無形影棍流と無限一刀流
「ずっと聞きたかった事があるんだ」
「スリーサイズの情報は有料やで」
「よし、食事券一枚でどうだ」
「一か所一枚なら考えたる」
「乗った!!」
「で、なんやねん」
「お前が修めていると言う武術についてなんだが……」
真面目な顔をしながら言葉を投げかけてきたシアンに、適当なノリで冗談を返したら一瞬でそのネタに乗ってきた。
そして自分からネタを吹っ掛けたにも関わらず直ぐに現実的な話に戻ったにも関わらず、シアンも一気にテンションを変えて真顔モードに戻っていった。
突っ込み待ちなのか、それともこれが素なのか。
まだ彼の事は掴み切れないが、それでもエリルはシアンの事を相当『面白い奴』と言う印象を持ってしまった。
「あぁ、『無形影棍流』がどうしたんや? 俺が修めてるんはその中『槍の型』やけどな」
「無形影棍流……師範に当たる人物は『テイル・クルーエル』で間違いないか?」
「よお知っとるやん。ま、言うてもかなりメジャーな武術やしな。派生も多いから知っとる奴も多いやろ」
「……俺の『無限一刀流』を耳にした事は無いか?」
「それが知らんねんな、初めて聞いたくらいやねん。東では有名なんか?」
エリルが言う『東』と言う言い方は、日本国の『首都』を差す言葉だ。
主に西の地方を拠点に置いていたエリルは、あまり全国の情勢に詳しい訳では無く、一部の地域で有名な武術が有ったとしたら知らない可能性も大きかった。
無形影棍流はその流派の特徴から、様々な武術の特徴を取り入れる傾向にあり、だからこそ色々な武術の名を知る機会が多いのだが、それでもシアンの武術の名は聞いた事が無かった。
「質問を変えるが、あんたが生きていた時代はいつなんだ?」
「いや、『同じ災害』で死んだんやからあんたと同じ時代の筈やんか。20XX年の春に起きた地震やろ?」
「……そうだ」
妙に難しい質問をしてくるが……エリルは彼の表情が深刻な雰囲気を物語っていると思っていたのだが、よくよく観察してみればそれは『強張っている』の間違いであると気付いた。
……何か恐る恐る、緊張する素振りを見せながら質問を投げかけていると言う事か。
何をそんなに怯えている?
「本家本元の……無形影棍流オリジナルの流派は、二年程前に看板を下ろした……そうだよな?」
「何言うてんねん。看板なんか下ろしてへんぞ?」
「……? 師範は誰がやってるんだ?」
「いや、あんたもさっき『テイル』や言うたやんけ。何アホな質問してんねん」
シアンの眉間に皺が寄る。
これは『驚愕』や、『疑問』が浮かんだ時の様な表情なのだろう。
「テイルは二年前に『死んだ』筈じゃ……」
「なんか話が嚙み合ってへんな。テイルは死んでへんで。先日も……言うて日数的に先週って意味やが、関西にあの爺さんが足を運んだ時にも俺は一緒にちゃーしばいたで。俺が未成年やから飲みにいけへんしな」
「……」
シアンは再び難しい表情をしながら腕を組んだ。
頭の中で情報を整理しているのか。
互いの会話で分かった事は、どうにもこの無形影棍流の情報に関して二人の記憶に『乖離』があると言う事。
恐らくシアンが記憶している無形影棍流の状況と、自分のそれが一致していない状況だ。
「エリル。お前は『ライアン・コルゾフ』の事を『知らない』って発言していたな? それは本当に知らないからそう言ったのか? 煽る為に知らない振りしたんではないのか?」
「いや、ほんまに知らへんねん。なんや偉そうにごちゃごちゃ言いよったけど、何処のクソジジィやねんと思っとったわ」
「ライアン・コルゾフは元『都知事』だ。色々と不正をやらかしてその席を追われたが、関西出身だとしても都知事くらいは知っている筈だろう」
「言うてもなあ……俺が知ってんのは三期連続で当選してるスモール・ポンドしか知らへんで」
「……むしろ俺がそのスモール・ポンドを知らないな。それにライアンは前期まで都知事だった……。単純な考えだが、ケヴィンやグランの様な異世界人が居るんだから、同じ地球出身の俺達に関しても大体の情報は同じでも細かい所が絶妙に違う『別の地球』から俺達がここに来ている可能性は無いか?」
「パラレルワールドみたいなもんやな? 俺もあんたとの記憶の違いにそう言う可能性も考えとったとこや」
そもそもシアンの言う通り異世界人が存在していて、正に今自分達も魔物が居て魔法が普通に飛び交う世界に身を置いているのだから、今更自分とシアンが地球は地球でも別の地球から来た、なんて言われてもすんなりと受け入れられる状況にある。
そこだけ否定する理由が無いからだ。
「そうか……別の世界があるんだな? なら……『テイル』も……」
シアンを見れば、先程の表情とは違い何故か少しだけ『嬉しそう』な雰囲気を見せている。
テイル……そこにシアンが深刻な表情をする『何か』が有るのだろう。
……踏み込んでもいいのだろうか。
「……何が有ったんや。無形影棍流とあんたの間に」
応えられないのならそれでいい。
エリルはそう思ってシアンに言葉を投げかけた。
「……エリルの世界で無形影棍流がまだ立派に存在しているのなら……あまり想像が付かないかもしれないが……俺の世界では無形影棍流は『廃れて』しまっているんだ。流派として……終わってしまっているんだ。そして、それを終わらせたのは……『俺』だ」
確かに想像が付かない。
エリルの世界ではまだまだ現役の、と言うよりも自分が学んでいる物であるから多少の贔屓はあるだろうが、現代武術最強だと謡われている流派だ。
終わるなんて在り得ないという認識しか出てこない。
「終わらせたってどう言う事や?」
「無形影棍流は、その流派の理念から様々な武術と交流を持っている。月に何度も他流試合を組む程の熱心に様々な武術を取り入れようとしていた。そしてそれは新興流派も例外では無い」
「あぁ、俺は槍の型専門みたいなとこもあるから、そこまで多くはないんやけども、それでも他流試合は組む事が多かったで」
「……俺の学んでいるこの『無限一刀流』と言う武術は、それこそ新興流派に分類される。門下生は一握りしか居ない、師範も一代目で更には俺と年齢がほとんど変わらない若き創始者だ。看板を立てたのなら、やはり目指すは世界最強の武術だ。そしてそれを為せると自負出来る程には、俺達は自分の武術に自信があった」
「せやからうちの流派との他流試合に臨んだんやな? 名実ともに世界最強を謡ってた武術やから」
「そうだ。俺達の流派は現存する中で最強の武術と呼び名の高い無形影棍流に交流戦を申し込んだ。一気に流派の名を上げる大チャンスだと考えたからだ」
「そこで代表対代表でもやったんか? そしたらテイルの爺さんが出たんか?」
「いや……条件は門下生同士の『勝ち抜き戦』を行ったんだ」
「勝ち抜き戦? いや、結構な人数やったやろ本チャンの門下生は。流石に人数は限定したんか? それともその時いた全員とやったんか? それやったらおっそろしいけんどな、他流試合出来る奴らだけでも百人近くおったと思うで」
「その通りだ。その日は偶然にも交流戦を行える面子が無形影棍流には100人揃っていたんだ」
「そんであんたらは?」
「俺一人だ」
「……んなアホな」
「……若気の至りと言うか、謎の無敵感と言うか……兎に角俺は調子に乗っていたんだ。自分を無敵な天才だと思い込んでいたんだ。その後巻き起こるとんでもない事件のきっかけになるとも知らずに……な」




