第27話『仕様の裏を突き破れ』
縦の斬撃が地面を切り裂きながら三人の元へとやってくる。
「説明は後だ! とりあえず俺に捕まれ!!」
何をするのか、何をしたいのかも分からない。だが二人は飛鷹の言葉を聞いて、即座に飛鷹に飛び乗った。
そして──飛鷹は奇妙な行動を始める。
中圧水筒を顔下半分に──押さえつけたのだ。
「え、お前何してんの!?」
「息止まっちゃうよ!?」
二人の言葉を返さない、というより返せない。飛鷹は中圧水筒を口と鼻に押さえつけたまま、全速力で走っている。
──斬撃は横に飛んで回避。二人分の重さで多少は動きが鈍いが、それでも避けられた。
着地してもなお飛鷹のスピードは減速しない。それ以上は加速することもないが、ただひたすら森の方向へと足を進めていた。
「……あれ?」
ここで二人は疑問に思う。──なぜこんなに走れるのか、と。
普通に考えて二人を抱えて全速力で走ると、すぐにバテてしまうはずだ。しかも飛鷹の体力は既に使い切る寸前だったはず。
だが二人を抱えて十秒。二十秒。ルシュフェルの斬撃を回避しながらも、ずっと全速力を維持したままだ。
「なんでお前、走れて……」
「──あ」
先に理解したのは彩葉。飛鷹はそんな彩葉に自慢げな笑みを見せた。
* * *
飛鷹のスキルは『三分間だけ水中で息を止められる』というもの。
不破のような拡張性も、彩葉のような応用力もない。二人と比べても見劣りするようなスキルだ。
──だから飛鷹は思考を変えてみることにした。
まず『水中』の定義を見直す。飛鷹は最初、水に全身を浸かっていることと思っていた。
しかしだ。例えば『洗面台に顔をつけている』としよう。そうなった場合、顔をつけている人間は陸上と言えるのか。
人によって違うとは思うが、飛鷹はこれを『水中』と定義することにした。
この場合、陸上を陸上と定義付けているのは『呼吸器』である。水に鼻と口を付けていれば呼吸はできない。溺れる、というのは水中でのみ起こること。
となると、『鼻と口さえ水に浸かっていれば、それは水中である』と飛鷹は考えたのだ。
そしてもう一つ。『息を止められる』という点に飛鷹は着目してみた。
このスキルは『水中呼吸』ではなく『水中で息を止められる』というもの。これは言い換えると、『水の中ならば呼吸をしなくてもよい』となる。
呼吸というのは、空気中の酸素を取り込み、それを身体中の隅々に運ぶという行為。だから人間は酸素がなければ動けなくなる。動き続ければ酸素が行き渡らなくなり、疲れという形で体に現れる。
その呼吸をしなくていい。ということは──疲れないということ。
これらの情報を組み合わせることにより、飛鷹は『鼻と口を水で覆えば、三分間は無呼吸で無制限に体を動かすことができる』と考えたのだ。
解釈の拡大。かなり無理のある考えだ。失敗すれば、ただ自分の首を絞めるだけの行為。
だが飛鷹はこの解釈の拡大により、三分間だけ常に全速力で、全力で動くことを可能としたのだ。
* * *
「飛鷹! また来るよ!」
斬撃がやってくる。彩葉の掛け声に合わせて避ける飛鷹。不破の髪先を斬撃が通り、冷や汗がドバっと出てくる。
「ス、スリル満点だね……」
「こんな場所で強がんなくてもいいの!」
ルシュフェルは三百メートル以上は後ろ。追いつかれる心配はない、とは言えないのが異世界の怖いとこ。
やろうと思えばこの程度の距離は一歩か二歩で詰められるはず。そもそも斬撃だって連発しようと思えばガトリングガン並に出せるはずだ。
それをしないのは三人の煽りがあってこそ。『ミジンコ相手に偉大な傲慢様が本気を出すのか?』という煽りがルシュフェルに届いているからだ。
「できればこのまま舐めプしててほしいんだけど……」
「問題は、舐めプされてても私たち大ピンチってところよね」
飛鷹が覚醒したとはいえ、それでも戦力差は埋まらない。
相手は異世界でも有数の実力者。間違っても三人が叶う相手じゃない。三本の矢とかことわざを言ってる場合でもない。
三人がすべきことは時間稼ぎ。兵士は『三十分後に援軍が来る』と言っていた。
確実ではないが、今はそれに賭けるしかない。おそらく時間にして約二十五分。残り二十五分を命を懸けて稼ぐ。
「もうすぐ森に入る!」
「勝負はこっからだぞ……!」
飛鷹は前を向き、不破と彩葉は後方のルシュフェルへと睨みを向けたまま、三人は森の中へと入っていった。
「……チッ」
ルシュフェルは変わらず。無表情のまま、大剣を肩に担いだまま。それでも雰囲気でイラついていることが分かる。
軽い舌打ちを周りに響かせ、ルシュフェルもまた森へと入っていくのだった。
* * *
二人を下ろした飛鷹が地面に転がる。
「──かはっ」
中圧水筒を口から引き離し、久しぶりの空気を味わった。
「ど、どうだ? 俺も土壇場で覚醒したぞ……」
「今回ばかりは褒めてやるぞ飛鷹。お前のおかげで助かった」
「ありがとう」
「……軽口がないと照れる。いつもみたいに煽ってくれよ」
「「めんどくさ」」
なんて会話をして笑う──といきたいところだが、まだ問題は何ひとつとして解決していない。
ルシュフェルはこちらへ来ている。立ち止まっていては追いつかれてしまうだろう。
「さて、どうする?」
「このまま隠れてやり過ごせるかな?」
「あいつ単純だからそれで時間は稼げると思うけど……」
「なにか問題が?」
不破が答える。
「ここら辺に隠れるとしたら、木の裏か草むらだろ? あの広範囲の斬撃で木を軒並み切り倒されたら……」
「あぁ、そうかぁ……となると適度にアイツの前に顔を出してイラつかせる必要があんのか」
「でもイラつかせすぎたら不意に殺意とか出されるかもだし……でも隠れすぎたら、場合によっては村に戻られるかもだし……」
──三人は自分の両頬を強く叩いた。
「ウジウジ考えてても仕方ない。やれるだけの事はやるぞ」
「ここならトラップとかも作れるしな」
「……あ、ここならあそこが近いよ!」
「あそこって?」
「不破君がかっこいい姿を見せてくれたとこ」
「ほほぅ……」
「……おい、二人だけで納得すんなよ」
飛鷹は目を細めながら言う。
「いいじゃねぇか。とにかく即席でもトラップを作りまくるぞ。子供のイタズラ心を思い出せ!」
「「あいあいさー!」」
かくして三人の異世界版ホームアローン作戦が始まった。ルシュフェルまで直線距離にして残り百メートルの出来事である。
* * *
ルシュフェルは赤くなった森の中を歩いていた。朝の美しさや、夜の恐ろしさとはまた違った感覚。『狂気』とも呼べる森の中を肩を切って歩いている。
目の前に佇む木は剣を振ることすらなくなぎ倒し、ただ直進。目指すはあの小癪な三人の子供。
この視界から離れているタイミングこそ仕掛けるチャンス。何かしらの罠でも貼っているのは容易に想像できる。
しかし警戒することなくルシュフェルは突き進む。子供三人が考える罠などたかが知れてる。しかもこの短時間で自分を殺せるほどの罠など作れるはずもない。
油断。慢心。そして圧倒的な自信。この三つがルシュフェルを前へと進ませていた。
「……」
三人がさっきまでいた場所を通過。ルシュフェルはその場所を横目に止まらず直進する。
──その時だった。
ルシュフェルが踏みしめた地面が凹んだ。体と大剣の重みが重なり、片足に引き寄せられるように体全体が下へと落ちる。
「……?」
そして──すぐに停止。体が軽く下がる程度の落とし穴。木の葉がかけられて見えなかったようだ。
至極単純明快。子供でもできそうな初歩的なトラップだ。
「はは! マジで引っかかったのかよ!」
そう言って飛び出してきたのは──不破と、不破に抱きついている彩葉であった。
「行くぞ伊落さん!」
「任せなさい──髪束生成!」
彩葉が木に触れると同時に髪束が生成。その髪束を掴み、さらにスキルを浸かって伸ばしていく。
直立不動のルシュフェルを回り込むように移動し、首に髪の縄を引っ掛ける。
「行くぞ──瞬間移動!」
不破はジャンプ。木に足を向けて飛び込む。そのタイミングで木に向かって瞬間移動。
一センチのめり込み。木から体は弾き出され、勢いよく飛び出した。
首に引っかかった縄は反発力を持った不破に引かれてギリギリとめり込む。
「……」
「このまま首を絞めあげて──」
──ルシュフェルが指先で髪束を軽く押した。強い力がかかってたはずの髪束はルシュフェルの力に負け、髪を掴んでいた不破と彩葉を地面へと叩き落とした。
「ぐぇ!?」
「いったぁ!?」
モブ戦の時の痛みが消えてて良かった。消えてなかったら今の衝撃で動けなくなってたかも。
「……舐めているのか」
「あはは、舐めてるわけないでしょ……」
「案外、あんた頭が悪いようだな」
二人は腰を擦りながら起き上がる。
「俺らは自分が弱いってのは理解してんだよ。だから策を弄する」
「貴方みたいな自分の強さに絶対の自信を持ってる人はいいよねぇ──策に嵌めるのが簡単だから」
──二人の後ろ。赤が反射する緑の草むらから飛鷹が飛び出してきた。
「これの性質は、この世界に住んでるお前の方が理解してるだろ!!」
「喰らえ! オレンジボンバー!」
ギュッとしないと爆発するミカン。ミカンクマから命を救ったあのミカンがルシュフェルの顔面に向かって投げつけられた。




