第7話『スキル実験タイム』
──次の日。三人は食料確保も兼ねて、川へとやってきていた。
村の近くにあるアシレーヌ川。村の子供たちはここで魚を取ったりして遊んでいるそうだ。
ちょうど今日も先客の子供たちがいる。
「マナちゃん! お魚取りに来たの?」
「それもあるけど、今日はこの人たちのスキルを見に来たんです」
「スキル?」
──ハズレスキルとバカにされていたが、実は最強スキルだった。なんて小説を何度か目にした気がする。
もしかしたらその系譜の可能性だってあるかもしれない。隠された力、もしくは応用力があったりして。
そう考えるとワクワクしてきた。二人の準備体操は完璧。
「よし! どんとこい!」
「いったるでー!」
張り切る二人に苦い笑いを向けながら、まずは不破に目を合わせる。
「それじゃあ不破さんから確認してみましょう」
「任せんしゃい!」
陸上のクラウチングスタートの姿勢をとった。あとは発動するだけ。……だが、よく考えてみれば、スキルなんて現実世界じゃ使わないので、発動の仕方なんて知らない。
「……で? どうすればいいの?」
「心の中でイメージするんです。不破さんの場合は、自分の体が一センチ移動するイメージを」
「よしよし。やってみるぞ」
イメージ。瞬間移動するイメージ。体がその場から消え、目的の場所へ移動するイメージ。
瞬間移動。テレポート。体は加速。瞬間的に移動する──
「──瞬間移動!!」
──風を切った。
「──お」
一センチ。ジャスト一センチ。不破の体は前へと進んだ。
「ど、どうだ!? できてたよな!?」
「できてたー?」
「うーん……ちょっと進んだような……気がする」
……野次馬の子供たちの反応は微妙。一センチなんてそんなものだ。移動したか、しなかったかすら分からない。
「い、移動はできてましたよ! この調子でどんどんやってみましょう! 連続で使用できれば一気に有用になりますよ!」
「そうじゃん! 連続使用ができたら一センチの制限も気にならないかも!」
気を取り直してイメージを再開。
先程と同じように瞬間移動。体が消え、前へと進む。動くことなく前へ。存在しなかった空間にノーモーションで突撃するイメージ。
前へ前へ。瞬間移動。テレポート。体は前へと進む──。
「──瞬間移動!!」
……。…………。なにも、起こらない。無風。無動作。体が移動することはなかった。
「……は?」
「あれ? おかしいですね」
もう一度イメージ。体を前へと進ませる──。
──今度は移動。また一センチ前へと進んだ。
「……まさか」
「クールダウンがある……ようですね」
* * *
その後調べた結果、進む距離は村長の発言と同じ一センチ。そして使用すれば十秒のクールタイムが必要となることが判明した。
率直に言って不便すぎる。というか使えなさすぎる。一センチ進むだけで十秒間は再使用不可とかどう活用すればいいんだこれ。
何度使っても瞬間移動の距離は増えないし。何度使ってもクールタイムはきっかり十秒。これじゃあ応用力の欠片もないじゃないか。
「……はぁ」
昨日のように川辺に座って落ち込む不破。子供たちは面白がって、枝で不破をつついているのだった。
「不破さん……」
「ほっといてあげな。落ち込んでる時はほっとくのが相手のためだよ」
「そうですが……」
「ま、次は俺の番だ。試してみることにするか!」
次は飛鷹の番。『三分間だけ水中で息を止められるスキル』を確認するなら、水に入るのが手っ取り早い。
全裸……は恥ずかしいので、制服を脱いでパンイチになる。
「わ、わぁ……」
マナは両手で目を隠して恥ずかしがる。ちょっとだけ開いた指の隙間からチラッと飛鷹の体を見ていた。
川の中へダイブ。こうやって飛び込むのは小学生以来か。
川辺での事故が多かったから、川で遊ぶのは禁止されてたっけ。この感覚は懐かしいな。夏休みに戻った気分だ。
かつての記憶に思いを馳せながら、飛鷹は水中で目を開ける。
驚嘆するほどの透明感。ゴミや不純物が一切ない。こんなにも綺麗な川に入るのは生まれて初めてだ。
テレビでしか見たことの無い景色を眺めていると、飛鷹に続いてやってきた子供たちが川に飛び込んでくるのが見えた。
無邪気な子供たちだ。五歳か六歳くらいかな。川に子供だけで入るのは危ないが……魔力があるぶん、自分たちよりも安全か
子供たちは息を止めている飛鷹を見ながら地面を指さす。
その先には土に埋まったチンアナゴのような魚が。子供の一人はそれにゆっくりと近づき、刹那のスピードで掴みとる。
捕まえた魚を飛鷹に見せつけた。こうなると闘争心というものが湧いてくる。ここは歳上としての矜持を見せつけなくては。
そうして三分をちょっと過ぎたくらいに飛鷹は水面から顔を出した。
「マナちゃん見てくれ!」
上がってきた飛鷹が見せたのは、水中で取ったチンアナゴみたいな魚だ。
一つと二つ。合計で三匹の魚をゲットしたようだ。
「おぉ! 凄いですね! この魚の取り方を知ってたんですか?」
「いや? 水中で子供に教えてもらったのが初めてだよ」
「ならもっと凄いですよ! 初心者でこんなに取れる人は初めて見ました!」
「そうか? はは!」
褒められて悪い気分になる人などいない。飛鷹だってそうだ。マナに褒められていい気分になっていた──。
──が、現実に戻る。
「──短ぇよ!!」
両腕を地面に叩きつけて悲しみの表現をした。突然の叫びにマナもビクッと身体を震わせる。
「三分!? 三分ってこんな短いの!? というか使えなさすぎるだろこれ! いつ使うんだよ! いつ三分間水中で息を止めないといけない状況になるんだよ!」
これまた応用力がないスキルだ。これを強化する……どうすればええねん。
せめて地上でも息を止められる、というのなら活用できなくもない……いやそれも微妙ではあるが。
「──っぷはぁ! ダメだ! 地上じゃスキル発動してくれねぇ!」
地上では使えない。止められる時間が伸びたりもしていなかった。
「やっぱり雑魚スキルじゃんか……なんなら今も潜ってる子供の方が肺活量あるじゃん」
「あはは……も、もうちょっと頑張って見ましょう! なにか分かるかも──」
「──飛鷹」
声をかけたのはまさかの不破。いつになく真剣な表情で飛鷹を見つめる。
「不破……?」
「もうさ──遊ばない?」
……フリーズしたのはマナだ。完全に予想外の言葉を耳にして固まっている。
「お前……それ……!!」
飛鷹が立ち上がる。喧嘩がまた起きるかも。マナが止めに入ろうとする──。
「──いいね。もう遊ぶか!」
ズコー。昭和のアニメで聞いたような効果音を出しながらマナはずっこけた。
「い、いいんですか!?」
「もうね。無理だわ。無理無理。このスキルで無双ってどうすんのって話じゃん」
「だよな。もう諦めて遊ぼうぜ」
「そんなアッサリと……」
昨日の情熱はどこに行ったのか。道端に捨てちゃったのか。
飛鷹はまた子供たちに混ざって川へ。不破は他の子供たちと共に山の中へと入っていく。
……なんだか昨日から振り回されっぱなしだ。ちょっとムカムカしてきた。
こういう時は──もう吹っ切れて自分も遊ぶに限る。
「──私も入れてください!」
紫のローブを脱ぎ捨て、下着姿に。童心へと帰りながら子供や飛鷹のいる場所へとダイブするのだった。
* * *
森へと入った不破は、子供たちに導かれるまま獣道を進んでいた。
褐色肌の活発なアラン。インテリ系のストア。紅一点のユウカ。個性があってバランスのいいメンバーだ。
「不破! こっちこっち!」
「奥に入ったら危ないんじゃないか?」
「私たちはここでずっと遊んでるんだよ?」
「ほとんど庭みたいなものだよ!」
「いざって時はマナ姉が助けてくれるし!」
なんとも危機感のない子供たちだ。保護者替わりの不破が何とかしないといけないが、下手すりゃ子供たちの方が強い。むしろ守ってもらわないといけない事態かも。
「こっちの方にね、甘酸っぱい果物がいっぱい成ってるところがあるの!」
「果物が?」
「そう! オレンジ色でまん丸でね。美味しいんだよ!」
「……ミカンのことか?」
「ミカン! いい響き!」
「今度からそう言おう!」
「そうしよう!」
昨日の夕食はキノコもあった。他に元の世界の食べ物があってもおかしくない。
ミカンは不破の大好物だ。異世界で食べられるのなら嬉しい。
道中、あまりの力に指を引きちぎられそうになりながらも、四人はミカンの成る場所へと向かった。
「──」
──そこは美しい場所だった。
子供たちの言う『ミカン』は確かにあり、不破が見たことのある『ミカン』であった。
ミカンの木が薄気味悪い森の中では異質なほど綺麗であり、それらが集まっていれば目を見張るほどの美しさを感じ取れるを
地面に咲いている花も綺麗。近くに生えてる雑草ですら綺麗に見せるほどの美力を持っている。
光り輝く木々の世界はかくも美しい。それこそ不破が目を見開いて固まるほどに。
「あれー?」
ただし。不破が固まっていた原因はもう一つある。それは──。
「伊落……さん……!?」
──不破が絶賛片思い中の女の子。伊落彩葉が倒れていたからである。