第14話『帰還への希望』
「もう! もう!」
マナはプンスコと怒りながら不破に回復魔法をかけてあげていた。
そして他の二人は正座させられている。
「危険な! ことは! しちゃダメって! 言ってるじゃないですか!」
「ご、ごめんなさい……」
「私の回復魔法だって万能じゃないんですよ? もし骨折以上の大怪我をしたら私だって治せないんですからね!」
へし折れたはずの足はみるみるうちに回復。青紫になっていた皮膚は生き生きとした肌色へと戻っていった。
「飛鷹さんも彩葉ちゃんも! 一緒にいるなら止めてあげてください!」
「ごめんなさい……」
「反省してます……」
「もう! 次は折れても治してあげないんですからね!」
……こんな会話ももう五回目。なんやかんや言いつつも治してくれるマナに甘えている部分がある。
マナに怒られている間に足は完全回復。心做しか、折れる前よりも綺麗になっていた。
「──はい完治! これに懲りたら危ないことはしちゃダメですよ!」
「はーい。今度は失敗しないように気おつけるよ」
「……」
「ごめんなさい」
まん丸だった目がギロりと不破を睨みつける。蛇が内蔵を這うかのような恐怖に屈した不破はすぐに謝るのだった。
「……それと。村長が三人のこと呼んでましたよ」
「村長が?」
「なぜに?」
「なんで?」
「どうやら『三人の故郷に関すること』らしいですよ?」
──故郷に関する話。この言葉に三人の心臓は高鳴った。
わざわざ話をしてくれるということは、なにか情報があったのかもしれない。もしかしたらすぐにでも元の世界に帰れるかも。
三人はすぐに村長の家へと向かった。
* * *
家の扉を開けて中へと入る。
「村長! 故郷に関することってどんな話──」
──焚き火を前に座っている村長。その隣に見知らぬ男が座っていた。
紫色の髪を上に伸ばしたイカつい人相。首や体は大木のように太く、見るからに過積載の筋肉をその身に宿していた。
白銀の鎧。胸には赤い盾のマークが描かれてある。とても重厚で重圧。見るからに『強い』ということが分かる。
横に置かれた剣は、鞘に収まっているものの、中にあるであろう刃の威圧感は剥き出しの牙のように三人の体に染み渡った。
誰。最初に思ったことだった。マナもこの村に大概似合わない見た目をしていたが、この男は別格。米の中に埃が入っているかのような異物感がある。
只者じゃない。下手に刺激すれば殺されるかも。
醸し出されるオーラに圧倒されていると、見かねた村長がいつもの軽口で三人を招いた。
「そんな怖がる必要は無いぞ。ほら、お前も顔を緩ませろ。三人が怖がってるだろ?」
「……怖がって、いたのか」
村長の言葉に男の目尻が下がる。……なんか可愛い人だな。
震えそうなほどの怖さが無くなった。
「ほら座っていいぞ。急に呼びつけて悪かったな」
「いや、それはいいんですが……」
安心した三人は村長と男の前に座る。
さっきほどの怖さは無くなったとはいえ、威圧感はまだ健在。その風貌の一挙手一投足に三人は震えた。
「その御方はどなたで……?」
「お前らは初めて会うんだったな。──こいつは俺の息子。そんでマナの父親でもある『フデロ・ニャックス』だ」
「フデロと申します。こんな風貌ゆえ、怯えさせてしまい申し訳ございません」
黄金比の土下座。ここまでされては、むしろ自分たちの方が悪く思えてきてしまう。まぁフデロは何もしていないのだが。
「そ、そんなことありませんよ。僕らも見た目で判断してすみません」
「謝る必要はないです。ほら、顔を上げてくださ──」
──許してくれて嬉しかったのか、恐ろしい笑顔をフデロは貼り付けていた。
怖い。やっぱし怖い。三人とも萎縮しすぎて小人サイズにまで小さくなっていた。
「ねぇ、あれほんとにマナのお父さん?」
「ぜんっぜん似てないんだけど」
「お母さんの影響が強かったんだろ──いや、待て。あの目付き、マナが怒った時の目と似てるぞ」
ついさっき見た事のある目付き。そうだ。マナが怒って睨みつける時の目とそっくりだ。
常時あの目付きなんだから怖いのも頷ける。マナの父親だということも完璧に納得した。
コソコソ話を疑問に思いながら、フデロは三人に対して話しかける。
「うちのマナが大変お世話になってると聞きまして。あの子は迷惑ををかけていませんでしょうか?」
「そんなことありませんよ! むしろこっちが迷惑かけっぱなしですし」
事実だ。今のところマナに対して迷惑をかけっぱなしである。なんならさっきも迷惑をかけて怒られた直後だ。
「あの子はその……幼い頃に母親を失ってまして。私も妻の死から逃げるように仕事に明け暮れ、あの子に構っていませんでした。同年代の子も居なかったからか、あまり周りと打ち解けられず内気な子になってしまい……」
「内気……?」
「あれ内気か……?」
「話し方は内気だけど性格は姉御肌な気が……」
「……へ?」
フデロが目を丸くして驚いている。
確かにマナの話し方は内気な子のそれではあるが、性格は言う通り姉御肌と言える。なんなら『おかん』とさえ言ってもいいだろう。
「この前は危険なことをした子供にも怒ってましたし、僕も危険なことをしたら怒られちゃいましたし」
「マナちゃんは普通にハキハキとした子だと思いますよ」
「ずっと敬語なのは距離を感じますけど」
「そうですか……そうですか。妻と一緒だ……」
フデロは無骨な顔には似合わない穏やかな笑みを浮かべた。
「恥ずかしいことなのですが、ここ最近はマナと会話ができてなくて……そんな子に育ってただなんて」
嬉しそうに。楽しそうに笑う。感動してほのかに出てきた涙を指ですくっていた。
その姿に先程のような威圧感も恐怖もなく。ただの娘と会話できてない父親でしかなかった。
「──さて。しんみりとした話は終わり。本題に移るとしようか」
シリアスな雰囲気はこれにて終わり。温かい空間をぶち破るかのような村長の軽い声が間に響く。
「単刀直入に聞く。──お前ら、家に帰りたいか?」
本当に単刀直入だった。帰りたいか。そう問われて、「帰りたくない」と答える人間は、この三人の中にはいなかった。
「帰りたいです!」
「だろうな。お前らだってまだ子供だ。ご両親のところへ帰りたいはずだろう。俺だって返してやりたいが、残念ながらお前らの言う国も土地も分からないんだ。知識不足ですまないな」
「そ、そんなこと……」
当たり前だ。ここが異世界なら、日本という国は存在してないはず。知らないのも無理はない。
「そこで、だ。──このフデロと一緒にアドラスバースへ行ってみる気はないか?」
「……アドラスバース?」
「どこですか、そこ?」
三人の中で唯一反応を示したのは不破。初めてマナと出会い現在地を聞いた時に出てきた名前だ。
後で聞こうと思って結局聞きそびれたままだったことを思い出していた。
「アドラスバースとは現大陸の主要七カ国の内の一つ。『城砦国』との異名を持つ国になります」
「その武力は王都を除けば最強。なんでも国王のガロウ・テンペストは農民からの叩き上げで国王にまでなった人間らしくてな。本人の戦闘力もさることながら、ガロウに忠誠を誓う部下も数多くいるらしい」
「私もその内の一人でして。ガロウ様直属の騎士団『ラプター』の副団長を勤めております」
「なんかかっこいい単語いっぱい出てきた」
気になる単語は多い。気になる言葉も多い。だが全部説明してもらってはキリがないので、今はスルーすることにした。
「なんでフデロさんはこの村へ? 休暇……ではないですよね」
「ある意味じゃそこが本題だな」
「そこが?」
村長の謎かけのような言葉に続いてフデロが答える。
「最近、この付近で『ナイトメア』の目撃情報が多発してるんです。我々はその調査のためにやってきていました」
「ナイト……メア」
彩葉の表情が歪む。この世界に来てすぐに出会った『傲慢』と呼ばれる男の影が頭にチラついたからだ。
その顔に反応した不破は、疑問だったことをフデロにぶつける。
「ナイトメアってよく聞くんですけど、一体なんなんですか?」
「お前……ナイトメアを知らないのか? 本当にどこから来たんだ……」
「……『ナイトメア』。目的は謎。行動原理も謎。あらゆるものが謎に包まれてる闇の組織。部下を率いる『七人の大罪』と共に暗躍し、世界を恐怖に陥れている存在です」
「要するに世界の『癌』だ。出現するタイミングもランダムだから予測して叩くことも不可能。それでいて大罪の名を冠する奴はとんでもなく強いのが面倒なところなんだよな」
よくある悪の軍団、と言った感じのやつか。あのオークが会った時に焦っていた、ちゃんとした理由が理解できた。
「調査の結果は?」
「失敗です。足取りを調査しようとしましたが、痕跡すら見当たらず。……面目ない」
これで簡単に見つかる程度なら、世界を恐怖になんぞで陥れてなどいないだろう。フデロを責めることなんてできない。
「まぁそんなわけでフデロは実績も挙げられずにスゲスゲと帰るってわけなんだが。ついでにコイツらにアドラスバースまで連れてってもらおうぜ、って話だ。こんな何も無い村でいるより、都会に行った方が情報を得られるかもしれないだろ?」
棘のある言葉にフデロは申し訳なさそうな顔を浮かべる。
三人としては魅力的な提案だ。この村に留まっていても元の世界に帰れるわけじゃない。もっと大きな街に行けば、何かしらの情報が手に入るかも。
「馬車の用意もしています。騎士団に喧嘩を売るような盗賊もここら辺にはいませんし、安全な旅路になることは保証します」
「どうだ? 息子はこんなでも騎士団副団長を勤めてる男だ。実力は十分。道中に怖い目に会うこともないはずだ。アドラスバースに行ってみる気はないか?」
「こんなでもって、十分見合った顔はしてますが……」
──もしも、何も情報がなかったら。ただの無駄足になってしまう。
ただの無駄足だけならまだいい。例えば『元の世界に帰る方法がない』と確定してしまったのなら。
三人の絶望を図り知ることはできないだろう。
動かなければ始まらないのは分かってるつもりだ。それでも三人は怖かった。
まだ彼らも子供。先の見えない暗闇に飛び込む勇気を持ち合わせていない。帰れないと分かった絶望感を受け入れる勇気を持ち合わせていないのだ。
「……もしも。帰る方法が見つからなかったら」
不安そうにする三人に気がついた村長は、三人を包むかのような優しい声色でこう言った。
「また──こっちに戻ってこい。誰もお前らを邪険に扱う者なんていないさ。帰る方法が見つかるまで、ここを帰る場所にしたっていい」
優しく。とても優しく。甘い言葉が三人の心を、頭を撫でてくれた。
この世界には三人が慣れ親しんだ自宅などない。全く違う世界。自分たちがいた世界とは違う世界だ。
帰る場所なんてなかった。それでいて帰る方法すら分からない。愉快に振る舞う三人も、心の中では『もう二度と帰れないかもしれない』という不安があった。
そんな三人にとって、今の言葉がどれほど嬉しかったか。どれほどの救いを与えてくれたか。
発言をした村長自身ですら分かりはしないだろう。
「……ありがとうございます」
泣きそうになり、話せない不破と彩葉に代わって、飛鷹がお礼の言葉を出した。
「いいんだよ。この村は俺の家族。お前らも、俺の家族だ」
──残っていたダムが決壊。声を上げることも無く、三人は静かに涙を流したのだった。




