残されたもの
辛うじて呼吸をしている事だけは感じ取られたため、急いでアイテムボックスからポーションを取り出すエリル。
シアンから反応は無いが、無理やりポーションを口に含ませたり傷口に掛けたりする。
……しかしなんの効果も見られない。
飲み込まなければダメなのだろうか。
普通こう言った類の物は幹部に直接塗り付けても効果が有りそうなものだが。
「……何でやねん……ふざけんなや……ふざけんなや!!」
エリルは途端に怒りを露わにする。
目の前へと突然現れたシステムメッセージ。
正確には、シアンの目前へと現れたそのメッセージをエリルが読み取った事で、エリルは怒りを覚えたのである。
『死の直前では効果が有りません』。
馬鹿にしてるのか、嘲笑っているのか。
事実を述べるにしても、何故そこまで全部が『ゲーム的』な説明なのだ。
まだ生きているだろうが。
シアンは物理的に生きているだろうが。
何が『死の直前』だ。
勝手にお前らで死を決めるんじゃねぇ。
エリルの心境は、そう言った言葉で溢れかえっていた。
「エ……リル……お前……か?」
「シアン! 俺や! 俺はここにおるで!!」
「……そこに……居るんだな? すま……ない、俺はもう……何も……見え……無い」
「嘘やろ……シアン……笑えへん冗談はやめんかい……」
シアンの目は開かれてはいる。
うっすらと虚ろな目をしながら、瞳が小刻みに震えている状況が分かる。
だが彼には……こちらが見えていないらしい。
反応の仕方から見ても……もしかしたら耳もほとんど聞こえてないのではと感じる。
「エリル……生きてて……良かった……」
「……あんたらが無茶するせいで……無様に生き残ってしまったやないかい……。なんであんたらは諦めへんねん……なんでそうやって勝たれへん筈の戦いでも……何で最後まで戦い続けられねん……」
「簡単……な事だ……。俺が……勝てば……お前達が……生き残る。……理由なんて……それだけで……十分だ……」
「求めてへんねんそんなん……あんたやケヴィンが犠牲になって生き残るくらいやったら……俺も一緒にくたばった方が何倍もマシやねん……。仲間に生かされた人生に……何の意味があんねん……」
「意味は……自分で作れ……。俺は……お前達が生きてて……本当に良かったと思ってる。……エリル……俺からの……最後の願いだ……。皆を……頼んだ……ぞ」
「……」
そんな言葉に答えられる筈が無かった。
求められた所で、皆の助けになれる程の力を自分は持ち合わせていない。
約束なんて出来ない。
ここで彼を安心させるために『任せろ』なんて言うのは簡単だ。
だがそれはエリルの本心ではない。
自分達の為に命を懸けて戦った彼に対して、そんな中途半端な返事は失礼に値する。
エリルはそう思ったのだ。
「そして……諦めるな……お前はきっと……必ず強くなる……」
「……なんで分かんねんそんな事……」
「俺や……ケヴィンが……そう信じて……いるからだ」
「……なんの根拠にもならへんやろ……」
実際、彼らに評価されていた所でそれがエリルの強さに繋がる訳では無い。
この世界は異能が全てで、そしてポイントを取得する事が全てだ。
いくら現実の世界で武術を極めていたって、その技術こそ役に立ったかもしれないが、ポイントには繋がっていない。
どうにかして異能が発動出来たなら強くなれる可能性は有る。
シアンとケヴィンが信じていると言うのは……あくまでその可能性に対してだけなのだろう。
……もう諦めた方が早い段階にまで来てしまっているのだ。
何をやってもダメなのだ……これ以上何も出来ずにただただ苦しむだけならいっその事……と思ってしまうのだ。
「いいか……エリル……。人は……諦める時に……必ず……何か理由を付ける……。自分が……正しいと思いたくて……間違ってないと……信じたくて……楽な方に……逃げてしまうんだ……」
エリルは瞳を強く閉じた。
己の心が完全に見透かされた様な気持ちとなったからだ。
「もし……これからも……諦めそうになった時には……俺の言葉を……思い出して……くれ……。お前の……お前達のこれからの……未来は……諦めなかった……先にしか……ない」
「……何かっこつけて……当たり前の事抜かしとんねんドアホ……。んなもん……言われんでも分かっとるっちゅうねん」
「……あぁ……それで良い……それでこそ……エリルだ……」
出て来る言葉は何故か反抗的な物ばかり。
本当は図星を突かれただけなのに。
本当は感謝しているのに。
感謝の言葉を伝えたいのに。
認めてしまえば、その言葉を漏らしてしまえば……満足したシアンが消えてしまいそうだと思ったから言えなかった。
だが……そんな感情を隠して言い放った、相手を小馬鹿にした言葉であっても、シアンにはその裏の言葉が見えてしまっていた様だ。
「……シアン?」
覚悟を決めて、今度こそちゃんとした言葉を伝えようとしたエリル。
真面目な表情を浮かべてしっかりと目を見開き、シアンへと本当に言いたかった言葉を告げようとした時であった。
シアンの全身の力が一気に抜けた様に感じた。
……そして、言葉を掛けても彼が反応する素振りは見せない。
「……待て……待てや……」
エリルの体は途端に震え始める。
またもや認識してしまう。
この世界に来て、もっとも失いたくないと思える二人が、同時に消えてしまうと言う恐怖を感じてしまう。
「あかん……それは絶対あかん……。なぁ……シアン……シア――」
エリルがシアンを揺さぶり始めた時、途端に視界が歪み始めた。
エリルは顔を見上げ、先程までのた打ち回っていた様にも思えるキングドラゴンへと視線を向ける。
その巨大な存在は、いつの間にか地面に横たわって静止していた。
つまり、シアンの切断が完全にトドメを差したと言う事。
シアンがキングドラゴンに勝利したと言う事。
本当は気づいていた。
視界の端でシステムメッセージが表示され、今回のポイント取得ランキングが流れていた事。
だがそれをエリルは確認しなかった。
そこに載っている筈の『二人』の名前が記載されていない様に見えたからだ。
だから無視した。
いや、認識する事すら拒否した。
それは今抱きかかえている存在の死が確定している事が告げられてしまうからだ。
「あかん……戻らんでくれ! まだ……まだファミリーハウスには戻らんでくれ! シアンが……ケヴィンが残ってんねん! あかん! あかん言うてるやろが! おいこら! 聞いてんのかボケカス共! 戻すな! 俺を戻すんやったら……こいつら二人を戻してくれ!!」
完全に空間が歪みはじめ、景色が変わりゆく様が視界に映るエリル。
同時に、自分の元へ抱き寄せた筈のシアンとケヴィンの『遺体』に触れている感覚が徐々に薄れていった。
「あかん……ほんまそれだけは……それだけは……あ……あぁ……」
確かに感じていた二人の感触が消え去り、エリルが気付いた時にはただ自分自身を抱きしめているだけの状況で、彼は部屋に戻されていた。
「シアン……ケヴィン……」
腕をだらりと下すエリル。
目の前に広がる人工的な家の構造が目に入り、戦闘フィールドから完全に帰還してしまった事を示す。
「あぁぁあああああああああああああああっっ!!」
頭を抱えて、地面にそれを強く打ち付けてエリルは叫んだ。
今度こそ認識してしまった。
分かってしまった。
シアンとケヴィンは……二人は……死んでしまったのだと。
――――……。




