第21話『VSザコモブ③』
「っ──ガァァァァァ!!」
獣のような咆哮。喉がひっくり返るほどの唸り声を上げながら男は彩葉に掴みかかった。
「がっ──」
「はぁ!? てめ、やめろ!!」
「伊落さん!」
上にのしかかり、全体重をかけて彩葉の喉を締め上げる。
大ピンチだ。男は三人を殺す気でいる。そして本気で力を込めれば彩葉の首くらいなら簡単にへし折ることだって可能だ。
まだ意識が戻ってきていない。怒りで錯乱状態だ。冷静じゃないのなら対処はできる。
「──不破ァ!」
「任せろ!」
彩葉が生成していた髪を掴んで男の首に巻き付け、野菜を引っこ抜くかのように全体重を後ろへ投げ飛ばす。壊れかけの両腕が悲鳴を上げるが無視。死ぬ気で男を引き剥がしにかかる。
だがそれだけしても引き剥がすには力不足。相手の意識と思考を奪う必要性があった。
──次なる手は完全な呼吸停止。飛鷹は手にした中圧水筒を男の口と鼻に押し付けた。
「ぼご──!?」
絞められる首に止まる呼吸。男の意識は一瞬だけ消え、彩葉に捕まっていた手は静かに話された。
「──かはっ、かはっ!」
強靭な力で塞き止められていた空気が肺へと流れ込む。細くて綺麗な首にはくっきりと手のアザができていた。
止まった呼吸を安定させるまで行動はできない。したとしても二人の邪魔になるだけだ。だから彩葉は動くことなく休息を最優先とした。
──男の意識が復活する。
意識が一度消えたからか、錯乱状態から冷静さを取り戻した。
腕に魔力を込めて地面を叩こうとする──。
「アース──」
──強い魔法を使う時は、決まって地面に腕を叩きつける。
ルーティンか、縛りか。どちらにせよ魔法を使うにはそのモーションを挟まなくてはならない。
ただし、『しなければ発動させられない』という言い方もできる。
「──瞬間移動!!」
不破の蹴りが男の頭に突き刺さる。しかし魔力のない不破の蹴りなど、この男からすれば歯の生え揃ってない赤ん坊の噛みつきと同威力。効くはずのない攻撃だ。
──だが、それが瞬間移動を合わせられた蹴りなら。
瞬間移動によって男の顔面に不破の足が一センチめり込む。
蹴りのパワー。一センチの反発力。合わされば──男を蹴り飛ばすだけなら十分の威力になっていた。
「ぐぶ──!?」
壁となった大木に叩きつけられる。効いてそうな気はするが、実の所そこまで。蹴りにこそ驚きはしたものの威力的にはあんまりであった。
しかし男を怯ませるだけなら必要最低限の力はある。──次の一手を打とうとする男の思考を妨げることに成功していた。
「このっ……!」
反撃しようと魔力を込める──前に飛鷹が石をぶん回し、男の側頭部へと叩きつけた。
「クソガ──ギッ!?」
生成した毛を利用して遠心力のパワーを使った一撃。今回は飛鷹が放ったので彩葉の時よりもダメージは大きいはず。
──だが男はそれでも倒れず。大木の幹を握り潰しながら攻撃を耐える。
「──しつっこいんだよお前!!」
「てめぇに長々と構っていられないんだこっちは!!」
こんなところで足踏みしてる場合ではない。村はこの男並みの兵士たちうじゃうじゃいる。一人相手に苦戦している奴らが行ってもどうにもならないだろうが、それでも行かなくてはならないのだ。
そのためにこの男は邪魔だ。倒さなければ永遠と追いかけ続ける。捕まれば最後。瀕死の体では逃げ出すことはできない。
「これで最後だ……!」
「流石に倒れろよ!」
ここが正念場。負けたとしても恥も後悔もない。初めての命を懸けた戦いなら十分良くやった方だ。
それなら今からはボーナスタイム。緊張感を持ちながら気楽に……やっぱり気合を入れて勝つつもりで戦ってやる──。
男の踏み込み。拳を下げ、二人に殴りかかる──が、飛鷹の突進によって空振り。後ろの大木まで押し込められた。
「っ……ぉああ!!」
魔力によって強化されるのは身体能力。だがあくまで魔力というのはオーラのような外付けの力によるもの。いくら馬鹿げたパワーをしていても体重は変わらない。
だから今の飛鷹であっても地に足さえ付けなければ押し込めるのだ。
しかしそれも押し込めるだけ。男にダメージは入っていない。
直下型の肘鉄が飛鷹の背中に突き立てられ──る前に回避。地面に滑り込んだ。
片腕は完全に折れている。もう片方の腕はちぎれかけ。さっきの髪の締め上げで両腕にトドメを刺してしまった。
そのため髪を噛んで簡易石ハンマーを掴む。
「んぐっぅ──!!」
頭を全力で振り回して攻撃。歯を根こそぎ持っていかれそうな威力。もはや石を振り回すのではなく、石に振り回されてるような状態だ。
そんな自傷無視の攻撃であっても──男は軽く見切り、不破の石を受け止めた。
当たれば痛いだけ。受け止めるだけなら簡単な攻撃であった。今までのも、今のも。
石を握り潰して反撃のボディーブローが炸裂。折れた腕でガードし、被害を最小限に抑えた。
抑え──ても無事じゃ終わらない。数メートルほど殴り飛ばされダウンする。
「っ、ぅ」
石のストックはなし。もう落ちてもない。武器がないなら、使うのは己の体のみ。
不破への攻撃で男は隙を晒している。チャンスは今。今しかない。
肘も効かないことは無かった。人体でトップクラスに硬い部位をぶち当てれば男にもダメージは通る。
当てる。当てる当てる当てる。肘だ。肘を当てろ──
「──」
──ノーモーション。振り返って見ることもなく、男の回し蹴りが放たれた。
回避はできない。間に合わない。だったらできるのは防御。だけど防御をしてしまえば腕が折れるのは、不破を見ていれば明らかだ。
「っあああ!!」
こういう時は少し工夫を。踏み込んだ足。力を前に入れるのではなく、後方へと飛ぶように力を込め直す──。
──男の回し蹴りが直撃。ガードした両腕にダンプカー並みの衝撃が加わる。
「っがぁっぁ──!」
その瞬間──後ろへ飛んだ。衝撃に逆らうのではなく受け流す。これぞ衝撃緩和、ダメージを減らす極意。
狙い通り腕はかろうじて折れなかった。ズキズキ痛むが想定内。動かせないほどじゃあない。
「っぅっ!?」
けどやっぱり痛い。雷撃を喰らったかのような衝撃と痛み。数秒間は両腕が麻痺してしまう。
「らがぁぁぁ!!」
怒りの咆哮。蹴りの体勢を立て直して飛鷹へ飛びかかろうとした──その瞬間。
「あああぁああ!!」
──戦線復帰した彩葉の攻撃。少し小さめの石に髪を生やした簡易ハンマーが男の足にヒット。それも脛。怒りの咆哮が痛みによる悲鳴の咆哮に変わりながら、男は倒れた。
攻撃によって石は破裂。武器は消えた。だが男は倒れている。この隙はどうしても見逃すわけにはいかない。
「っうぅんっっ!!」
彩葉の肘鉄が男の後頭部に突き刺さる。──だが彩葉の体重では、まだ力不足だった。
起き上がると同時に──彩葉へ向けて肘の一撃。
「っぐっっ、がっ……ぁ」
──折れた。接触した肋骨が二本、いや三本は折れたのを感じる。
すぐ後ろの大木へ背中が衝突。折れたアバラに激痛が走る。
「ぁ……ぁかっ……!」
呼吸が痛い。呼吸をしたくない。横隔膜が動く度に耐え難い激痛が流れる。生きてるだけで拷問されてる気分だ。
動けない。動けない。停止している彩葉に向かって無慈悲なるパンチが迫ってきていた。
不破は倒れている場所の近くに大きい石があるのを見つけた。
しかし今は両腕を使えない。だが石は今この瞬間にこそ必要だ。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ」
彩葉が。好きな人が。告白するくらい好きな人が大ピンチなのだ。動かないでどうする。両腕の痛みがどうした。頬の痛みがどうした。
帰るのだ。帰って告白の返事を聞くのだ。そしてパッピーエンドをこの手に掴むのだ──。
「ああああああああぁぁぁ──瞬間移動ォォ!!」
サッカーボールのように石を蹴り飛ばす。プラスで瞬間移動。接触の瞬間に発動した瞬間移動で足先が石へとめり込む。
──反発。蹴りと合わさった轟音が男に向かって発射された。
男は──反応できない。今度こそ、石の弾丸は男へ命中した。
「──」
意識は──まだ。まだ途切れていない。
「──彩葉ちゃん!」
──それは飛鷹と彩葉についても同じことだ。
飛鷹は手元にあった石を彩葉に投げ渡す。ここからじゃ間に合わない。彩葉への攻撃が先に届いてしまう。
だから託した。これが最後の行動。無理やり体を復帰させた飛鷹は地面に倒れる。
「ふ──っっっ!!」
石をキャッチ。同時に男の右拳が彩葉に狙いを定める。
瀕死の状態でも威力は大砲。当たれば必死は絶対。避けねば明日はやってこない。
「──」
──イメージするのは生成される髪の毛。石という固い土壌に根っこを貼り。無限に続くアリの巣のように毛根を浸透させる。
髪の束は思わず手を取ってしまうほどサラサラ。柔軟でしなやか。それでいて強靭。頑強。そんじょそこらの力自慢じゃ根こそぎ引き抜くことは不可能。
使えないスキル。ハズレスキル。──今だけはその汚名をつけたことを反省し、謝ろう。だから手を貸してくれ──。
「──髪束生成!!」
──彩葉の気合と共に石に髪の束が生成。二十センチの取っ手ができる。
取っ手を握って髪束生成を再発動。髪束に根を生やして取っ手は四十センチに増幅される。
男の拳。巨砲は眼前まで迫り──外れた。回避した。
その間に髪を握って振りかぶる。場所はどうだ。時間はどうだ。威力は最大になるか。
この場で決めるのだ。後は無い。失敗はできない。誰も殺させない──。
「──ぁぁああ!!」
痛みは忘れられない。肋骨の痛みは忘れられないほど強い。
それなら無視する。気合を込めて。あとの全てを捨てて。今はただ。この一撃に全てを込める。
振りかぶった石は半円を描きながら発射。外へ外へと回されようとするパワーと彩葉の軟弱な力が重なり合う。
自然現象。物理学。どんな人間にも。どうな生命にも平等に与えられるこの世の法則。この世の常識。
今は。今この瞬間だけは。今ここにいる異世界という現世が。笑いかけてくれたような気がした──。
* * *
──石は男の後頭部に見事命中。
「ぁ──」
男は白目を剥いて──顔から地面に倒れる。意識は消失。踏みとどまっていた力は消失し、その先へと力なくダイブした。
「はぁ……はぁ、っ」
「ふすっ、っすぅ……」
「……」
──男は起きてこない。ダウン。完全な気絶。完全な──勝利であった。
「──勝った」
「そう……みたいだな」
「ははは……はは──」
歓声は上がらない。勝利の雄叫びも上がらない。
三人にあるのは『生き残った』という生存本能による開放感。そして──最高の達成感だった。
少年少女たちの死闘はこれにて終幕。瀕死の彼らに『動け』と言うのは酷だろう。
それは彼ら自身の体も同じ思いだったらしく。三人はその場に気絶したように倒れるのであった──。
お疲れ様です。ここまで読んでいただきありがとうございました。ちなみにこの敵はモブ兵士なので、異世界での強さは下から数えた方が早いです。真正面からだと三対一でも苦戦しちゃうんですよねぇ。




