第四話:モモジリの潜入
カレーアジノウンコの側近、モモジリ。普利凯茨でもっとも忠義に厚い男。
その男は今、ケツ毛の所在を探るため、北魏の防衛網である六鎮のひとつ、沃野鎮にいた。
「貴殿が中央より派遣されたという役人、闕突殿でありますか。貴殿の働きに大いに期待しておりますぞ。我らは今、繁忙期にあるものでな。」
まるまると太った沃野鎮の鎮長、破落汗 六奚が脂ぎった声で言う。
モモジリは、北魏の役人、闕突としてここ、沃野鎮に潜入していた。
沃野鎮は六鎮のうち最も西にあり、普利凯茨からは一番近い。
「もちろんですとも、破落汗殿。寝る間も惜しんで働き、北方の蛮族どもへの対策を練りましょうぞ。」
闕突ことモモジリは自信に満ちた声でそう言い、破落汗と握手を交わした。
「それで、書庫はどこにありますかな?行政記録を拝見したいのですが。」
モモジリは心中にケツ毛への執心を忍ばせながら、穏やかに尋ねた。
「ああ、書庫でありますか。それでしたら隣の塔でありますな。鍵はこれに。」
「お気遣い感謝する。それでは、また後ほど。」
モモジリが鍵を受け取ろうとすると、破落汗は手を引いて、モモジリの指が空を切る。
「足を止めて申し訳ないが、一つ質問よろしいか?」
モモジリは、ぎょっとして、破落汗の、真っ黒い目を見た。
「ええ、どうぞ。」
「私は闕という姓に見覚えがないのだが、貴殿はどこの出身かな?」
この男、どこまで知っているのか?見透かされているのか?いや、純粋な疑問か?
思考がモモジリの頭を駆け巡る。だが、はぐらかすというわけにもいかない。
モモジリは、若干の迷いとともに、口を開いた。
「いやはや、私の家は北魏の東部の出身でして。父は粉骨砕身の努力で成り上がり、平民から官僚となったのです。ですから知らぬのも無理はない。元は田舎者ですからな。」
「そうであったか・・・。貴殿も相当な努力をしたのだろうな。」
「いや、私は父の威光を着飾っているだけですよ。とんでもない」
モモジリの心臓が、周囲に聞こえぬのが不思議なほどの大きさで鼓動する。
「足止めしてすまなかった。鍵を受け取ってくだされ。」
「いえいえ。では、私はこれで。」
暴れる心臓を落ち着かせ、モモジリは鍵を受け取った。
破裂寸前の胸を撫で下ろし、隣の塔へと歩みを進めた。
塔から塔へと橋がかかっており、その橋からは沃野鎮の町並みがよく見える。
整備された道。赤い屋根の家々。
その奥に見えるのは、分厚い城壁だった。隙間なく積み上げられた石垣は、ケツで押してもびくともしないだろう。
それに何人もの兵士が警備しており、いくらケツの一族といえどもこの城壁を破るのは容易いことではないはずだ。
だからこそ、ケツ毛の所在を明らかにし、一点集中で攻めねばならなかった。
思慮に耽りながら橋を歩き終わったモモジリは、書庫の扉に鍵を差し込み、金具の音を立てながら扉を開けた。
書庫には糸で綴られた紙の束が、所狭しと並んでいる。
繁忙期の人手不足もあってか、モモジリの他に人はいなかった。
モモジリは、その中を探し歩いた。
(ケツ毛の記録・・・北方異民族の対処記録にあるだろうか・・・)
一冊手に取り、パラパラと捲っては戻し、違うものを取り出す。
新しい書があった。それを手にしたところ、紙が折れていたのでそれを直そうとして、モモジリはそのページに恐るべき記述を見つけた。
「北方異族名曰尻氏
其所宝者尻毛也
今之奪得
将以返還其宝為条件
約令毎歳献人質一千
若其約成立
則彼族不敢復侵北魏」
(北方の異民族に、ケツという者たちがいる。
彼らはケツ毛というものを宝にしている。
これを奪い取ったので、
この宝を返還することを条件に、
毎年、人質を千人差し出すよう要求する手筈だ。
もしこの取引が成立すれば、
この一族は、二度と北魏を侵略しようとはしないだろう。)
モモジリは思わず震え上がった。至宝でさえも、あの美しいケツ毛でさえも、北魏にとっては外交の道具でしかないのだ。
「これはっ・・・!!!奴ら、なんと卑劣な・・・!クソッ、すぐ我が君に報告せなばならんが、今は身動きできん・・・。一刻も早く、この地のケツ毛の有無を確認しなければ!」
モモジリは先ほどの何倍も早く書物を捲り始めた。一秒すら惜しかった。
ケツ毛を盾にされれば、ケツの一族は要求を呑むほかない。
しかし受け入れたが最後、一族は衰退の一途を辿るだろう。
(どこだ・・・どこにあるのだ・・・どこにおられるのだ!始祖、ケツ・ゴウモウ様よ!!)
一ページ、また一ページと捲っていく。紙は空虚な音を立てて、右へ右へと倒れていく。
読み終わればすぐさま乱暴に書棚へ戻し、強引に次の書を取る。
今、モモジリの頭の中はケツのことで満たされていた。
ケツ以外のことなど、考えられるはずもない。
ケツの一族のそれぞれの支族は、大体3万人前後から構成され、緩やかに散らばって暮らしている。
それが1000人も人質に取られるとなれば、30年もあれば支族一つが滅んでしまうことになる。
速く、もっと速く。
一族の危機。故郷の危機。
自分の一挙手一投足に、命運がかかっている。
書棚の中盤に差し掛かり———
「随分と焦っておられるな、闕突殿?」
モモジリの手が止まった。
聞くだけで、胃がもたれるような重い声。
訝しさを隠そうともしない、よく響く声。
この声の主など、一人しかいなかった。
「・・・破落汗殿!」




