第28話『蜘蛛の巣の上でタップダンス』
「──」
ミカンは顔面に──ぶつかる直前。一瞬にして消滅した。
「……へ?」
「え? な、なに? なんで?」
よく見ると大剣の位置がおかしい。肩に担いでいたはずが、いつの間にか刃先が下へと向いている。
ということは──まさか斬ったのか。目にも映らぬ速度で、爆発すら感じさせないほど細かく斬り裂いたのか。
「……まだあるのだろう。策とやらは」
「……そ、それが見たかったら着いてきな!」
「ビビってついて来れないならいいよ? せいぜい斬り裂いたミカンの破片でも舐めてたらぁ?」
虚勢の混じった煽りを入れながら三人は森の奥へと走る。ルシュフェルは大剣を担ぎ直して三人の背をゆっくりと追いかけていった。
* * *
ルシュフェルが来たのは──少し開けた場所。障害物もなく、一本ある大木が少し目立つくらいのなんて事ない森の中。
そこに三人は仁王立ち。ニヤニヤと顔を緩ませながらミカンを持っている。
「ほれほれ、さっきみたいに防いでみな!」
投げつけられる三つのミカン。当たればオレンジの閃光と共に爆発が起きるが──ダメ。またルシュフェルの前で消滅する。
「それが何回できるか、なっ!!」
一回でダメなら二回。それでダメならもっと投げる。満身創痍の体に鞭を打ち、三人は必死の形相でミカンを投げ続ける。
しかし全てルシュフェルには届かない。それでも構わず投げ続ける。
やがて疲労からミカンが届かず、途中で爆破するようになったタイミングで──ルシュフェルはため息をついた。
「──もういい」
──横に一閃。三人はギリギリ反応し、髪先を切り裂かれながら、地面に転んで回避した。
通過した斬撃は森を薙ぎ倒してゆき、前方一キロ近くの木々を全て地面に倒した。
木々が地面に落ちて軽い揺れが発生。怪獣の咆哮のような重い声を耳に聞きながら、三人は戦慄する。
「つまらん」
ルシュフェルは呟いた。
「興が冷めた。わざわざ罠に引っかかってやっているというのに、これはなんだ? どれもこれも子供騙し。果てはやけくそ。──つまらん。我に不意打ちとはいえ、一撃与えたから少しは期待してやったというのに」
ズズズ、と黒い何かが背後から見える。オーラのような、煙のような。
おそらくは魔力。なんて禍々しい魔力だ。漏れ出た魔力を見るだけで三人はチビりそうになった。
「もうよい。貴様らの道化に付き合うのも馬鹿らしくなった。──貴様らをさっさと殺して、あの村の無礼者共を粛清するとしよう」
大剣の刃先が上へと向く。──殺す気だ。今までの舐めきった攻撃なんかじゃない。確実に命を刈り取る斬撃を出す気だ。
そんなものをされては勝ち目がない。異世界にて貧弱を極めた三人は刹那にして消滅し、死んでしまうだろう。
だと言うのに──三人は笑っていた。
「──やっぱり、あんた馬鹿だろ?」
──ピタリと剣が停止する。
「さっきも言わなかった? 私たちがまともにあんたとやり合うわけないでしょ」
「圧倒的な格上と戦うなら、策を練りまくるのは当然のこと。こんな子供騙しの罠たちでお前を殺せるなんざ、考えるわけないだろ?」
「俺たちはちゃんと考えてるんだよ。何をするにしても、な」
不破が指を鳴らす。
「ここで問題。餌場を荒らされたクマさんは次にどんな行動をとるでしょーか?」
「……」
「正解は──」
──地を揺らし、殺意を揺らし、爪を揺らす。
オレンジ色の悪魔。不破たちを殺しかけたあの『ミカンクマ』がルシュフェルの後ろに立っていた。
顔には怒りが満ちており、指先は餌場を荒らしたルシュフェルを今にも切り裂きそうに震えている。
不破は不敵な笑みを浮かべ、問題の答えをルシュフェルに告げる。
「──荒らした犯人を見つけ出し、その犯人に報いを与えるでしょう」
鈍い咆哮。続いてオレンジの鋭い爪がルシュフェルに振り抜かれる。
──しかしノーダメージ。大剣を軽く振り、ミカンクマは一瞬にして七枚に切り刻まれてしまった。
「……これが貴様らの言う策──」
──言い終わる前に三人は逃亡。倒れた木々の隙間を縫うようにダッシュしていた。
「……っ」
ルシュフェルの首筋に血管が浮かび上がる。幾度もの無礼。本来なら即殺する悪逆を何度もした。
どれだけこの我を舐めたら気が済む。もういい。とっとと殺して──。
──鈍い唸り声。ルシュフェルの背後から鋭い爪が襲いかかってくる。
「……?」
困惑しながらも瞬殺。細切れになったミカンクマを無視して、また逃げている三人の背後に剣を振るおうとする──。
──なんとまた咆哮が。また同じようにミカンクマが襲いかかってきたのだ。
一匹だけじゃない。七匹、八匹、いや十匹。おそらくはもっといる。ぞろぞろと殺意の籠ったミカンクマが木の後ろから這い出てきた。
ミカンクマ、というより、クマは基本的に単独で生活する。なのでこのように複数体が同時に存在することなど滅多にない。
ならこれは偶然か。──それは違う。三人はこれを予測していたのだ。
クマは縄張り意識の強い動物だ。そして執着心も強い。クマの縄張りに入った人間が何キロもクマに追いかけられて殺された事例もある。
このミカンクマにおいてもそれは同様。特に好物であるミカンがよく採れるこの場所は縄張りでも激戦区となっている。
さて、その激戦区を縄張りとしていたクマが死んだ。そうなると他のクマたちが取る行動は一つ。──縄張りの奪取だ。
だから基本的に単独で暮らしているミカンクマがこの場所には沢山居たのである。
「一匹や二匹くらいなら瞬殺できるのも分かってんだよ!」
「けど、それが十匹なら?」
「これで倒されてくれれば……ってのは無理だよな」
そんな飛鷹の言葉に答えるように──赤い火花となった血飛沫が後方から飛び散った。重なるようにミカンクマの断末魔も聞こえてくる。
「これは……お子様には見せられないね」
「というか、全然時間稼ぎになってねぇじゃねぇか!」
「マナの時も思ったけど、俺らが必死の思いで時間稼ぎしてた相手を軽く蹴散らすのやめて欲しいな……」
──後方からまた斬撃が飛んでくる。不破は彩葉を引き寄せながら、三人は左右へ。
さっきまでよりも斬撃痕が大きい。まともに喰らえば跡形もなく消滅しそうだ。これはもはや斬撃と言えるのか疑問。
ミカンクマの返り血を浴びたルシュフェルが斬撃痕の上を歩いてくる。まさに威風堂々。……なんて褒めてる場合ではない。
「クソが──あと何分くらいだ!?」
「わかんねぇよ! 十分はないはず!」
三人は火事場の馬鹿力で斬撃を神回避。体に残ったエネルギーは僅か。それを全て使い切る勢いで動き回る。
頑張った。十分よく頑張った。誰に聞いても褒められるくらいのことはしている。
──ならば、ちゃんと褒められたい。褒められるようなことをしたのなら、この戦いを生き残り、褒めてもらうのだ。
腕を振り上げ。地面を蹴飛ばし。呼吸を忘れて走る。
ルシュフェルは殺意を向けてないとはいえ、三人を『殺す』方面へシフトした。もうさっきまでのような舐めプは期待できない。
「あとちょっとだ!!」
「大丈夫! 私たちならやれる!」
「生き残るぞお前ら!!」
生き残る。その決意を固め、互いを鼓舞しながら走る。
「……」
そんな決意を踏みにじるように何度も放たれる斬撃。三人は知らないが、ルシュフェルはまだ魔法を使っていない。
さっきから出している斬撃はその強大な膂力により発生した衝撃波を飛ばしているだけ。つまり──まだ本気では無い。
「……ここまで、だな」
* * *
ルシュフェルがそう呟いた時、三人の前に現れたのは──崖であった。




