オーディン
「やぁ『オーディン』君、ご機嫌いかがかなぁ?」
小さな光が灯る室内に、立ち並ぶ机の上にいくつかのボードが載っている。
傍らには腰掛ける様の椅子が無造作に置かれ、先程まで誰かが座っていたのか『オーディン』と呼ばれた人物の向かい側に有る椅子は、明後日の方向を向いていた。
オーディンはボードを見下ろしながら、机に両手を置いて佇んでいた。
銀髪に輝く長い髪が重力に習って下に向かい、彼の顔を覆い隠す。
彼をオーディンと呼んだ人物は他でもない『ロキ』だ。
彼はエリルの元へ訪れた後に、再びこの『神の遊技場』へと戻って来たのだ。
ミッションが終了しても未だに項垂れているオーディンを『揶揄う』為に。
「ぷぷっ……」
仮面の口元を抑えながらわざとらしく笑いを隠すロキ。
何がそんなに面白いのかは恐らく彼にしか分からない事なのだろう。
「……まだ笑い足りないかロキよ」
そんな彼に向かって睨みを聞かせるオーディン。
顔を上げた彼の表情は、怒りと共に焦燥感……そして疲労感が混ざり合っている様子が見えた。
若くも見えるが何処か大人びた様な風貌。
堀が深く、眉も瞳も頭髪と同じく銀色に輝き、その端正な筈のご尊顔に歪みに歪ませている。
「そりゃぁ面白過ぎるでしょぉ! 君がここぞとばかりにさぁ! 『神格を犠牲にして』まで召喚した『キングドラゴン』がさぁ! まぁさか『僕の駒』達に負けちゃうだなんてさぁ!」
よく見れば、二人を挟むボードの上には、ロキ側に27個の人型の駒と、三つの龍を模した駒が並べられていた。
人型の駒は、内二つが割れた状態で転がっており、龍型の駒に関しては三つとも砕け散っている状況だ。
この光景は……見る物が見たらきっと分かる筈である。
まるで先程エリル達が突破したミッションの構図とそっくりだと。
人型の駒が27個ある理由は、ロキのファミリーの残り人数。
その中から二つの駒が割れている事は、『シアン』と『ケヴィン』が死んだ事の表れなのだろう。
そして三つの龍型の駒は、キングドラゴン一体とレッサードラゴン二体と丁度一致する。
……この部屋は神の遊技場。
ロキが言った互いの神格を懸けて、神同士の代理戦争をさせている部屋こそが……正に今オーディンとロキが居るこの部屋なのである。
「負けちゃダメだったよねぇ? あそこまでやって全滅させるどころかたった二人しか倒せないなんてぇ、『ペナルティ』がとんでもない事になっちゃうよねぇ!?」
「……なんなのだ貴様のファミリーは……。あのレベルの状態で……どうやったらキングドラゴンに勝てる……。他のファミリーの殆どが一桁しか生き残ってない様な状況で……貴様のファミリーだけは未だに二十人以上をキープしている。はっきり言って以上だろう……」
「そんなこと言ってもぉ! 『駒』の割り当てはランダムだからさぁ。別に僕が選んだ訳じゃないからねぇ! でもまぁ、ちょぉっと運が良すぎたかなぁとは思うなぁ。シアンとケヴィンがぶっちぎりで強かった事で陰に隠れてるけどぉ、グランやディムとリアムとかも他のファミリーからしたら十分に『エース格』だもんねぇ? まぁこれだけ僕のファミリーに凄い駒が揃ったのはぁ、ひとえに僕の日ごろの行い? みたいなぁ?」
ロキは幾度かファミリーの生存者数を褒めていた事があったが、これは今までのケースを鑑みてもやはり異常な現象が起こっている様だ。
ロキの態度の影響でそれがどれだけ凄い事なのかはエリル達には伝わっていないのだが、他の神から見たら警戒対象となるには仕方のない状況がロキのファミリーには起こっている。
「ふつーに十日目をクリアしちゃったらぁ、シアンもケヴィンの身体強化3とか手に入れてぇ、もう歯止めが利かなくなると思っちゃったんだよねぇ? だから魔物の『召喚ポイント』を増幅させる『裏技』として用意された、『自分の神格』を消費する事で召喚ポイントを作り上げてぇ、例えるなら本来であれば『90日目』に戦う様なレベルの魔物をぉ、シアン達に嗾けたんだよねぇ?」
ロキやオーディンと言った神達は、数百年、数千年といった規模で互いの神格を懸けて競い合う『ラグナロク』と呼ばれる戦いに興じている。
それを行うには様々なルールが存在し、神同士が結託してルールを決める事で、そのルールを決めた神本人達ですらルールには逆らえない様な仕組みが作り上げられている。
自由奔放に見えるロキが頑なにルールだけには従っている様に見えるのはそう言った背景も有るのだ。
ルールを破れば神格が減少する。
自分達の神格を懸けて、神の中の神決める戦いに興じているにも関わらず、己の無茶な行動で神格を減らす様な事を起こしては元も子も無い。
オーディンが行ったのは正にその様な事なのだ。
ルールを破る事で神格が減る。
そのルールを逆手に取る事で、別の神が抱えるファミリー達が挑むミッションへの魔物配置を決める『ポイント数』を大幅に増やすと言う行為を行った。
例え神格が減ったとしても、オーディンにとってはここで『シアン』と『ケヴィン』を止めなければならなかったのだ。
あの二人の強さは傍から見ても異常さが分かる。
本当にただの人間なのかと謳いが居たくもなる程に次元が違う強さを発揮している。
確かに強力な異能を持っている事も理由の一つだろうが、それが無くても彼らの戦闘力は桁外れだ。
ロキの言う通り、グランやディムと言った他のファミリーに居ればエース級の強さを持つ者達が大勢居る中で二人は突出していたのだ。
神格が少なくなる事に億劫となり、『与えられたポイントだけ』で魔物配置を行っていって順当にロキのファミリーを強くしていってしまえば、後半に差し掛かって来る程に神ですら手が出せない状態になりかねない存在であった。
それが自分のファミリーならいいのだがよりによってシアンもケヴィンも『ロキ』のファミリーとして存在していた。
彼程ファミリーを『人間扱いしない』様な神の元に存在していれば、いつしか力を付けたファミリーが『反逆』を起こしかねない。
それの被害がロキだけで収まれば良いが、いつしか他の神にまで影響を及ぼす事になれば神界は……『アスガルド』は終わりだ。
その危険性をロキは分かっていないのだ。
そもそも神格を出し惜しみした事で戦いに勝てず、自分が神のランキングを落とす事になれば元も子もない。
毎度毎度、あの手この手を使って性懲りもなく謀略を仕掛けて来るロキだが、彼がこれまで一度も神のランキングで一位を取っていない事が幸いであった。
前回の一位がオーディン、その前はトール。
長い間続くこの戦いもある意味で神の政権交代の為の儀式の様な物だ。
神のランキングで一位を取れば、その時代の統治はその神の物となる。
……ロキに取らせてしまえば終わりだ。
きっとアスガルドに途轍もない不幸を齎す事だろう。
それだけは……それだけは避けねばなるまいとオーディンは捉えていたのだ。




