弁える
そう言えばとエリルは辺りを見渡す。
スピード自慢をしてきたこの男もそうだが、いきなり自分の異能を暴露してきた人物は一体どの様に退場したのか気になったのだ。
選手以外の人物がステージに上がって来た様子は見られず、変な話だがエリルは相手を殺していない。
スピード自慢の男の顔面を膝蹴りした時は、結構危ない角度に首が曲がっていたがそれでも死には至らない程度に収まっている。
かと言って気絶しているのだから自分で退場して行ける筈も無いが、それでもこの男が入場してきた時には異能暴露の男は消えていた。
戦いの邪魔にならないのなら構わないが少々気になった為、試しにスピード自慢男の行方を黙って見つめる。
すると、男が伸びている地面の一定範囲に『魔法陣』の様な円状の模様が浮かび上がったかと思えば、淡い光を発しながらスピード自慢男は消えて行った。
なる程、システム上で強制退場の様な形が取られていると言う事か。
これが『ゲーム』だと言う事を改めて思い知らされる場面であった。
男が消えたタイミングで、対面からは次の選手が入場してくる。
先程はこのシーンを見落とした事で、異能暴露の男が突然消えた様に見えた訳だ。
「私はこれから霊長類最強女子を目指すの。『強腰』と言うそれに見合った異能も受け取ったから、二代目『ウィンチェスター』を目指すわ」
何故こうも彼等は己の異能を簡単に打ち明けるのか。
霊長類最強女子を目指すのはご勝手にと言った所だが、異能を明かしても簡単に勝てると思っている程自信があるのか、揃いも揃って馬鹿なのか。
……馬鹿である可能性が高い。
それにしても聞くだけであれば『強腰』なんてシンプルではあるが強力な異能だなとは思える。
腰の力というものは様々な動作で非常に重要な立ち位置にある。
足腰が強ければそれがイコールと言う訳では無いが、やはり体幹にも影響してくるものだ。
今彼女が『レスリング』の様な構えをしているのも、こちらを掴んで投げ飛ばそうと言う魂胆から来ているのだろう。
はっきり言えば羨ましいとも思える程に、様々な活用方法がある異能だなとエリルは思った。
霊長類最強女子を目指すと言った上で『ウィンチェスター』の名を出してくると言う事は、恐らく彼女は現世で本当にそう呼ばれていた『サオリ・ウィンチェスター』を目指していると言う事なのだろう。
女子レスリングで数々の伝説を作っている人物だ。
彼女を目標としてこの二代目ウィンチェスターどころか、二代目異能暴露になってしまった彼女が鍛練を行っていたのなら……少々侮れないかもしれない。
多少警戒を強め、エリル側も腰を低くして構える。
カウントが0になったタイミングで彼女が飛び出して来たのだが、やはり足を絡めとろうとしていたのか体勢が低い。
……そこまで来て結局はあのスピード自慢と同じ展開になる事が読めた。
寧ろあの男より遅い分対策する時間はいくらでもあった。
正攻法で正面からぶつかれば、恐らく異能の差で自分は負けるだろう。
軽々持ち上げられ、地面へ叩きつけられるのが落ちだ。
だから相手の土俵では戦わない。
それが出来るだけの実力差も無い。
エリルは猪突猛進で向かってくる彼女の後頭部を片手で押さえつけながら飛び上がる。
彼女の頭部を軸に倒立する様な形になるが、やはり強腰と言うだけあって前のめりの姿勢になっている筈なのに彼女は倒れない。
だが別に構わない。
狙いはもう既に目の先にある。
エリルは体を半回転させると共に下半身の力を抜き、そのまま重力に習って落ちて来る両膝を上体と入れ替える様に今度は縦へ半回転する。
両足首を後ろ手で支え、そのまま空中から落下すると共に両膝を彼女の後頭部より少し下、首と頭部の付け根目掛けて叩きつけた。
己の姿勢と男性一人分の体重、その上勢いの付いた急所への打撃を喰らった事で、二代目異能暴露はその場へ倒れこんだ。
顔面からダイブする形で地面へと激突し、少しだけ慣性の力で地面を滑った後、ウィンチェスターになれる事も無く気を失っていった。
「お……おい……何かおかしくねぇか? あいつ……『無能』の筈だろ……?」
三戦目にしてやっと気づいたのか、ロキファミリーの非戦闘組がボソボソと話を始め出した。
「き……きっとあれは相手が弱かっただけさ……ほら、俺達のファミリーって他と比べて凄い生存者数なんだよな? 他のファミリーは恐らく全体的に弱くて……だからどんどん脱落していってるんだよ」
「そういうことかぁ……クソ、そんな事なら俺が出てれば良かったぜ……」
勝手な事を言ってくれる。
気付くのが遅すぎる事もあるが、これだけロキファミリーが生き残っている理由は全てシアンとケヴィンにあると言うのに、それを自分達が強くて生き残っているだなんてどこからそんな勘違いが出て来ると言うのだ。
「じゃあ貴方が出てみなさいよ。私がエリルに交代する様に言ってあげるわよ」
「い……いやぁ、流石にそこまでは……ほら、出場選手は全員決まってしまっている事だし今更交代なんて無理じゃん?」
「何よ、『撃退ボーナス』が欲しいんじゃないの? 自信が有るのよね? ケヴィンに出来るなら貴方にも出来る、そう言いたいのよね?」
「……」
「自分で出る気が無いなら黙って見てなさい。私達にそう言う事を発言する資格なんて無いのよ」
……こいつは驚いた。
一体どう言う風邪の吹き回しか、胸糞悪い発言を繰り返す非戦闘組を一括したのは『カーラ』だ。
立場を弁えた……とでも言うのか?
スケルトンジェネラル戦以降、彼女とあの食事券を恵んだ男に限っては態度を改める様な仕草を見せてはいる事自体は覚えている。
だが今回の様にあからさまに味方をする様な行動は取っていなかった筈だ。
ライアンが居なくなってからと言うものの、非戦闘組は纏め役が存在していない状況になっている。
カーラ自身が有る程度優れた見た目をしているからか、お近づきになろうと彼女を取り巻く様な素振りを見せる者は一定数いるが、そんな人物達も殆どが昨日エリルに襲撃を掛けて来る様な連中だ。
取り巻いてはいるが統率は取れていないと言ったところだろう。
だからこそ今回はっきりと口にする形で彼らの発言を糾弾しようとした態度にエリルは軽く驚いてしまったのである。
グランでさえ彼女の方へ振り向きながら、眉間に皺を寄せていたくらいなのだから。
相手側の次の選手が部隊へとあがってくる。
くたびれた白シャツに、スウェットのズボンとサンダルを履いたオヤジ。
見るからに真ん丸と膨らんだ腹と禿散らかした頭皮を晒しているその人物は、数本抜けている歯並びを見せつけた後に指をボキボキと鳴らし始めた。
「俺ぁ『パンチ』と言う超強力な異能を貰っててよぉ、そんで俺の趣味は『ボクシング鑑賞』が日課だぁ。そして『レッドフィールド』の試合は全部見ている……。この意味、分かるよなぁ?」
「すまん全然わからへん。あんたが『ナオヤ』の試合見てるんがどう言う意味になんねや?」
「ちっ、これだから素人は……」




