第34話『兎がぴょんぴょん』
酷く気分が悪い。おそらくは腹の立つ記憶を夢で見てしまったからだ。なんで今になってあんな過去のことを思い出してしまったのか。
今はどうなっている。確か──修学旅行。沖縄に来ていたはずだ。
「……ぐ、ぅ」
重い瞼をこじ開けながら体を起き上がらせた。
──白い布団。黒く変色してる木造の屋根と壁。薄いガラスは昭和の景色を想像させる。
例えるなら古屋。田舎の漁港とか、山の奥の村とかにありそうな、古臭い木造家屋。その寝室のような場所であった。
「……あ?」
服は変わらず制服のまま。自分でかけたアイロンが崩れてるのが気になるが、今は関係なしとする。
「どこだ……ここ」
最後に見た景色は──バスがトンネルから抜け、地面へと落下した姿。
思い出した。自分は落下したのだ。高度何メートルかは分からないが、トンネルを抜けたら急に落下し始めたのだ。
訳の分からない状況だ。ともかくここがどこかを確認しなければ。と、大地はガラス越しに外を覗き込んだ。
寂れた家。変な飯を売っている露店が立ち並んでいる。祭りのような賑やかな感じはしない。むしろどこか重々しい雰囲気が立ち上っている。
道を歩く人……人じゃなさそうなのもいるが、とにかく。歩いている人の身なりはボロボロ。とても平均的な日本人の生活をしてるようには見えない。
明らかに沖縄じゃない。ただそれ以上に気になるのは──歩いているのが人間とは思えない見た目をしていることだ。
猫耳と尾を持った女性。トカゲを無理やり人間の形にしたような男。トサカの生えた子供に。肌が植物のように緑色な老人。
ビックリ人間の宝庫だ。見た感じコスプレってわけでもなさそう。じゃあ本当に猫耳やトカゲの姿をしてるのか。
「……なんなんだよ一体」
状況を整理したかったはずなのに、さらに混乱してしまった。もうここが現実かなのかすら分からない。
頭を抱えている大地。──その時、部屋の扉が開かれた。
「──あら、起きたの!」
そう言って入ってきたのは──兎の耳を生やした女性であった。
「あ──はぁ!?」
大地は驚いた。兎の耳が生えているからではない。その……入ってきた女性の格好に驚いたのだ。
黒色のセクシーなレオタード。大胆に露出された太ももには黒いタイツが履かれ、女性の北半球はガードすらされずに晒されている。
顔は別に普通だ。髪も綺麗な白髪。儚げのある美人。体も少しグラビティでダイナミックなだけで変な部分はない。──だからこそ異様な服装が目立ってしまう。
女性の年齢は三十代前半だろうか。見た目的にはかなり若い。思春期で、なおかつ年上嗜好の大地にはかなり刺激の強い見た目である。
「心配したのよぉ、大丈夫? どこか痛いところとかない?」
そんな格好で迫ってくるものだから、大地は顔を赤くしながら目を逸らし、壁に背を向け後ずさった。
「だいっ、大丈夫だっ! 怪我とかはしてねぇ!」
「あらそう? 顔は赤いけど……熱でもあるのかしら?」
女性が大地の額に手を当てる。──恥ずかしさに耐えきれず、大地はその手を振り払った。
「だ、大丈夫だって!」
女性は少し寂しそうにした後、ハッとした表情に変わる。
「あ、そうよね。いきなりこんなことされたら気持ち悪いわよね。ごめんね、目が覚めて混乱してる時に」
「い、いや……お、俺も悪かっ……た」
流石に無礼だった。大地も女性に謝る。
「ここって……あんたの家か?」
「うん。そうよ。貴方が外に倒れてたのをレイが見つけて運んできてくれたの」
「レイ?」
「私の娘よ。あ、そうね。自己紹介を忘れてたわ。──私はハニー。ハニー・ラビットよ。貴方は自分の名前とか分かる?」
ハニーはそう言って微笑みかけた。
「……遠藤大地だ」
「エンドウ……不思議な名前。外の国の人?」
「外の国……ちょっと待て。ここってどこだ?」
「ここ? 私の家だけど」
「そ、そうじゃなくてな」
「ふふ、からかってみただけよ。ここは──」
見たことの無い景色。明らかに人間とは思えない姿。そして──目の前にいる作り物とは思えない耳をしたハニー。この結果から得られる結果はつまり──。
「──城砦国『アドラスバース』の外れ。『ミラベル通り』よ」
──どうやら、別世界に来てしまったようだ。
* * *
大地は頭を抱える。信じたくはないし、未だに信じられないが、ここは元いた世界とは違う世界なようだ。
「どうなってんだよ……」
「大地君はどこから来たの?」
「俺は……日本って分かるか?」
「日本? ……聞いたことないわね。どこにあるの?」
「どこって……なんていうか、東の方の国っていうか」
「東ねぇ……ベネッチア辺りかしら。でも日本って場所は聞いたことないわ」
また聞いたこともない場所が出てきた。大地はまた頭を抱える。
「……大地君はなんで倒れたのか覚えてる?」
「あぁ……信じてくれないだろうけど」
「言ってみなさい。信じるか信じないかは、その後決めてあげるから」
優しい声でウィンク。少しだけ落ち着いた大地は、これまでのことを話し始めた。
──聞き終えたハニーは不思議そうに首を傾げていた。
「ふむふむ。オキナワって場所でバスに乗ってたら、トンネルを抜けた瞬間に空に居た、と」
「俺も何が何だか分からなくて……」
「……話してくれてありがとう。だけど私、大地君の言ってる国が分からないの。探してあげたいけど……多分、ここから遠い場所よね?」
「……」
大地は頷く。
「そんなに寂しそうな顔はしないの。ここら辺に知り合いとかはいる?」
「……いねぇ」
「だったら、帰る方法が見つかるまでここに居なさい。寝室はここ、使っていいから」
「……いいのか?」
「ふふん、私もダーリンもレイも優しいからね」
「……悪ぃな。ありがとう」
座ったまま頭を下げる大地。ハニーは嬉しそうにしながら立ち上がる。
「お腹空いてるでしょ。ちょうどご飯を作ってたの。食べる?」
「……食べる」
「じゃあリビングに行きましょ。立てる?」
「立てるよ」
しばらく眠っていたからか腰が重い。大地はゆっくりと立ち上がる──と、同時にまた扉が開いた。
「あ、ダーリン! レイが連れてきた子が起きたわよ!」
ダーリン。と言うと、ハニーの夫か。挨拶をしようと扉の先にいる夫に顔を向ける。
「──お、なかなか身長が高いな! それにイケメンだ。レイはいい子を連れてきたなぁ」
「……」
その……顔は、普通だ。普通の黒髪。肌が異様に白いのはこの際どうでもいい。
──身長は二メートルに達するほど大きく。体は百キロを超えてるであろう程に筋骨隆々。そしてその体にフィットするように黒色のレオタードが装着されていた。
大胆にさらけ出された胸……というより胸筋、そして太もも……というより大腿筋。ハニーと格好が同じなのだが……あー、うん。変に表現すると差別になるかもなので、やめておくとしよう。
男はドスドスと足を鳴らしながら大地の前までやってくる。
大地も日本人としては背が高い方なのだが、そんな大地でも見上げるほどの巨体が目の前までやってくる。
「俺はダーリン・ラビット。この──マイハニーの夫だ」
ダーリンはハニーの肩を抱き寄せる。ハニーは頬を赤らめながら、照れた。
「ちょっと……もう」
なんて言いながらも満更でも無い顔をする。
「……ぁ、はい」
見た目。格好。状況。混乱に続く混乱。大地の頭はミキサーのように掻き回されている。
そんな狂気じみた展開の中で。ようやく大地は一つの言葉を脳内に浮かばせた。
──いや、名前がハニーとダーリンだったのかよ。




