第6話『醜態とはこのこと』
瞬間移動。それは遠くの場所に一瞬で移動する能力。アニメや漫画などの創作物だけでなく、現実でも度々見られるメジャーなものだ。
数々のアニメ、漫画、小説を見ている不破は瞬間移動に憧れてもいた。
一瞬であらゆる場所に移動し、敵を撹乱。スタイリッシュに敵を倒す。
一体一だけでなく複数相手もお手の物。バラバラに襲ってくる敵をテレポートで撹乱しつつ一人一人倒す。
これぞまさに男のロマン。誰もが憧れる能力──。
──そんな能力を得たロマン大好きの不破は、現在部屋の隅っこで埃のように座っていた。
小学生の時によくしていた体育座り。まさかこの歳になってもすることになろうとは。過去の自分は考えてもなかった。
「──あっはは!!」
その姿を見て嘲笑うのは飛鷹だ。手を叩いて、腹を叩いて。幼馴染に起こった悲劇に大爆笑をかます。
「いち、一センチの瞬間移動……つっかえねぇ! あははは!」
この場にいる全員が同じことを思っていたが、それを口に出すのは飛鷹一人。他の面々、幼いウォリでさえも哀れみの表情で不破を見ていた。
「徒歩の劣化版じゃねぇか! はははは!」
「──いつまで笑ってんだコノヤロウ!」
業を煮やした不破が飛鷹に掴みかかってペチペチと叩く。
「なんだよ! なんでだよ! 魔法も使えなけりゃ、スキルまでゴミとかそんなんありかよ!? 神様はどんだけ俺のこと嫌いなんだよ! ちくしょー!」
「ここまで来ると逆に好きなんじゃねぇの?」
「なわけあるかい!」
落下して死の危険を味わい。生き残ったら遭難して。狼の化け物にも襲われて。
最悪な目に何度も会った。そのご褒美がこれとは。なんとも救われないことだ。
「その……不破さん!」
マナが肩を叩いて──親指を立てる。
「いい事ありますって!」
「最初の時も言ったけど、それ褒め言葉じゃないからね!?」
続いてウォリと村長も慰めの言葉というオーバーキルを投げかけてくれる。
「不破! 頑張れ!」
「あー……いいことあるよ」
「ちくしょう!」
また部屋の隅でスンスンと泣き始めた。情けない姿だが、ここまで来ると哀れで可哀想になってくる。
そんな姿を見てまた飛鷹は笑い転げていた。
「ははは! あー笑った笑った! 一生のネタができたわこれ」
「……飛鷹もやっとくか?」
「よーしやろう! いくらハズレスキルだったとしても、不破くらい雑魚な能力はないだろうな!」
……人はそれをフラグという。無意識にフラグを立てまくった飛鷹は水晶の前に座って手をかざした。
不破の時と同じように、虹色の輝きが周りを包み込む。
「──見えた」
村長の声と共に光は収束。水晶の中へと消えていった。
……またしても苦い顔。しかも不破の時と同じ感じた。
テンションが上がっているのと、下限を知っているからか、村長の顔の変化に飛鷹は気がついていない。
「さぁさぁ俺のはなんですか!? 『未来予知』? 『因果律操作』? ちょっと捻って『味方へのバフ』? あ、『身体能力強化』ともあるかも!」
「……三分」
「三分?──あ、そうか! 三分間の無敵化だ! いいねぇ、三分ってのがいい! 程よくチートだけど弱点もあるって言うね! まぁでも? 俺は主人公的な立ち位置だし? 対策も考えてかないとだけど──」
「──三分間だけ水の中で息を止められる」
……。……?聞こえなかった。今なんと?
「……はい?」
「三分間だけ。水の中で息を止められる」
「……水の中で?」
「息を止められる」
「止められるね。なるほど。三分間?」
「うん。三分間」
……三分。三分間だけ。水の中で息を止められる。
「三分かぁ……三分ね」
……呼吸を整える。思考を整える。頬を軽くつねり、現実であることを思い知る。そして──叫んだ。
「──クソスキルじゃねぇか!!」
物の見事にハズレスキル。期待を裏切らないフラグ回収。幼馴染の醜態に、隅っこでメソメソしていた不破の目が光る。
「──ほうほう。三分間だけ水の中で息を止められると。強い能力じゃございませんことぉ!」
ニッコニコ。もう眩しいくらいの笑顔で。ぶん殴りたくなる笑顔で飛鷹の眼前に近寄る。
「えー!? 三分!? すっごい! 三分間ってぇ、かなり長い数字じゃなぁい? まあぁ、世界最高記録は二十四分なんですけどねぇ! 異世界に来て手に入れた能力が三分間だけ水の中で息を止められるなんて……かわいそー!?」
煽る。煽る。煽り倒す。仕返しとばかりに。ここぞとばかりに。蹴りたくなる顔で煽り続ける。
「え、え、マナさんマナさん。マナさんってぇ、どれくらい息止めれますかぁ?」
「え、私ですか? ……えっと……その」
「マナ姉は運動苦手だったもんねぇ。三十分くらいしか止めれなかったでしょ? 私よりも短いよぉ」
「だ、ダメですよウォリちゃん!」
子供の無邪気なオーバーキルを受けて瀕死。傷口にドリルを突っ込まれてしまった。──飛鷹のヒットポイントはゼロに。パタリと地面に倒れた。
「……な、なな」
哀れみ二人。ニコニコの不破と倒れている飛鷹を三人は可哀想な目で見ている。
「──なんなんだよこんちくしょう!」
──飛鷹、復活。今度は怒りによってパワーアップしていた。もちろん相手は神様だ。
「なんなんだよ! 三分間ってなんだよ! カップ麺作れる時間だぞ! 短すぎんだろ!?」
「ウルトラマンが戦える時間だねぇ。ま、お前はウルトラマンより弱いけど」
「うるせぇ一センチ!」
「んだと三分こらぁ!? お前よりはマシだわ!」
「あぁ!? 一センチなんて使い物になんねぇだろ!? 俺のスキルの方がまだ有効だし!?」
「三分間だけ息を止めて何するのぉ!? ウルトラマンでも呼ぶのぉ!? 呼んでから来るまでの間に息、限界になっちゃうよぉ!?」
「おまえこそ一センチだけ移動して何するのぉ!? 落下しそうな恋人の手を掴むのかなぁ!? 洋画のアクション大作のラストシーンくらいでしか使えないと思うよぉ!?」
徹底的な煽り合い。どちらもムキになってウザイ顔をする余裕すらないようだ。まぁ仕方ない。どちらも近年稀にみるハズレスキルだったのだから。
さっきは止めていた喧嘩だが、これはもう……哀れすぎて止められない。
こうして二人の悲しき喧嘩は夜になるまで続くのだった。
* * *
──そんなわけで夜。二人はマナの家に泊まることとなった。
長い口喧嘩を終えて満身創痍。疲れが合わさってゲッソリしている。
「どうぞ。野草とキノコのお鍋です!」
器に盛られた草?とキノコ。茶色の汁が食欲をそそる匂いを漂わせてくる。
考えてみれば昼間から何も食べていない。腹のすき具合はいつの間にか限界に達していたようだ。
「「……いただきます」」
なぜか異世界にもあった箸を使って料理を口の中にかきこんだ。
──美味い。キノコの旨みが汁と草に吸われている。味噌のしょっぱさも疲れた体にピッタリだ。
「美味しいですか?」
「美味しい……すごく美味しい」
「俺、キノコ嫌いなはずなんだけど、これなら全然食べれる。むしろ好き」
「ふふ、良かったです」
咀嚼して味を楽しみたいのに自然と料理が喉を通ってしまう。もう器に盛られた分が無くなってしまった。
「おかわりはいっぱいありますから。慌てずに食べてください」
迷惑ばかりかけてるのにマナはずっと優しい。その優しさに泣きそうになりながら、二人はおかわりを所望した。
「はぁ……俺たちどうなるんだろうな」
飛鷹が呟く。
前触れもなくやってきた異世界。元の世界に戻れる保証なんてどこにもない。
もしもずっとこのままだったら──それは嫌だ。
「探すしかないだろ。この世界には魔法があるんだ。平行世界を移動する……みたいな魔法があったっておかしくない」
「そうかなぁ……」
そう言って励ます不破も不安は拭いきれていなかった。
「……なんの話なのかは分かりませんが、そんな悲観的にならないでください。明日はスキルの確認をしてみましょう! もしかしたら有効な能力かもしれませんし。ね?」
可愛い顔と声で言われてしまっては、細くなってた精神も元気を取り戻すというもの。
疲れきった体は料理で復活。疲弊していた精神は美少女の笑顔で復活。二人の体調は万全の状態になった。
「──そうだな。クヨクヨしたってしょうがない! ハズレスキルが実は強かった、なんてことはよくある話だ!」
「そうだそうだ! こんな酷い目にばかり会ってるんだ! そろそろ逆転パートに移らせてもらうぜ!」
「……ふふっ」
元気な人たち。この人たちを見ていたら、私も自然と笑顔になってしまう。
二人ががっつく姿を見ながら、マナは今日一番の笑顔を浮かべていた。