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異世界にクラス転移したら全員ハズレスキルを持たされた  作者: アタラクシア
第一章『神は我らに死ねと申すか』
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第9話『シリアス。そしてミカン』

 急ブレーキをかけた馬車の前に──男が立っていた。


「ナイトメア……?」


「──はぁ!? 嘘でしょ!? な、なんで『傲慢』がここにいるのよ!?」


 灰色の髪をした中年男性。二メートルを超える体躯に必要以上に積載された超筋肉。強靭な体は服越しでも分かり、怪物じみた筋量でなければ扱えないであろう大剣を片手で持っていた。

 風貌はあまりにも邪悪。鋭いつり目に長い無精髭。擦り切れた爪からは、これまでおこなってきたであろう行動が予想できる。


 男の周りには統一感のある黒服のローブを着た複数人の男女も立っていた。顔は見えないが、虚ろな表情をしているのがなんとなくで分かる。

 手にはそれぞれ武器が。剣をはじめとしたシンプルなものから、モーニングスターと少し特殊なものまで。そのどれもが使い古された形跡がある。


「傲慢……な、なんの話を……」


「はぁ!? アンタ、ナイトメアを知らないの!? 世間知らずってレベルじゃないわよ!」


「ごめんなさい……」


 ミーナは爪を噛みながら熟慮している。これからどうするか。どう戦うか。今、自分が持っている手札をどう使うか。

 考えて考えて──たどり着いた結論は『徹底抗戦』である。



「……あんた。名前はなんだっけ?」


「私ですか? 彩葉、伊落彩葉って言います」


「イロハね。いいかい、私の言うことをよく聞くんだよ」


 奥にあった剣を使って縛っていた彩葉の縄を切り裂く。


「私はこれから死ぬ。だがただじゃ死なない。アイツらは私を必ず殺しにくるが、アンタは見逃してくれるかもしれない」


 ミーナは彩葉の両頬を手で挟みながら話を続ける。死ぬ覚悟の決まった表情をしながら。

 現代社会で人が死ぬ、なんてシーンは滅多に見ることはないだろう。少なくとも彩葉はそのような物騒な世界とは無縁に生きてきた。

 ──でも分かる。今のミーナは必ず死ぬと書いて『必死』に彩葉に説明していた。


「私が飛び出したら走って逃げな。私が必ず時間を稼いであげるから、さ」


「……な、なんで」


 さっきまで(性的に)襲おうとしていた人が自分を助ける。右も左も分からない彩葉と最悪なシチュエーションで出会ったミーナのことを、彩葉はまだ信じきれていなかった。


「なんで……私を……?」


「──死ぬ前に、少しはいい事しておきたいじゃない?」



 ──ミーナはそう言うと、馬車を突き破って外へと飛び出した。


「──()きな!」


 怒号に自然と背中が押され、彩葉は馬車を飛び降りて走った。

 運動は少し苦手、というのは嘘。彩葉は運動がすごく苦手である。スピードは遅いしフォームもぐちゃぐちゃ。


 それでも走る。死にたくないから。人間本来の目的である『生』への渇望が、彩葉にある火事場の馬鹿力を引き出していた。



「フッ……行ったようね」


 『傲慢』と呼ばれる男の前に立ち、銀に輝く剣先を向ける。


「さぁかかってきなさいナイトメア! 私はタダじゃ転ばない女よ!」


 内心は腰を抜かしながらも気丈に宣言するミーナ。

 しかし──『傲慢』はミーナなど見ていない。本当に見ている者の前にある障害物。その程度の認識であった。


 ミーナの奥。馬車の奥。必死の形相で走り去っていく彩葉の姿を。『傲慢』は静かに見つめていた。


「……」


 値踏みするような瞳で──。



* * *



「──というわけで。私は山に入り込んで地獄の一日サバイバル。そしたら、ちょうどいい寝床を見つけたから寝てた……ってわけ」


「さっすが伊落さん! 天才!」


 ──時間は元に戻り。ミカンの木の下で、彩葉はこれまでの経緯を不破に話していた。

 片思いの女の子と出会えて不破もニッコニコ。見るからにテンションが爆上がりしている様子であった。


「サバイバルの内容も聞く? 私の大波乱な一日は軽く二時間以上は語れるね!」


「聞く聞く! 一週間でも聞いちゃう!」


 胸を張って威張る彩葉。その様子を『可愛い』とデレデレしている不破。これが俗に言うツッコミが居ない状況、と言うやつだ。

 子供たちは彩葉の話に特に興味が無いようで。各々ミカンを採って食べていた。


「不破。ミカンあげるー」


「お、サンキュ! ほらほら君たちも! 伊落さんの大長編スペクトルを聞いてゆきなさいな!」


「興味なーい」


「ぐふっ」


 なんとも冷めた返事だ。子供に好かれることに定評のある彩葉は胸にグサッと刺さった。


「だ、大丈夫だよ伊落さん! 僕は話、聞きたいなぁ」


「……まぁ私の話は置いておいて、だよ」


 誤魔化した彩葉は不破に話を振る。


「不破君はどうしてここに?」


「僕? 僕は森の中で目を覚ましてね。化け物に襲われそうになったところをマナって女の子に助けてもらって。その子が住んでいる村の子と遊びに来てたんだ」


「化け物……やっぱりここってあれだよね?」


「「異世界」」


 彩葉と言葉が被ってガッツポーズ。その様子を小首を傾げて彩葉は見ていた。


 二人が話をしていると、ユウカが彩葉の方へとやってきた。


「お姉ちゃん。あげるー」


 貰ったのはミカン。


「──あ、ありがとう……!」


 子供には嫌われてなかったようだ。刺さった言葉の傷がみるみるうちに回復していく。ちょろい。

 さっそく皮を剥いて食べようとする彩葉。剥く瞬間 ユウカが叫んだ。


「あ! お姉ちゃん待っ──」


「え──?」



 ──ミカン。大爆発。

 果肉は火薬かのように吹き飛び、果汁は火花の如く彩葉と不破に襲いかかった。


「……」


「ここのミカンはね、ギューって握りこまないと、果汁が弾けちゃうんだよ」


「……あはは」


 先言えや。相手が子供なので、心の中で言うのに留まった。

 巻き込まれた不破は「ベトベトっていいな」なんて気持ち悪いことを考えている。



* * *



 それから三十分ほど。なんだかんだで子供たちとも打ち解け合い、彩葉と不破は子供たちと共にみかんを堪能していた。


 太陽は真上よりちょっと西。正午ちょうどか、ちょっと超えたくらいの時間だ。

 ストアが太陽を見ながら口を開く。


「ねぇ、そろそろ戻った方がいいと思うんだけど」


「あれ? もうそんな時間?」


「会っちゃうと危ないし帰ろっか」


 知っている前提で話す子供たちに彩葉と不破は疑問が生まれる。


「会う……ってなにと?」


「『ミカンクマ』だよ! 知らない?」


「知らない。不破君知ってる?」


「知らない……僕が会ったのは人間みたいな狼だし」


 ミカンクマ。名前だけ聞くと可愛い。どんなのか一度会ってみたい。


「怖いんだよミカンクマ。大きくってね、オレンジ色でね、顔が怖いの!」


「顔がミカンなんだよ!」


「手も足もミカンなんだよ!」


「なにそれ普通に見てみたいんだけど」


 まとめてみると、顔と手足がミカン。そしてデカくて顔が怖いオレンジ色の熊。一ミリも想像がつかない。


「どんな感じ……北海道のメロン熊みたいなのかな?」


「異世界だし、ゆるキャラみたいな可愛いのかもね」


「かもねぇ」


 与えられた情報が分からなすぎて逆に興味が湧いてきた。メロン熊みたいな怖い感じか、ゆるキャラみたいな可愛い感じか。

 子供の時は怖いけど大人になったら可愛く見える。そんな感じのタイプかもしれない。


「帰ろー?」


「不破と……お姉ちゃんも! 帰ろ?」


「……そうだね。帰ろっか」


 見てみたいが、危険は犯したくない。どうせ危ない生物だ。こういうのは会わないに限る。


「あ、ミカン一個忘れた」


 そう言ってユウカが大木の方へと駆けていく。


「早くしろよー」


 ミカン数個を手に持ち、子供たちと一緒に下山。村長に彩葉のことも教えなければ。

 不破が小枝を踏んだ──その時であった。




 鈍い鳴き声と共に振動が五人を襲う。普段、生活で感じることの無い野生の殺意が不破と彩葉に深く染み込んだ。


「──え」


「──ふぇ」


 この場所はいい匂いだ。サッパリとしたミカンの匂い。爽やかな木々の匂い。合わさると自然の心地よい匂いが体に浸透する。

 ──それらに混ざるは濃密な血とミカンの匂い。不思議だ。ミカンの匂いを、ミカンの匂いが上書きしたのだ。


「まさか……」


「これって……」


 子供たちの言う『ミカンクマ』ではないか。最悪だ。絶対に危ない生物が近くに来てしまった。


 しかもよりにもよって匂いはミカンを取りに行ったユウカの方向から発せられている。

 二人は心臓が冷たくなる感覚に陥りながら、ゆっくりと振り向いた。



 オレンジ色の毛並み。殺意の高い爪。獰猛な牙。ミカンの木よりもデカイ体。生存本能を刺激する血走った目。

 ……ミカンの被り物をしたような頭に。ミカンを装着したような手足。


 子供の言う『ミカンクマ』を見た瞬間。二人は心の中で同時に同じことを思った。


 ──いや、そのまんまじゃねぇか。と。

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