魔物
「ようこそ、僕の『ファミリーハウス』へ。君達はつい先程、様々な場所で様々な理由が有り、様々な死を迎えてしまいました。よって、その命は順当に行けば輪廻を彷徨い、いつの日か訪れる転生の日まで長き眠りに付く筈でした。だけどねぇ! それじゃぁ『つまんない』よね!?」
男はお辞儀をした格好から顔を上げると、どんな原理か不明だが仮面に刻まれている口の様な模様が耳元まで吊り上がり、気味の悪い笑みを浮かべている様に見えた。
まるで仮面が男の心情を表しているかの様だ。
「君達はとーっても運が良いよぉ! 何故ならこの僕のファミリーとなって、本来無駄に散る筈だった命をここで有意義に使えるんだからさぁ!」
何が嬉しいのか、男は耳障りだが色気のある声で上機嫌に言葉を並べ立てる。
ここに居る理由も言っている意味も殆ど分からないが、どうやら自分達はまだ完全には死んでいない様な言い回しをこの男はしている。
だとしても無駄にとか使えるとか、やたらと腹の立つ言い方をしているのも事実だが。
「ど……どういう事だ……」
恐る恐る、と言った状態で仮面の男の近くに居た男性が声を発する。
何方にせよどうやら仮面の男はこちらの置かれている状況を知っている人物である様子の為、彼が言わなかったとしても自分が事情を伺う事くらいはしていただろうが。
「あーそうだよねぇ? 訳分かんないよねぇ? さっき自分達死んだのにぃ? なんでこんな空間に居るのかぁ。さっきも言った通りね、ここは僕のファミリーハウスなんだ。言葉の意味は通じてるよね? あ、もっと分かりやすくしてあげるよ!」
顔の横でパンパンと手を叩く仮面の男。
誰かに合図を送る様なそんな仕草だ。
しかしそれで誰かがやってくる訳では無かった様で、変化が起こったのは『この空間自体』であった。
男が手拍子を終えた後、宇宙空間の様だったその一帯のエリアに明かりが灯り、辺りの状況が認識出来た時そこがやたらと広い大きな『室内』である事が判明した。
「どうどうどう? 殺風景ではあるけどここは一般的に言えば『リビング』に当たる場所だよぉ? もっと詳細に言えば『多目的ホール』みたいな感じかなぁ。君達はこれからここを拠点にして共同生活を送ってもらう事になるから、施設の把握はちゃんとやっておいてねぇ。後で他の場所も案内するからさぁ」
本当に何が嬉しいのか、自分で殺風景と言っておきながらとびっきりの部屋を見せびらかしているかの様に元気な声を出す仮面の男。
先程まで何故か周囲だけは見える程度の暗闇に包まれていたかと思えば、光が灯れば顔を出したのは確かに広すぎはするがどっかの金持ちが立てるようなリビングの一室にも見える。
天上には照明器具が並び、壁には何インチかも予想が出来ない程の大きなモニター。
窓ガラスが無い事が不気味だが、壁にはいくつかのスイッチの様な物が至る所に有り、押せば何か壁から出てきそうな仕掛けも見られる。
先程の暗闇の映像はなんだったのだろうか。
壁や天井がある様には見えなかったのだが、明かりが灯ればそこはただの広すぎる一室だ。
まるで彼が手を叩いた瞬間にここに居る全員が別の場所からここへ送り込まれたかの様な状況だ。
「あれ? あんまり感動していないなぁ。君達の様な所謂一般人達は広い家を見たら驚き感動する性質が有る筈なんだけどなぁ。人間ってやっぱり良く分かんないねぇ」
お前は人間じゃないのかよ。
そう言った問いを投げかけたくなるが、恐らくその問いかけには『イエス』と答えられる事だろう。
そもそも登場から彼はおかしかった上に、明らかに一般人の規模には収まりきらない程の長身のこの男がただの人間である筈がないとエリルは感じる。
「まぁ今はここがファミリーハウスであるって事だけを認識してもらう程度に留めておいてぇ。今後君達にやってもらう事を説明して行くねぇ? 君達はぁ、これからしばらくの間ぁ、『魔物』と戦ってもらいまーす」
さも当然の様に自然な口調で言い放たれたその言葉だが、聞き慣れている様で普通では無い言葉に対しての吟味に時間を要する。
『魔物』と言う概念はなんとなく理解出来る。
脳裏に浮かぶのは青いゼリー状のそれや、翼の生えた巨大な龍まで様々な想像上の生物だ。
ただそれらは何れもゲームやアニメ、CGで作られた映像の中に存在する生き物達ばかりで、どれもこれも『フィクション』によるファンタジー世界の存在だ。
それらと戦う?
どうやって?
「は……? ま......魔物ってなんだよ」
再び別の人物が代弁してくれる様に言葉を投げかけた。
恐怖心を抱いたままの発言だが、口調だけは無理やり強気に見せている様にも感じる。
仮面の男はそちらに顔だけ向けると、僅か数秒の間だが制止する。
何か怒らせる様な発言でもしたのか。
強い口調が問題だったのか。
言い知れぬ不気味な雰囲気を醸し出す仮面の男だが、彼の次の発言は想像とは違ったものだった。
「あ、そうか! 君達は魔物って言う概念が具現化していない世界から来てる人達が『殆ど』だっけ。そりゃいきなり魔物と戦えって言われてもピンと来ないよねぇ」
ポンっと、右拳を皿の様にした左手に叩きつけながら発言した仮面の男。
僅かな行動停止は此方が理解を示していない理由を考察していたのだろうか。
しかし彼は少し気になる言葉を発した。
魔物と言う概念が具現化していない世界から来てる人達が『殆ど』と言う言葉。
大体彼の発言から読み取れている内容として、ほぼ確実にここに居る者達は地球で起こった災害の被害にあって命を落とした者達が、なんらかの形でここに召集されているのだろうと思っていた。
所謂『異世界召喚』の様な類だろうと考えていたのだが、彼の発言からその対象は同じ世界の者達だけではない可能性が出て来た。
既に異世界召喚の様な類と自分自身が認識してしまっている事から、世界と言う物は自分が認識している地球の中だけでは無い物として判断しているからこその思考だ。
ここに居る人物の中には、魔物と言う存在が身近にある世界から来た者だっていると言う事だろう。
あくまで異世界だと思っているだけであり、世界自体は同じで星や銀河等が違う可能性も無きにしもではあるのだが。
元々目が覚めた時に宇宙空間の様なだだっ広い何処かに安置されていた事からそう言った想像が沸いているだけだ。
「何よりもまずは一見だよね! 例えばさぁ、こぉんな魔物も居たりするんだよねぇ!」
言うと男は徐にハットを手に取り、ハットの中へ手を突っ込んだかと思うと全長50センチ程のウサギを取り出して床へと下ろした。
見てくれは完全にウサギであり、白と灰色のまだら模様が特徴的で、地球にいるそれと比べれば大きさくらいしか大した差が無い様に見える。
正しく四足歩行で飛び跳ねながら、動きも仕草も通常のウサギと変わらない為に、一部の者達は途端に警戒心が薄れ始める。
何よりウサギが近づいていった女性は、その可愛らしい見た目に好奇心が湧いたのか、ウサギに向かってそっと手を伸ばし始めた。
「おい馬鹿!! やめろ!」
すると離れた位置に居た人物が突然と声を荒げ、女性の行動を制止する様な言動を放つ。
「え?」
女性が声に反応してその方向へ向いた瞬間である。
エリルの目には確かに映った。
十センチにも満たないウサギの小さな前足から突然黒い金属の様な『爪』らしき形状の物体が飛び出し、己の体長と同じ程の長さまで伸びきると差し出されていた女性の腕を、肘辺りから簡単に斬り割いた瞬間をエリルは目撃したのである。