屋やからってことなん?」

天音琴美「そうです。一緒に寝ることには全く抵抗はないんですけどね・・・」

水城涼真「それやったらうちのアパートの206号室を使うのはどない?まあ、俺の登山道具の倉庫になってるんやけど、布団はちゃんとあるし、エアコンもあるから、そこやったら朱莉ちゃんに気を遣わんでもええやろ」

天音琴美「それならそのお部屋を使わせてください!」

水城涼真「じゃあ、天音さんと朱莉ちゃん用の布団を二式用意しとくわ」

天音琴美「ありがとうございます。では明日から二日間、よろしくお願いします!」



12月29日午前4時40分・・・


まだ外は真っ暗の中、赤いソフトシェルジャケットにグレーのトレッキングパンツ姿の水城涼真と若宮朱莉がアパートの入口で合流して駐車場へ向かった。今回は二日間の雪山登山となるので、ザックの他に着替えなどを入れた大きな手提げバッグを車のトランクに積み込んだ。トランクは既に荷物を置くスペースがないので、天音琴美の荷物は後部座席の隣に積んでもらうしかない。そして車を岸部駅のホテル前へと走らせると10分程で待ち合わせ場所のコンビニエンスストアに到着した。すると水色のソフトシェルジャケットに黒いトレッキングパンツ姿、ニット帽をかぶってネックウォーマーで口元を隠してる女性が待っていた。その姿はどこからみても天音琴美そのものであった。水城涼真は車から降りて「天音さん、おはよう」と声をかけると、天音琴美は「おはようございます。今日から二日間お世話になります」と言って、後部座席の右側に荷物を積み込んで左側に座った。そして水城涼真は天川村へと車を走らせた。


若宮朱莉「天音さん、おはようございます!またご一緒できて嬉しいです!!」

天音琴美「朱莉ちゃん、おはよう。あたしもまた朱莉ちゃんと一緒に山に行くことができて本当に嬉しいよ!」

水城涼真「二人とも、今回は完全に雪山登山になるし、今までの登山と比べて難易度は高いからそれなりの覚悟はしといてな」

若宮朱莉「はい、その覚悟はできていますが、それでも楽しみです!」

天音琴美「厳冬期の八経ヶ岳を日帰りするわけですから、あたしもそれなりの覚悟をしてきました」

水城涼真「今回の山行こそ世間に知られたら、完全にSNSでバズるやろうな。批判の声が殺到するで!」

天音琴美「たしかにそう思いますので今回の雪山登山に関しては誰にも公表しません」

若宮朱莉「わたしもマネージャーにバレたら、かなりうるさく言われますので内緒にするつもりです」

天音琴美「ところで涼真さんはこれまでどういう山を雪山登山したのですか?有名どころの山もされていますよね?」

水城涼真「そうやなぁ、単なる雪山登山やと北岳、西穂、赤岳、八ヶ岳の天狗岳、奥穂は時間切れで敗退したな。北岳は別として、どこも人が多くてトレースもあったから楽やったわ」

天音琴美「厳冬期に北岳を登られたのですか?たしか冬は広河原までのバスって運行していませんよね?」

水城涼真「だから、まず一日目はアプローチとなる広河原まで2時間くらい歩いてテント泊するねん。奥穂まで登る予定はなかったけど、岳沢まで登る予定してたときも、まず上高地まで歩いたからな」

天音琴美「まさかアプローチまで道路を歩いていくなんて、あたしにはとても真似できません」

水城涼真「雪山登山ではそれが常識なんよ。ただ、しんどいから、もう二度とそんなことやりたくないけどな」

若宮朱莉「さすがにわたしも、そこまでは真似できないかもしれません」


そんな話をしながら車を走らせて1時間程経つと、大峰に行くときに立ち寄るいつものコンビニに到着した。水城涼真が「今日は、大きいカップ麺と行動食をたくさん買っといたほうがええで」とアドバイスすると、3人は車から降りてコンビニへ入っていった。さすがに年末ということもあって、いつもの店員さんと呼ばれる彩葉ちゃんはいなかった。


若宮朱莉「天音さん、大峰に行くときにはいつもこのコンビニに立ち寄るんですが、実は涼真さんが想いを寄せる店員さんがいるんですよ」

天音琴美「へえー涼真さんが想いを寄せてる人って朱莉ちゃんだと思ってたけど、ここの店員さんだったのね。今日はいるの?」

若宮朱莉「今日は年末だからなのかいません。ちなみにわたしは涼真さんから女性として見られていませんから!」

天音琴美「でも涼真さんって朱莉ちゃんのことを娘のように可愛がってるように見えるのよ」

若宮朱莉「わたしもそう感じることはありますが、涼真さんって何考えてるかわからないところがありますので、本当のところはわかりません」

天音琴美「涼真さんは愛情表現が下手というか、そういうところ不器用なのかもね」


そんな話をしながら買い物を終えると3人はさっさと車に戻った。



午前6時50分・・・大川口


天川村から国道309号線の細い道を走らせていたが、道路はまだ凍結していなかった。周りの山を見ると上部ではすっかり雪がかぶっている。ガタガタとした道を走らせていると大川口という小さな橋のある曲がり角に到着した。もちろん国道309号線はその先で冬期通行止めになっていた。路肩に駐車すると3人は車から降りて登山の準備をはじめた。まだ下のほうは積雪がないので、水城涼真は「今回、ピッケルは必要ないわ」と言ってピッケルは置いていくことになった。万が一の時はピッケルの代わりにストックを使うことを考慮してのことだ。


天音琴美「どこにも登山口や登山道なんて見当たらないね・・・」

水城涼真「天音さん、今回は弥山までひたすらバリルートやねん。そんな登山口っていう道標もなければ、整備された登山道なんてあれへんのよ。まあ、途中で残地ロープや鎖場はあるけどな」

天音琴美「そうだったわね。それでどこから登って行くの?」

水城涼真「ちょっとここからやと見えにくいけど、右手の尾根を登っていくんよ」

若宮朱莉「えっと地図で確認すると、この橋を渡った右手の尾根をずっと登るようです」

水城涼真「みんな準備できたみたいやから、じゃあ最初は俺についてきて!」


3人は橋を渡って国道309号線の冬期通行止めゲートのすぐ手前で右に曲がって、沢沿いの細い道を少し歩いたところの右手にある小さな梯子を登って入山した。いきなりトラロープが設置されており落ち葉と岩場の急登がはじまった。トラロープは単なるルートの明示で設置されているものなので、掴んで登ったりはできない。水城涼真は慣れていることもあってサクサクと登っていくが、他の二人はストックでバランスを整えながら登っていった。


天音琴美「はあ、はあ、いきなり急登は厳しいよね」

若宮朱莉「そうですね。しかも立ち休憩ができるような場所もありません」

天音琴美「あの岩の上まで登ったら少し息を整えられるんじゃない?」

若宮朱莉「そうですね。涼真さんも岩の上で待っているみたいですし」


2人は岩の上までなんと登り詰めると、少しだけ立ち休憩をして息を整えていると、水城涼真が「たしかにここは最初がキツイんよ。ただ、残念ながら急登はまだ続くからペースダウンしながら登ってな」と言った。


そこからさらに尾根を見ると急登になっており3人はワンテンポペースを落として登っていった。しばらく登っていると地面に雪がちらつきはじめて、高度をあげていくごとに雪の量が増えてきた。そして標高1250m付近まで登ってくると、すっかり雪が積もっていて地面が見えなくなっていた。霧氷も徐々に見え始めてきた。そして、さらに登っていくと大きな岩場があって、その岩の上に少し広いスペースがあった。


水城涼真「ここで5分程小休憩しとこか。これからこまめに休憩はとっていくつもりやから、しっかり水分補給しといて」

若宮朱莉「涼真さん、まだ上が見えませんが、もしかしてあまり高度を稼げてないのですか?」

水城涼真「これだけの急登やから高度は稼げてるんやけど、まだ尾根の3分の1くらいしか登れてないな」

天音琴美「それでも3分の1まで登ってこれたわけですね」

水城涼真「ここはまだ序の口で、険しくなって楽しくなってくるんはこれからなんよ」

若宮朱莉「地図を見ると鉄山までまだ少し先ですね」

水城涼真「ここから岩場の登りもあるから、そろそろアイゼン履いとこか」


3人はザックの中から12爪アイゼンを出して装着した。



午前8時50分・・・草つきの展望台地


さらに急登の道や岩場が続いて登っていくと、樹林の間からピークが見えてきた。このピークは偽ピークで鉄山てっせんはその向こう側でここからは見えない。そして、ピークではないが登りの岩の上が明るくなっていた。その岩を登り詰めると斜面は穏やかになって、その先を歩いていくと少し広い高原地帯のようになっている草つきの展望台地に到着した。この時点で積雪量は既に30cm程あった。ここからは川迫ダムや雪がかぶった大峰の山々が一望できた。


水城涼真「よし、草つきの展望台地まで予定通りに登れたわ。立ち休憩しかしてなかったし、ここで30分ほど休憩にしよ。ちょうど展望もええしな」

天音琴美「これが大峰の山々なのね。あたし、こういう山の景色を見るのははじめてだわ」

若宮朱莉「こうしてみると、大峰の山ってたくさんあるんですね」

天音琴美「朱莉ちゃん、ダムの左側に頭だけがピョンッと飛び出してるような変わった形の山があるよ」

若宮朱莉「本当だ。変な形の山ですね」

水城涼真「あれはトサカ尾山っていうんやけど、あれを登るのは大変やったんやで」

若宮朱莉「涼真さん、あの山にも登ったなんて、本当に何でもしてますね」

水城涼真「朱莉ちゃんもいつか登ることになるから覚悟しといてや。それと右側に見える高い山が稲村ヶ岳とその奥が山上ヶ岳やな」

天音琴美「山上ヶ岳って女人禁制の山でしたよね?」

水城涼真「そうや。天音さんよく知ってるやん!」

若宮朱莉「すぐ手前の頭がギザギザっとしてて奥に少し尖ってる山は何ですか?」

水城涼真「あれはバリゴヤの頭やな。あの山は二度と登りたくないんやけど、朱莉ちゃんの勉強のために連れていくか考えてるんよ」

若宮朱莉「涼真さんが二度と登りたくない山って富士山だけかと思っていましたが、どうしてですか?」

水城涼真「あの山に登山道なんてあれへんのよ。ここもバリルートなんやけど鎖場や残地ロープはあるんよな。ところが、バリゴヤはそんなもん一切なくて、無理矢理に踏破する感じなんよ。藪漕ぎもせなあかんしシャクナゲの中を無理矢理通っていかなあかんねん。ただ、チャレンジしたら登山技術はかなり上がると思うけどな」

天音琴美「話を聞いてるだけでも、あたしにはありえない登山ね」

若宮朱莉「さすがのわたしも、それはちょっと嫌かもです」

水城涼真「さて、ここからが本番やから二人とも気合入れてがんばってな!」


30分の休憩時間を終えたあと、3人は草つきの展望台地から樹林帯の中に入っていった。雪に埋もれた根っこ地帯になって水城涼真は「木の根っこの間にハマらんように木を踏みながら注意して登ってきて」とアドバイスをしながら登っていった。この地帯はもはや雪に埋もれていることもあって、足の踏み場を注意しながら踏破していくしかないのだ。ところがここで若宮朱莉が木の根っこの足を引っかけて前のめりに転んだ。一番後ろにいた天音琴美は「朱莉ちゃん、大丈夫?」と声をかけると「大丈夫です」といって若宮朱莉は起き上がった。なんとか偽ピークを通過して少し下ると、今度はかなりの急斜面の登りとなった。本来、ここは残地ロープがあるのだが、すっかり雪の中に埋もれているため直登するしかなかった。唯一、ここだけはピッケルがあると楽だったかもしれないが、岩がむき出しになっており段差があるので、ストックを使って登っていった。そして鉄山の直下で急斜面の鎖場の登りとなった。鎖は完全に凍っているものの、3人はなんとか掴みながら登っていくことができた。



午前9時45分・・・鐵山(標高1563m)


鎖場を登り切ったところで少し広くなっている場所に出て、ついに鉄山(標高1563m)に登頂した。


水城涼真「よし、まずは鉄山まで登れたな。草つきの展望台地から30分弱やったけど、登りが大変やったやろうからちょっとここで休憩しよか」

若宮朱莉「大変でしたけど、なんか難しいところをあれこれ考えながらクリアしていくのは楽しかったです」

天音琴美「大峰の鉄山って知らなかったけど、ちゃんとプレートがあるんだね。ずっと急登だったことを考えると尖った山なんじゃないかな!?」

若宮朱莉「天音さんの想像するように、鉄山は尖った山ですよ。ちょっとお待ちください」


若宮朱莉はスマホから行者還岳に登った時の下山時に撮影した鉄山の写真を天音琴美に見せた。


若宮朱莉「この尖った山が鉄山です」

天音琴美「本当に尖っていてカッコいい形の山なのね。あたし今、その頂に立ってるんだ」

水城涼真「俺は名前に惹かれてはじめてこの山に登ったんよ。”てつやま”やなくて”てっせん”やで?何かカッコええやん」

天音琴美「でも知らない人はてっせんと読まないでしょうね。特に関東に住んでる人はこの山の存在すら知らないと思う」

水城涼真「あまり人に知られていないからこそ大峰は秘境の地なんよ。ただ、関東の人でも大峰にハマって毎月登りに来てるって言う人とは会ったことあるけどな」


話し込んでいると午前10時を過ぎたので3人は出発した。一旦、鉄山から下って隣の香精山への登りとなった。ここまでは特に難しいポイントはなかったのだが、香精山からの下りは少し横幅が狭くてまた木の根っこ地帯だったので少し厄介であった。



午前10時30分・・・鉄山平てっせんだいら


香精山を下りきって樹林帯を抜けると広い高原地帯のようになっている鉄山平という場所に到着した。辺り一面が霧氷だらけで完全な雪山の景色と化していた。それを見た若宮朱莉は「これが雪山の景色なんですね。はじめてみましたがとても美しいです」と目を輝かせながら言った。天音琴美も「あたし、雪山ははじめてじゃないけど、こんな不思議な雰囲気の霧氷ははじめてです」と呟いた。二人の言葉に対して水城涼真は「秘境の地で見る霧氷はそれなりに雰囲気も違うからな。でも、これからもっと素晴らしい霧氷が待ってると思うわ」と言った。3人はそのまま壺足で積雪している尾根道を登っていき、徐々に足がズボズボと雪の中にはいっていくようになった。そして鉄山平を過ぎたところで日陰になっている樹林帯の中に入ると、足は完全に膝下あたりまで雪にハマってしまい、歩行が困難になってきた。


水城涼真「壺足はもう限界やから、ここからワカンを装着して歩いていこか」

天音琴美「あたし、スノーシューですが大丈夫ですか?」

水城涼真「大丈夫というか、逆にスノーシューのほうが浮くから有利やねん」

若宮朱莉「アイゼンは履いたままでもいいですか?」

水城涼真「うん。そのままワカンを履いたらええわ」


水城涼真と若宮朱莉はアイゼンを履いたままワカンを装着したが、天音琴美はスノーシューなのでアイゼンを外してスノーシューを履いた。そして樹林帯の中での登りがはじまったが、積雪量は50cmを超えていたのもあって先頭を歩く水城涼真のラッセルがはじまった。ほぼ新雪なので、さすがのワカンでも雪に沈み込んでしまうのだが、とにかく雪が重くて一歩進むごとに体力が消耗されてしまう。


水城涼真「俺が一番、天音さんが二番、朱莉ちゃんが三番の10歩ずつの交替制で先頭を歩いていこか。俺一人やと体力尽きてしまうから」

天音琴美「ラッセルですね!?わかりました」

若宮朱莉「はじめてのラッセル・・・ちょっと楽しみです!」

水城涼真「朱莉ちゃん、あんま張り切って歩いたら一発で息切れするから気をつけてな」

天音琴美「あたしもはじめてのラッセルですが、あまり距離が長いとタイムオーバーになりませんか?」

水城涼真「今な標高が1650mを超えた辺りなんやけど、修覆山の手前くらいの標高1800m付近くらいまでやからそないに距離はないと思う」


そうして3人は交替制でラッセルをはじめて登っていった。若宮朱莉ははじめてのラッセルということもあって、少し息を切らしながら歩いていたが、天音琴美はスノーシューということもあって少し余裕のある歩き方をしていたのだが、3人は意外と早く進んでいくことができた。そうやって登っているうちにだんだん青空が出てきた。



午前11時50分・・・修覆山(標高1846m)


水城涼真の予想通り、標高1800m付近になるともうラッセルの必要はなくなって斜面のなだらかになった。そして樹林帯を抜けるとすっかり青空が広がっており、ついに標高1846mの修覆山に到着した。


水城涼真「よし、予定より20分ほど遅れてるけど修覆山に到着できたな。弥山まであと30分程やから、ちょっとここで休憩しよか」

若宮朱莉「なんかこの先はたくさんの木があってごちゃごちゃしてますね」

天音琴美「そうね。どこを歩いていけばいいのかわからないね」

水城涼真「この先から弥山の手前までは大倒木地帯と呼ばれてるんやけど、数十年前に女の人が道に迷って凍死したらしいんよ。ホンマかどうかわからんけど、大倒木地帯はコンパスが上手く効かない場所という噂があるらしい」

天音琴美「まるで富士の樹海みたいなところですね」

若宮朱莉「涼真さん、この先どう行けばいいのかわかりますか?」

水城涼真「もちろんわかるよ。俺、ここは何回も来てるからな。本来は倒木だらけでわかりにくいんやけど、今は雪に埋まってるから方角がわかりやすいわ。ただ、雪に埋まった木に足を引っかけんように注意して歩いてな」


小休憩を終えると水城涼真を先頭に3人は大倒木地帯を歩いていった。しばらく進んでいくと若宮朱莉と天音琴美は未だみたことのない神秘的な雪景色を見て感嘆の声を上げていった。


若宮朱莉「なんですかこの雪景色は!?わたし、はじめて見ましたがどこのこんな感じですか?」

天音琴美「いや、あたしも雪山登山はしてたけど、こんな雪景色や霧氷ははじめて見たよ。あそこの霧氷は枝垂れてるし、どの木にも雪がびっしりこびりついていて、まるで雪のアートだわ」

若宮朱莉「あそこの飛び出てる木なんて、まるで雪の棒みたいに見えます」

天音琴美「どこを見渡しても雪景色なんだけど、人がいないからすごく静寂で神秘的な感じがするわ」

若宮朱莉「なんか、どこも触れてはいけない、人の手が入ると自然を破壊してしまうようなそんな感じがします」

天音琴美「うんうん。それすごくわかる!とにかくとても素晴らしい雪景色なのは間違いないね」

若宮朱莉「素晴らしすぎます!わたし、完全に雪山の景色にハマっちゃいました!!」


2人がそんな話をしながら歩いていると、弥山の手前にずっと張り巡らされている鹿よけネットのところに到着した。そこから右へ移動していくと水城涼真が「おぉー今回はちゃんと開けれるようにしてくれてるやん。前回は凍ってて開けるの大変やったんやけどな」と言って扉を開けた。



午後13時・・・八経ヶ岳(標高1915m)


時刻は午後12時25分、3人は弥山小屋に到着した。弥山小屋はこの時期に開いてはいないのだが、4人ほど登山者が小屋の前のテーブルに座っていた。この時点で昼食をとろうか考えたが水城涼真は「八経ヶ岳をピストンしてから昼食にしよか。もうワカンはずしてアイゼンだけでええよ」と言った。天音琴美も「そうですね。先にピークハントして落ち着いてから昼食のほうがいいですね」と言った。


3人は弥山小屋を後にして八経ヶ岳のピークハントへ向かった。正面には真っ白に染まった八経ヶ岳の山容がでかでかとそびえている。まずは弥山から一旦コル部まで下って、そこからいよいよ八経ヶ岳への登りになった。途中でいくつかの柵の扉があったが人がよくとおっているせいか簡単に開け閉めできた。そこからしばらく登っていくと少し急斜面になった。そこを登っていき少し右に折れると八経ヶ岳のピークが見えた。水城涼真「もう山頂やからな」と言って3人はピークへ登り詰めた。そしてついに近畿最高峰、標高1915mの八経ヶ岳の山頂へ到着した。山頂は誰もおらず閑散としていて、向かって左側には錫杖が地面に刺してあった。


天音琴美「やったぁ!冬の八経ヶ岳に登頂できた!!」

若宮朱莉「ここが近畿の最高峰なんですね。日本百名山なのに人がいないのがいい感じですね」

水城涼真「二人ともスマホ貸して。看板の前で記念撮影したるわ」

天音琴美「あたし一人と、朱莉ちゃんと二人で並んでいるものをお願いします」

若宮朱莉「わたしも天音さんと同じでお願いします」


水城涼真は一人ずつの写真撮影をしたあと、若宮朱莉と天音琴美が二人で並んでいる写真撮影をした。その後、若宮朱莉が山頂付近をうろうろしていると、突然「おぉー」と驚いた声で叫んだ。そして若宮朱莉が「天音さん、ちょっとこっちの景色をみてください」と言うと天音琴美は若宮朱莉のほうへ歩いてった。すると八経ヶ岳の山頂の裏側(南側)からの眼下には高度感溢れるダイナミックな深い谷、そして果てしなく山々が奥へと広がっていた。


天音琴美「ひゃぁーっすっごい!これは絶景だね!!」

若宮朱莉「谷もすごいですが、どこまでもどこまでも果てしなく山々が広がっていますね!これはとても素晴らしい景色です!!」

天音琴美「あたし、いろんな山に登ったけど、こんな景色ははじめてみたよ。紀伊山地特有の景色なんだね」

若宮朱莉「今日ははじめての景色をたくさん堪能できました。さすが大峰って感じです!」

天音琴美「今日、鉄山経由のルートを歩いてみたけど、あたしも少しは大峰の魅力がわかったような気がするわ」


二人がこの景色を何枚も撮影していると水城涼真が「そろそろ弥山に戻ろうか」と言った。



午後14時30分・・・弥山(1895m)


八経ヶ岳の山頂を後にして3人は弥山へ下山していった。帰りは意外と早く30分弱で弥山小屋まで戻ってくることができた。小屋の前は人が既に居なくなっており、3人は端っこのテーブルに座ってザックからガスバーナーと大きめのカップラーメンを取り出した。


天音琴美「涼真さん、あたし積雪期にこのルートで八経ヶ岳に登れて本当によかったです。予定としては秋頃に行者還トンネル西口から登る予定でしたが・・・」

水城涼真「百名山キラーがよく使う最短ルートやね。でも、行者還トンネル西口からやと大峰の魅力なんて感じることできへんからな。女性ならせめて大普賢岳から縦走せんと八経ヶ岳を登ったとは言われへん」

天音琴美「涼真さんって伯耆大山の時も思いましたが、百名山に厳しいですよね!?」

水城涼真「厳しいっちゅーか、百名山の本をちゃんと読んだらわかるんよ。八ヶ岳もただ赤岳に登って終わりやなくて、ちゃんと硫黄岳とか南八ヶ岳を縦走せんとわからへんからな」

若宮朱莉「でも今の涼真さんは日本百名山に全く興味なさそうですね」

水城涼真「まあ難易度が低い山ばっかやからな。ただ、槍ヶ岳と劔岳は絶対に登りたかったから行ったけどな」


そんな話をしながら昼食を終えると3人はさっさと下山の準備をした。下山はもちろん鉄山経由のピストンになるが、すでにトレースがあるのでスムーズに戻っていくことができる。



午後15時10分・・・下山開始


まず3人は大倒木地帯に戻った。実は今日の前半、水城涼真はここで軽いルーファイをして少し時間がかかってしまったのだが、トレースが残っているのでサクサクと進んでいくことができた。そして弥山から15分弱で修覆山まで戻ってこれた。そこからラッセルをしてきた斜面の下りになるが、ここもトレースがあるのでスイスイと下って行くことができた。そして修覆山から50分程で鉄山平まで下ってくることできた。問題はここから香精山から鉄山までのアップダウンが待っている。ところが意外にもスムーズに鉄山の山頂まで戻ってくることができた。ここで水城涼真は休憩をしようかと思ったが、厄介な鉄山の下りをさっさと終わらせて草つきの展望台地で休憩したほうがいいと考えた。


水城涼真「ここからまた少し厄介な下りになるから、鉄山を抜けた草つきの展望台地で休憩にしよか」

若宮朱莉「そうですね。たしかここの登りって大変でしたもんね」

天音琴美「まだまだ行けますので、その厄介なところは通過してしまいましょう」


そうして3人は鉄山から下りをはじめた。鎖場は意外と簡単に下っていけたのだが、その次の急斜面の下りですこし手こずっていた。そこで水城涼真は「前のめりに下っていくんやなくて、後ろ向きになってストックを使いながら足を下ろしていけば楽に下れるわ」というアドバイスをした。他の二人はその通りにして下っていくと意外と簡単に下っていけた。もともと2mもない斜面だったのでスッと下っていくことができたのだ。そこから木の根っこ地帯の下りになったが、踏み跡が残っていたのでそれを頼りに足を置いて下っていった。



午後16時50分・・・草つきの展望台地


3人は樹林帯を抜けて草つきの展望台地まで戻ってきた。すでに空は薄暗くなっており、暗くなってからの下山はほぼ決定していた。しかし、それも水城涼真の予定にしっかりと入っていた。


水城涼真「ここで20分程休憩しよか」

天音琴美「そろそろ暗くなりませんか?」

水城涼真「そうやな。この辺でヘッドライトを装着しとこか」

天音琴美「暗くなってしまうことは予想していたんですか?」

水城涼真「もちろん。俺の予定やと18時前後に下ることになってたからな」

若宮朱莉「わたしはあらかじめ、暗くなっての下山になるからヘッドライトは絶対に持ってくるように言われていました」

天音琴美「そういえば、前に朱莉ちゃんがそんなこと言ってたわね」


3人はザックの中からヘッドライトを出してきて装着した。


若宮朱莉「そういえば、天音さんは他にも雪山に登られているようですが、どこも今日のような感じでしたか?」

天音琴美「いや、今日の雪山登山が一番難易度が高かったよ。あたしは、ずっとトレースがある雪山を登っていただけだし、鉄山手前のような急斜面や鎖場なんてなかったからね。それにはじめてラッセルしてみたけど、大峰の雪質は重くて歩きにくかったよ」

水城涼真「厳冬期の大峰はある点においてはアルプスなんかより難易度が高いんよ。しかも今回はバリルートでもあったしな」

天音琴美「今日登ってみて本当にそう感じました!」

若宮朱莉「厳冬期の大峰は難易度が高いんですね。涼真さん、2月か3月に釈迦ヶ岳に行くか考えていましたよね?」

天音琴美「大峰の釈迦ヶ岳って、たしか山頂にお釈迦様の象が立ってる場所よね?」

水城涼真「そうなんやけど、あそこは遠いしアプローチが大変なんよな。まあ、今はただ行こうかなって考えてるレベルやから」

天音琴美「もし、釈迦ヶ岳に行かれるなら、また是非ご一緒させてください」

水城涼真「わかった。もし決まったら声はかけるよ。さあ、そろそろ下ってしまおうか」


水城涼真がそう言うと3人は立ち上がって草つきの展望台地から下りだした。すっかり薄暗くなってきて、いよいよヘッドライトをつけようとしたところで水城涼真は「この辺からヘッドライトをつけよか。その前に雪がなくなったからアイゼンを外してしまおう」と言った。3人はアイゼンを外してヘッドライトの明かりをつけると、下山をはじめた。



午後18時10分・・・大川口


急斜面の下りが続き、3人は注意しながら下っていくと入山口に設置されていた木の階段が見えた。その木の階段を降りて少し沢沿いを歩くと国道309号線に出た。辺りは既に真っ暗になっていたが、そのまま橋を渡っていって、ついに車まで戻ってくることができた。


天音琴美「厳冬期の八経ヶ岳に登って無事に戻ってこれましたね。やったぁ!」

若宮朱莉「わたし、はじめての雪山登山でしたが、今日はたくさん見たことのない素晴らしい景色を見れたので本当に良かったです!」

水城涼真「やっと今日の山行工程が終わったな。でも、また明日もあるんやけど、二人ともまだ体力は残ってる?」

若宮朱莉「少し疲れましたが、一晩眠れば復活すると思います!」

天音琴美「あたしも少し疲れていますが、二日連続の登山経験もありますし、ぐっすり眠れば大丈夫です!」

水城涼真「じゃあ、帰りにスーパーに立ち寄って、大量の酒と肴を買ってホテルに向かおうか」

若宮朱莉「今夜も宴会ですか?」

水城涼真「当たり前やん!酒がないと俺は山に行かんって言ってるやん!!」

天音琴美「あたしも今日はなんだか飲みたい気分です」


それから3人はジャケットやゲイターを脱いで車に積み込むと、今夜宿泊を予定している下市口のホテルへ車を走らせた。

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