勉強しない奴
今回の構成で前衛となるディムとリアムが存在し、後衛からグランが援護する形で十分にこのチームは作用する事となるだろ。
「よ……よいしょ!!」
体を震わせながらも、スライムを踏みつける女性。
「ふぬぅううう!!」
かなりグロテスクだが、鼻息荒くしながらクロウラビットの頭部を胴体から引きちぎる男性。
戦い方は様々だが、皆万全な援護が有る事によってそれぞれ何とか魔物と戦っていけている様である。
エリルがいくら攻撃しても大したダメージを与えられなかった魔物達を、細身の女性やただふくよかなだけで筋力は無いだろう男性が倒す事の出来るこの状況。
やはり『異能』を介するだけで単純な動作でも全く別の効果を魔物には齎すらしい。
女性は確か『弱点』と言う異能だった筈だ。
対象を凝視する事でその魔物の弱点となる部位を発見する事が出来る能力。
それを発見した上でその部分を的確に攻撃する事で、弱々しい攻撃でも確かなダメージを与える事が出来る様だ。
現状、彼女のその弱点による恩恵は他の者があやかる事は出来ていない。
彼女が弱点を発見してその部位を他の者が攻撃しても、彼女の攻撃でなければ弱点を突いた事にはならない様だった。
これも異能を強化すればもしかしたら他人と共有出来る様になるかもしれないが……とエリルはその思考を取り下げる。
ジェシカで慣れてしまった為か、どうしても他人の能力を介して戦う事を始めに考えてしまう自分がいる。
どれもこれも自分の異能の効果が未だに分からない事が大きな理由なのだが。
クロウラビットを引きちぎった男の異能は誰もが分かる単純な名前の物だった、
『怪力』と言う異能であり、とても想像しやすい異能だった為に別段考察する事も無く彼はその異能を発揮していた。
どう考えてもグランやリアムの方が筋肉質なのだが、それでもただの腕力比べでこの怪力の異能を持つ男の方が彼等よりも上を行っていたのだ。
ただ、こう言う単純な異能の場合には、一体どう言った強化が施されるのか想像がつかない。
怪力と言う名で腕力の上がる恩恵を授かれたとして、それは『身体強化』を手に入れた時と異能強化を手に入れた時にどう変わるのかが気になる部分だ。
身体強化が施された上でさらに腕力が上がると言うシンプルな能力となる可能性もあるが、ケヴィンやグランの様に目に分かる異能の強化と言う物がこの怪力にどう作用するのかは、これから強くなっていくであろう他の者達の異能の考察にも重要な要素となってくるだろう。
エリルは後方から仲間達の動きを観察しながら、グランの背後を一度っていた。
正直に言えば手持ち無沙汰だ。
戦闘に参加しても異能が使えない為に殆どダメージを与えられない。
むしろ攻撃した自分の方が相手の硬さによってダメージを受けてしまう程だから、何もしない方が良いと思える程だ。
とは言ったものの持ち前の身体能力と反射神経で急に襲い掛かって来る魔物への対処だけは出来る為、異能強化によってもはや人間大砲の様な威力を持つグランの投擲をスムーズに行わせる事が目的で、彼の身辺警護みたいな立ち位置でエリルはそこにいたのだ。
やはり一連の投球フォームは途轍もなく速い球を投げられるがその分隙は大きい。
今後グランが身体強化を取れば、その一連の動作も早くなっていくのかもしれないが、念の為グランが隙を突かれない様に護衛をしている形だ。
あくまでグランは異能強化を取得しただけで、彼の肉体自体が強くなった訳ではないのだから。
生身、と言えばエリルも同じなのだがどう考えても今のエリルとグランとでは、圧倒的にグランの方が必要な存在と言える状況にある。
その為どちらが犠牲になる?
と考えてみれば、エリルの方が犠牲になる方が自然の流れと言える。
自分を蔑んで言っている訳では無く、紛れもない事実だとエリルは考えていた。
勿論グランは危険な事なんてしなくていいと言ってくれている。
だが異能が発動できない以上今の自分は普通にただの役立たずだ。
非戦闘組の連中よりも酷い立場とも言える。
彼らは戦おうと思えば戦える手段を持っているのだから。
自分は戦う手段を持っていないのだから優先度は下がって当然の事だ。
今までの立ち回りでグラン達は際限なくこちらに感謝を向けて来るのだが、それは本当に運が良かっただけで偶然の産物に過ぎない。
ジェシカが協力的でなかったら、むしろ最初から自ら戦闘に参加する程の気概を持っていたら今の自分の立場は無かったのだ。
勿論異能の発動を諦めた訳ではない。
今も仲間達が起こす行動を見つめながら、何かが『100倍』にならないか試している程だ。
異能の発動感覚は、発動条件が満たされた時に自然と分かる物だと彼らは言っていた。
エリルはどの場面でも、何をしていてもそう言った感覚が訪れる事は無かった。
今まで見た動きや異能の中には、エリルが100倍に出来る要素は存在しないと言う事だ。
試しにアイテムボックスに入っているゆで卵が100倍にならないかとかアホな事もやってみたが、そんなこと出来る筈もなく何も反応せずに終わる。
料理や物を百倍に出来るのなら、今皆が必死になって食料を手に入れる為にポイント稼ぎする意味がほぼなくなってしまう。
何故ならエリルが食事券を使って料理を頼んだ後、それを百倍にすればそれだで全員分の食事が提供できてしまうからだ。
そうなったら再び非戦闘組が戦わないと言う選択を取り出す可能性もある。
エリルが渡すかどうかは別としてだが。
ただ、流石に異能が戦闘面に全く関係の無い者だとは考えにくい。
他にもサポート系の様な異能を持っている者達もいるが、そのいずれもが戦闘に関わる効果が有りそうな名前をしている為、統計的に考えればこの100倍も戦闘に関わる何かである事は間違いないだろう。
エリルは再び思考の沼に陥りながらも、意味は無いだろうが長い木の枝を拾い上げながら、いざとなればそれで魔物を殴ろうかなんて思いながら、グランの後ろへついていった時だった。
「お! スライムみぃーっけ」
一人の男性が、岩陰から現れた若干『黄色がかったスライム』の方へと接近していく。
列の真ん中辺りで遭遇した為、先頭が見逃した魔物なのだろう。
リアムの『盾』による引きつけも掛かっていない様だ。
「下がれ!!」
突如グランが声を荒げる。
「はぁ? 何騒いでるんだよ。たかがスライムだろ」
グランの警告空しく、男はそれでもそのスライムへと近づいていく。
一番最初に自分達が魔物を見た時、唯一グランだけがジェシカを静止する様に叫んだ。
その時もグランの警告は正しく、ジェシカはまんまとクロウラビットに腕を切り裂かれてしまった。
つまり今回のこのグランの必死な叫びも、そのスライムが『普通のスライムじゃない』事を裏付ける様な言葉だったのだが、男は全く聞く耳を持っていなかった。
全く勉強しない奴だ。
とエリルはその時考えていたのだ。
そう言う感想が出てきている時点で、エリル自身も男の前に現れた『スライム』を大した事無いと認識してしまっているのである。
もっと注意深くしていれば、もっとグランの言葉をしっかりと吟味していれば、それは起こらなかったのかもしれない。
「良いから下がるんだ! そいつはただのスライムじゃない! 危険な個体だ!」
「おいおい、とか言って昨日みたいなボーナススライムだったりするんだろぉ? こいつは俺が見つけたんだ、ライアンの奴でも狩れたんだ。俺だってそれくらい……出来るんだよ!」
男の名は『スパイク・ホーネット』……その名と異能が『針』と言う事しか知らない。
碌に顔を見ていなかったから仕方ないが、その後二度と……エリルは彼の顔を思い出す事は出来なくなる事だろう。
「避けろ!!」
グランが最後の忠告となる言葉を叫んだ時、男は……スパイクは頭からスライムが吐き出した『液体』を被ったのであった。




