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異常だ

エリルは嫌な予感を醸しながら、歪んでいく視界に巻き込まれていく。


最早見慣れたと言える程に日常と化してしまったファミリーハウスの風景の中、広間には30人が勢揃いする事となる。


「ちょっと時間掛かり過ぎじゃない? 待ちくたびれたんだけど」


その瞬間に飛び出すのは、感謝の言葉では無くまさかの『文句』であった。


ハスキーな低い女性の声……その人物を見なくとも誰が発言したか分かってしまう程だ。


「その言い方はないんじゃないのか?」


やはりそんな言われ方をすれば腹が立つのだろう。


グランは人をかき分けながら反論を行った。


「お前達が何もしない分、俺達は必死で魔物達を討伐してるんだ。本来なら30人全員で束になって戦う様な魔物を、俺達は9人で戦ってるんだぞ。本来の三倍は時間が掛かるに決まっているだろう」


正にグランの言う通りだろう。


あれだけ広いエリアを想定されている人数の三分の一にも見たいな人数で攻略するとなれば、当たり前にその時間は従来の三倍以上は掛かるに決まっている。


つまり彼女の言う『時間掛かり過ぎ』と言う文句は、完全に自業自得のブーメラン発言なのである。


「何もしてないって、貴方達がフィールドを散らばっている最中に私達は拠点を守ってるんですけど」


「拠点ってなんやねん。そんなもんあるんかいな。そう言うルールやったか?」


エリルはさっきから何故か大量の水と食事券を次々に手渡ししてくるジェシカからそれらを受け取りながら、グランの味方すべく口を挟んだ。


「何が起こるか分からないじゃない。魔物の全滅ってミッションだったんだから、最初の位置にも魔物が来るかもしんないじゃん。だから私達はああやって待機してたのよ。もしもの為に」


「実際にワシのお陰で魔物が全滅出来た様なもんじゃからな!!」


出た。


エリルはそう思った。


鼻息を荒くしながら口を出して来るのは『ライアン』だ。


その時点でエリルはうんざりしてしまう。


「お前らがろくに魔物を狩る事も出来ないから、初期位置まで魔物が押し寄せて来たんじゃぞ!? ワシが居なければ初期位置に居た者達は全滅していたかもしれんのじゃ! じゃからワシらは拠点を守っていたと言える状況じゃろうが!」


さて、どう反論すべきか。


無駄に高得点を手に入れてしまったからか、やたらと自信満々に言葉を並べ立てるライアン。


このまま勢いづかせるのも面倒だが、だからと言ってこういう話の通じない輩を黙らせるのも一苦労だ。


余計な悩みの種を増やさないでくれと心底ケヴィンが思っていた時であった。


「全滅すれば良かったじゃねぇか」


エリルは声の主へと視線を送った。


自分と同じ様に、数枚の食事券と水をシアンから受け取っている『ケヴィン』の姿が目に映る。


エリルは彼が加勢してくれたと言う事実よりも、何方かと言えばシアンからちゃんと食料を受け取っていると言う事実の方が何故か嬉しかった。


「何じゃと!? お前はワシらに全滅しろと言うのか!?」


「全滅しろなんて言ってねぇだろ。全滅すれば良かったって言ったんだ。命令じゃねぇ、願望だ。その違いが分かるか? 分かんねぇだろうな、頭のわりぃ役立たず共なんだから」


「誰が役立たずじゃ!」


「役立たずだろうが。テメェらを表現する上でそれ以外にテメェらにぴったりな言葉があるなら教えてくれよ。ほら早く」


「ワシは今回50ポイントも手に入れたんじゃぞ!? ワシ以下のポイントしか取れなかった奴らの方が役立たずじゃろうに!!」


「成程、じゃぁテメェの後ろにいるその20人は役立たずって事で良いんだよな? 今テメェが自分でそう言ったんだからそう言う事だよな? だってよ役立たず共。テメェが仲間だと思ってるだろうこのクソジジィはテメェらの事役立たずって思ってるらしいぞ」


「な! な! な! 何を言うか!!」


口が回る……単純にケヴィンの発言を聞いていて率直に出て来た感想はそれだった。


とっつきにくく口の悪い寡黙な奴だとは思っていたが、いや口が悪いと言う評価は変わらないがそれでもあの意味不明な発言をするライアンを完全に口で負かしている。


正直、人生の中でこれ程敵に回したくないと感じたのは彼が初めてかもしれない。


「断言したのはテメェだろ。俺が役立たず以外の言葉があるなら教えろって言った事に対してテメェが役立たずって言ったんだろうが。ボケるのは早すぎるだろ」


「お前等がちゃんと魔物を狩らないからワシが戦う嵌めになったと言っておるだろう!? ワシらはちゃんと拠点を守ると言う役割を全うしたにも関わらず、お前等は魔物を狩りきる事が出来なかった! 役立たずはそっちじゃろうが!」


「テメェ以下のポイントしか持ってねぇ奴は役立たずって自分で言ったよな? で俺はテメェ以上にポイントを手に入れてるんだが……テメェの考え方が正しいなら、俺以下のポイントしか持ってねぇ奴は、俺の基準では役立たずって事になってしまうよな? んじゃテメェは役立たずだろ?」


「うるさいぞ!! 貴様はそれしか言えんのか!!」


「じゃあ別の言い方してやるよ。拠点を守る事がテメェらの役目だって誰が決めた? 誰も言ってねぇしあそこは拠点ですらねぇ。ただのスタート地点だ。のろまなテメェらはスタートから飛び出す事も出来ねぇで縮こまって、恐怖に震えながら戦闘が終わるのを待ってただけだろ。その証拠にさっきテメェは『全滅していたかも』って言ったよなぁ? はぐれスライム『如き』の雑魚モンスター相手にな。たったの一匹の雑魚に全滅しかけたのか? んじゃぁ全然拠点守れてねぇじゃねぇか。テメェがさっきから誇りにしてる拠点を守ると言う誰も与えていない仕事すら碌に達成出来てねぇじゃねぇか」


「う……煩いと言っとるじゃろうが!」


正直に言うと、全く勝負になっていない事で寧ろライアンが可哀そうにもなって来たとも言える。


同情なんてする由も無いが。


「まぁまぁ、爺さんもうあんたが黙った方がええと思うで。めっさ口喧嘩も腕っぷしも強い若者に対抗しよった所で、勝てるとこなんてあらへんやろ」


言いながら、彼の肩に手を置いた時だった。


「貴様如きがワシに触るな!!」


エリルが力を抜いていた事もあるが、凡そ格闘技経験など皆無であろうライアンの腕力によって、エリルの腕は簡単に引き剥がされてしまった。


あまりの威力に弾き飛ばされた事によって危うく脱臼しかけたエリル。


右手首を左手で抑えながら感覚を確認しながら、ライアンへと向き直った。


ライアン自身も自分の手を驚いた様に見つめながら、そしてそれが『何を意味する』のかを理解した時、こちらに視線を向けながらニヤリと笑った。


そしてエリルはその瞬間『してやられた』と思った。


ライアンは使ったのだろう。


先程手に入れたばかりの『50ポイント』を全て……『身体強化』に導入したと言う事である。


「おいガキ。さっき貴様は『腕っぷしも強い』と言ったな? ワシとどっちが強いのか試して――」


「はいはーい、そこまでぇ。仲間同士の喧嘩はダメだよぉ? 特に『身体強化』や『異能強化』を手に入れた人が仲間にその力を向けるのは御法度だからねぇ」


丁度いい……と言うべきなのか。


本来は見たくも無い気味の悪い存在である仮面の男だが……ライアンを調子づかせる直前で出て来た事で、不覚にもエリルは『助かった』と思ってしまったのだ。


あの力は……『異常』だ。

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