人間を辞めた
勘違いパンチマンを沈めた事で四人抜き状態。
相手は最後の一人となる訳だが、エリルは『そろそろか』と警戒を露わにする。
明らかに先まで戦った四人はお世辞にも強いとは言えなかったが、それでも彼らは強弱の差はあれど間違いなく10日目のゲリラボス戦を生き残った者達だ。
それを踏まえれば、彼らの強さがこの程度で終わる筈が無い。
誰か一人でもいる筈なのだ。
強力な異能を持っている者、もしくは基本的な身体能力が現世で高かった者が。
そいつがリーダーとなり、この間抜けな馬鹿どもを手懐けてゲリラボス戦を突破したのだ。
シアンやケヴィンクラスは絶対に存在しないと断言出来るが、元シアンチームレベルのエースなら一人ぐらい居てもおかしくは無い。
そんなレベルの者が……例えるならそれこそ『グラン』レベルが出て来ようものなら、警戒して当然だと言えよう。
勘違いパンチマンがリングから消えると同時に、相手側の最後の選手が入場してくる。
糸の様に細い目で薄ら笑いを顔に張り付けながら、薄気味悪くゆっくりと入場を果たしてくる。
肩まで伸びた明るめの茶髪と、何故か眉のあたりで前髪を切りそろえて、少し長めのおかっぱ頭みたいな様な見た目をしている。
武闘着とでも言うのか、カンフーをやる様な人物が着るタイプの白よりの灰色服に身を包んだ彼は、何がしたいのか両手を反対側の袖口へと突っ込んで胸元で腕組の様な形を作っていた。
「あんたはベラベラとおしゃべりかますんとちゃうぞ」
「おや? おしゃべりとはなんでしょう? もしや貴方が倒した彼らの無駄話の事を言っているのでしょうか? それならご安心ください。私は実力の伴っていない力自慢等するつもりは御座いません。私がするのは事実に基づいた新事実のみを口にします。従ってこれより私が貴方にお伝えする言葉の数々は非常に有意義で価値の高い物だと言う事になるので耳をかっぽじってよく聞くのですよ?」
「それをお喋りって言ってるんやドアホ」
中々に別の意味で厄介なのが来たぞとエリルは思う。
異能自慢もスピード自慢も勘違いも十分に面倒くさかったが、今目の前でベラベラ喋っている男から漂うのは実力に裏付けられた自信の様な態度が見え隠れしている。
恐らくエリルの予想どおり、この男が彼等『フレイファミリー』の中でのエース格なのだろう。
四人をたった一人で抜かれたにも関わらず一切の動揺を見せておらず、最後に出て来た事も踏まえて自分一人でどうにか出来ると思っているからこその態度だ。
ただ一点気になるのは、身のこなしとでも言うのか、ステージ上へ上がってくるまでの彼の所作を見る限りでは、体のバランスが悪い様にも見える。
もっと嚙み砕いていえば、あまり体を鍛えている様なタイプではない様に見えると言う事だ。
どちらかと言えば三人目に出て来た二代目異能暴露の方がまだ戦えそうな雰囲気を持っていた。
この男が身体能力系統で勝ち進んでいないのであればこの自信は……強力な『異能』を持っている事による物なのだろうか。
「ふむ……何処となく私は馬鹿にされている様な気がするのですが……まぁいいでしょう。万が一にも、億が一にも貴方には勝ち目がない事を断言しておきましょう。冥途の土産に私の素晴らしい異能を知ってください。私の異能は『キャッチ』……先程から貴方が自慢げに振るわれていた打撃の数々を、この私の両手で受け止めた際にその威力を吸収すると言うもの。分かりましたね? 貴方の攻撃は、一切私には届かないのです、諦めなさい」
なるほど、防御系の異能と言う事か。
こちらで言えばリアムが防御系の異能では有るが、またそれとは違う形の異能になるのだろう。
リアムは自分にヘイトを向ける事と、圧倒的な防御力と大きな盾で相手の攻撃を全て受け止めるタイプの異能だ。
この男は両手で『キャッチ』したものの威力を吸収する事で、その攻撃自体を無かった物にするタイプなのだろう。
それだけ聞けば、威力が無くなるこの男の異能の方が脅威と思えるが、エリルが単純に対峙したくないと思う異能はリアムの方に軍配が上がる。
単純な話だ。
この男は『キャッチ』すれば吸収されると言った。
……キャッチ出来なければ?
その攻撃はそのまま食らうと言う事だろう。
そう考えれば、全ての攻撃をどんなタイミングでも一定以下のダメージ量として防ぎきってしまうリアムの方が戦いにくいとエリルは思ったのだ。
彼の異能が『それだけ』の効果しか持っていないのだとすればの話だが。
「私はこの非常に優れた異能によって全ての攻撃を吸収し続けてここまで生き残ってきました。そのお陰でねぇ……私が強者たる所以とも言える、『異能強化3』を手に入れているのですよ!」
鼻高々に、上体を軽く仰け反らせながら体全体で自慢をしてくるこの男。
エリルが最も警戒していた部分を漸く彼が口にしてくれた事でほっと胸を撫で下ろした。
恐らくそろそろ出て来るだろうと予想していたのだ。
ゲリラボス戦を生き残った者達の中から、5000ポイント越えるBPを手に入れた者達が。
エリルの懸念点はただそれだけであった。
出来る事ならこの最後に出来た彼が『身体強化3』では無く『異能強化3』を選んでくれてたらいいなと考えていたのだ。
それがエリルが胸を撫で下ろした理由。
身体強化を取られるよりは、異能強化を取ってくれた方がエリルにとってはやり様があったからだ。
いくらエリルも身体強化2を持っていたとしても、一ランク上がるだけで全く敵わなくなる程の恩恵が身に宿る。
そうであるならば例え強力な異能だとしても、そちらの強化を行ってもらい身体能力の向上レベルが同等であればなんとか勝ち筋が残っていると言う事がエリルが考えていたものであった。
今までの戦いからも分かる通り、エリルは四人の選手を身体能力のみで圧倒してきた。
それは彼らに異能の恩恵を与える前に一気にけりを付けてきた事が理由だ。
そもそもエリルは莫大なBPが手に入る状態にあると言えど、戦闘面においては未だに異能を使える状態にある訳では無い。
今後もどれだけ強い敵が現れたとしても異能無しで戦っていかなけらばならない事に変わりは無いのだ。
であるならばエリルの勝ち筋は身体能力で相手を越える事のみ。
たとえ相手がド素人の一般人で、こちらが達人クラスの武術家だったとしても、身体強化が一段階違うだけでこちらが手も足も出ない状況になる。
それはライアンやツギシーヌではっきりと体感した事なのだから間違いない。
エリルはこの男が5000ポイントで選んだ強化が異能強化の方だと知って心底安心したのであった。
勿論彼が合計で10000ポイント以上稼いだ可能性も拭えないが、彼の発言からしてまず間違いなく身体強化3の方は手に入れていないだろう。
これだけ自信たっぷりに自慢する様な男だ、どちらも3を手に入れているのならその様に言う筈だ。
だからこそ、最後の一押しで確認する様にエリルは口を開く。
これで確定的になる筈だ。
「それを言うんやったら、俺の次に控えているあいつ。あいつは身体強化も、異能強化もどっちも3を持ってるんやで?」
エリルの奥義の一つ、仲間をダシにして相手を揺さぶる作戦。
「……ふぇ?」
グランを指差しながら事実を淡々と口にしたところ、糸の様に細かった男の目が、これでもかと見開かれながら驚きを露わにする。
「そんでその次に控えているあの女子も、同じ様にどっちも3持ってんねん。せやからそれはあんま自慢にならへんで? あんたは異能強化3だけで俺を倒せたとしても、後に続く二人は人間を辞めた二人やから覚悟しといた方がええで」
「そ……そんな……」
確定だ。
この男は身体強化3は持っていない。
「誰が人間を辞めたですって!?」
後ろでジェシカが何かを叫んでいるが無視だ。




