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分け与える

「おい、お前らの国名の一致なんざ後で良いだろ。さっさと次の奴らにいけよ」


「あ……あぁ、確かにケヴィンの言う通りだな。グラン、その件に関してはまた後で話し合おう」


確かにケヴィンの言う通りなのかもしれないが、エリルとしても個人的に気になる一致だ。


しかしこの空間で時間の概念がどの様な設定になっているのか分からないが、システムボードに記載されている時間は18:30を差していた。


普通に考えれば夕刻を過ぎている時間帯であり、自分達が命を落としたタイミングが昼過ぎだった事も踏まえれば恐らく地球での時間の経ち方と同じだろうと予想出来る。


ここに居る者達の疲労も考えれば、自己紹介の時間は早く終えるべきだろう。


……食事等はどうするか気がかりだが。


自分はポイントを持っていない事から、システムから購入する事が出来ない為に余計に気になる。


「あ……私はジェシカです。ジェシカ・ウール......ええと、歳は二十二で。異能は『武器』と書かれてました。先程エリルさんに使ってもらった通り、多分武器を出現させる能力だと思います。その……私はただの会社員だったので皆さんと違って格闘技経験等は有りません……」


特にケヴィンとグランに関しては何かしらが武術を収めている等の発言はしていなかったが、二人の体つきを見れば素人ではない事は一目瞭然だ。


純粋な技術として武術を修めていなくとも異世界人である彼等は、魔物の存在を知っていた事からも狩り等で何かしら戦いの場に身を置いていた可能性がある。


その事からジェシカは皆さんと違ってと発言したのだろう。


黒髪のストレートヘアーで前髪は眉辺りで切り揃えられ、恐らく日本人であると思われる特徴的な透明感の有る肌を持っていた。


少しだけ細い目と小ぶりな鼻と薄い唇。


言った通り格闘技どころか恐らくだが日常的に体を動かす習慣もないのだろう。


それ程に細身な体系をしている為、悪い言い方をすれば暫くは戦力として数えない方が良いかもしれない。


今回の様に武器を借りるだけでも十分に活躍しているとも言えるが。


「俺の名はテキート……」


その後、次々に自己紹介を行い、それぞれの異能を確認して行った。


やはり仮面の男の言う通り絶妙に分かりそうで分かりにくい異能の名称ばかりが目立っていた。


『一撃』なんて物もあれば『落下』と言う名称も有ったり、何が一撃なのか、何を落下させるのかも分からず仕舞いである。


試行錯誤していかなければ成らないだろうが、問題は先の戦闘で生まれてしまった恐怖心を彼らが克服できるかどうかにも掛かっている。


今回対峙したクロウラビットと呼ばれる魔物は『雑魚』と言われている。


数こそ多かったものの所詮は『雑魚』なのだ。


これがもっと数が増えたり、より強力な個体が出てきた時、今日の様に戦う者が三人しか居ないなんて状況になれば必ず破綻する時が来るだろう。


そうなる前になんとか協力を仰げる状況を作らねばならない。


全員で三十人規模の自己紹介となれば、やはり自然と時間が掛かった。


窓が無い事から外の状況は分からずとも、システムボードの時刻は先程確認した時から一時間経過していた。


皆がそれぞれの素性を知った事で僅かながらに空気が和らぎ始めた頃だった。


何やらくぐもった音が辺りに響き渡る。


これはつまり『空腹』によって人体が奏でる音だ。


一同の視線はその音の発信者へと向かう。


顔を真っ赤にして腹部を抑えるのは『ジェシカ』だ。


良いとこ無しとでも言わんばかりに恥ずかしそうにして周囲に謝罪をする彼女。


ある意味で安心できた証拠だろう。


「……そう言えば俺達はポイントが無いから食事が出来ないんだな……。明日からなんとか挽回するしか無いか」


「その事なんだが」


グランが仕方ないという表情で覚悟を決めた様に言葉を発していたのだが、それに対してシアンが答える。


「俺は今42ポイントを所持している。普通に考えれば一人で取得するポイントとしては平均値を大きく超えている事だろう。クロウラビットは全部で105体居て、全員が最低でも3体は倒せる様な計算になっている。システムボードで売られている飲食物のポイントを見た際に思ったんだが、一人三ポイントあれば明日の朝食分までは全員が何とかなる様な計算だったんだろう。恐らく明日以降が今日よりポイント合計が低いって事は無い筈だ。だから明日皆が戦いに注力出来る様にする為にも、今日の分の食事は俺のポイントから賄おう。……だが正直言って全員に一食分と水を提供出来るポイントが無い。だから出来る事ならジェシカ、君のポイントも譲ってくれたら非常に助かる。勿論強制はしない」


全員に一食分の食事と水を提供した場合、システムウィンドウに表示されていた消費ポイントを計算すればそれだけで60ポイント必要になる。


シアンのポイントは42ポイント、あと18ポイント足りないのだ。


ケヴィンは元のポイントがマイナスだった為に、彼が稼いだポイントは全部マイナスへの回収へと回されている事だろう。


つまりそれは現状、ここにポイントが無い事と同意語だ。


一件その状況だけを見ればケヴィンのマイナスが足を引っ張っている様に見えるが、これに関しては誰も文句を言える立場にないとエリルは思う。


彼のポイントは彼が戦って手に入れた物。


本来であればシアンですら皆に分け与える必要等無いにも関わらず、彼が甘いのか自らのポイントを皆に分け与えると言い出した。


ポイントを手に入れられなかった者に関しては現状、シアンに『助けられている』状況なのだ。


「勿論! 是非とも使ってください……と言いたいんですが、正直このポイントは私だけのものじゃないと思います。その……正直に言えばエリルさんが稼いだポイントなので、このポイントの使い道はエリルさんに判断してもらうのが筋だと思います」


そう言いながらジェシカがこちらへ視線を向けて来る。


なんとも律儀な発言だ。


彼女の表情からは責任を押し付けようとしている訳では無く、本気でこちらにポイントを委ねようとしていると言う気持ちが伝わって来る。


なんとなくではあるが。


「せやかて俺もあんたの武器を使ったからこそ魔物を倒せたんや。それを言うんやったら半分はあんたのもんやろ」


「シアンさん! 私からは半分の14ポイントを差し出します!」


「全部出したってえぇで。あんたに任せるわ」


「いやエリル。そう言う事なら君は自分の分含めて余った12ポイント分を持っておけばいい。ポイント自体の譲渡は出来なさそうだから、ジェシカから飲食物や水に変換してもらった物を預かっておくべきだ。このシステムボードはどうやらアイテムの出し入れが出来るみたいだからな。お前のシステムボードに食料等を入れておけばいいだろう。贔屓するつもりじゃないが、今回は確実にお前に助けられた。だからそれを受け取る権利はお前には有る筈だ」


「それを言うんやったらあんたやって十分活躍したと思うで。あんさんが居らへんかったら俺らは多分もっと犠牲が出てるやろ」


システムボードから500ミリリットルのペットボトルを出し入れしながら語るシアンへエリルは言葉を返した。


現実的な話を非現実的な行動しながら話すもんじゃないとエリルは思ったが。


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