大災害
記念すべき一話目、よろしくお願いいたします
未曾有の大災害。
それは決して避けられる物では無い。
いくら対処していようが、いくら準備していようが、自然の猛威と言う物は理不尽に人々へ襲い掛かる。
まるで愚かな人類に地球が激怒しているかの如く、それらは突然やって来る。
『エリル・エトワール』も被害にあった一人だ。
崩れ行く周囲の建物から逃げ惑う際、前方で転倒していた幼子を助けた事で自分自身が逃げ遅れて命を落とした。
エリルの物語は、本来ならここで終わる筈だった。
彼の人生は間違いなく幕を閉じたのだから。
しかし数奇なる運命の重なりか、はたまた神の戯れか。
いや、その何方もか。
エリルの運命はそこでは終わらなかったのだ。
終わった方が幸せだったかもしれない。
もし彼がこの先に起こる事を予め知っていたのであれば。
これは、エリルが『オールガイア』に訪れる前の、ほんの一時の道のりである。
――――……。
「……なんやねんここは」
突如『目覚めた』エリルはそう独り言ちた。
つい先程目の前に迫った建造物に押しつぶされた記憶が残る中、己の体を心配するよりも先に出た言葉がそれだった。
それ程に歪だったのだ、目の前の光景が。
周囲一帯を染め上げる『黒』。
エリルがその空間を、倒れ込んだ建造物の間に出来た空間なのかもしれないと一瞬も疑わなかった理由は、その目前に広がる黒の中に星屑の様な光が至る所に存在していたからだ。
例えるなら宇宙空間に投げ出されたらこの様な光景が広がるのだろうかと彼は想像するが、だとしても確実に『重力』は感じている。
そして自分は間違いなく『地面』と表現出来る何かに両足をつけている。
だとすればここは一体何なのだ。
己の赤い髪を掴む様にして頭部を掻き、正常心を保とうと試みる。
「あれ……ここは……」
「俺って地割れに巻き込まれて死んだんじゃ……」
「腕が治ってる……?」
エリルは突然聞こえてきた声の方向へと振り向く。
目前に広がっていた謎の空間に目を奪われてしまっていたが、後ろを振り向いてみれば自分以外にもかなりの人達がそこに存在している事に気付いた。
暗い空間の筈なのだが、はっきりと人々の姿が見える。
全員の顔を確認した訳では無いが、見る限り一人として知り合いは居ない様だ。
だが彼らの発言からして、恐らくこの見ず知らずの人物達もエリルと同じく『災害』の被害によって死んだ記憶が有る者達なのだろうと予想がついた。
今更になってあの地獄絵図の様な最後の瞬間が脳裏に過って身震いするが、しかしあの光景は夢では無かったのだとも確信がついた。
それと同時に余計に今自分達が、この様な謎の空間に放りだされている状況への理解が追い付かなくなる。
同じ様にこの状況に混乱しており、恐怖心を露わにし出す者達が殆どで、やがて辺りが大きくざわつき始める。
エリルはなんとか冷静を装いながら、出来る限り状況を掴もうと辺りを見回す。
かと言って何処を見ても無限に広がる様な暗い空間と、赤の他人が所狭しと立ち並んでいるだけである。
自分と同じように冷静に状況を判断しようとしている人物が数人いる中で、やはりいくら確認しようと知人らしき人物はいない。
どんな理由で幾人もの人々がこの空間に集ったかは未だ定かではないが、少なくとも関係性のある人々を揃えた訳では無いらしい。
さて、情報が何も無いと分かった時点でこの後自分は何をすればいいのか。
この場所がどの様な場所か判断する為にも動き出すべきか。
そう思い始めた時、突如空間へ何者かの声が流れ始める。
「やぁやぁ! よく集まってくれたねぇ諸君!!」
高い声、だがその声色は女性では無く男性だとはっきりと分かる程度の声質が突如耳に届く。
不意に何もない空間を見上げるエリルだが、その様子を見ていたのか声の主は言葉を続ける。
「ふふっ、こっちだよ! こっち!」
「こっちこっちーこっちだよ」
声に導かれるままにエリルは頭上へ視線を向ける。
上から聞こえただけで、本当に上から声がしたのかは定かでは無いのだが、辺りの者達も皆上を向いている為に方向は合っていたのだろう。
だが見上げた先にはなにも存在せず、やはり小さな粒の光が暗闇の中に漂っているだけの空間しかない。
「こっちだってばー、早く早く―」
今度ははっきりと後方から聞こえた。
エリルは振り向きながら視線をそちらへと向けるのだが、やはりそこにも何もない空間と、自分と同じ様に声を聴いたであろう人物達が同じ方向へ向き直っているだけの姿しか見えなかった。
「んふふ、本当はこっちでしたぁ。皆、下を見てごらん?」
「うわぁ!」
「ひぃっ!」
声の指示のまま一同は下を向く。
そしてその視線の先に現れた不気味な光景に、驚きのあまり一部の者達が悲鳴を上げてしまった。
床一面に広がる『目』。
一つの目がこちらを注視する様に見開かれた状態で、人々の足元に存在していた。
まるで床が一つのスクリーンになっているかの様にその巨大な目が描かれ、その目がゆっくりと瞬きをしたかと思うと途端に中心に向かって小さくなり始めた。
そしてその中心部に向かって直径1メートル程までその目が収縮すると、突然地面が盛り上がるかの様に黒い液状の物が現れ、それがゆっくりと『人型』を構成し始める。
軈て泥人形の様な風貌からゆっくりと、そして完璧な人型を模すと、明らかに奇抜で様々な色合いで継ぎ接ぎにされているスーツを纏った『男性』らしき人物が現れる。
スーツと同じく色とりどりの配色で作られたハットを合わせれば、3m程の巨人に見える程の人物。
明らかに現実的じゃない登場の仕方を目の当たりにした為、いくら自分達と同じ様な『大きすぎるだけ』の人間に見えたとしても、辺りの人々は警戒と恐怖心に塗れていた。
男は右手を左胸へ添えながら、ハットを左手で脱ぐと優雅なお辞儀を見せた。
白に近い金色の髪から除く顔には、不気味な道化師の様な面が付けられている。