第32話『ここから始まる英雄譚』
──二日後。
荷造りを終えた三人は石の上に仲良く座っていた。壊れてしまった家屋を見ながら、少し寂しそうな顔をしている。
「……」
「──やっぱり名残惜しいか?」
そんな三人の元に村長がやってきた。
「そりゃあそうですよ。たった一週間でしたけど……楽しかったから」
「……俺らも悲しくなるよ。騒がしいお前らが居なくなるからな」
「騒がしい、って言い方なんかトゲありますね」
「じゃあうるさいにしとくわ」
「もっと嫌な感じになった……」
口を尖らせる不破の前に村長は手のひらサイズの麻布を手渡した。
「持ってけ」
「これは?」
「金だよ。あっちに行ったら使うだろ? 少ししかないけど、ないよりマシだ」
不破の手に麻布を置く。金属が重なり合う音を立てながら、麻布を握らせた。
「……ありがとうございます」
「……こっちのセリフだよ」
三人を真っ直ぐ見つめ、村長は口を開く。
「俺じゃあマナを立ち直らせられなかった。それだけじゃない。お前らが傲慢を止めてくれなかったら……もっと酷いことになってた。俺は……お前らに感謝してもしきれない」
「村長……」
──遠くの方から三人を呼ぶ声が聞こえてきた。
どうやらもう出発の時間らしい。村長は珍しく寂しそうな顔をしていたが、すぐに明るい顔を取り戻して三人に笑いかける。
「達者でな。風邪引くなよ」
「──」
泣きそうになった目を擦り、三人は声の方へと歩き出す。
「村長こそ。長生きしてくださいよ」
「お葬式くらいには行きますから」
「香典、期待しててくださいね」
「……香典、ってのは知らないが、まぁ期待してるよ」
小さくなっていく三人の背中に村長は小さく手を振っていたのだった──。
* * *
馬車の前にはフューエルが待っていてくれた。
「みんなとお別れはしなくていいのかい?」
「村の復興で忙しそうだし、いいです」
「それに……みんなと会うと泣きそうだし」
「……そうか」
できるだけ村を見ないように馬車に乗り込む──その時。後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。
「不破!」
「飛鷹!」
「彩葉お姉ちゃん!」
──あの、子供たちの。アランと、ストアと、ユウカの声が聞こえてきた。
振り返ってみると、あの三人──だけじゃない。村のみんなに加えて、マナも立っていた。
「水臭いじゃない……見送りくらいさせてよ」
「いつもはうるさいくせに、こういう時は黙っていこうとしやがってよ」
「お前らの炒飯っての、ちゃんとレシピをメモしといたぜ!」
「あっちでも元気でな!」
「辛くなったら戻っておいで」
──三人を励ます言葉。感謝を告げる言葉。鼓舞してくれる言葉。
自分たちを見守ってくれていた言葉に涙腺は壊れ──三人は止めることができない涙を流した。
そんな三人につられて村人たちも涙を流し始める。
「うぅ、これ……」
子供たちがそれぞれ三人にネックレスのような物を渡した。
「お守りだよ。みんなで作ったの! 辛くなったらこれ見て元気だしてね!」
「……ありがとう」
これ以上はダメだ。行けなくなってしまう。そう思って馬車へと乗る直前。──三人はまとめてマナに抱き締められた。
「──大好きです。たった一週間でしたけど、私にとって最高の時間でした」
「……マナ」
「……俺も嬉しいよ。でも──ちょっとそろそろ苦しいかな」
マナの力に三人は呼吸停止寸前。慌ててマナは三人を離す。
「あ、す、すみません! その……行ってほしくなくて。……うぅ」
泣きじゃくるマナに今度は三人の方から抱き締める。
「もー、マナちゃんは寂しんぼさんだねぇ」
「俺たちも楽しかったよ。……居場所のない俺たちを住まわせてくれてありがとう」
「元気でな──マナ!」
三人は馬車へと飛び乗る。もう少し居たい。もっと居たい。そんな願いを振り払うように、馬車は動き出した。
遠くなっていく人々の景色に三人は手を振り続けた。ずっと、ずっと──。
* * *
馬車に揺られながら、三人はこの一週間のことを思い出していた。
楽しかったことも多かったし、馬鹿なこともやった。思い返してみれば死にかけてばっかりだった気がする。
それでもあの時の思い出はかけがえのないものだ。余裕があったら、また戻りたい。
「……しんみりするのは終わり。これからのこと話そうぜ」
静かだった車内で最初に口を開いたのは不破であった。
「そうだな。今から行くのは……アドラスバース? だったっけ?」
「城砦国って村長は言ってたね」
「まーた異世界っぽい国名だよなぁ」
アドラスバースは村から西に五十キロほど向かった場所にある大きな国。三人はそこで現実世界へと戻る情報を手に入れようとしていた。
「……基本的にはさ。小説とかだと、『世界を救うため』だったり『神様の手違いで』とかだったりするよね」
「じゃあ俺達も世界救ったら帰れたりして」
「でも私たちクソザコナメクジだよ? 有象無象のモブ兵士に三人がかりでギリギリだったの忘れちゃった?」
……嫌な思い出は箱に閉まっておくとしよう。
まずそもそも三人はこの世界のことを全くもって知らない。村にずっと居たし、村では余裕があんまりなかったから、この世界のことを聞くタイミングが無かったのだ。
「それじゃあ、アドラスバースに行ったら先に勉強から始めよっか」
「だな。──よく考えてみればさ、金勘定も現代日本と違うんじゃね?」
ここは異世界。しかも見た感じ中世ヨーロッパを基準とした典型的なものだ。
となると、お金の価値も違うかもしれない。金貨一枚とか、銅貨五枚とか。そこのところも勉強しなくては。
「ちょうど村長から金貰ったし、数えてみようぜ」
「私金貨とか見てみたーい」
「あれって純金なのかな?」
「流石に違うんじゃない? 純金だと価値凄いことになりそうだし」
なんて雑談を挟みながら、不破は袋を開けてみた──。
「──は?」
入っていたのは──まさかの五百円玉。それと万札であった。
もちろん異世界特有の物ではない。現代日本の、しかも福沢諭吉が描かれてる旧の方の万札である。
「……へ? え、え?」
「これ、村長から貰ったやつだよね?」
「……うん」
「なんで万札……え、もしかしてこの世界って日本円が主流なの?」
……よく考えてみれば、この世界の人とは普通に日本語で会話できていた。あまりに自然すぎて気が付かなかった。
「……そ、そういうもの、なのかな?」
「うわ、百円玉もあるし、一円玉まで……こんな細かいのをわざわざ作る?」
「……」
予想できることは二つ。異世界人がたまたま作ったものが日本円とそっくりだったか。
──もしくは、過去に異世界転移してきた人が、これを作ったか。
「俺らよりも先に転移してきた人がいるなら……」
「このお金にも合点が付くよね」
あまりに予想外なことに頭の処理が追いつかない。だが──まだその人がこの世界にいる場合、帰れてないと言うことになる。
「……作った人が居るにしろ、居ないにしろ。まずは探してみる必要があるよね」
「……」
「どしたの伊落さん?」
「その……関係ないかもなんだけどさ」
彩葉はモジモジしながら話し始める。
「夢……みたの。女の子の。その子は『私を助けて』って言ってて……だからその子なら何かを知ってるかも……なんちゃって」
「──」
二人は目を丸くして彩葉を見つめていた。
「な、なに。気になったこと言ってみただけじゃん! そんな目しないでよー!」
ブンブンと手を振る彩葉に二人は答えた。
「「──俺も同じ夢を見た」」
「──え!?」
三人が目を合わせる。──三人が全員同じ夢を見ている。しかも同じタイミングで目を覚ましている。
これを偶然と言っていいのか。現実世界ならまだ言えるだろう。しかしここは魔法のあるファンタジー異世界。
もしかしたら自分たちを転移させた人が何かしらの信号を放っているのかもしれない。
「金髪の女の子……だよね」
「うん。うん……」
「まぁ、その女の子が俺らを召喚したってのが有力な説だよな……」
「情報があまりにも少ないからね。そういうことにしとこう」
「となるとアドラスバースでやることは、『この世界のことについて調べる』『現実世界に戻る方法を見つける』『過去に来た転移者を探す』『夢の中の女の子に会う』の四つか……」
「や、やることが……やることが多い……」
「それと『クラスのみんなを探す』ってのも追加しないとね」
「あ……そういや、そうだよな。普通に考えたら、他のみんなもこの世界にいるはずだよな」
「……生きてるといいね。みんな」
ふと、三人は外を見てみた。
──そこにあったのは広大な花畑。色とりどりの花が咲き誇る天国のような場所であった。
花の蜜を吸いに来た小鳥。その小鳥を見守るように座っている長い尻尾の生えた犬。さらに上空には巨大な三本足の儂が翼を広げて滑空していた。
まず現実世界じゃ見ることはできないであろう景色だ。この広大な景色は異世界の特権とも言えるだろう。
「……先は長そうだよね」
「また命の危険があるかもよ」
「やだなぁ……同じような目に遭うのはごめんなんだけど」
気が遠くなるほどの長い道のり。しかも道には茨や棘が生えた厳しい道だ。命を落とす可能性だってある。
だけど──そんな道の途中には、こんな美しい花畑のような、綺麗な景色があるかもしれない。
どうせ茨の道ならば。その途中の景色にも目を向けながら歩くとしよう。
これから始まる少年少女たちの長い英雄譚。その始まりを告げるのは、この美しい花畑であった──。
第一章はこれにて終わりです。ご愛読ありがとうございました。
次は第二章。視点が変わって新たな主人公たちが登場します。これからも、どうぞお楽しみください!




