苦戦している
状況はあまりいい状態では無い。
正確には『苦戦している』と言う表現をした方が正しいか。
互いの戦況としては、9対7の状態になっている。
勿論こちらが9人であり、相手側が7人だ。
ディムの活躍により、続けて相手の一般人と思わしき人物を二人降参させる事に成功した。
警備員と監視員らしき人物は一人ずつ分かっている為、そのジョージとアリッサを避けて二人を適当に選択し、その選んだ人物の二人ともが警備されておらず、且つ強さ的にハンターですら無かった人物へ当たる事が出来た様だ。
こちら側の脱落者は『テキート』であり、システムメッセージに表示されているログを確認する限りでは、ハンターに狙われたとしても相手からの温情かなんなのか、三分間生き残る事に成功したらしく降参コマンドで退場していった様だ。
実際にこの協議フェーズが終わらなければ彼の安全は確認できないのだが、正直今のところエリルはそれほど急いで彼の無事を確認するつもりは無い。
適当に扱っていると言われても否定はできなかった。
そんな状態でこちらも役職持ちがやられた訳では無く、戦況として依然有利な状況ではある。
ネイサンとディムが狙った相手は、異能が判明していなかった二人であり、その二人を退場させた事でその人物がハンターでは無かった以上、今回ほぼほぼ相手側全員の異能が判明した状態だ。
最初にエリルが対峙したハンターが『爆発系』の異能を持つ人物。
爆発の異能を持つ存在は『シンディ』と言う女性であったが、エリルの考察の結果彼女はハンターでは無い可能性が示唆される。
となれば彼女の異能を一時的に操れる存在が相手側に居るのだろうと言う判断を元に、そう言った類の異能を発見する為に異能が判明していない人物へハントを仕掛けたのだ。
テュールファミリーは現在三人脱落している。
その三人はハンターでは無く恐らく役職無しの存在であった。
ハンターでないのなら今は異能を知る必要はない為、彼らの異能を確認する手間は省ける。
何故今回脱落させた相手の二人がハンターでは無いと判明したのかと言えば、二日目の今日は先攻と後攻が入れ替わり、ロキファミリーが先に侵攻、続けてテュールファミリーが後で侵攻を仕掛けてくる形になっていた。
テュールファミリーの侵攻フェーズの際に、こちらはしっかりとテキート以外にハンターに襲われた人物がいる事で、テュールファミリーのハンターが生き残っている事が確定したのである。
こちらで襲われたのはリアムが警備していたジェシカであった。
彼女らは協力して相手ハンターを撃退。
相手も異能がバレる事を警戒していたのか、異能を扱ってまでは攻勢に出てこなかったらしいが、武器と盾と言う攻防最強の異能を持つ二人の前では、手加減等していては敵わなかったらしい。
数度交えてからすぐに退出していった事で、こちらとしてはジェシカは異能を使って『槍』を召喚している状態を見られた程度で済んだ様だ。
ジェシカとリアムはエリルの様な完全撃退が出来た訳では無かったが、それでもほぼほぼ無傷でハンターを追い返す事に成功していた。
相手の異能を知る事は出来なかったが、無事生き残っただけでも大金星と言える。
これで異能を知れた人物は合計で五人となる。
コピー系の能力を持つもう一人のハンターに、爆発の異能を持つ『シンディ』に、音の異能を持つ『ジム』。
弾丸を放つ『アリッサ』に風圧を放つ『ジョージ』の五人だ。
となると残りの二人に対して監視員の監視コマンドを使えば、相手側の異能を全員分把握出来る事となる。
マーロンは黒髪の『デイヴィット』と言う人物へ監視を行い、ジェシカは日系の見た目をした黒髪ショートの『ヨーコ』と言う女性へ監視コマンドを実行した。
そこで出てきた異能は『削る』と言う異能と『飛び跳ねる』と言う物であった。
となると異能を直接見ておらず、監視で分かって訳でもない七人目が『コピー系統』の異能を持つハンターと言う事になるのだが……。
残るは『ボブ』と言う人物が相手側には残っており、先程の考えが正しいのであればそのボブこそがエリルと対峙した人物なのだろう。
しかし……見た目的にあの男性が、エリルが対峙した時に発した『甲高い声』を出す様な人物には思えないのだ。
そもそもローブで体系が隠れていたと言えど、あれ程の『横幅』がローブで隠れきれるとは思えない。
だからこそ今回の監視対象から除外したのだが……あの人物がコピー系の異能を持つハンターなのだろうか。
消去法ではそういう事になってしまうのだ。
苦戦しているとはまさにこの状況。
ほぼ全員分の異能を目にして、爆発の異能を持つシンディをハンターじゃないと確定させ、消去法で異能を見ても監視してもいないボブと言う人物がコピー系の異能を持つハンターだと思ったのだが……それはあまりにもエリルの予想からかけ離れた見た目をしている。
……彼の異能が確定するまでは、彼をハンターとして指定するのは危険だとエリルは考えた。
もしかしたら何かが間違えているのかも知れないと、考えを改める必要性も出てきた。
物事を考えすぎで、本当はシンプルにシンディが本当にハンターだったと言う可能性さえも見え隠れしている。
グランが言った通り、相手チームには相当頭が回る存在が居るのかもしれないと考え、ここに来てもやはりこう言う場面で頭が回りそうなシアンが居ない事に舌打ちを起こしたくなる思いに駆られた。
だが相手側も思ったよりうまく事が進んでいないのか、中々腹立たし気にアリッサが強い口調を並べ立てていた。
「もう! 何なのよ『百倍』って! 一体どんな効果の異能なの!?」
「百倍は百倍やろ。なんでもええから百賭けてみたらええねん。それが答えやと思うで」
エリルがハンターだと疑って、侵攻フェーズの際にこちらへ監視コマンドを掛けてきたのだろう。
そしてその結果出た異能が、そのまま『百倍』と言う物だった事で、意味が分からなくアリッサは激怒していると言ったところだろうか。
この異能の名称には、持ち主本人である自分も散々苦しめられたのだ。
そう簡単に内容を知られてたまるかという思いもある。
「何かの能力が百倍なの!?」
「せやで」
「例えば自分の身体能力とか!?」
「せやで」
「他には仲間の異能の効果とか!?」
「せやで」
「真面目に答えて頂戴!」
「せやで」
「もう!」
何故真面目に答えて貰えると思うのか。
煽れば煽る程相手の思考は纏まらず、アリッサはドツボにハマっていく事だろう。
彼女以外が全く喋らない所を見ると、相手チームは彼女が司令塔になっているとも思えるが……あのヒステリックさはグランが想像していた『頭の回る存在』とは程遠い様に思える。
それともあれこそが演技で、本当はもの凄く冷静に物事を測っているのか……。
「行くわよジョージ!! ぼーっとしないで!!」
「は……はい!!」
何故か端っこの方でビクついている男性を、首根っこを掴む勢いで引き寄せるとどこかへ去っていった。
ハンターを指定するタイミングになっても彼女は戻ってこず、代わりにシンディが『指定なし』と口にする事で、人狼ゲーム二日目は終了する。
勿論こちら側も『指定なし』で完了する事となる。
あの気弱そうな男性がアリッサにストレス発散の道具にされていない事をただただエリルは祈るのであった。