第13話『現実逃避』
たなびく風に身を委ねながら、彩葉は大地に手をつける。
「スゥ──」
一呼吸。溜め込んだ力を地面に放出するように。手のひらを大地に押し込んだ。
大事なのはイメージ。根付いたモノが土を掻き分け、育つ。生える。伸びる。無から生成されたソレは初めて空気と対面した──。
──ちょこん。そんな擬音が似合うように。大地から二十センチほどの髪の束が出現した。
「……ふぅ」
強めの風に煽られて額の汗が横へ流れる。前腕でそれを擦り、彩葉は仕事をやり遂げた清々しい顔をしていた。
「よし。特訓終わり。帰ろ──「帰らねぇよ」
鋭いツッコミ。彩葉の脳天に細いゴボウが叩きつけられた。
「あいて」と小声を出して頭を抑える。
「女の子に手を上げるなんてヒドーイ」
「時代錯誤も甚だしいぞー」
「文句あるなら俺くらい食料見つけてから言うんだな」
川辺に座っている飛鷹のカゴには野草やキノコの山の幸が山盛りに積まれていた。『山』だけに。
彩葉の近くで手を叩いている不破のカゴには小さい果物がチラホラと。どう見繕っても飛鷹の量とは比べ物にならないほど少ない。
そして彩葉は川魚などの川の幸──を担当してたはずだが、カゴに入ってるのは小さい貝が数個だけ。
おそらくは二人の数を足したとしても、飛鷹の集めた野草の量の半分にすら辿り着かないだろう。
なので飛鷹が二人に対して文句を言う権利は十分にある。
「だって魚釣りとかやったことないもん。貝とか取り方分かんないし」
「もっと森の奥に行ければ美味い木の実とかも沢山あるんだけどな。行ったら俺ら動物に襲われて死ぬし」
「奥に行けば魚も貝も採れるかもだけど、あっちは滝で危ないしね」
二人はブーブーと口を尖らせながら文句を言う。
「采配ミスなんじゃねぇの? お前だけ簡単に採れるものだし」
「お、ま、え、ら、が! 不公平だからローテーションで採るやつ変えようって、言ったんじゃねぇか!」
毒キノコを両手に。何度もやっているじゃれ合いが始まった。
黄色い声を上げながら二人を追いかける。
「きゃあ! 可愛い女の子を両手にキノコ持った変態が追いかけてるぅ!」
「やっぱパンツマンの考えることは一味違ぇ! 両手のキノコで何をするんだぁ!?」
「てめぇらの口に突っ込むんだよ! あとパンツマンはいつまで擦る気だ!」
「無論、死ぬまで」
「女の子の口にキノコ突っ込むとかヘンターイ!」
キャハキャハと楽しそうに遊ぶ三人。その顔は夏休みの小学生のように晴れやかで。知らない場所に居て、いつ帰れるか分からない状況とは思えないほど、楽しそうであった。
数分間のじゃれ合いも終わり休憩タイム。川辺に座って体力を回復させる。
「風がきもちいねぇ」
「元の世界じゃ滅多に川になんか行かないからなぁ」
「だよなぁ」
涼しい風が高まった体温を癒して冷やしてくれる。このクールダウンがとても気持ちいい。
こんな風は都会に住んでると味わうことができない。田舎の特権。この世界にやってきて数少ない、いいと思える点だ。
「「「……」」」
いいと、思える点。『元の世界』と考えてしまうと莫大な不安感が襲ってくる。
──元の世界に帰れるのか。
──もしかしたらずっとこのまま。
──死んでも家族に会えないかも。
止まることの無いネガティブな感情が押し寄せてきた。明るく振舞っていた三人の顔が徐々に曇っていく。
その曇りを晴らすかのように。不破は立ち上がって言った。
「お、俺もスキルの特訓。しようかな」
「そうか……じゃあ俺も手伝うよ」
「わた、しも」
三人とも気持ちは同じだ。スキルの特訓をしたところで現実世界に帰ることなどできやしない。
だからといってどうすることもできない。今は現実逃避をするしかないのだ。
* * *
やってきたのは、そこそこ高い木。見上げるほどの大きさ。頂上付近の枝は太く、三人がぶら下がっても折れることはないだろう。
そんな木の前で準備体操を終える不破。残りの二人は不安そうに不破を見つめている。
「──よし。じゃあ袁尚不破。行っきます!」
ピョンピョンと垂直にジャンプ。一回、二回、三回と数を増やすと同時に上への飛距離も上げてゆく。
四回、五回、六回目──最高到達地点に達した。重力に従って地面へと落下。着地する瞬間──。
「──瞬間移動!」
──わずか一センチの瞬間移動が発動された。踏み込む直前に足裏は一センチ近く地面にめり込む。
同じ場所に同じ物体は存在できない。垂直に落下したパワーは、それ以上の力で上へと弾かれた──。
──よって、不破の体は大きく上へ飛び上がる。一メートル、二メートル、大きく伸びて五メートル。見上げるほど高かった木の枝は不破の目線の高さまで迫った。
そのまま枝を掴み、体を引っ張りあげる。予想通り枝は頑丈。不破が乗っても呻き声一つとして上げなかった。
「おぉ、見事」
「前と比べてスムーズになったね!」
下の方から声が聞こえてくる。葉っぱのざわめきと褒め言葉が合わさると耳が幸せになった。
「そりゃあ俺の手にかかればイチコロよ!」
木の上に成っていた木の実を地面へ放り投げる。下の二人は慌ててそれをキャッチ。
そんな姿を見て、上でくつろいでいる不破は笑っていた。
「気分がいいねぇ。下民を見下ろすのは」
「ほら、満足したならさっさと降りてこーい」
「そんなに急かすなよー。仕方ねぇなぁ」
──運命の着地。高さは数メートル。まともに落ちれば骨折は免れない高さだ。
じゃあどうするか。ここで使うのもスキルだ。
着地の直前に瞬間移動を使い、地面に体を埋め込ませる。もちろん落下の衝撃と反発の力が加われば、また上へと飛び上がってしまう。
なので地面を蹴るかのように体を回す。そうすれば衝撃は足から外へと放出。受け身を取れば安全に着地することが可能だ。
だがこれは『言うが易し、行うは難し』だ。落下しながら加速する状況で完璧にタイミングを掴むことは容易ではない。
ミスれば足がへし折れる。回復魔法で治るとはいえ、あの激痛はできる限り味わいたくない。
「──よし。じゃあ袁尚不破。もう一度行きます」
ジャンプの時よりも強い覚悟を決めて。不破は枝に手をかける。
そして──体を枝から引き剥がした。
体が自由落下を始める。下から振り上がる風が呼吸器を押さえつけてきた。
迫る地面。体は言うことを聞かない。残されたのは叫ぶ余力とイメージだけ。使えるのは己の度胸だけだ。
迫り、迫り、迫り──今。このタイミング。足先が地面に引っ付く寸前のこの状況が。最適の、最高のタイミングだ──。
「瞬間移動──!」
気合い一閃。不破の体がピッタリ一センチ下へと進んだ。
「──あ」
──残念。タイミングが早すぎたようだ。瞬間移動を終えた瞬間に指先が地面に着地してしまったようだった。
瞬間移動のクールタイムは十秒。これじゃあやり直すこともできない。
もうすぐやってくる痛みの波を覚悟しながら、不破は半笑いを浮かべるのであった。
* * *
──足をへし折った不破をおんぶしながら、三人は帰路についていた。
「うぅ……痛い」
「足が折れるのには慣れてるだろ?」
「慣れるわけねぇだろ……」
実は不破が今回のようなチャレンジをするのは七回目である。そして全てにおいてチャレンジは失敗に終わっていた。
ある時は早すぎて。ある時は遅すぎて。合計七回もの骨折を経験している。
「ジャンプしてたらタイミングを掴みやすいんだけどなぁ。普通に落下しながらってなると難しいんだよ」
「スキル使ってジャンプするの諦めたら?」
「それは無理な提案だよ伊落さん。せっかくハズレスキルを活用できそうなんだよ? 試さない手はないよ」
「それで足骨折してちゃリターンに見合ってないと思うけど」
「伊落さん。時に男はね、正論を言われると傷つくこともあるんだよ?」
「女の子も一緒だよ」
消去法で三つのカゴを持たされているからか。彩葉の言葉がいつも以上に強い。不破はちょっと悲しかった。
「……帰る方法。探さないとだよな」
「「……」」
それは必ず直面しなくてはいけない問題だ。目を背けたとしても、必ず前へとやってくる壁。
ずっとここには居られない。そんな現実を目の当たりにしながら、三人は村へと帰っていった。道中、会話をすることもなく。




