第4話『まさかの再会』
木を超え、坂を登り、川をひとっ飛び。マナは歩くスピードを合わせるのに慣れていないのか、先へ進んでは止まってを繰り返してくれている。
こういうのはイケメン男子が女の子にやってこそ輝くもの。少女であるマナにやられては、不破のプライドも傷つく……かと思いきや、不破はそこを気にしてはいなかった。
かけ離れた力の差を認識した今、マナの前でかっこつけようとなんて思っていない。あるのは恐怖。デコピンで自分を殺せるであろう相手への接待に神経をすり減らしていた。
「大丈夫ですか? 速かったらもう少し緩めますが」
「いえいえ。そ、そんなことはございません! どうぞ自分のペースで進んでください!」
「……な、なんでそんなに他人行儀なんですか」
「そりゃあ敬意を持ってるからですよ! マナさんは僕の命の恩人ですから!」
「そうですか……疲れてるんならおんぶしましょうか?」
「お、お気になさらず!」
おんぶなんてされてみろ。飛行機の上に乗っかって上空を飛ぶようなものだぞ。風圧かその辺の枝で首をへし折ってターンエンドだ。
「あと少しなので頑張って下さい」
「は、はい……」
とはいえ、もう歩いて一時間近く。体力的にも精神的にも限界に達していた。
口では大丈夫と言いつつも見るからにダメ。汗もダラダラで呼吸も途切れ途切れ。こうなっては倒れるのも秒読みだ。
「……もう」
──マナはフラフラの不破をおんぶした。
「え、あの……」
「さっきから強がらなくてもいいんですよ。少し酔うかもですけど、我慢してください」
「ちょ、まっ──」
──地面は大きく抉れ、さっきぶりの浮遊感が不破を襲った。
浮いている。人生で味わうことが少ない落下の感覚が体に焼き付く。
「うぉ!? あっ、熱!?」
「炎魔法で飛んでるんです! ちょっとだけ我慢してください!」
ちらっと振り向くと──マナの脚からロケットのエンジンのような炎の柱が。推進力で飛んでいるのか。さすが異世界。予想以上のぶっ飛び具合だ。
だが不破が望んだのは、これを自分の体ですること。女の子におんぶされるなど考えてもいなかった。
ジェット機のスピードを生身で受けたらどうなると思う。──答えは簡単。『すごく痛い』だ。
「ちょっ待っ、待って! 目玉潰れる! スピード落として!」
「あと五秒は耐えてください!」
「眼球には力込められないから!」
風圧で目玉が潰れそうだ。柔らかい頬肉は波打って引きちぎれそう。体の至る場所が警告信号を大音量で奏でていた。
痛い。死ぬ。殺される。──そう思っていた時。風を切る音の中、マナの声が聞こえてきた。
「大丈夫! 大丈夫ですからね!」
その声は必死に自分を落ち着かせてくれようとしている声で。さっきまでと変わらない、優しい声色であった。
「……」
目まぐるしく変化する視界の中で──二人は目的地である『村』を視界に収めることができた。
「──あ、れ?」
「そう、あそこが私が暮らしている場所──」
約三分のフライトを終えて着地。地面にクレーターができる衝撃で内蔵と骨が一瞬ダンスした。
「──ミサキ村です!」
体感では十年ぶりくらいの地面。酔いと生存本能が安定してない体は、黄緑色の草むらに倒れ込んだ。
当たり前と言えば当たり前だが、飛行していたマナはケロッとしている。
「し、死ぬかと……思った」
「ごめんなさい。人を乗せて飛ぶのには慣れてなくて……」
「……いや。俺の方こそごめん」
マナは善意でやってくれた。助けてくれたのだって善意だ。なのに自分はビビって失礼な態度をしてしまった。
そんなのでどうする。恥ずべきことはするなという母親の言葉を忘れてしまっていたようだ。
「? 謝られるようなことしましたか?」
小首を傾げるマナ。顔がいいと何気ない行動でも絵になる。
「こっちの話。ありがとう」
「ふふん、感謝の気持ちはいくらあってもいいですからね。こちらこそ、どういたしまして」
可愛く笑って不破の感謝を受け取る。
「──うぉ!? 危ねぇ! 見惚れるところだった……心の中の一番がなかったら完全に惚れてた」
「惚れ……えへへ。正面から言われると照れますねぇ」
体をクネクネとさせて喜ぶ。これまた可愛い仕草だ。むしろ可愛くないと許されない仕草である。
「それじゃ、馬鹿なことはこれくらいにして。とりあえず村長のとこに行ってみましょうか。不破さんの言う『ワカヤマ』って場所も村長なら知ってるかもですし」
「……知らないとは思うけど。情報もないことだし、行ってみるか」
村は特に変なところもない。家は三匹の子豚に出てきたような藁でできた粗末なもの。だが雨風をしのぐには十分だろう。
文明レベルは縄文か弥生くらい。異世界と聞くと中世ヨーロッパみたいな世界観と思っていたので、これは意外だ。ここが田舎ってだけかもしれないが。
「マナちゃん! 帰ってきた──男!?」
「マナちゃん男連れて帰ってきたの!?」
「こ、こりゃ大変だァ!」
「ちょっ、ちょっと! 勘違いしないでください!」
村の住民はフレンドリーな人が多く。外から来た不破を邪険に扱うこともなかった。変な目では見られたが。
服は木の葉とロープで作られた、これまた簡易的なもの。マナの服と比べると文明レベルに差があるようだが。なにか事情でもあるのかも。
「──マナァ!? お前っ、動物を狩りに行ったんじゃなかったのか!? まさか……男を狩ってきたのか!?」
「狩ってません! 勘違いしないでください!」
奥の大きな家から走ってきた元気なおじいちゃん。この人がマナの言う村長らしい。歳を取っているのにムキムキだ。
「ほう……まぁ見た目は普通だが、いいとこの育ちだな。マナをよろしく頼むぞ」
「ごめんなさい……もう心に決めた人がいて……」
「なぬ!? 結婚する前に浮気だと!? 貴様、それでも男かぁ!?」
「だから話を聞いてくださいって! あと不破さんも乗っからないの!」
さすがにやりすぎて怒られてしまった。プンスコするマナをたしなめつつ、三人は村長宅へと向かう。
中は村長と言われるだけあって広い。不破が背伸びしても天井に指が届かないくらいだ。
キッチンもあるし、寝る場所もある。住むならこれくらいで十分。現代の暮らしに慣れた不破からすれば、物足りない部分の方が多いが。
家の中をぐるりと見回しながら中央の焚き火の前に座る。
「えーコホン。悪ふざけもほどほどに──ようこそ。我がミサキ村へ。マナが拾ってきた男だ。歓迎するぞ」
「拾ったって……遭難してたところを助けたんです。また怒りますよ村長」
「悪い悪い。孫のお前が帰ってきてくれとるんだ。祖父として、テンションが上がるのは当然だろ?」
何歳かは知らないが、喋り方がラフな爺さんだ。村長と聞くと『儂』とか『じゃ』とかの老人口調で話すと思っていたのだが。
「それで……名前を聞いてなかったな。名前は?」
「不破です。袁尚不破。不破って呼んでください」
「不破か……珍しい名前だな。俺はハリソン・ニャックス。ここで村長をしてるんだ」
名前は外国風……アメリカに近い。それなら日本人の名前は珍しいと言われるのに納得できる。
「それで? なんで遭難してたんだ?」
「それが分からないらしくて……気がついたらここに来てたんですよね?」
「はい……バスに乗ってたら突然落下し始めて。気がついたら森の中ってわけです。そんで狼の化け物に襲われてたところを、マナさんに助けていただいたんです」
「バス? なんだそれ」
「バス……車って言って通じます?」
「車かぁ。マナは車を見たことあるだろ? 『バス』って乗り物は見たことあるか?」
「無いですね……馬車しか知りません」
馬車はあるのか。やはりここは中世ヨーロッパ世界。肉体的には無能もいいとこだが、もしかしたら現代知識無双とかができるかも。
賞賛される姿を考えてニヤニヤしてる不破にマナが肩を叩く。
「どうかしました?」
「あ、なんでもない。続けて?」
怪訝に思いながらも話は続く。
「転移魔法……ってのが濃厚だな。前はどこに住んでたんだ?」
「和歌山って場所です。でも今は沖縄に旅行してきてて」
「オキナワ? また知らない土地の名前が出てきた。お前って不思議なやつだなぁ」
ケラケラと笑っている。怪しまれても文句は言えないので、愉快にしてくれているだけ温情というものか。
「お前、行く宛てとかないんじゃないか?」
「ありませんね」
「じゃあここにしばらく滞在しませんか? 寝る場所は私のところを貸しますし」
「はぇ!? いいの!?」
「いいですよ」
──なんたる行幸。人生最悪の不幸から大逆転。美少女とひとつ屋根の下とは幸運極まれり。
男子高校生にゃあまりに強すぎる刺激。妄想し出すと止まらない──あぁダメだ。心に決めた女の子がいるのにそんな──でもこれはドキドキする。
胸を熱くしながら悶えていると──その時。家の外から声が聞こえてきた。
「──そんちょー! 帰ったぞーい!」
まだ幼い少女の声だ。その声に村長とマナも反応する。
「ウォリちゃんだ! 不破さんも来てください! 私の友達を紹介します!」
「へぇ……可愛い?」
「すごく可愛いですよ!」
あはは、このままハーレムルートかな。自キャラが弱いのが気になるが、これは役満役得。つい頬と口角が緩まってしまう。
これからの事を考えながらウォリという少女の元まで向かう。声からして幼い少女。
お楽しみの対面タイム。ウキウキとウォリの前に立つ──そこにはとんでもない光景が広がっていた。
「ウォリちゃんおかえりなさい! ちゃんと兎は捕まえられた?」
「ふふーん。マナ姉、私は成長したんだよ? 兎なんていうちっぽけなやつじゃなくてもっと大きな獲物を捕まえてきたんだ!」
「もっと大きな獲物? それって──」
そこに居たのは八か九歳くらいの幼い少女。茶色に近い褐色な肌を持っており、活発な印象を与えてくる。見た目からして愛嬌のあるおんなのこだ。
そんなウォリが持っていたのは、両手足を縛られ、太い木の棒に吊るされた人間であった。
「猿! 猿を捕まえた!」
「猿って……ウォリちゃん、これ人間だよ?」
「え!? 人間なの!? 枝にぶら下がってたから猿かと思ってた……」
「もう、早く解いてあげて──って不破さん。どうしたんですか?」
目を見開いて固まっている不破にマナが話しかける。
驚くのも当然。固まるのも当然。目を見開くのも当然だ。だって吊るされている人間は──。
「えっ、おまっ──飛鷹!?」
「……え、不破ぁ?」
──よく知った、幼馴染なのだから。