最初の犠牲者
「あん? なんだぁこりゃぁ? 水かぁ?」
液体のかかったスパイクだが特に怯む事も無く、且つ何事も無かったかの様にスライムへと手を伸ばす。
彼の『針』と言う異能は、手の指先からそれぞれ細い針を突き出す事が出来る能力である。
対象範囲が短い為に、シアンと同じ様に針を突き刺したい相手に触れなければならない事で、下手をすればシアンの完全下位互換的な能力ではあるのだが、指先からと言う括りの影響によって、手足同時に20本もの針を突き出す事が出来る為に、一応シアンの能力との住み分けは出来ていた。
「あが?」
スパイクがスライムに触れそうになった時であった。
ズルりと……そう言う例えが正しいのかは分からないが、彼の腕から何かが落ちた。
「うぇ?」
先程から全く言葉になって居ない反応を見せる。
しかしそれは、言葉にならないのではなく『出来ない』のであった。
頭部から『顔』が剥がれ落ちた。
言っている意味が分からないだろうが、そう表現するしかない。
「くそ……やられた」
グランがその様子を見て悔しそうに呟く。
まるで骨から肉が剥がれ落ちる様に。
皮膚がどろどろに溶け、凡そスパイクに肉体を構成していた体組織は……ボトリと彼の身体から剥がれ落ちていったのだ。
一切の言葉を発さずに倒れるスパイク『だった』物。
もはや白骨死体なのか、腐乱死体なのか、そのどちらにも例えられる様にぶよぶよとした何かが地面へと広がり、その肉塊の中心にスパイクの人型を作り出していた骨組みが倒れ込んでいた。
「うわぁぁあああああ!!」
やっとスパイクの事が認識出来たのか、彼の近くに居た別の男が叫ぶ。
「いや……いやぁああああ!!」
それにつられて恐怖が連鎖していくと言うのだろうか、次々に仲間達が騒ぎ始めた。
「消えろ!!」
グランは鉄球を黄色がかったスライムへと投げつける。
激しく爆裂する様に、グランの鉄球を食らったスライムは辺りにゼリー状の肉体を散らばらせた。
ディムとリアムはいくら戦闘にも慣れたとは言え、仲間の死体を目の当たりにして若干青ざめている。
非戦闘組だった者は叫び、或いは腰を抜かし、また或いは気絶する者まで現れる。
エリルは。
……エリルはただ、悔しがるグランの横でぼーっとその光景を眺めていた。
忘れていた。
これは『デスゲーム』だ。
間隔が狂ってしまっていたが、人が簡単に死ぬ様な魔物が沢山存在する中で、只管に勝ち続けなければならない死の遊戯なのだ。
舐めていた、適当に考えていた。
自分が多少は戦える組だった事で、完全にこのゲームを甘く見ていたのだ。
エリルでさえ、グランが正しいと分かっていつつも『スライム如き』と思っていた。
もしあそこに居たのが自分だったら?
スライムの攻撃だと警戒せずに同じ様にあの液体を浴びていたら?
その答えが目の前にある。
見ればスパイクだった存在の肉塊は、何か泡立つ様な気体と音を発している。
……あの黄色がかったスライムがスパイクに浴びせた液体は……『酸』だったのだろうか。
「こいつは『アシッドスライム』と言う通常のスライムよりも遥かに強い個体の魔物だ……。冒険の初心者がスライムと思って適当に相手をしていたら、さっきの様に酸を掛けられて大怪我をすると言う事が良く有った……。ある意味で初心者がもっとも怪我を負う魔物がこのアシッドスライムと言われる程の存在だ。……俺がもっと気を付けていれば……こんな事にはならなかったのに……」
重苦しい雰囲気で魔物の存在を説明したグラン。
今のメンバーの中で、その存在を知っているのは確かにグランだけだったのだろう。
ただ、だからといって不用心に近づいたのはスパイクだ。
グランがそこで自分を責めるのはおかしい話だろう。
そう宥めたいのだが、エリルは言葉が出てこない。
気付けば先程迄振り回して木の棒さえも手の平から零れ落ちていた。
脱力感と言うのだろうか。
もしかしたら意識していないだけでそれがエリルの感じた恐怖だったのかもしれない。
何だかんだ言いつつ、修羅場を潜って来たかの様に見せかけてはいるが、ケヴィンのこの時初めて『人の死』を目撃した。
大抵の者が他人の死ぬ瞬間なんて見ずに終わる事だろう。
ご遺体を見る瞬間であっても葬式の場が殆どの筈だ。
ましてや事故や病死の瞬間ですら無く、圧倒的暴力によって『殺される瞬間』なんて目撃する筈が無い。
あぁ、認めよう。
エリルはこの時やっと……このデスゲームが『怖い』と思ったのだ。
「もう嫌だ! 無理だ! 俺には戦えない!!」
「そうよ! 何で私がこんな目に遭わなきゃならないのよ……誰か助けてよ……」
エリルでさえそんな状況なのだ、まだ初日の恐怖からすらも抜け出せていない人物達がこの状況を目撃してまともでいられる筈等無かったのだ。
各々が各々で恐怖を表現している中で、何も発言できずにいるのはエリルだけじゃない。
説得を試みようとしているのか、あたふたと体を動かしているディム達の姿もある。
折角幾人かが進んで戦闘を行い始めた矢先の出来事だ。
いや寧ろ自分達でも戦えると思ってしまったが故に起きてしまった事故とも言える。
……振り出しだ。
きっとまた戦いに身を置こうとする者がこれで減るだろう。
エリルも悠長にグランの肉壁になるなんて言ってられない状況なのだ。
どうしたら良い?
何をする事が正解だ?
力の無い自分が何か言って説得できるのか?
それで聞く耳を持つ者が居るのか?
……分からない。
動揺しているのか考えがまとまらない。
何か言うべきなのだがその言葉すら出てこない。
教えてくれ……シアン。
「皆落ち着け……落ち着いてくれ!」
グランの大声が響き渡る。
騒いでいた者も、泣き叫んでいた者も、総じてグランへと視線を向ける。
「……怖いのは分かる。ここから逃げ出した気持ちも痛い程分かる……。だが皆も分かってる通り、俺達に逃げ場なんて無い……。俺達は犠牲者を出してしまったが、それで戦いが終われる程簡単な話では無い。ミッションを与えられた俺達は……このミッションをクリアするしか生き残る方法が無いんだ。……だから、辛い事を言うが、残酷な事を言うが……俺と共に戦ってくれ……」
「無理よ! 貴方だって見たでしょ? あんなに簡単に殺されるんじゃ命がいくつあっても足りないじゃない!」
「そうだ……その通りだ! もう俺達は一日一食で良い……だからもう戦いたくない! 死にたくないんだ!!」
言い返されたグランは渋い表情を見せる。
そう言われる事は分かり切っての発言だったのだろう。
グランだって怖いに決まっている。
戦える力があってもそれで死の恐怖が薄れる訳では無い。
薄れるのは死ぬ可能性だけだからだ。
動けよ。
黙ってねぇで口を開けよ。
エリルは自分を鼓舞する様に、グランに助け舟を出す為にも、無理やり震える手を握りしめながら言葉を発した。
「……俺らが戦わへんと、他にも被害が出んねん……。俺ら以外にも死者が出る事になんねん……皆で力を合わせて戦う事が……俺らが生き残る可能性が最も高い手段やねん」
キレが無い。
いつものはきはきとした力強い言い方が出来ない。
我ながらダサすぎると思ってしまった。
「だからって俺達が犠牲になる必要なんてない! 戦える奴だけで戦えば良いんだよ! 今間だってそうやってあんたらは生き残って来たじゃ無いか! 俺達の様な戦いたく無い奴が戦った所で、こうやって無駄に死んでしまうだけだ!」
「それにあんたさっきから何もしてないじゃない! あれだけ周りがやけにあんたを持ち上げるから異能が使えないのに何か凄い事するのかと思ってたけど戦ってすらないじゃないのよ!」
正にその通りだ。
こう言う事を言われる事が分かり切っていたからこそ、エリルはこの状況で喋る事すら億劫になって居たのだ。




