第16話『紅の空』
──その日の夜。村では盛大な宴会がおこなわれていた。
明日、この村を去る三人のお別れ会。あと『また彩葉の料理が食べたい』という子供たちの声も兼ねた宴会だ。
フデロの部下たちも含めた大きなパーティは山を照らし、地を響かせるほどの盛り上がりを見せていた。
老人は飲み、若人は食べ、子供は歌う。文字通りのどんちゃん騒ぎ。顔を真っ赤にして裸踊りまでし出す人が現れた。
「──これ美味しい! なんて料理だ?」
「チャーハンって言うらしいよ。すごく美味しいでしょ?」
「あぁ、最高だ。最高に美味いぞ!」
約束通りマナはフデロに手料理を振る舞っている。茶色の米に黄色の卵。食欲をそそる濃い香り──チャーハンだ。
以前、彩葉が作っていたチャーハンよりも完成度が高い。なんならマナのアレンジも加わっているので、彩葉の上位互換みたいなチャーハンとなっていた。
あまりの美味しさにフデロは泣きながらチャーハンを口に運んでいる。同時に娘が自分のために料理してくれたことへの嬉し泣きも混じっていた。
「──ほら! お前たちも呑め呑め!」
「お前らを見送るパーティなんだぞ?」
村人たちが三人に木製のジョッキをぶつけてきた。
「残念ながら僕らは未成年なんですー。お酒はあと三年ほど我慢させていただきます」
「はぁ? お前ら十六歳は超えてるだろ?」
「……ここの世界の成人って十六歳なんだ」
新事実が発覚。とは言っても、それほど重要でもなさそうなのでスルー。
異世界は無法とは言っても、酒など子供には不要。三人とも丁重にお断り──。
……あれ。なんか飛鷹がジョッキを片手にグイッと一気飲みをしてる。中身はなんなんだろうなぁ。
「──え、お前何飲んでんの?」
「なぁんだろうねぇ、なんだろう……なぁにかなぁ」
「……」
──思いっきり飲みやがった。未成年飲酒はダメ、絶対。
飛鷹は顔を真っ赤にして後ろに倒れる。
「飛鷹!? お前っバカ! 酔うのは雰囲気だけにしとけよ!」
「こら! アルハラはダメですからね!」
「あっははー! 美人さんに怒られちった!」
「こりゃ反省せんとなぁ!」
反省する気がゼロだ。もう態度からして忘れることが確定している。明日には食べた物とか全部忘れてそうだ。
酔っ払いたちに怒りながら二人は水を飲ませようと──って水も無くなってる。
「いぇい! これぞ噴水!」
「「「ギャハハ!」」」
兵士と村人たちが貯水していた水を使って宴会芸を披露していた。
……怒っても仕方ない。どうせ後でマナにしこたま怒られるだろうし。
「とりあえず川の方に行こっか」
「そだねー」
ついでになくなった分の水も入れてきてあげよう。最後なんだし、これくらいはしてあげるべきだ。
「私たちも酒を飲んだらあんな感じになっちゃうのかな……?」
「伊落さんはあんな恥ずかしいことなんてしないでしょ。仮にしたとしても俺は幻滅なんてしないよ」
「ふふ、ありがとね」
これが最後と思うと、感慨深い気持ちになる。一週間という短い時間であったが村にはとてもお世話になった。
もし元の世界に帰れるとしたら──その前にここへ挨拶をしに来よう。
運が良ければ、またこっちの世界に来れたりなんかして……これは欲張りすぎか。
「──見てよ伊落さん」
──夜空に咲くのは満点の星。天の川にも匹敵する光の束は暗い夜空を幻想的に輝かせていた。
中心に佇むのは琥珀色に艷めく満月。周りの星々ですらかき消せないほどの光玉の塊。違う世界だとしても、満月の美しさは変わらなかった。
「伊落さん……その」
「ん? なぁに?」
燃料を投下されたかのように激しく動き出す心臓。喉を伝って振動が声を震わせようとする。──声が震えてちゃ格好がつかない。
「──月が綺麗ですね」
古来より使われてきた日本人を象徴するような愛の告白。この告白に憧れを持たない日本人など居ないだろう。
これは結婚のプロポーズの言葉なのだが、まぁいい。不破からすれば『結婚を前提にお付き合いしてください』という意味だから良しとしよう。
言うなら──このタイミングしかない。美しき満月の下。好きな子にこのセリフを言う。
ちょっと隣で項垂れてる奴が邪魔な気もするが、それを除けば最高のタイミングのはずだ。
彩葉は聡明だ。この言葉の意味を知らない、なんてことは考えられない。
どう返してくるのか。オーケーか。それならいい。だがノーだった場合は……死ぬほど気まずくなるぞ。
「……」
ベールの光が彩葉にかかっているかのように見えた。『美』としか表現のしようがない美しさ。まさに天女が舞い降りてきたかのような──。
そんな彼女に告白した。そして返事を待ってる状況。後にも先にも、この時ほど緊張することは無いだろうと、不破は言い切ることができる。
一秒。はたまた十秒か。不破からすれば一時間とも思えるほどの静寂を破り──彩葉は答えを紡ぎ出した。
「……あとどれくらい、月は出ているでしょうか」
──想像の斜め上。予想もしてない答えが返ってきた。
この意味は『もう少しだけ答えを出す時間を待ってほしい』という意味だ。付け加えると『どれくらいなら待ってくれる?』という意味もある。
オーケーを貰えた時の反応は考えていた。ノーを貰ってしまった時のことも考えてはいた。
だが保留は頭によぎりすらしなかった。
「……ふぅ」
答えなくては。予想外の返事だったとしても、こんなキザな告白に答えてくれたのだ。
不破の放つ答えは簡単。──好きな人が自分のことを思っててくれるなら、返ってくるのが百年後だっていい。
「──いつまでも、月は出ていますよ」
どうせ出したサムい言葉。なら返す時もサムい言葉を使ってやれ。それが礼儀というものだ。
二人の顔は夜空の下で赤く燃えている。耳は薔薇のような紅色だ。どちらも、片方を意識しているのだろう。
歩くスピードは変わらず。二人の間にそれ以上の言葉が交わされることもない。
しかし不破はそれで満足していた。ねだるものなど、もはやない。
この世界一幸せな静寂を楽しんでいたのだった。
* * *
──そんなこんなで川に到着。ぐでたまみたいになってる飛鷹に水を飲ませる。
「う……ぇ……」
「飲みすぎ……って訳でもないな。お前がすっごい酒が弱いことが分かったよ」
「酒は飲んでも呑まれるな、ってね」
これに懲りたら酒の一気飲みは避ける……はずだ。そもそもお酒のイッキなんて辞めた方がいいのだが。
「うぅ……もう二度と酒は飲まない……」
「それがいい。次に飲むのは成人式か結婚式の時にしろよ」
「分かりますた……」
「──よし、貯水もカンペキーだよ」
彩葉が持っているのは『中圧水筒』と呼ばれる簡易的な貯水タンクだ。
一見、麻布のような素材でできた小さい袋であるが、実は中に五リットルもの水を入れることが可能。しかも腰ポケットに簡単に収まるサイズ感だ。
どうやらこれは『魔道具』と呼ばれるものらしく、特異な魔法が編み込まれた道具だそうだ。
「超便利だよね、これ。砂漠に住んでる人にあげたら泣いて喜びそう」
「これぞ異世界って感じだね」
「異世界でも頭は痛い……」
「元の世界でも酒を飲んだら頭は痛くなるもんだぞ」
酔っ払いも一応は正気を取り戻した。そして水も手に入れた。
思い出してみれば、この川もいい思い出だ。何度もやってきて、何度もここで遊んだ。
「大変だったなぁ……飛鷹はパンツマンになるし」
「だよね。飛鷹くんが変態ラッキーパンツマンになっちゃうし」
「思い出それしかないのかよ!?」
「お、復活した」
帰った時のネタもできたことだし、村へと戻ることにしよう。三人は歩き始めた──。
* * *
──最初に違和感に気がついたのは彩葉であった。
隣で静かに流れていた川。夜の川はそれはもう大変危険なものだ。いくら夜空が明るくても、川の水は墨のように黒く染る。
夜の川で溺れた時は溺れた人を見つけるのが困難だ。川の恐ろしさを知っている人は口を揃えて言う。『夜の川には近づくな』と。
小さい頃、夜の川に近づいて父親に怒られたことがある。それ以来怖くなって近寄らなくなったのを彩葉は覚えていた。
──だからこそ。他の二人よりも川の異常に気がついたのだ。
「──え?」
川が──赤かったのだ。それはトマトのように。それは薔薇のように。それは──血のように。
「どうしたの──え、なんだこれ」
「川が赤い……?」
続いて男二人も川の異常に気がつく。
これは一体なんなのだ。一体何が起こっているのだ。
異世界は元の世界の常識が通用しないことは、この一週間で身をもって体験している。だから川が赤くなるのも別に驚くことじゃない……はずだ。
しかし三人の本能が言っていたのだ。──これはヤバい、と。
「何が……起きてるんだ──!?」
──三人が見上げた空に星々や満月は存在せず。あるのは紅色に染まった、地獄のような天井だけであった。




