第31話『悲しみを乗り越えて』
──声が、聞こえる。
女の子の声だ。甘くてフワフワとした、メルヘンチックな声が。
「──い」
暖かい。まるで全身を羊に支えられてる気分だ。この感覚を一生味わっていたい。そんな感覚がする。
「──ください」
自分の体が溶けるような気がして。周りの空間が溶けるような気がする。
時間も。空間も。何もかもが緩やかに消えていく。
「──けて、ください」
そんな消えてゆく世界の中で──少女を見た。
あまり背は高くない。金髪で可愛らしいウェーブのかかった髪の毛。丸い目に優しげな深緑の瞳。
見てるだけで温かい気持ちになるような、そんな目から──涙が流れていた。
「──助けてください。どうかお願いします。助けてください」
泣いてほしくなかった。そんなにも綺麗な目から涙を流してほしくなかった。悲しんでほしくなかった。
黒く染っていく世界。少女も黒い世界へと消えていく。
消える前に。失う前に。かろうじて残っている手を伸ばして──。
「──必ず助けに行くから」
──そう、言った。
* * *
──三人が目を開けると、そこに映ったのは白い天井であった。
硬めの布。おそらくはテントの中。軽く周りを見回してみると、自分たち以外にも複数の負傷者がいる。
「ここは……?」
「──ハリソンの言う通り、仲のいい三人だね。まさか三人同時に目が覚めるなんて」
突然の声に同じような反応でびっくりする三人。その様子を見て、近くにいた男──フューエルは優しげに笑った。
「ごめんね。驚かせるつもりはなかったんだ。怪我は大丈夫?」
「……は、はい」
「大丈夫です……」
「なら良かった」
フューエルは立ち上がって軽くお辞儀をする。
「僕はフューエル。ガロウ様直属の騎士団『ラプター』の団長をしてる者だよ」
「団長……あ」
不破は『援軍』という言葉を思い出した。三十分ほど待てば援軍が来るはず。
ということは──三人の目的は成功していた。
「君たちが時間を稼いでくれたおかげで、大勢の村人の命が助かった。──感謝を。そして、本来は僕たちがしなければならないことをしてくれた君たちに謝罪をさせてほしい」
フューエルは地面に額を擦り付ける勢いで頭を下げる。
「ま、待ってください。むしろ感謝するのはこっちで……」
「そうですよ。貴方たちが来てくれなかったら、僕らは死んでいた」
「私たちは……まぁかなり凄いことはしたので褒めてほしいですけど、謝ることなんて何もないですよ」
三人の言葉に思わず笑いを漏らす。
「はは、やっぱりハリソンの言うことは正しいな。面白い子たちだよ、君は」
「ハリソン──そうだ! マナや村長はどうなりました!? フデロさんは!?」
「フデロは……ダメだったよ」
──やはりダメだったか。分かっていたこととはいえ、流石に堪える。
その日に会ったばかりの人。思い入れがあるわけでもないが、それでも三人は面と向かって話をした人だ。
ついこの前に話した人が死んだ。交わした言葉が少なくても、悲しいものは悲しい。
「……そうですか」
「気休めと言ってはなんだけど、ハリソンとマナちゃんは無事だよ。どっちもボロボロだったけど、回復魔法でもう全快さ。君たちも動けるだろ?」
「……あ、ほんとだ」
不破の両腕は完全に治っている。飛鷹の斬られた傷も治ってるし、彩葉も息苦しさがなくなっている。
万全な体は久しぶりな気がする。三人は痛みもなく自由に動く体に少し感動していた。
「ただ……ね。マナちゃんの方は……体の傷は治っても、心の方が……」
「……父親が目の前で殺されたんです。仕方ありません」
あの時の──フデロが死んだ時のマナの顔が瞼の裏に写った。
絶望と悲しみに満ちた顔を思い出して、気が沈む。
「君たちは具合が悪いところとかある?」
「僕は全然」
「私もです」
「今すぐ走れるくらいです」
「うん。それならいい。僕はまだ仕事が残ってる。傷が治ったとはいえ、疲労は溜まってるはず。だから無理して動かないようにね」
「「「はい」」」
そう言い残し、フューエルはテントから出ていった。
「……不破君。脚は大丈夫?」
「大丈夫だよ」
「そういう彩葉ちゃんは? 呼吸できてる?」
「できてるよ。ふふん、偉いでしょ」
「流石は伊落さん。呼吸ができるなんて偉い!」
「はいはい。みんな偉い偉い」
いつもの漫才。やはり三人は元気なようだ。
「元気になったんだしさ、マナちゃんのところ行こうよ」
「賛成」
「俺はやめといた方がいいと思うぞ。父親が殺されてるんだし、しばらくは一人にしてあげて、そっとしておくのが──」
「オッケー。飛鷹君は不参加ね」
「ありがとう飛鷹。俺は伊落さんとこのままデート行ってくるわ。マナには『飛鷹は疲れてるから行きたくない』って言ってたって言っとくな」
不破と彩葉はそう言い残してダイナミックにと布団から飛び出した。
「待て待て待て! 待てコラ! 分かった! 分かったから! 行くから待てって!」
* * *
三人がテントに入ると、そこには布団を被って座っているマナと隣に座っている村長がいた。
「よっす」
「お、おっぺけ三人組。お前らは生きてるって信じてたぜ」
「なんですかその呼び方……」
村長は変わらず元気そうだ。マナは……目立った傷はない。だがどことなく暗い雰囲気を漂わせている。
「……マナちゃん」
「……皆さん──」
マナは彩葉の顔を見た瞬間──ダムが決壊したかのように泣き出してしまった。
「良かった……無事で、良かった……」
「……無事だよ、私たちは。ここにいるからね」
泣きじゃくるマナを優しく抱擁する彩葉。見た目も相まって、まるで慈母のように見えた。
「まさか俺たちが死ぬと思ったのか?」
「ははぁん。意外にマナって俺らへの信用がないねぇ」
「──あ、当たり前じゃないですかぁ。普段から無茶ばっかりするしぃ。不破君なんて、毎日のように骨を折ってたぁ! 回復魔法かけてる時、いっぱい怒ってたの忘れたんですかぁ!?」
「そ、それを言われると何も──って、あんまり殴らないで欲しいかなぁ、マナのパンチすっごく痛い」
ポコポコと可愛い擬音を奏でながら殴られる。超痛い。普通に骨が折れそうな衝撃だ。
「心配、心配したんですよ……パパも私のせいで死んだのに……また、また大事な人が殺されるかもって」
「いやぁ、照れるね。そんなに俺らのこと大事に思ってたの?」
「──当然です!」
涙は止まらず。震える声でマナは叫ぶ。
「私がどれだけ……皆さんと過ごせて楽しかったか……嬉しかったか……」
「マナ……」
彩葉に混ざって二人もマナを抱き締める。
「いいかマナ。確かにマナはフデロさんを守れなかった。一番近くにいて、助けられるのはマナだけだった。だから助けられなかったのはマナが悪い」
「そして俺らも悪い。ウジウジなんてせずに、もっと早くに動けてたら……もしかしたらフデロさんを助けられてたかもしれない。だから俺らも悪い」
「そんな、そんなこと。悪いのは私──」
「──マナちゃん、聞いて」
彩葉がマナと目を合わせる。
「私たちも悪いところがあった。マナちゃんも悪いことがあった。でもさ、冷静に考えてみて。──普通に襲ってきたヤツらの方が悪くない?」
……。テントの中に静寂が広がる。
「だってさ、そもそもアイツらが襲ってきたのが悪くない? アイツら襲って来なかったら、別にフデロさんは死んでなかったはずじゃん」
「で、ですが……」
「そりゃ悪い選択肢を取ってしまった部分もあるよ? でもその選択肢を取ってしまうまでの過程を作ったのはアイツらじゃん」
「ぶっちゃけ……俺らに非は無くない?」
思ってたのとは違う励まし方。もっとこう、『フデロさんはマナちゃんが自分を責めることは望んでないよ』とか言うのかと思っていた。
想像以上に想像以上の励まし方に村長は吹き出す。そして──マナの口からも、思わず空気が漏れ出た。
「ふふっ……やっぱり、変わらないですね」
「お前ら……はは! そうだな! そうだ! 俺たちは別に悪くない! 襲ってくる方が悪いしな!」
「でしょ? だからマナちゃん。自分を責めちゃダメだよ? 普通に悪いのアッチだから」
手を叩いて笑う村長。目からは涙が流れている。それは笑いすぎによる涙か。それとも違う理由の涙を笑って誤魔化しているだけか。
マナは水晶のような涙を零しながら──三人に笑いかけた。
「──ありがとう、ございます」
少しは元気になったその姿に三人は安堵したかのように笑い返すのであった。
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