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特殊な能力

「ふえ? ……うぎゃぁああああああっっ!!」


「うわぁっ!」

「ひぃいいっ!!」


一瞬の出来事であった為に女性は己の腕が切り裂かれている事に理解が追い付かず、大量に噴出する血液を目の当たりにして悲痛な声を挙げた。



彼女の周囲に居た人物達は突然の光景に慄き、巻き込まれまいと一斉に距離を開け始める。


「くそっ!」


先程叫んだ男は駆け出し始め、追撃を与えようと大きな爪を構えたウサギを牽制する様にポケットに入っていたであろう小さめの麻袋の様な物を投げつける。


結構な速度で投げ出されていたその小袋はヒラリとウサギに避けられてしまうが、その間に男は女性との間に滑り込んでいた。


「あが……ぐ……」


どうしていいか分からず、肘辺りを握りしめながら恐怖で満足に声が出せない様子の女性。


涙や鼻水でぐちゃぐちゃになりながらも、歯を食いしばり必死に痛みに耐えている様にも見える。


先程叫んだ男とは別の人物が女性の元へと近づくと、懐からハンカチの様な物を取り出して女性の腕の傷口周辺を抑える。


「く……うぅ……」


「痛いだろうが耐えてくれ。今は止血を試みる」


『紫色の長髪の男』は、女性を安心させる様に声を掛ける。


この二人の人物はこう言う状況に慣れているのだろうか、ヤケに冷静に見える。


恐らく先に叫んだ男は魔物の存在を知っていたのだろう。


見てくれは完全に少しだけ大きいウサギだったにも関わらず、女性が近づいた瞬間に危険視する様な発言をした。


今正に切り落とした腕に噛みついている様を見せられていなければ、今でもあのウサギが魔物である事なんて理解できないくらいだ。


そんな理解不能な生物を目の当たりにしたら、女性の周囲に居た人物の様に危機感を感じて距離を取ろうとするのが通常の反応だ。


だが男は自ら近づいて行き、魔物を牽制して女性から遠ざけた事から、こう言った類との遭遇に経験があると判断出来る。


「おっとっとー。まだ説明すら終わって無いのに勝手に傷つかれちゃ困るよー。君達は大事な僕の『駒』なんだからさぁ、ちゃんと体は労わってよねぇ? 今回だけは特別だよぉ?」


言うと仮面の男は、指を弾くと共に女性に向かって指差しを行った。


すると紫髪の男に抑えられていた女性の手が見る見るうちに盛り上がり始め、今正に腕が生えて来たと錯覚する様に傷一つ無い白い腕がその場に誕生した。


目の前で起こり続ける非現実的な状況に頭がついて行かず、そこで起きている出来事が何かの錯覚では無いかと思い始めるエリル。


ウサギの巨大な爪も何かの間違いで、女性は腕を失っていなかった。


だから今本人によって摩る様に確認されている腕は元々何も問題が無かった為に無傷なのだ。


そう思いたい気持ちとは裏腹に、床や衣服、紫髪の男が持つハンカチに血液がこびり付いている状況は本物で、何より未だにあの大きなウサギは切り取った女性の腕に噛り付いている事実が現実を突きつけてくる。


「なんだよ……これ」

「こんなの夢だろ!? さっさと覚めてくれ!!」

「どっかの番組の演出!? 手品ショーにでも巻き込まれたの!? だったら質が悪いわよ!」


自分と同じ様に、この状況に再び混乱を始める人物達は幾人か居た。


魔物と言う得体の知れない存在を見た時よりも、切り落とされた腕が有り得ない方法で元通りになると言う光景の方が非現実的過ぎたのか、恐怖よりも現実逃避の様な思考に走り出していた。


「夢でも手品ショーでも、それこそフィクションでもないよぉ。これはげ・ん・じ・つ。どうかなぁ? 魔物がどう言う存在なのか分かってくれたかなぁ?」


言いながら仮面の男はウサギを抱きかかえ、先程前触れも無く女性の腕を切り裂いたそのウサギは大人しく男に抱えられながら、今もなお切断された女性の腕を口に咥えていた。


愛くるしさと狂気的側面が両立している事で、不快で非常に不気味な光景がそこに存在している。


「お……俺達にそんな化物と戦えって言うのか……?」


比較的安全圏に居る人物から、唐突に言葉が投げかけられる。


そもそもの主旨が魔物と戦えと言う物だった事から、今目の前に居るウサギがこの場に現れたのである。


このまま現実の直視を避けていても何も話は進まない。


「何言ってるのさぁ。このうさちゃんは全然化物なんかじゃないよぉ、序盤に出てくる様な雑魚中の雑魚だし。君達にはもっともっと強い敵と戦える様になって貰わなくちゃぁ」


「む……無理だろ!? そのウサギが雑魚……? そいつの攻撃なんも見えなかったぞ!? ただの一般人の俺達がそんな化物たちと戦える訳ないだろ!!」


男の発言には一理ある。


仮面の男が雑魚呼ばわりしたウサギだが、人の腕を簡単に斬り割ける程の殺傷能力を持っているのは事実だ。


そのレベルの魔物でさえ雑魚と言い切るのだから、仮面の男が想定している強い敵と言うのは本物の化物に違いない。


自分がウサギの動きを目で追う事が出来たのは、あくまで生前に武術を学んでいたからに過ぎない。


何もしていないただの一般人であれば、男の言う通りウサギの動きが見えなかった場合もあり得るだろう。


「いやいや、君達はもう一般人じゃないよ? 僕の『駒』なんだからさぁ、ちゃんとそれなりに『力を分け与えてる』から安心しなよ」


途端にざわついていた話し声がピタリと止まる。


切っ掛けは間違いなく仮面の男が言った『力を分け与えてる』と言う言葉だ。


エリルはその状況に僅かにだが目を疑う。


まさか目の前で有り得ない事が立て続けに起きて、簡単に四肢が欠損する様な状況に追い込まれている中で、よもやその非現実的な力の一旦を自分達が与えられたと言う事実に『歓喜』しているとでも言うのか。


「お、やっぱり乗り気だよねぇ。そうだよねぇ、誰だって『特殊な能力』みたいなのは憧れるし欲しがるよねぇ」


仮面の男もそう言う空気を感じ取ったのか、両手を叩きながら嬉しそうに言葉を連ねる。


「どんな力が……貰えたんだ?」


それを発言したのは、最初にあのウサギの異常さに気付いて女性の間に割って入った男だ。


冷静に状況を見ているかと思えば、異端な力には興味があると言う事だろうか。


「そうだねぇ、一先ず皆に確認して貰おうか。手を翳しながら『ステータス』って叫んでみなよ。すぐに自分の能力が分かるからさぁ」


その瞬間、遠巻きに見ていた殆どの者達でさえ口々にステータスと発言し始める。


人々は目を輝かせながら、目の前に現れた違和感の塊でしかない半透明のウインドウの様な物を覗き込む。


エリルからしたらそれ自体も既に異端な力の一部に過ぎなかった。


そして何故こうまで楽しそうな表情を見せられるのか。


先程死にかけた人物だっているのに、まだここに召集された理由だって定かでは無いのに。


怖くないのか?


不気味では無いのか?


何故そう言った背景を知るよりも先に、己に与えられた力なんぞを知りたがるのか。

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