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そしてシアン

「おい……おい! 目え覚まさんかいボケェ!! 何であんたはこんな所で寝てんねん! まだやろ? まだいけるやろ!? あんたは強い筈や! アホみたいに想像も出来ない事を簡単にしでかすくらい強い筈や! こんな所で死なへんやろ! 殺しても死なへん様なあんたがくたばる訳ないやろ!! なんでや……何してくれてんねん! 余計なおせっかいばっかかけよってからに……恩返しのつもりなんか? 飯くらいで何本気になってんねん! あんなんいくらでもくれたるわ! あんたの目の前でゆで卵タワーくらい作ったるわ! だからはよ目ぇ覚まさんかい! ……頼むから……頼むからそんな……『俺を助けれて満足』みたいな表情で死ぬなやケヴィン!!」


エリルが抱き上げたケヴィンの表情は……瞳こそ閉じられており、それでいて口元から吐血の跡が見られる中で……それでも確かに『笑み』を浮かべていた。


自分がやった事が正しかったと、それで死んでも本望だと言わんばかりに……キザでもクールでも何でもない、本当に優しい笑みを浮かべていた。


「くそぉ……くそぉ……。ケヴィン……ほんまにすまん……許してくれなんて言わへん……恨んでくれてかまへん……せやから……せやから頼むわ……目ぇ開けてくれや……」


エリルの言葉は届く筈が無い。


例え聞こえていたとしても、彼には答える事等出来ないだろう。


凡そ人としての機能を完全に失っており、奇跡的に無事だったなんて言う漫画やアニメの様な展開が訪れる訳が無い。


間違いなくこの瞬間……ケヴィン・ベンティスカの命は途切れたのだ。


「あぁぁああああああああああっ!!」


エリルはケヴィンを抱きしめながら、キングドラゴンの方向から聞こえたシアンの雄叫びを耳にした事で振り返る。


瞳に溜まった雫を腕で拭い去り、彼をしっかりと目視する様に視界へ納める。


シアンは既に柄の先のいい部分しか残っていない槍斧の持ち手を握っていた。


頭部からその位置まで移動して、どうにかして体を固定したままでキングドラゴンから落ちない様にそれを握っているのだろう。


その状況で彼が何をしているのかは一目瞭然だ。


……あの状況で、槍斧の先から『切断』を連続して発動しているのだ。


何かを切り裂く音が風にのって耳に届いている。


籠っている様に聞こえるのは、鱗の内部で起こっている出来事だからなのだろう。


シアンの切断は、四肢の先からのみ放出出来る物ではない様だ。


いや、もしかしたら最初はそうだったのかもしれない。


だが異能強化2まで手に入れている事で切断の効果が上がり、自分が持つ得物の先からでもそれを放出出来る様になった可能性だってありえる。


そしてそれによって、シアンの切断は確実にキングドラゴンの急所まで辿り着き始めている。


それを証明する様にキングドラゴンが今まで見た事もない程の暴れっぷりを見せ、シアンを引き剥がそうと何度も何度も己の胸部を叩いている。


……そう、シアンが胸部から離れないから、キングドラゴンはその剛腕でシアンを叩き潰す為に何度も彼に攻撃を仕掛けているのだ。


「シアン……何してんねん……」


「うぉぉぉおおおおおおおっ!!」


シアンは決して槍斧を手放さない。


既に何度も何度も叩き潰されている事で、ここから見る限りでもシアンが真っ赤に染まっている様子が分かる。


肌も衣服も……彼の血液で染め上げられてしまっているからだ。


「シアン! はよぉ逃げんかい! そんなん続けてたら死んでまうやろが!!」


届いている筈だ。


この距離でもシアンにはエリルの声が聞こえている筈だ。


だが彼は放そうとしない。


……エリルだって分かっている。


今シアンがやっている行動こそ……この戦いに勝利するための『最後の手段』だと言う事を。


これが最後のチャンスであり、逆に言えばシアンがあの槍斧の柄を話した瞬間……自分達の敗北が確定する。


「もうええねん……もうええってシアン! あんたが……あんただけが犠牲になる必要なんて無いやろ! 俺らの負けでええねん! もう止めてくれ……これ以上あんたのそんな姿なんて見たないねんて!!」


エリルの正直な気持ちであった。


何も出来ていない自分が一番最初に負けを認める……。


そんな権利等無いと自分に言い聞かせた。


だがそれでも……友を犠牲にしてまで無様に生き残る事の方が、エリルにとっては敗北よりも辛い事だと言う事に気づいた。


シアンがボロボロになっていく様等見たくない。


結局はこれもわがままなのだ。


彼は諦めていない。


それと同時に恐らく生き残る事も考えていない。


……全ては自分達を守る為。


共に戦ってきた仲間を守る為に自分を犠牲にしている。


何故だ。


何故ケヴィンもシアンもそんな事が平気で出来る。


守らなければ生き残れるかもしれ無かったのに。


他人を顧みずケヴィンとシアンだけで戦い続けていれば、周りをとことん利用していれば彼等なら勝てていた筈なのに、何故彼等はその可能性を捨てて無謀な戦いを挑む事が出来るのだ。


自分を犠牲に出来るのだ。


……簡単な事だ。


考えてみればとてもシンプルな答えだ。


エリルは自分に問いかける様に脳内で質問を浮かべた。


それは『自分だったらどうする?』と言う言葉だ。


そしてエリルは己で思い浮かべた質問に対して己で答えを作り出す。


……『同じ事をする』と言う答えがあっさりと出て来たのだ。


自分がシアンの立場だったら、ケヴィンの立場だったら、全く同じことをしている可能性が有る事に気づいた。


それは何故か。


……十日しか共に居なかった者達だが……互いに命を預け合った事で普通の関係性以上のそれを築いていた事で……掛け替えのない『友』になっている事が分かったのだ。


だとしても……いやだからこそ……シアンが一人傷つく姿をただただ見つめる事しか出来ない事が辛過ぎた。


自分が例えダメージを肩代わりしたって意味が無い。


今の自分では即死も良い所で肉壁すら務まらない状況だ。


寧ろ自分が出張って身を投げ出す事で、シアンがまた自分を守って犠牲に成りかねない。


身体強化すら施されてない肉体でキングドラゴンを殴り続けても、ダメージを与えられないのでは全く意味が無い。


『少ない』と『無い』とでは言葉としては近い様な気がするが、意味としては全く違うものだ。


100と1は大きな差がある様に見えて、1を百回繰り返せば同じ結果が齎される。


だが自分が0であるのならそれは何千、何万、何億と繰り返そうが0なのだ。


永遠に1にすら追いつかない。


今の自分は正にその0の存在だ。


何かしたくても、何かをするだけの力を持っていない。


こんなの……あんまり過ぎるだろう。


「頼む……シアン……ほんまに……」


エリルはケヴィンの遺体を抱きしめながら膝をついた。


もう流れる涙が止まる事は無い。


拭い去る事も忘れて、切断を放ちながら殴られ続けているシアンの様を眺めている事しか出来なかった。


「く……あ……」


打ち所が悪かったのか、それとも限界なのか、一瞬だけシアンの体がよろめいた。


槍斧から僅かに手が離れた瞬間、ここぞとばかりにキングドラゴンがシアンを振り払おうと胸部へと腕を振るい始めた。


見れば、キングドラゴンの口からも大量の血液が溢れ始めている。


あれは下顎が砕けている事が理由ではない筈だ。


……あと少しで、キングドラゴンが絶命し得る状況である事が示唆されている。


だとしたら……あそこでシアンが崩れ落ちてしまえば、本当に最後のチャンスを失ってしまう事となる。


「シアン……」


だが……エリルにはもう彼を後押しするだけの言葉を掛ける事は出来なかった。


もう傷ついて欲しくない、もう楽なってもらいたい。


そう言った思いばかりが溢れ、ゆっくりと体が倒れ始めるシアンをただただ見つめていた。


これで終わりだ。


これで負けで良い。


……誰かが犠牲にならずとも、全員で終われば良い。


きっとその方が正しいんだ、その筈だ。


エリルは自分に言い聞かせる様に、言い訳する様にそう脳裏に思い浮かべた。


そして落ちて来るであろうシアンを抱える為に、キングドラゴンへと近づこうとした。


その時、何かが上空を通過する音が聞こえた。


頭上を円錐状にドリルみたいな物が過ぎ去ったかと思えば、真っすぐそれがキングドラゴンの元へと向かって、あれだけ小さな的となってしまっている槍斧の柄へと突き刺さる。


そんな事が出来るのはただ一人しかいない。


エリルがその人物の方向へと振り返れば、全力を出し尽くしたのか、何かを投げた格好のまま前のめりに倒れこむグランの姿が有った。


「グオォォォォオオオオッッ」


何度目となるだろうかこのキングドラゴンの雄叫び。


シアンの切断によって胸部に深々と穴を空けたキングドラゴンは、グランが放った投擲の異能によって、体の深くへと槍斧の侵入を許した。


「とど……めだ……くたばれ……」


そしてそのタイミングで、気合で体を起こしたシアンがキングドラゴンの胸部へと腕を突っ込み、恐らく鉄球が円錐状へと形状変化した物と槍斧へと触れる事で、更にその先端から『切断』を発動する事が出来たのだ。


「ギァッ!」


正に悲鳴に近いキングドラゴンの短い叫び。


そしてそれと同時に反射的な動きだったのだろう、切断の発動を終えて再び倒れこむシアンに向けて、最後の悪あがきとも言わんばかりの攻撃を仕掛けた。


それによりシアンは叩き落される形で地面へと激突し、倒れこんだままピクリとも動かなくなってしまった。


「シアン……」


エリルは足早に彼へと近づいた。


キングドラゴンがどうなったか等どうでも良い。


シアンが無事かどうか。


それだけしか今エリルの思考は存在していない。


ケヴィンを彼の近くに寝かせ、続けてエリルはシアンを抱き起こす。


「シアン……頼むで……あんたまで行かへんでくれ……もう耐えられへんねや……」


シアンを引き止める為の言葉が、ただの自分のわがままでしかない物。


必死なだけではあるが、心の奥底から彼に死なないで欲しいが為に出て来た言葉だ。

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