必要
「何か……あったのか?」
エリルの返答に、途端に表情を変えるグラン。
「分からへん……せやけど念の為や。この場は任せてええか?」
「いや、念には念をだ。どうせまだ討伐には暫く掛かる。俺達も一緒に行くぞ。ジェシカも良いよな?」
「あ、うん!」
元々自分に選択肢は無いと思っているのか、ジェシカは急いで立ち上がりながら縦に首を強く振った。
「地図の見方と方向は分かるやろ? 俺が先行して走るさかい、二人は安全を確認しながら来てくれたらええわ」
「分かった」
一緒に行く……とは少し違うが、もし仮にケヴィンが大量の魔物に囲まれて立ち往生している状況なら、間違いなくグランの力は居る。
だから彼が一緒に来ると言った事を否定しなかったし、だとしてもいち早くケヴィンの元へ辿り着く事を優先したいエリルは、先導してケヴィンの元までのルート開拓を行う事を買って出た。
「無理せずついて来てな。いくで!!」
言い終えるとエリルは走り出した。
体勢を低くし、体が前に倒れようとしているエネルギーを利用して前進を行う。
体が倒れる前に足を出し、体勢を安定させる為に両腕を後ろに伸ばしながら走る。
ただ前進する為に特化した走り方で、エリルはこの体勢での入り方を特に好んで使っていた。
正に今の様に一秒でも早く現場へ辿り着きたい時にはこの様な走り方を繰り出す事が多い。
知人からは『忍者かよ』と笑われる事もあるが、重心移動の鍛錬にも繋がる事から意外と馬鹿に出来ない走り方なのだ。
草原から雑木林を抜け、最短距離でケヴィンの元を目指す。
後続からやってくるグラン達の安全を確保する為にも、間合いに入る魔物達は片っ端から処分していく。
呼吸は一定を保ち、全力疾走に近いこの走りをキープする様に酸素を体に送る。
一度林を抜けて、広い空間に抜けてから道らしき踏みなされた大地が見えると、その道のど真ん中にうつ伏せで倒れているケヴィンの姿が目に移った。
「ケヴィン!? 大丈夫かいな!?」
急いで駆け寄り、彼を抱き上げて安否を確認する。
自分は医学知識等持ち合わせていないから何が正しい動きかは分からないが、脈拍と呼吸の状況を確認した。
後になってから気付いたが、確か中学の時に行った防災訓練で、倒れている人をいきなり起こしてはいけないと習って居た事を思い出し、自分の行動がミスだったと気づく。
幸いというべきか、彼には外傷が見当たらない。
辺りにもケヴィンが倒したであろう魔物の死体が転がっているのみで、魔物にやられた事で倒れている訳では無い事が予想出来た。
ケヴィンは汗を流し、荒々しい呼吸を行っている。
恐らくだがそれは『脱水症状』である。
「……やっぱりか……」
エリルは舌打ちをする。
もっと早く気付くべきであった。
先程グランが冗談で言い放った『用を足す』という行為。
考えてみれば、自分達が『水』と言う資源を確保する為には本当にバトルポイントを消費して購入するしかないと言う事。
シアンが考察していた、ファミリーハウス内では常に体が万全で清潔な状況が保たれる様な魔法が組み込まれている事で、自分達は風呂に入る事も歯を磨く事すら無い。
水が唯一流れている場所は『トイレ』だけなのだ。
つまり、今自分達がアイテムボックスに入れているバトルポイントで購入した水を飲む事でしか、飲料を摂取する方法がこのデスゲームには存在していないのだ。
細部にわたって生活水準を全てバトルポイントに左右される様な造りにされている。
仮面の男がケヴィンに対してどうやって生き残るつもりかを問うたのはこう言う事だったのだ。
ケヴィンはこの三日間、水さえも口にしていない状況なのだ。
人は水分を取らなければ三日で死の危険が増す。
更にファミリーハウスでは体を万全に期す為に、常に体からエネルギーを消費されている状態だ。
栄養補給さえ行っていないケヴィンは、栄養失調も併発している筈だ。
昨日のミッションの最中に彼が屈み込んでいた時点で気付くべきだったのだ。
エリルは急いでシステムボードから水を取り出す。
呼吸をする為に半開きとなっているケヴィンの口へペットボトルを突っ込み、無理やり彼に水を摂取させる。
「がはっ!!」
突然の出来事で咽てしまったケヴィン。
こちらも勢い余って傾け過ぎてしまったが、だがまだ彼の身体が通常の反応を見せている事に少しだけ安心した。
「ゆっくり飲め。水やったらいくらでもあるから心配せんでええ」
「……いら……ねぇよ」
「うるさいわ! 下らん我儘言うてへんでとっとと飲まんかい!」
喋る余裕すら見せた事でエリルは強くケヴィンへとペットボトルを押し込んだ。
抵抗しようと弱々しく左手を押し当てて来るがなんのその。
やがて諦めたかの様にケヴィンはゴクリと喉を鳴らした。
一度口にしてしまえば止まらないだろう。
体がそれを求めていた筈だ。
喉どころか身も心もカラカラだった事だろう。
ケヴィンは自らペットボトルを握りしめ、ぐしゃりと潰しながら500mlの水を飲みほした。
「く……はぁ……」
「そんなもんじゃ足りへんやろ。まだまだ有るから遠慮せんと飲み」
「……いや、もう十分だ」
「十分やあらへん、今日で三日目やで? 三日目の昼過ぎや。本来やったらあんたは5リットルは水を飲んどかなあかんかったんや。せやけどたった今その十分の一を接種できたところや。全然足りひん」
「だがこれ以上迷惑掛ける訳には」
「あんたに倒れられる方が迷惑やっちゅうねん」
ケヴィンはその言葉にピクリと反応する。
「あんたが相当分からずやなんは分かっとるわ。そんで自分が選択した事やから最後まで責任もって自分だけで解決しようとしとる事も知っとる。せやからシアンやってなんも言わへんねん。あいつはいつかあんたが自分から助けを求めて来る事をずっと待ってたんやで? いつも必ずあんた分の食事券と水をアイテムボックスに確保してるのを俺は知ってんねん」
「シアンの奴が……か?」
「せやで。あいつは常に周りの奴らの事心配するお節介焼きやからな。あんたの事にも常に気を配ってたで」
「……心配掛ける程俺は弱くねぇよ」
「知っとるわアホ。そう言う事ちゃうねん。なんやあんた、連れがおれへんタイプやろ」
「必要なかったからな」
「でも今は必要やったろ。俺がおって良かったやろ。俺やってあんたが必要やねん、むっちゃ頼っとるし頼られたいとも思っとる。せやから勝手に倒れる様な事はしやんでくれや。意地張ってへんで飯くらい食うたれや」




