第19話『VSザコモブ①』
──柔らかな大地から長方形の岩石が飛び出してきた。
「嘘だろ──!?」
飛鷹は尻もちをつきながら回避。岩石は額を少し削って真上を通り過ぎた。
不破は反射的に彩葉を庇って被弾。背中にトラックがぶつかったのかとと思うほどの衝撃に襲われる。
「ぐぁ、ぁ!?」
「不破君!」
頭が白くなるほどの激痛。背骨がねじ切られた感覚が肩甲骨の真ん中で停滞している。
重い。衝撃が心臓で反発している。呼吸が再開してくれない。神経が仕事してくれない。立てない──。
「──不破!」
額から流れる一筋の血を無視して飛鷹がやってきた。地面を削りながら不破の元まで走り、背中に抱えて走り出す。
「逃げるぞ彩葉ちゃん!」
「う、うん──」
「──ぶっ殺す、って言ってるだろ」
──木々を薙ぎ倒し、頑強な岩石の壁が三人の前に飛び出てくる。
「ちょっ、これは、なしだろ……!?」
逃げ場と視界、そして思考が刹那だけ失われる。
──相手は遥か格上。格上にそんな隙を見せるということは、死刑執行人にうなじを見せることと同義である。
男の腕と連動するかのように土から岩石がタケノコのように伸びてくる。
「ロック・フォロー!」
──拳の振りと同時に岩の柱が彩葉と飛鷹に向かって発射された。
「ちくしょう、このっ──」
「わぁ!?」
二手に分かれて岩を躱した──かのように思えたが、岩柱は急に方向転換。ブーメランが如く二人を追いかけた。
彩葉のダッシュよりも岩石が伸びるスピードの方が早い。岩石が衝突するまで五秒もかからないだろう。
だが避けても岩石はホーミングし続ける。岩を壊すか?無理に決まってるだろうそんな芸当。しかし考えが思いつかない。まとまらない。
「ハァハァ──うっ!?」
岩が当たる直前──彩葉は木の根につまづいて転んでしまった。
膝を擦りむき胸を強打する。呼吸が止まる感覚を感じ、子供の頃を思い出した。
岩石はそのまま彩葉の真上を通過。見逃してくれ──るはずもなく。また急カーブをかけて転んでいる彩葉に突進してくる。
「まっ、待って……よっ!」
ゴロンと横に転がって岩を避ける。彩葉の居た場所、ちょうど胸の辺りに岩は突き刺さっていた。
すぐに逃げないと、また岩が追いかけてくる。ひ弱な力を総動員させて走り出す──。
──気がついた。岩は地面に固定されたまま動いていない。追いかけてきていない。
見失ったからか。おそらく違う。可能性としては──。
「どっかに誘導して岩をぶつけて! そしたら止まる!」
未だ器用に岩を回避していた飛鷹は彩葉の助言を聞き入れた。
「誘導ね、了解……!」
だが不破を背負ったままだと機動力がかなり落ちてしまう。体力も減る一方だ。
彩葉のように単純に回避するのではダメ。だったらどうすれば──。
「不破──復活!」
と、ここで不破が復活。
背中は折れていないし、死ぬほど痛いが動けないほどじゃない。歯を食いしばれば走り回れるくらいには回復した。
「飛鷹! あそこの木で左右に分かれるぞ!」
「あ!? お前すぐに走れんのか!?」
「反対側に投げ飛ばすだけでいい!」
「背中怪我してんのに無茶だろ!?」
「無茶を通さなきゃ生き残れねぇぞ!」
「──はいはい、分かりましたよ!」
不破が指さした木まで五メートル。駆けて、駆けて三メートル。二メートル。一メートル──。
──不破を右側へ投げると同時に飛鷹は左側に飛び出した。
岩石は追跡しようとするが、あまりの急カーブに曲がりきれずに直撃。木を砕きながら停止した。
「いっ、でぇぇぇ……!」
投げ飛ばされた先に固いものや尖ったものが無かったのは幸運だったか。それはそれとして痛い。背中への激痛がぶり返してきた。
「背中が筋肉痛になった時より数段はやべぇ……これしばらくは猫背解消できるかも──」
紅い空に輝く銀色の刃。これは──剣だ。
思考がクリアになり、体が無意識に動いた。縦に一閃。体を切り裂くはずだった刃は地面に突き刺さる。
──しかし男の攻撃は止まらない。攻撃の後隙を消すように切り上げの斬撃を不破へと放った。
「──っぁ!」
美しき鋼に赫灼の血が斑点を付ける。
鋭く研磨された鋼の剣は不破の左前腕を深く切り裂いた。
「がぁぁぁぁああぁぁああ!!??」
傷口を押さえて地面へと這いつくばる。あまりの痛みに思考が停止。歯を食いしばる際に取り入れてしまった地面の土の苦味が舌に染み込んだ。
痛い。熱い。痛いし。熱い。赤熱化した前腕に電流が流れ続ける。切り裂かれてズレる脂肪と筋肉が擦れあって激痛を伴う。
痛い。痛いことしか考えられない。痛みによる叫びで喉が痛くなっできたはずだが、腕の痛みの方が酷い。酷すぎる。
血が流れる。止まらない。押さえつけてるのに止まってくれない。血液と共に意識まで持っていかれるかのようだ。
「は、ぁ、あぁ、あ、が──」
痛い。痛いし、辛い。なんでこんな目に──ダメだダメだ。泣いてる暇もない。後悔してる暇もない。立たなければ立たなければ次の攻撃が来る。
「あぁあああ──!!」
──予想通り二度目の攻撃がやってこようとしてきた。体を袈裟斬りにしようと刃がギロリと睨みつけてくる。
それを──脂汗を流しながら避けた。バランスを崩して転がりながら一旦は木の後ろへと隠れる。
「ふぅ、ふぅぅ」
命だけは助かった。しかしほんの少しの安心感が、また激痛を呼び覚ましていた。
「ちょこまかと──」
木の後ろに隠れたところで無意味。この程度なら木ごと斬ることなど容易だ。
おそらく不破の頭があるであろう場所に狙いを定めて──。
──振るう寸前、男の視界が数コンマ失われた。
「ぁ?」
「だぁぁ!!」
飛鷹が後ろから絡みつく。振るわれた剣は大木を切断。しかし不破を切り裂くことはなく。頭頂部の髪を数ミリ切る程度に収まった。
後ろから首を絞めてガッツリ固定。スリーパーホールドをかける。
完璧に決まった裸絞めからは逃れる方法がないと言われている。それは事実だ。だから裸絞めの対策は『かからない』くらいしかない。
体格だけ見れば飛鷹と男は同格。なんなら年齢的に脂の乗った飛鷹の方が筋肉量は軍配が上がるだろう。
──だが忘れてはないだろうか。ここが異世界だということに。
男は飛鷹の前腕を掴むと──ギリギリと握り潰した。
「づぁ──だ!?」
痛みによって緩んだ体を引き剥がし、地面へと叩きつける。
地の土は固い。点在している小石が背中に突き刺さった。
体を引き上げられて投げ飛ばされる。
「ぉ──」
木々を薙ぎ倒しながら飛翔。五本の木が倒れる音を聞きながら、地面へと肩から落下した。
「だ……ぁ……ああ」
これは……ヤバい──。
背中に広がるジワりとした不思議な感覚。ジッとりと背中の感覚が蝕まれていくような。
折れたのか。折れてないのか。動けるのか。動けないのか。それすら分からない。
ひとつ確かなのは、日常生活では起こりえないほどの、莫大なダメージを負ったということだけだった。
男は恐ろしい殺意を振り撒いている。しかも男は野生の動物よりも危険な相手。普通なら逃げる選択肢を取らざるおえないだろう。
しかし──彩葉は絶対に倒せない相手とは認識していなかった。
不意打ちとはいえ、一度はこの男を昏倒させることに成功している。すぐ起き上がったけど。
つまり攻撃そのものは工夫をすれば効くのだ。頭を使えば与えられるのだ。
「だったら……!」
石を掴んだ彩葉はジャンプして木の枝に登頂。できる限り静かに移動して男の後方上部へとやってきた。
狙いは骨の薄い後頭部。ダウンさせるほどのダメージを与えてるのなら、もう一発キツイのを噛ませば、また気絶させられるはずだ。
両手で握った石が小刻みに震える。狙いを外せば。一撃で仕留められなければ。──殺される。
「ふっ……ふぅ……!」
だが不破と飛鷹はやったのだ。『私は女の子だから』とか『か弱いから』なんて言い訳は通用しない。
やるのだ。やらなきゃ──殺される。
──意を決して飛び出した。高さは三メートルに届かないくらい。落下時間は二秒もないはず。
迫る後頭部。掴む指に力が篭もる。両手を上げてパワーチャージ。
「お、おぉ……あああ……!!」
喉を鳴らして。呼吸を止めて。衝突するタイミングに全てを込めて──。
──直前、殺意の眼光がこちらに向くのを確認した。
「あ──」
バレた。というよりバレていた。今さら引き返せない。自由落下は止められない。
男の足に魔力が集まる。地面を踏み込み、大地に魔力を注ぎ込む──。
「ロック・ストライク」
──地面から突出した岩石が彩葉を貫こうと伸びてくる。
この岩石に当たれば最後。骨は折れ、内蔵は潰れ、体は再起不能なほどに壊れるだろう。
死ななければ幸運。そのレベルの魔法が迫ってくる。
「くっ、あああ──!!」
狙いはおそらく腹部。おおよその検討をつけた彩葉は手に持った石で魔法をガードした。
──岩石は彩葉の手にあった石を破壊。そのまま彩葉の腹部に衝突し、小さな体をぶっ飛ばした。
「が──」
バウンドしながら地面へ落下。ダメージは──軽減成功。再起不能にはならずに済んだ。
しかし──。
「ぐ、ぷ。おぇっ、ぐぇぇぇ……」
血の混じった吐瀉物を嘔吐。ダメージは減らせただけ。ゼロにはできなかった。
痛い。苦しい。苦しい。呼吸ができない。内蔵が上がって呼吸器を塞き止めている。そんな感覚がする。
「かぅ、ぐ……ぶ。ぷぷ……」
呼吸が止まる。反対に涙が止まらない。痛くて、苦しくて。叫びたくなる。だけど叫ぶ空気が体に残っていない。
「う……ごふっ……」
なんで。なんでこんな目に。やっと希望が見えてきたはずだったのに。帰れると思っていたのに。なんでこんな目に。私が、私たちが何をしたのか。相手から仕掛けてきたからやり返しただけなのに。痛い痛い痛い。死ぬ。痛い痛い痛い。なんでなんで。痛いのはやだ。やだ。いやだ。誰か、誰か。ママ、パパ。会いたい。もう痛いのは嫌だ。嫌だ。なんで。なんでこんな目に──。
「鬱陶しいガキ共がぁ……!」
地団駄を踏み、剣を何度も地面に突き刺し、周りに憎悪と悪意を振り回す。
溜まりに溜まったストレス。無駄に抵抗してくる子供たち。
「無駄に魔力を使わせやがって……おかげでイライラしてきたじゃねぇかよ……」
──決まった。こんなに溜まったストレスは解消するしかない。
解消する方法はただ一つ。ストレス源である三人を、できる限り苦しめて殺すことだ。
「楽に死ねると思うなよクソガキ共……!」




