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檜洞丸は西丹沢秘境の地でした

11月16日午後22時・・・


仕事を終えて帰ってきた若宮朱莉はシャワーを浴びた後に天音琴美のSNSの通話ボタンを押した。まだ仕事中かもしれなかったのだが3コールほどで通話に出た。


天音琴美「もしもし、朱莉ちゃん!?珍しいね。どうしたの?」

若宮朱莉「突然通話してごめんなさい。天音さん、今は大丈夫ですか?」

天音琴美「ちょうど家に帰ってきたところだから大丈夫よ」

若宮朱莉「実は来週23日の休日ですが、わたし、東京でのお仕事が入ってましてその次の日の24日とその次の25日はオフなんです。天音さんの予定が空いていればそのどちらかの日、一緒に山に行きませんか?」

天音琴美「ちょっと待ってね・・・えっと、24日はあたしもオフだけど25日は午後からお仕事が入ってるわ」

若宮朱莉「では24日でいかがでしょうか?」

天音琴美「いいけど、どこの山に行く予定なの?」

若宮朱莉「それはこれから決めようと思っています」

天音琴美「そうなんだ。それで涼真さんは来るの?」

若宮朱莉「いえ。いつも涼真さんに連れて行ってもらっていますので、今回はわたしと天音さんの2人でチャレンジしたいと思っています」

天音琴美「そうね、あたしも毎回登山ガイドさんと一緒だし、それなら朱莉ちゃんと2人でチャレンジしてみたいかも」

若宮朱莉「ただ、わたしは関東の山については全くわかりませんので、そこは涼真さんにアドバイスしていただこうと思っています」

天音琴美「なるほどね。ところで朱莉ちゃんはどんな山に登ってみたいの?」

若宮朱莉「あまり人がいなくて静寂で神秘的な山ですね」

天音琴美「うーん、そういう山ってかなり奥深いところじゃないと難しいんじゃないかな」

若宮朱莉「そうかもしれません。とりあえず明日にでも涼真さんに相談してみます」

天音琴美「わかった。じゃあ登る山が決まったらまた連絡して!あと、あたし車出すからそれで一緒に行こう」

若宮朱莉「ありがとうございます」


そうして通話を終えた。



11月17日午前10時30分・・・


最近は執筆の依頼はなく、パソコンで山岳地図を見ながらアニメソングを流していた水城涼真はまったりとしていた。25日には軽い紅葉の取材があり、12月に入ると雪山登山などの執筆依頼が増えてくるので今は中休みといった感じなのだ。そうやって休日を満喫していると突然部屋のチャイムが鳴った。水城涼真は「はーい」といって玄関のドアを開けるとジャージ姿の若宮朱莉が立っていた。水城涼真は「朱莉ちゃん、どないしたん?」と聞くと若宮朱莉は「ちょっとご相談したいことあるんですが、お邪魔してもいいですか?」と言った。水城涼真は「うん、上がって!」と言って二人は部屋に入った。そして二人が向かい合ってテーブルに座ると、若宮朱莉は昨晩の天音琴美と話した内容を説明した。


水城涼真「朱莉ちゃんと天音さんがチャレンジしてみたいってことはめっちゃええことやと思うわ」

若宮朱莉「でも本当は不安だったりします」

水城涼真「朱莉ちゃんはもう読図もできるしある程度は地形も読めるようになってるから大丈夫や」

若宮朱莉「でもどこに登るかがまだ決まっていません。わたしが希望する静寂で神秘的な山ってやはり関東では難しいですか?」

水城涼真「そうやなあ、ちょっとレベルが高くなるけど西丹沢の檜洞丸が朱莉ちゃんの理想に合うかもな」

若宮朱莉「檜洞丸ですか?ちょっと言いにくいですが、どんな山ですか?」

水城涼真「人があんまおらん静寂な山で、大峰とはちょっと違うけどある意味神秘的なところがあるんよ。ただ、景色を楽しむというよりかはシーンとした雰囲気を味わうって感じやな」

若宮朱莉「なんだか不思議な山なんですね。その檜洞丸に登ってみます!」

水城涼真「ルート地図とアプローチ場所の詳細は俺が印刷して渡すからがんばってチャレンジしておいで」

若宮朱莉「がんばってきます!」


その夜、若宮朱莉は天音琴美にSNS通話をして檜洞丸に決まったことを伝えた。天音琴美は檜洞丸には登ったことがないということで、2人にとってはじめての場所になる。



11月24日午前5時20分・・・恵比寿のホテル


前日、天音琴美の自宅が近いということで若宮朱莉は恵比寿のホテルに宿泊していた。午前4時30分に起床するとさっさと顔を洗って赤いソフトシェルジャケットに黒いトレッキングパンツに着替えると部屋を出て、ホテルのチェックアウトをした。外に出るとまだ薄暗くて歩いている人もほとんどいなかった。ホテルの前で待っていると黒い4WDクロスカントリー車がやってきて停車した。そして運転席から水色のソフトシェルジャケットに黒いトレッキングパンツを履いた天音琴美が降りてきて「朱莉ちゃん、おはよう」と挨拶した。若宮朱莉も「おはようございます。今日はよろしくお願いします!」と言うと天音琴美は「荷物は後部座席に載せてね」と言った。若宮朱莉は荷物を積み込むと助手席に座ったので、天音琴美は運転席に座って車を発進させた。都道305号線から渋谷インターチェンジに入り首都高速3号線を西に走らせてそのまま東名高速道路へと入っていった。


若宮朱莉「今日の神奈川県山北町なんですが、午前中から午後にかけて南側に低気圧が通過する影響で雨がぱらつきそうです。午前午後ともに降水確率は30%の予報になっていますので、もしかすると山頂はガスに覆われているかもしれません。予想最高気温は18度と少し肌寒いですが、山頂ではレインジャケットを着用したほうがいいかもしれません」

天音琴美「そんなことまで調べてきてくれたんだ!?朱莉ちゃん、お天気のこともちゃんと勉強してるなんてすごいよ!」

若宮朱莉「涼真さんに勉強しろと厳しく言われていますが、わたしなんてまだまだで気象予報士さんのように詳しく説明できていません」

天音琴美「気象予報士さんは専門家だからね」

若宮朱莉「でも、このどんよりとしたお天気でよかったかもしれません。涼真さんが檜洞丸はひっそりとした静寂な雰囲気を味わう山だとおっしゃっていましたので、山頂がガスっていたほうがいいかもしれません」

天音琴美「ひっそりとした静寂な雰囲気を味わうか・・・あたし、そんな山に登ったことないから楽しみだわ」

若宮朱莉「ところでこれは天音さんの車ですか?」

天音琴美「そうよ。これは登山用に購入した車なの。買い物やちょっとした旅行用の車をもう一台持っているんだけどね」


そんな会話を続けながら東名高速道路を西へ走らせていると大井松田インターチェンジに到着した。



午前8時10分・・・神奈川県立西丹沢ビジターセンター


神奈川県道76号山北藤野線を北上すると左手にある緑色の屋根の神奈川県西丹沢ビジターセンター(旧:西丹沢自然教室)に到着した。ここの駐車場は停めれる台数が少ないのだが、さすがに平日だけあって駐車している車は一台しかなかった。その駐車場に車を停めて2人は登山準備をはじめた。


天音琴美「あたし、今日のルートは一応調べてきたけど、先頭は朱莉ちゃんに任せていいの?」

若宮朱莉「はい!涼真さんからルート地図を印刷していただきましたので、念のため天音さんにもお渡ししておきます」

天音琴美「ありがとう。あたしもなんとか読図はできるようになってきたんだけど、まだ地形を読むことができないんだよね」

若宮朱莉「わたしも完璧ではありませんが、今日はがんばります!もしも時はGPSを出しますね」

天音琴美「じゃあ準備もできたし、そろそろ行こうか」


どんよりした天気のままだったが周囲の樹林はすっかり色づいていた。2人は道路をそのまま北へと500m程ほど歩いていくと右手に分岐点があった。その分岐を右に入りつつじ新道へ入っていった。つつじ新道に入ると少し荒れた登山道になっていたが一本道になっているので迷うことはない。そのまま少し山の中腹を斜めに登っていくと道標があるコル部へ到着した。その先からはなだらかな登山道が続いていた。途中で少し景色が見えたのだが、この時点で雨がポツポツと降っていた。



午前8時40分・・・ゴーラ沢出合


2人はなだらかな登山道を歩いていると下りになっていき、ついにゴーラ沢出合という沢筋に到着した。


若宮朱莉「この付近の沢は結構綺麗ですね」

天音琴美「うんうん。でもすごく冷たそうだわ」

若宮朱莉「えっと地図ではこの沢から山頂まで尾根の登りになっています。まだ尾根に見えませんが向こうに見えてる階段だと思います」

天音琴美「沢を渡るのにドボンに注意しないといけないね」


2人は細心の注意を払いながら渡渉すると対岸にある階段のほうへ歩いていった。そして階段の前にはしっかり道標が設置しており檜洞丸まで2.9kmと書いていた。そこで若宮朱莉は「天音さん、ここからしばらく急登になるようですので、少し早いですがここで10分ほど休憩しておきませんか?」と言うと天音琴美は「そうね。ちょうど歩き出して40分経ってるから少し休憩しておこうか」と答えた。この若宮朱莉の判断は正しかったことが後になって思い知らされることになる。


天音琴美「こうして登山道が整備されていて道標があるのは本当に有難いね」

若宮朱莉「そうですね。涼真さんと一緒に行く山には登山道や道標なんて無いところが多いですから、今回はルートがわかりやすいです」

天音琴美「本当、朱莉ちゃんもよくそんな登山に一緒に行くなあって感心しちゃうよ」

若宮朱莉「わたしはただ着いて行ってるだけですから・・・それに天音さんもご一緒しようとしているじゃないですか」

天音琴美「あははは、そうだったね!」


そんな話をしているとすぐに休憩時間が終わった。そして2人は石の階段を上がっていき尾根に取り付くと本格的な急登がはじまった。尾根道はすこしガレて登りにくい場所から鎖場、少し破損している木の階段があった。少し息を切らしながら登っていた若宮朱莉が「天音さん、ペースをワンテンポダウンしましょう」と言うと、天音琴美も「そうね、息を切らしてしまうと後が大変だからね」と答えて2人はペースダウンした。



午前10時10分・・・展望園地


特に前半はかなりの急登だったが、登りだして約1時間程すると少し尾根の斜面がなだらかになっていった。そして展望園地というベンチが設置している富士山ビューポイントに到着した。残念ながら富士山は少し雲に覆われていて全容は見えなかったが奇跡的にも青空が出てきた。


若宮朱莉「天音さん、ここで20分ほど休憩しましょう」

天音琴美「そうだね。前半の登りはかなりしんどかったもんね」

若宮朱莉「えっと、地図を見ると標高1250m地点くらいから斜面は落ち着いてくるようです」

天音琴美「朱莉ちゃん、読図もよく勉強してるのね。登山ガイドさんみたいだよ」

若宮朱莉「そんなことないですよ!尾根だからわかりやすいだけで、これが谷だとまだまだ地形を読んだりできません」


2人は十分に水分補給をして息を整えると出発することにした。若宮朱莉が「檜洞丸まであと1.8kmですが、おそらくあと1時間程で登れますのでがんばりましょう」と言うと天音琴美は「うん、がんばろう!」と言った。


展望園地から尾根を30分程登っていくと鉄製の梯子がでてきた。その梯子を登った先からかなり斜面はなだらかになり木道になった。時折あらわれる青空と誰もいない静寂な雰囲気の中、2人は木道をひたすら歩き続けていた。


天音琴美「本当にひっそりとしている場所ね。あたし、こんな雰囲気の山ははじめてだよ」

若宮朱莉「そうですね。草木が風で揺れる音しかしませんね」

天音琴美「でも、非日常的であたしはこの雰囲気は好きかも」

若宮朱莉「わたしもこの静寂な雰囲気は大好きですよ・・・あっ!涼真さんが言ってたのはこのことだったんですよ」

天音琴美「そうかも!たしかにひっそりとした静寂な雰囲気を味わう山といえるね」

若宮朱莉「大峰とはまた違いますが、とても神秘的な雰囲気です」


そんな話をしながら登っていくと尾根の分岐点に到着した。若宮朱莉は「檜洞丸まであと0.6kmですね。最後がんばりましょう」と言った。



午前11時35分・・・檜洞丸(標高1601m)


ひたすら木道を歩いていると少し樹林帯に囲まれたピークが見えてきた。木道の階段を上がって右手にソーラーパネルが設置しており、そこをさらに登っていくとついに檜洞丸の山頂に到着した。山頂付近はだだっ広くなっており、誰もいないせいかシーンとしていた。


天音琴美「朱莉ちゃん、やったねっ!あたしたち2人で登頂できたよ!!」

若宮朱莉「はい!達成感があってとても嬉しいです!!」

天音琴美「朱莉ちゃんがいてくれたおかげだよ!」

若宮朱莉「それを言うなら天音さんがいてくれたおかげでもありますよ!」

天音琴美「あたし、今すごく嬉しいの・・・」

若宮朱莉「わたしも、天音さんと2人だけで登れてとても嬉しいです!!」


若宮朱莉はザックの中からスマホ用の三脚を出して「天音さん、2人で記念写真を撮りましょう」と言うと、2人は山頂の前に並んでピースをしながら撮影した。その後、2人はザックの中からガスバーナーを出して昼食の準備をはじめた。今日は天音琴美があらかじめ準備していたトマトチーズリゾットを温めて2人で食べていた。その後、ドリップ式のコーヒーを飲みながらまったりしていると時刻は12時20分を過ぎていた。


若宮朱莉「そろそろ出発しましょうか」

天音琴美「そうだね」

若宮朱莉「ここからはこまめなアップダウンと細尾根の急斜面がありますので、気を緩めずにゆっくり行きましょう」


2人は檜洞丸の山頂を後にして北西の犬越路を目指して下山を開始した。しばらく下って標高1523mの熊笹ノ峰にさしかかったところで、急にガスが濃くなってきた。そして大笄のピークではすっかりガスの中に入ってしまった。ここから小笄までは痩せ尾根の鎖場などを追加しないといけない。そんなガスの中、すこし陽がさしこんだ場所で虹色の光の輪が浮かび上がっていた。


若宮朱莉「天音さん、あそこに虹色のリングみたいな光が浮かび上がっていますよ」

天音琴美「うわーブロッケン現象だ!まさかこんなところで見れると思わなかった・・・」

若宮朱莉「あれがブロッケン現象ですか!?はじめて見ましたが、なんだか神秘的ですね」

天音琴美「あたしも石鎚山で一度だけ見たけど、こんな近くで見たのははじめてだよ」


2人はその光景を撮影すると先に進んでいった。その後、痩せ尾根や鎖場を慎重に下って小笄も通過していったのだが、予想より時間がかかってしまった。



午後13時50分・・・犬越路~用木沢出合


檜洞丸の山頂から1時間30分程経ったところで分岐点である犬越路(標高1060m)に到着した。ここには大きめのベンチが設置されていて南側の眺望が開けている。この時点ですっかりガスからも抜けていたこともあって2人はベンチに座りこんだ。


若宮朱莉「もう下りだして1時間半も経っていますので、ここで30分ほど休憩しましょうか」

天音琴美「うんうん。あたしもちょっと疲れてきたわ」

若宮朱莉「それにしてもここから見る山々の景色は立体的に見えますね」

天音琴美「方角にもよるけど西日になると山の景色が立体的に見えるみたいよ」

若宮朱莉「そうなんですね。これはこれで美しいって思います」

天音琴美「そうね。この景色もだけど、なんだか今日はいろんなことを体験できた気がする」


景色を眺めながらまったりと休憩していると時刻は14時20分を過ぎていた。若宮朱莉は「天音さん、そろそろ出発する時間ですが大丈夫ですか?」と聞くと天音琴美は「うん、大丈夫!」と言って2人は犬越路から東海自然歩道に入って谷を下っていった。ここの下りも1時間半の予定をしていたが、意外と早く沢筋に出た。途中で踏み跡が見えなくなった場所もあったがコースアウトすることなく下っていくことができた。そして犬越路から約1時間経って、ついに用木沢出合に到着して道路に出た。


天音琴美「ついに登山道が終わったのね!」

若宮朱莉「はい!あとは1.8kmの道路歩きで今日の山行工程は終わります!!」

天音琴美「喜びは後にして、さっさと駐車場に戻ろう」

若宮朱莉「そうですね。最後まで油断しないでおきましょう」


そう言って2人は神奈川県西丹沢ビジターセンターへ向かって道路を歩いていった。



午後15時50分・・・神奈川県西丹沢ビジターセンター


用木沢出合から約20分程の道路歩きで2人は神奈川県西丹沢ビジターセンターの駐車場に戻ってきた。その瞬間、2人はお互いに抱き合った。


天音琴美「やったぁやったね、朱莉ちゃん!!」

若宮朱莉「はい!わたし達やりましたね!!!」

天音琴美「あたし、正直、富士山の剣ヶ峰に登った時より嬉しいよ!!!」

若宮朱莉「わたしもです!!!」


登山に慣れた人にとっては普通のことかもしれないが、いつも誰かに山へ連れていってもらっていた2人にとって、はじめて自分達の力で山行工程を終えることができた喜びは計り知れないものがあったのかもしれない・・・

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