第11話『始まりのヒーロー』
「この中で物を投げるのが上手い奴は誰だ?」
「投げるの?」
「アランじゃない?」
「だよね?」
不破は走りながら器用に地面の石を手に取り、少年に渡す。
「よし。俺が合図したら、このミカンを上に投げる。そしたら石をミカンに当ててくれ。できるか?」
「やってみる!」
かなり無茶なことを言ってるのは分かってる。だが今の不破にはこれしか最悪の状況を脱する方法は思いつかなかった。
「なにする気?」
「打ち上げ花火だよ。季節ピッタリのね」
ミカンを掴み、集中する。
「頼むぞ……成功してくれ」
考察が当たっているなら。ミカンは上へと弾き飛ばされる。
あのミカンの吹き飛び方は異世界人でも真似できないはずだ。ましてや子供。自分たちよりも力が強いとはいえ、それにも限度がある。
今この状況では。このスキルを使うのが一番良い──。
「──瞬間移動!」
──不破の体はジャスト一センチ、上へと移動した。
ミカンのあった空間には不破の手のひらがねじ込まれる。同じ空間に二つのものは共存できない。ならばどうなるか。
物体は高速で弾き飛ばされる──。
「っっらぁ!」
──ミカンは上空へバタフライ。一呼吸のうちに十数メートルをも浮き上がった。
「今だ!!」
「とりゃぁあ!!」
子供が石を投擲。間抜けで可愛らしい掛け声と共に石は発射される。
──プロ野球選手もびっくりのスピードとコントロール。とんでもない音を出しながら、石はオレンジを突き抜けた。
上空で黄色い花火が発生する。それは晴れた昼間でも分かるほど大きく、美しく花開いた。
「よっしゃあ! ナイスだ少年!」
「ナイスだ僕!」
作戦成功。不破の考えていた作戦はできた。あとは気がついてくれるかどうか──。
「──うわぁ!」
その時、ストアが木の根につまづいて転んでしまった。
「しまった──!」
油断していた。完璧に油断していた。クマはすぐそこまで迫ってきている。
石は──ダメだ、手に取る暇は無い。もう一個ミカンを──ダメだダメだ、考えている間に時間が無くなってしまった。
クマが片腕を振り上げる。こんな、こんな場所で。せっかく逃げられるチャンスだったのに。こんな場所で死なせるなんて──絶対にダメだ。
後ろから掴んでくる『生』への執着を振り切って、不破は走り出した──。
「──う、うわぁぁ!!」
──それよりも早く。彩葉の体が動いていた。
「伊落さん!?」
ストアを間一髪で庇う。背中を爪が切り裂くが、深くはない。
「いっっ……うぅ」
受け身も取れずに地面へ落下。ストアを抱きしめながら、覆い被さるように庇い続ける。
なんで──こんなことをしているのか。彩葉自身にも分かっていなかった。
自分の体が一番大事。自分の顔が一番大事。自分の命が一番大事。緊急時に誰かを庇えるような人間では無いと、他の誰でもない本人が自覚していた。
それがどうだ。さっき会ったばかりの子供を命からがら助けてしまった。馬鹿な選択をしてしまったなと多少の後悔が胸に生まれる。
ああ、家族に悪いな。もう一度だけ、家族に会いたいな。
彩葉は庇う力を弱めることなく、そんなことを思っていた。
──お涙頂戴の感動シーンはクマには効かず。次こそは、の二撃目を振りかぶった。
「──こっのぉぉぉ!」
──ストアを庇う彩葉。
──その前に立つ不破。
二人を助けるため、クマの前に立ち塞がった。
「来いよ! 来てみろ! まだ……まだ俺は死なねぇぞ!」
自分を鼓舞して。漏らしそうなほどの恐怖を飲み込んで。胸を叩き、声を出し、精一杯の威嚇をする。
まだ奥の手の瞬間移動が残っている。クマ相手に吹き飛ばせるかは微妙だが、どうせ死ぬならできる限りのことをやって──。
「あ。クールタイム忘れてた」
最悪のタイミングで一番重要なことを忘れていた。
クマはお構い無しに振り上げた爪を叩きつけてくる──。
「ま、待って! あと三秒だけ! 二秒とちょっとだけ──」
「──ポール・フレア」
──聞き覚えのある声と同時に、目の前に大きな火柱が立ち上った。
ミカンクマは炎に飲み込まれる。不破の視界からは、赤い炎の中で黒く焼け落ちていく姿しか見えない。
やがてミカンクマだったものは粉のようにボロボロになってゆき──灰となって消えた。
「……あ、はは」
極度の緊張と恐怖から解放され、腰から骨が抜き取られたかのように、地面へと落下する。
我慢していた冷や汗と気の抜けた声を出しながら、やってきた少女に声を向けた。
「──遅いよ、マナ」
「ご、ごめんなさい!」
上から飛び降りてきたマナ。どうやら川で遊んでからそのままやってきたようだ。
「何回か爆発させてただろ?」
「ミカンが爆発するのはよくあることでして……でも上空で爆発したのは初めてでした」
「合図が分かってくれて助かったよ。危うくデットエンドになるとこだった」
ミカンを投げて爆発させてたのはこのためだ。ミカンクマを倒せるのは村でもマナ一人だけ。自分たちじゃ対処できない相手は、人任せにするのが賢い選択だ。
「──そうだ、伊落さん!」
抜けた力を再収集。ストアを抱えて倒れている彩葉の場所まで走り寄る。
「大丈夫だよ……大丈夫だからね……!」
まだクマが居ると勘違いしているようだ。静かに震えるストアを安心させようと、ずっと囁きかけている。
もう危険なものは無くなった。彩葉の肩を叩く。
「い、伊落さん……大丈夫。マナが助けに来てくれたよ」
「助けに……?」
疲労困憊の不破と下着姿のマナ。その奥には黒焦げの地面。
「終わった……の?」
「うん。終わったよ」
「……よか、った」
──安心したように倒れる彩葉。
「い、伊落さん!」
死んだ──そう思ってすぐに抱きかかえる。
「マナ……なんとかならないか……!?」
「──そう心配な顔をしなくてもいいですよ」
マナは彩葉の頬に手を当て──キラキラと輝くエフェクトのようなオーラを出し始めた。
「倒れたのは疲労と緊張からの解放でしょう。背中の傷は深くないですし、私レベルの回復魔法で後遺症もなく治せます」
「ほ、本当か?」
「はい。この程度なら、すぐに目を覚ましますよ」
良かった、と。心の底から安堵する。
目的は全部達成。誰一人として命を落とすこともなかった。
「我ながら完璧なエンディングだな」
ハズレスキルの新しい使い道も発見できた。結果としては最高の結果だ。もう二度と体験したくないが。
「マ、マナ姉……!」
子供二人が震える声で話しかける。
「──ミカンクマの巣は行っちゃダメって、あれほど強く言ったでしょ!」
今までにないほど強い声で子供たちを叱るマナ。子供たちはマナの言葉に肩を震わせて反応する。
「「ごめんなさい……」」
「今回は運が良かっただけ! もしかしたら死んでたかもなんだよ!?」
本気だ。昨日よりも本気で怒っている。下着姿なのが少し気が抜けるが。
「マナ姉。悪いのは僕だよ……」
彩葉の体から抜け出したストアが口を開く。
「僕が誘ったんだ。だから……他のみんなは怒らないであげて……」
怒られるようなことをしたのは、そうだ。怒る理由はあるし怒られるべきことだ。
しかし目の前で怒られてるのを見ると、どうも自分まで叱られてる気がして気まづい。
「ほ、ほらマナ。もういいだろ? 誰も死ななかったんだし、あそこに行ったからこそ、伊落さんとも合流できた。俺らが行かなかったら伊落さんはミカンクマに襲われてたかもだし」
もしあの場所へ行かなかったら──彩葉はおそらくミカンクマによって殺されていただろう。それは……嫌だ。
むしろ不破は子供たちに感謝していた。あの場所へ連れて行ってくれたことに。
「……そうですね。でも結果論です。だから私からの説教はここまで。家に帰ったら、ちゃんと怒られるんですよ?」
「「「はいマナ姉……」」」
彩葉は安心しきったように眠っている。そういえばこの子の寝顔を見たのはこれが初めてだ。
「寝顔も可愛いな……」
「知り合い……なんですよね?」
「あぁ。可愛い子だろ?」
「はい……とても」
背中の傷は完璧に消え去り、血の着いた背中部分だけが残っている。
クマに傷物にされるのはこの子も嫌だろう。完治してよかった。
「凄い人ですね。出会って間もない子供を助けて……」
「そうだ凄いんだよ。俺は前に出るのが遅れたのに、この子はすぐ……可愛くて優しいとか完璧すぎて惚れ直しちまうな」
寝顔の上で褒めちぎる。その声を聞いているのか、無意識か。彩葉は目を瞑ったまま静かに微笑むのだった。




