第39話『まさかの再会Part2』
叫んでいた。
「なんっで……俺は無理だぜ!? 子育てなんて!」
叫んでいた。
「私だって無理よ! 娘一人で精一杯なのに! 子供を迎え入れる余裕なんてないわ!」
叫んでいた。
「アイツら子供を先に残して死にやがって……残されるほうの身にもなってみろってんだよ……!」
叫んでいた。
「母さんのとこはダメなのか?」
「無理に決まってるでしょう! もうお父さんも私も歳なのよ! だいたいいつもアンタは──」
自分を押し付ける言葉を叫んでいた。誰も子供なんて引き取りたくない。そりゃそうだ。子供はどう頑張っても手のかかるもの。金のない奴らが育てるのなんて無理がある。
当たり前。そんなの当たり前──だが子供の前でやるか。そんなことを。
親を失って絶望している子供の前で。今にも泣きそうな子供の前で。その本人を押し付けるような怒鳴り合いを。普通するか。
そんな大人にはなりたくない。こんな人間にはなりたくない。
零す涙と共に大地はそう決心していた──。
* * *
「──起きた! 起きたよママ!」
声が聞こえた。低めの声ながらも可愛さが隠しきれない──レイの声だった。
「……あ?」
「大地君!」
レイの母であるハニーの……半球が天井の半分を覆う。
「大丈夫!? 痛いとことか、苦しいところはない!?」
「……屋根が半分」
「へ?」
「スケベ」
「いて」
言葉の真意に気がついたレイ。心配そうにしていた目から一転。ジト目へと変化させ、大地の頭を軽く叩いた。
「ちょっとレイ! 怪我してる子を殴っちゃダメでしょ!」
「大丈夫だよ。こいつ元気だから」
大地は叩かれた頭をさすりながら起き上がる。
「……何があったんだっけ?」
「レイを守って刺されてくれたんでしょ。すぐにレイがバリスさんの所に連れてって、治療してあげてたの」
「……あー」
思い出した。子供が刺しに来た包丁を庇ったのだ。すぐに刺された部位を確認する。
綺麗さっぱり完治──とはいかないが、包丁が刺さっていたとは思えないほど、傷口は小さくなっていた。
「大地君……ありがとう。レイを助けてくれて」
「いや、感謝することじゃねぇよ。先に助けてくれたのはそっちだし」
「優しい子ね。ほら、レイもありがとう言ったら?」
「……ありがとう、大地」
ぶっきらぼうな言い方だ。ハニーは困り眉を作りながらため息をつく。
「もう、さっきまであんなに心配そうにしてたのに」
「──は、はぁ!? 心配なんてしてないもん!」
「そういえばお前さっきハニーのこと『ママ』って言ってたな。今まで母さん呼びだったのに。実はママっ子だったのか?」
「そうなのよ。この子ったら十五にもなってまだママ呼びなのよ。ねぇレイちゃん」
「っっ──!」
粉雪のように白かった肌が焼けた鉄のように赤くなっていく。
「──馬鹿っ! 馬鹿馬鹿っ! 一生寝とけ二人共!」
足をドスドス鳴らしてレイは退出した。
部屋に残った大地とハニーは、お互いに顔を見合せて──プッと、吹き出すのだった。
* * *
「体の調子はどうだ?」
「ダーリ……ン」
ハニーからは『今日は一日部屋でゆっくりしてなさい』との命令を受け、暇を持て余していた時。部屋の扉を開けてダーリンが入室してきた。
優しい声だが黒色のレオタードを着たムキムキマッチョメンが入ってきては、男子高校生の顔も自然と歪むというもの。
「腹を刺されたってことを考えれば、かなり調子がいい」
「ならよかった。てっきりレイが頭を叩いたせいで馬鹿になってるかもって思ってたんだがな」
「元々馬鹿だから変わりねぇよ」
本人の言う通り元気そうだ。ダーリンは大地の背中を叩く。
「悪いな。初日にこんなことになっちまって」
「アンタが謝ることでもねぇだろ。……そういや、俺を刺した子供はどうなった?」
「お前を刺した後、すぐに周りの奴らに取り押さえられたらしい。今はヤンおばさんが身柄を預かってるそうだ」
「そうか……」
誰かは分からないが、ダーリンが言うのだから信頼できる人なんだろう。とりあえず一安心……していいのかは微妙だ。
「なぁ……俺を刺した子供なんだが」
「? なんだ? 復讐でもしたいのか?」
「んな物騒なことはしねぇよ。その……レイを刺そうとしてた時の様子がおかしかったんだ。ヤクでもやってんのかって感じで」
「ふむ……ヤクってのは知らんが、分かった。ヤンおばさんにも話しておこう」
虚ろな目。異様にやせ細った手足。明らかに異常としか言えない見た目だった。
何かをしたのか、されたのか。そもそも子供がなんでレイを殺そうとしたのか──まだまだ疑問は残っている。
もし薬でも盛られていたら──なんて、考えるだけでも胸糞悪い。
「……大地」
錯綜する思考を纏めていた時。ダーリンから声をかけられた。
「──ちょっと手伝ってくれるか?」
* * *
「いいのかよ。俺ハニーから『安静にしてろ』って言われてたんだけど」
「俺のハニーなら許してくれるさ」
こっそりと家を出た二人。二人は寂れた貧民街の道を歩いていた。
ダーリンは白い大きな袋を両手に四つ、大地は一つの袋を両手で持っている。
「これなんだ?」
「着いてからのお楽しみだ」
「ふぅん」
どこへ行くのかもダーリンからは伝えられていない。時間はどれくらいかかるのか……袋がかなり重いので心配だ。
「ところでだ──大地。うちのレイはどうだ?」
「どうって……なにが?」
「可愛いだろ?」
「はぁ?」
ニヤニヤと腹の立つ顔で聞いてくる。
「まぁそら……ブスってことはねぇけど」
「当たり前だ。世界一可愛いハニーと世界一イケメンな俺の子だぞ? 宇宙一可愛いに決まってる」
「えらい自信だな」
「あぁ! だって可愛いだろ?」
答えになってるような、なってないような。そんな返答に大地は苦笑する。
「性格は少しキツイところがあるがな」
「少しかよ、あれ」
「思春期の女の子はあんなもんだろ?」
「そうかな。人の脚をへし折ってくる思春期なんて俺は知らねぇ」
「ははは! 強烈なのを貰っちまったか!」
「兎は脚力が強いってのを蹴られるまで忘れてたよ」
「それじゃあ勉強代を貰わないとな」
「馬鹿言うな。先に慰謝料だよ」
二人の笑い声が静かな貧民街に響き渡る。
「……あんな感じだが、実は優しい子なんだ。許してやってくれ」
「アンタとハニーの子だろ。優しいのは知ってるさ。なんだかんだ、二回も俺を運んでくれたし」
「……そうだな」
最初に外に倒れていた時。ナイフを刺された時。二回とも大地を運んでくれたのはレイだ。
あれだけ当たりは強いが、心根は優しい子なんだろう。
「昔っからそうだよ。弱い人を守ろうと必死になって動き回って……俺らからしたら、心配で心配で仕方ないけどな」
「……」
あれだけ笑っていたダーリンの目に『心配』の二文字が宿る。その姿に大地は寂しそうに呟いた。
「俺も……アンタみたいな父親が欲しかったよ」
「ん?」
「ちゃんと俺を心配してくれるような家族が欲しかった。どいつもこいつも、俺を疎んでたからなぁ……」
さっきの夢を思い出す。
両親が死んですぐ。残された自分を押し付け合う喧嘩を目の前で見ていた。
あまりにも幼い頃なので朧気ではあるが……そんな時でも、いい思いはしなかったくらいには。嫌な記憶だ。
「なら、ここにいる時だけは、俺たちのことを実の家族って思ってもらってもいいぞ!」
「あー……考えとく」
「おいおい、なんでだよ!」
確かに羨ましいが……レオタードを着ている父親はぶっちゃけ嫌だ。
だがダーリンの発言は嬉しかったようで。大地の顔には嬉しさを隠しきれていない笑みが浮かんでいた。
そんなこんなで到着したのは──貧民街の中でも特に薄暗く、特に汚く、特にみすぼらしい場所であった。
「ここは?」
「ホームレス通り。俺らの中じゃそう呼ばれてる場所だ」
そう言いながら荷物を置き、ダーリンは手を叩いた。
──すると、物陰からノロノロと汚い格好をした人たちが出てきた。
「ほら、配給の時間だ! 早い者勝ちだぞ!」
ダーリンの声に反応した人たちは言われるまでもなくダーリンの前に列を作った。
「これは?」
「家すらないホームレスの人たちだ。この人たちは働くことができない。まともに飯にありつくこともできないんだ」
そう言うとダーリンは白い袋から、灰色のパンと水を取り出してホームレスへと手渡す。
「だから俺は時々ここに来て飯と水を配給してる」
「……アンタ。金ないんじゃないのかよ」
「そうだよ。だからこのパンも安物だ。俺がもっと金を稼げれば、暖かい物を配給できるんだがな……」
「そうじゃなくて……なんで金もないのにボランティアなんかしてんだよ。無駄だろ」
「無駄……か」
ダーリンは軽く微笑み、こう言った。
「──いいことすると、気持ちがいいだろ?」
「……」
馬鹿な答えだ。それで生活が苦しくなるのなら本末転倒だ。
だけど──温かい答えだ。
「大地も手伝ってくれるか?」
「……はぁ、しゃあねぇな」
仕方なし。家に住まわしてくれてるのだから手伝いくらいはしてやるか。
大地は笑顔でため息をつき、渡された袋から水を取り出す。そして目の前のホームレスに手渡し──。
「──あ?」
「……ん?」
……。二人は見つめ合う。一秒、五秒、十秒。その異様な光景にダーリンも首を傾げた。
「どうした大地?」
「……」
「……」
大地の見つめている相手。その特徴は七三分けの髪に、昔ながらの丸メガネ。童顔低身長。忘れるはずのない憎たらしい顔。
どこかで見たような、見続けたような。そんな顔であった──。
「──た、田中ぁ!?」
「──え、遠藤ぅ!?」
遠藤大地。田中英角。クラス一の不良とクラス一の優等生が一日ぶりに邂逅した瞬間であった──。




