ケヴィン
「な……」
しかし、物事は全てエリルの思う通りには行かなかった。
打ち合わせでは、言った通りこのまま空中に滞在してキングドラゴンの胸部まで戻る筈だったのだ。
だが突然エリルの視界からキングドラゴンの胸部が遠ざかっていく。
いや、実際に遠ざかっているのは『自分』の方であった。
念力による空中への滞在が持続できず、エリルの身体はゆっくりと地面の方へと降ろされていった。
地面に無事に着地こそ出来た物の、予定と違った事態が起こった事からエリルは後方を振り向く。
「……そうか……」
エリルは悔しそうにポツリと呟いた。
エリルが立てて居た算段は、全てマーロンが『全快』だった場合が想定されていた。
自分は見ていた筈だ、グランもマーロンも、キングドラゴンが放った途轍もない攻撃の余波に当てられ吹き飛んでいった様を。
マーロンはとっくに限界だったのだ。
そこを無理言ってエリルは念力でキングドラゴンの胸部まで辿り着かせて貰った。
そのまま作戦を遂行できるだけの体力がマーロンには残っていなかったのだ。
気を失う直前までエリルを安全に地面に降ろす事に集中していたのだろう。
うつぶせのまま腕を限界まで伸ばしきったまま気絶している様を見て、エリルは自分の考えの甘さを痛感すると共に、彼等へ無理させていた事を軽く後悔する。
しかしどうしたら良いのだろうか。
もう一度胸部へと辿り着く術が無い。
槍斧はキングドラゴンの胸部に突き刺したままで置いて来てしまった事から、今のエリルには本当に出来る事が無くなってしまった。
「良くやった……後は任せてろ!」
そう叫んだのはケヴィン。
いや、何もしていない。
まだ何も無し得ていない。
エリルは現状にそう感じてしまい、ケヴィンの言葉も慰めでそう言ったのではと思ってしまう。
だがそうでは無かった。
ケヴィンにとっては、本当に自分は良くやれていたのだ。
何故ならケヴィンは、先程から幾度も使っていた大地魔法のカタパルト射出の様な使い方を、キングドラゴンの胸部に刺さった槍斧に向けて放出し始めたからだ。
つまりハンマーの様な動作で、槍斧をより深くキングドラゴンの胸部に埋め込んで行っているのだ。
ケヴィンが作り出した活路を利用し、槍斧をあそこに突き立てる事を成功させたエリル。
自分だけの力では無く、寧ろそれが出来た事自体は他の者の協力があってこその物だが、だとしてもエリルが居なければ出来なかった事でもある。
誇りに思って良いのだろうか……そうやって彼らが認めてくれている事に、甘えても良いのだろうか。
「このまま……貫け!!」
ケヴィンが左手を限界まで翳す。
どの様な感覚で魔法群を放っているのかは分からないが、魔法を射出するイメージを固める為に左手を伸ばすと言う行為が恐らく意味が有るのだろう。
珍しく熱くなっている様にも見えるケヴィンの行動。
あのとんでも無い化け物の強さを知っているからこそ、活路が見えた瞬間に一気に勝機を掴もうとしているのだろう。
一瞬のチャンスがあればそこに全力を費やす。
シアンとケヴィンが今回の戦いで何度も行ってきた事だ。
……確かに、この光景を目の当たりにすれば誰もが勝ったと思う事だろう。
本当に器用な物で、大地魔法で槍の柄を叩くと共にシアンの空中誘導も怠らない。
いくつもの魔法を同時行使しながら着実にダメージを与えていくケヴィンの様を見れば、こいつが負ける筈が無いと思わせてくれる。
キングドラゴンが高々と右腕を振り上げるが、そんなところに既にシアンは居ない。
再び砕けた下顎への接近を許し、切断の異能を傷口に叩きこまれる事が落ちだ。
もう安心だ、もう大丈夫だろう。
武器を置いて来てしまった事で失態を犯したかと思ったが、結果的にはそれが正解だった事が頷ける。
後はケヴィンの魔法によって、あの槍斧をキングドラゴンの胸部深くまで突き刺す事が出来れば……この戦いは終わる。
……キングドラゴンの振り上げた右腕が、『シアンを狙ったものでは無い』と気付いていればの話だ。
キングドラゴンが振り下ろした右腕が強く地面を叩く。
誰かを狙ったかと言うよりは、何方かと言えば地面を叩く事自体が目的だった様に思える。
強い振動と共に地割れが発生し、それをキングドラゴンが狙って起こした物かどうか定かでは無いが、地割れが発生した部分から岩石が地面を突き破って盛り上がりはじめ、それが次々と隣接する地面に連動していき、その盛り上がりがケヴィンと自分の足元へと到達した。
途端に二人は空中へと投げ出され、一瞬だけケヴィンがこちらに視線を向けたかと思えば、彼は自分に向けて行く度目かになる突風をお見舞いした。
まるで自分から……いや、この場から離す様に風圧を叩き込み、その風にならって自分が吹き飛ばされたかと思えば……溜めている素振りすら見せていなかったキングドラゴンの『ブレス』がケヴィンを飲み込んだ。
「ケヴィン……?」
目の前で起こった光景の理解が遅れる。
エリルは吹き飛ばされるままに体が押し出され、地面への着地もままならず転がる。
慣性が消えた事で覚束ない足取りで立ち上がりながら、再びケヴィンへと視線を送る。
嘘だ。
有り得ない。
先程見た光景は何かの見間違いだ。
ケヴィンがブレスに巻き込まれたなんて有る筈が無いだろう。
自分を吹き飛ばす余裕があったくらいだ。
きっとあのニヒルで小馬鹿にした様な口調で、ちゃんと着地しろよとか言ってくれる筈だ。
空中で支えを失った事でシアンが降下してしまい、なんとかキングドラゴンの頭部へとしがみ付いて落下を免れているのも、きっと少しだけケヴィンが疲れて、魔法の放出を止めているだけだ。
……あそこで、左肩から右の脇腹を境に体の上部しか残っていないまま倒れている人物がケヴィンな訳が無い。
……だがエリルは確認してしまった、エリルは抱き上げてしまった。
その存在を、ケヴィン『だった』その上半身だけの人物を認識してしまった。
「何……してんねん……」
エリルの問いかけにそれは反応しない。
一つだけ分かる事と言えば、先程まで生きていたその人物がいくら身体強化を得ていたとしても、この様な状況になってしまっては『即死』してしまっていると言う事。
「何で……何で俺なんか助けたんや……どう考えてもおかしいやろ……」
エリルは力が抜けた様にその場へと座りこみ、上半身だけの状態で事切れている人物へと声を声を掛け続ける。
「俺があそこにいたんが悪いんか? でもな、普通に考えたらあんたの方が生き残るべきやったろ……少し考えたら誰にやって分かるやろ……アホちゃうか……」
あそこに居たのは確かにミスだったのかもしれない。
勝手にキングドラゴンの攻撃の範囲外だと思っていたし、遠距離攻撃のブレスが飛んでくるとしても何度も使っていた様に溜めのモーションが先に起こる筈だと思い込んでいた。
……先程から自分達はその『思い込み』で何度も攻撃を受けていたのに、警戒を怠り過ぎたのは事実だ。
シアンとケヴィンが明確にダメージを受けた時も、ブレスを妨害してキングドラゴンにダメージを当てた時、まさかあの状態で攻勢に出て来るとは思わなかったタイミングで尾を振って来たり、隙だらけに思えた状況で近づいたグラン達がキングドラゴンの放った叩きつけによって巻き起こる衝撃波を喰らうという現象が起こった。
二度にも渡って安全だと思い込んだ状況での被弾だ。
何故エリルはそんな状況で、一番死に近い立場にいるにも関わらずあんなに油断をしていたのか。
自分の攻撃が明確に通用していたから?
戦いの役に立っていると思いたかったから?
実際それも有る。
少しでも貢献していると思いたくて、何もできないにしろ戦場には身を置く事で何かしている気になっていた。
ただ……それよりももっと最悪で、もっと馬鹿げた思考があの時にはあった。
自分から彼に何で自分を助けたのかなんて問いかけている癖に、あの時自分は『ケヴィンの近くに居たら安全だ』と心のどこかで思っていた。
何かあっても彼ならとんでもない行動をして助けてくれるだろう。
そう言う考えこそ言葉にはしていない物の必ず真相心理に有ったのだ。
だからあんな場所で自分は呆けており、反応すら出来なかったブレスを見事にエリルの『思惑通り』……ケヴィンに『助けられる事』で窮地を脱出出来たのだ。




