ポイントの行方
「はぁ!!」
「消えろ」
それにしても異能は恐ろしい力だ。
全力で殴りつけても何とも反応のなかったウサギ達を、ほぼ確実に一撃で倒していっているシアンとケヴィンの異能。
自分が借りているこの槍だってそうだ。
幾分エリルの技術力が乗っかっていると言えども、ただ軽く突き刺すだけで深々と魔物の肉体を貫くのだから。
100倍……。
この100倍が意味する異能の効果を……早く見つけなければ。
シアンが飛び掛かって来たウサギにハイキックの要領で足先から異能を発生させたタイミングであった。
突然目の前にシステムウィンドウが飛び出して来た為に、エリルはそこに記載されていた文字に注力させられる事となる。
『mission clear』
それはどうやら一連の魔物達を全滅させる事に成功した事を証明する文章であった。
「おわ……ったんか?」
無我夢中だったと言えばその通りなのだろう。
実際にエリルは我武者羅に槍を振り回していただけだ。
襲い来るウサギを片っ端から薙ぎ払っていただけで、半分これが『ゲーム』の様な物である事を忘れかけていた程だ。
「嘘やろ……?」
エリルは槍を左手に持ち替えた後、そっと右の手の平を見つめた。
小刻みに震えている。
それは硬い敵を攻撃し続けた事による疲労では無い。
寧ろ体力ならまだまだ余裕がある。
であればこれは?
身体が強張っている?
いやそうじゃない。
人生が終わったと思った大災害に体が飲まれて、死んだと思って目を開けてみれば異世界としか思えないこの世界へとやってきた。
そこで不気味な仮面の男からいきなり魔物と戦えと言われて、心の準備もままならぬまま平原をへと放出され、気付けば夢中で槍を振り回していた。
……楽しんでいた?
エリルは、己の口角が若干上がっていた事にその時初めて気づいたのだった。
この非現実的な世界で、一瞬でも気を抜けば簡単に死ねる様な状況で、それを楽しめるだけの余裕を持つ自分は……可笑しいのではないか。
自分の中に芽生えた感情を否定する為に、エリルは先程の言葉を述べたのだった。
視界の端でシステムウィンドウの文字がチカチカと点滅を始めている。
エリルは一度変な感情を飛ばす為に左右に顔を振った後、システムウィンドウへと視線を戻した。
『result』
画面にはそう表示されている。
要するに結果発表の様な物だろう。
次々と文字と共に数字が羅列され、ここに居るであろう者達の名前がランキングの様な形式で表示されていった。
討伐数合計
クロウラビット 105匹
討伐数個人
シアン 42匹 ポイント42
ケヴィン 35匹 ポイント35
ジェシカ 28匹 ポイント28
以下 0匹 ポイント0
……?
「ジェシカ?」
システムウィンドウを眺めていた横で言葉を発したのはシアンであった。
恐らく同じ事を考えていたのだろう。
この『クロウラビット』と言う名称が、恐らく先程のウサギの魔物を指す名称なのだろう。
このクロウラビットと戦っていたのは間違いなく自分達三人で、討伐数として表記されるなら間違いなく三人の名前が載る筈だろうからだ。
実際にシアンとケヴィンは恐らくその程度のクロウラビットを倒していたであろう数が記載されている。
何よりこの『ジェシカ』と言う表記されている人物の討伐数は、エリルが倒した数と一致している様に思える。
表記ミス?
……いや、考えられる部分は他にもある。
「……あんた、さっきその槍はあそこにいる女から『借りた物』だったよな? ってなると……もしかするとこの『ジェシカ』ってやつはあの女の名前じゃねぇのか」
やはりケヴィンも表記に疑問を持っていたのだろう。
訝し気な表情をしていても、端正さの崩れない顔つきでケヴィンがそう語りかけて来た。
エリルは咄嗟に後方へ避難していた女性へ視線を向ける。
恐らくケヴィンの言う通りだ。
彼女自身が今現在表示されているシステムウィンドウに視線を向けながら首を傾げている様子が見えたからだ。
自分にポイントが振られた事を疑問に思っている状況なのだろう。
成程……エリルは彼女の『異能』を借りて魔物を倒した。
この武器はエリル自身の力では無い。
技術系統はエリルの物だが、あれだけ簡単に魔物を倒せたのは確実にこの武器があったからこその物だった。
となれば、魔物の討伐数はエリルでは無くこの武器自体に付与される物。
そしてその付与の行先が異能の持ち主であるジェシカだった……と言う事なのだろう。
今はまだ、現状問題は無いのかもしれない。
自分がポイントを貰えなかった事自体は残念では有るが、それ自体が無駄になった訳でも無い。
ただ……こうもエリルは考えた。
先程の戦いの最中に己の異能である『100倍』が齎す効果を発見できなかった自分は、己の自身の力だけでは魔物を倒す事も出来ないこの状況で、どうやって自分の『ポイントを稼いだら』いいのだろうか。
再びエリルの視界が歪む。
周囲の景色が草原から再びファミリーハウスへと変わり、先程までの喧騒と打って変わって静寂が耳に届く。
ミッションをクリアした事で強制的にここへと戻されたのだろう。
「う……あ……手が……」
ジェシカと思われる女性に介護されていた、両手を切断された男性が発言した事で、一同は状況の変化に気づく。
男の視線の先には、失われた筈の彼の両手が出現していたのである。
「戻っているのか……? 痛みは?」
驚きの表情を見せながらシアンが彼の前に屈み込み、腕を掴んで状況を確かめていた。
「痛くない……それどころか昨日まで左手を痛めていたのにそれすら感じないくらいだ……」
「俺が固めてた氷も消えてるみてぇだな」
この部屋に戻って来る前の彼の状況とは全く異なり、見る限りでは万全な状況に『戻っている』様に見える。
回復が施せる異能を持っている者が居れば彼の腕を直してもらおうとエリルは考えていたのだが、助かったと捉える事が正解なのだろうか。
……戦闘を強制されているこの状況が、助かったと言えるかどうかは不明だが。
恐らくだが戦闘を終えてこの部屋に戻る事で体が『リセット』される様な状況になるのだろうか。
仮面の男は人に異能を与えたり、場所を一瞬にして変えたりする様な力を持っている様な存在だ。
体を元に戻す様な力を持っていてもおかしくは無いだろう。
「まずはクリアおめでとうって所かなぁ? どうだったかなぁ? 楽しめたかなぁ?」
噂をすれば……と言いたい所だが、エリルは心境を言葉に出していなかった為それはないだろう。
彼が心の中まで覗ける様な存在なら別だが。