第36話『反省する白兎』
「……やっちゃってるねぇ、これ」
ススか石炭か。黒く汚れた白衣を身に纏った男が呟いた。
「ポッキリいってるよ。何したの?」
「っと……」
「二人でサッカーしてて……」
「サッカー? なんだよそれ」
男は汚く伸びた無精髭を触りながら、手前の机にあった瓶を掴んだ。
「ほら、飲め」
「あ?」
渡されたのは水色の液体が入った青い瓶。大地は怪訝そうな顔をしながらも、蓋を開けて一気飲みした。
「……まずい」
「月光草を蒸留したやつだ。水で薄めてるから、本来のよりは回復力は少なめだけど」
「月光草……?」
「夜にだけ生える草のことよ。知らないの?」
「聞いたこともねぇな」
大地が首を傾げる。──それと同時。徐々に脚の青アザが薄くなってきていた。そして痛みも取れてきている。
「足裏向けろ」
そう言いながら無理やり大地の足を持ち上げ──なんと黒い木の棒を足裏にぶっ刺した。
「は──ぁあ!? てめっ、何して!!」
「そんな驚くな。痛くねぇだろ?」
「んなわけ……あれ、ほんとだ」
言われてみれば痛くない。よく見てみると、足裏に刺してるにも関わらず、血すら出ていない。
「鷲の木だよ。人体にすぐ馴染む。しばらくはコイツが骨の代わりだ」
「……」
呆然としながら脚を見ていると、男によって椅子が蹴り倒された。
大地は咄嗟に立ち上がる──足の痛みもない。立っていても違和感もない。日常生活を送る上で問題は無さそうだ。
「えっと……」
「バリスだ」
「バリスか。悪いな、世話になった。ありがとうバリス」
「突然ごめんねバリスさん」
「ん」
バリスはこちらに目も向けずに本を読み始めた。二人はバリスに会釈をし、歩き出した。
* * *
「……ごめん」
「あ?」
隆起した石畳の上に座りながら、レイは申し訳なさそうな顔で呟いた。
「流石にやりすぎた」
「……気にすんな。怪我は慣れてる」
「はぁ……」
そうは言っても罪悪感は残ったまま。大地は面倒くさそうな顔をしてレイの頭を軽く叩いた。
「じゃあ悪いと思ってんなら、ここら辺のこと教えてくれや。さっきは何も話してくんなかっただろ?」
「……分かった。いいよ」
レイは立ち上がり、歩き出した。大地もそれについて行く。
トカゲの姿をした大男に、ネズミの顔をした胴体は普通の女性。なかなかに個性的な見た目の人が通る度に大地の目は横へと流れる。
近くで見ると迫力満点。というより、気味が悪かった。
「……大地のとこじゃ、『アガリビト』は珍しいの?」
「アガリビト? んだそりゃ」
「アガリビトは人と動物のハーフだよ。たまに魚とか爬虫類とかもいたりするけど」
「へぇ……お前もそうなのか?」
「うん。私は兎のアガリビトだよ」
そう言ってレイは耳をぴょこっと動かした。
「それ聞こえんのか?」
「うん。聞こえるけど……本当にアガリビト知らないの? アンタの住んでる場所どうなってんのよ」
「あぁ。俺の住んでる場所にはお前みたいなのコスプレ以外じゃ居なかったぞ」
レイの耳を指先で撫でる。フワフワだ──瞬間、レイは顔を赤くしながら「触るな」と手を叩いた。むちゃくちゃ痛い。
「……魔力がないのも、アンタのとこの特徴?」
「あ? 魔力?」
「──私の周り、見える?」
見えると言われても、周りには何もな──と思った瞬間、レイの周りが蜃気楼のように歪んだ。
「……うっすらしか見えないのね。ほんとに訳わかんない奴ね」
「魔力ってなんだよ」
「この世にある万物全ての生物に宿ってるエネルギーのようなもののことよ。普通ならそこら辺の赤ん坊にだって魔力が籠ってるもんなんだけど……あんた、なんで魔力が一切ないのよ」
「そう言われてもなぁ」
「……ここに居る内は私か、父さんか母さんと一緒に行動しなよ」
すれ違った赤い肌の男に挨拶しながら、また二人は歩き始める。
「ここら辺は治安があんまり良くないから、あんたみたいな《《弱い》》奴、すぐに殺される」
「……弱い奴だと? これでも喧嘩は負けたことねぇぞ」
弱い。強い言葉に反応し、大地は少しムッとする。
「それは相手に魔力がないからでしょ。今のアンタじゃ、子供にすら力で負ける」
「あぁ!? 流石に舐めすぎだ──」
──大地の肩にレイの手が置かれる。
長年の喧嘩の経験だろうか。それとも魔力とは、それほど強いものなのか。
まるで巨像に押し潰されるかのような錯覚をしてしまうほど強大な力を肩から感じ取った。
「──!?」
驚き。大地は認めないだろうが恐怖もあった。
そんな感情を表しながら、後ずさりする。
「これで分かったでしょ。どれだけ強かったのかは知らないけど、ここじゃアンタなんて下の下。的が大きい分、ネズミよりも弱いかもね」
「……」
何も言えない。何も言わない。
舌打ちや、悪態をつくことすらできなかった。まさに圧倒的。自分よりも小柄な少女が自分よりも強いという事実を大地は突きつけられていた。
「はぁ。これだけ弱かったら、調査員の可能性もないね。疑いの目はしないであげるよ」
「……さっきも言ってたな。『調査員』ってなんだよ」
少し言葉を強くして聞く。
「貧民街はね、この国では忌むべきものとして扱われてるの。戦争とかが忙しかったからまだ壊されてないだけで、ガロウからすれば最も忌み嫌っている『弱者』の巣窟だしね」
「ガロウ……?」
「アドラスバースの国王だよ。『闘争こそ我が宿命』とか言って戦争ばっかやってる頭がおかしいやつ」
頭上で指を回し、おちょくるように答えた。
「今までも壊そうって動きはあったんだけどね。……ただここ最近になって噂が出てきたの」
「貧民街を本格的に壊そう、みたいなのか?」
「そう。おかげで黒いローブを着た奴らが動き回るようになってね」
「……そいつらが『調査員』ってやつか」
「この辺りの地形とか住んでる人とかを調べてるらしいんだ。……ほっといたって、別に食いやしないのに。何がそんなに憎いんだろうね」
──レイは静かに。そして悲しそうにそう言った。
陽の光が陰りを見せ始めた。裏路地は灯りが少なく、まだ夕方なのにも関わらず、真夜中の田舎のように薄暗い。
雰囲気も相まって、大地の背中に嫌な汗が流れた。
「もう夜になるね。あのバカ夫婦はまだズッコンバッコンしてるだろうし、夜市にでも行こっか」
「ズッコンバッコン……」
薄暗い路地裏でも目立つ白い髪と端正な顔が大地に振り返る。
「嫌いな物とかある?」
「あ? ……まぁ、ナスは嫌だな」
「肉は? レバーとか内蔵は食べられる?」
「別に問題ねぇよ。むしろホルモンは好きな方だ」
「じゃあ大丈夫だね。今回だけは奢ってあげるよ」
「何も知らない人間に不可避の恩を売るなよ」
「生き抜くためには、時としてずる賢さも必要だからね」
二人は少しだけ笑い、夜市のある方へと歩き始めた。




