なんもしてへん
いずれにせよ、今回の協議フェーズでほぼシンディをハンターとして指名する事が得策だと、ロキファミリーの者達は思う筈だった。
ただの経験や憶測でしか無いが、同じ異能を持つ存在は少なくとも同ファミリー内には存在しないだろう事から、エリルを襲ったハンターが『爆発』の異能を持つシンディだという事は確定事項の様に思える。
ポーンと言う電子音と共に、一同の頭上に備え付けられた100インチモニターへシステムメッセージが表示される。
『テュールファミリーはロキファミリーへ質問を行ってください』
協議フェーズでは、自ファミリーから相手ファミリーへ一つだけ質問を投げかける事が出来る。
質問内容はなんだって良い。
予め互いに対峙する者の名前や顔を分かっている事から、そう言った何者であるかと言う質問を個人へ投げかける必要はないのだが、敢えてそう言う質問を投げかけたってかまわない。
意味は無いに等しいが、状況をかき乱す一手にはなる事だろう。
どうせどんな質問であったとしても相手が真実を語る保証等何処にもない。
チーム人狼と言う名のただの騙し合いのゲームなのだから、正直に答える必要等一切ないのだから。
あくまで形式上質問をする事が許されるという状況なだけだ。
「エリル・エトワール。貴方は昨晩何をしていましたか?」
すると、相手チームの中であご先まで伸びた明るめな茶髪を携える『アリッサ』と言う女性がこちらへ質問を投げかけてくる。
質問を行う人物はあらかじめ決められていたのか、相手側は一切互いを見合う事なく彼女が質問を投げかけてきた。
彼女がテュールファミリーで現状リーダーである可能性は高いのだろう。
あくまで可能性の話だが、少なくとも相手チームで中心的な立場にいる者である事は間違いない。
そして彼女の役職はほぼ間違いなく『警備員』である。
と言うのも彼女こそがディムの狩りが失敗した際に、侵入した部屋に居た二人のうちの一人だからだ。
ディムが侵入を試みた部屋の主は、相手側の端っこで大人しくしているそばかす顔の『ジョージ』と言う男性のものだった。
そこに彼女、『アリッサ』が居たという事は、彼女が警備員である事を証明する結果となる。
それと同時に彼女が警備で守っていた『ジョージ』も、『監視員』である可能性が非常に高い状況にあるだろう。
そして彼女たち二人の異能は、ディムが対峙した事で目撃し、それぞれ風圧らしき物を飛ばしてきたジョージと、『弾丸』を放ってくるアリッサと言う状況だったらしい。
弾丸を飛ばしてくると聞けば、現代社会に生きていたエリル達にとっては非常に強力な異能の様に思えるが、実のところ能力が1.5倍化しているディムにとっては大したダメージにはなっておらず、速度もグランの投げる鉄球の方が早いくらいのものだったと言う。
使い手によって能力が変わるのか、それとも本人が加減している可能性や、ディムの能力が高過ぎる事が何かしら影響した可能性はあるが、いずれにせよそれによって彼女たちの異能は把握できた。
こう言った形で、相手の侵攻フェーズだけでなくこちら側の侵攻フェーズでも得られる情報は多々ある。
これを幾度か繰り返して情報を集め、相手のハンターを特定していく事が今回のチーム人狼ゲームの醍醐味なのだろう。
すこしばかり、いやかなり通常の人狼ゲームよりも特異性が強くはあるが。
エリルは自分へ質問を投げかけられる可能性も少しだけ踏まえていた為、特に驚く事なく腕を組んだまま椅子に仰け反り、組んでいた足を反対に組みなおしてから口を開いた。
「『なんもしてへんかった』で。あんたらの侵攻フェーズの時も、俺らの侵攻フェーズの時も、俺は自室で待機しとっただけや」
恐らくテュールファミリーは、自分達の侵攻フェーズの際に明確にハンターを『返り討ち』にしたエリルを、こちら側のハンターである可能性を考えてそう言った質問を投げかけたのだろう。
何度も言う様にハンターの能力は1.5倍だ。
普通であればそれ以外の人物が返り討ち等出来る筈がない。
しかしエリルはハンターをほぼ圧倒する内容でそれを為してしまった事により、テュールファミリーからすればエリルはハンターであると思われても当然の状況だ。
だからこそエリルに対して質問が飛んできたのだろう。
それに対してエリルは真面目に答える筈もない事も見越して。
「おかしいわね。こちらのハンターから貴方の部屋に侵入して対峙したという報告が入っているんですけど。こちらのハンターを返り討ちにしたのなら『何もしていない』は嘘になるのでは?」
質問は一回だけというルールではあるが、この様に質問に対する追撃であれば多少の応酬は許されている。
曖昧ではあくまで一つの質問に対して大雑把にでも話がひと段落つくまでが一つの質問と言う扱いになるらしい。
エリルも今が初めての協議フェーズとなる為、どこまでこの会話が続くのかは予想できないが。
「あぁなんや、よお分からん雑魚が部屋に入ってきよったけど、準備運動がてら適当にいなしたったら泣きべそかいて帰ってったで? あんなもん『何もしてない』んと同じ様なもんやわ。大した事してへんから俺はなんもしてへんって答えただけやで」
「では、ハンターに襲われて、それを追い返したと言う事は事実なんですね?」
「ちゃうちゃう、泣きべそかいて勝手に出て行ったと言うんが事実や。俺は追い出してへんねん、俺の部屋に勝手に入って来た雑魚が勝手にこけて、勝手に泣きわめいて、糞漏らして帰っていっただけや。いうたやろ? 俺はなんもしてへんねん」
エリルが言ったことが事実であれば、その侵入者は相当間抜けな事をやらかしている事になるのだが、これはエリルはわざとそう言う言い回しで『煽る』為にやっている事だ。
少なくとも、彼らのチームは全体的に言えばこのロキファミリーよりも団結力が高い様に見える。
だからこそ彼女達の仲間への評価に酷いケチをつける事で、動揺や怒りを誘おうとしているのだ。
案の定アリッサは少しだけ渋い表情をしながら軽く俯き、僅かだか視線を『右側』に反らした。
なるほど『そっち側』にいるのか。
とエリルは彼女のその時の仕草を覚えておく事にした。
「とにかく! 貴方はこちらのハンターを返り討ちにした! それが出来る能力が有るという事は貴方がハンターである事を裏付けています! 貴方はハンターである可能性が非常に高いでしょう! 自分は何もしていない等と誤魔化している事が何よりもの証拠です!」
怒り任せか、それともそれも演技なのか。
真偽は分からないがこちらに真っすぐ人差し指を向けてくるアリッサ。
「せやったら一々確認なんて取ってへんで俺がハンターやって指名したらええやんけ。何しに人に指向けて自分に酔いしれてんねん。アホちゃうか」
そして再び煽るエリル。
どちらかと言えば真実を叩きつけたに近い。
これ以上の論争は無駄だと判断したのか、シンディは指さす為に立ち上がった筈なのに、その後椅子へ悔しそうに、そして勢いよく腰を下ろす。
そしてそのタイミングで、システムが『質問終了』と判断したのか、上部モニターの文字が切り替わった。