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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

「守銭奴が自分の財産を捨てる話」

作者: 結晶蜘蛛


儂は善良な金貸しのジェレマイア=グリムショウじゃ。


「お願いします。あと1週間、返済期日を伸ばしてください……! そうすれば確実に金を工面して見せます……!」

「お前には娘がいるではないか、それを売り飛ばせば金を工面できるじゃろう」

「っ、お前には人の心はないのか……!」

「約束も守れない奴が人の道を説くのか? 連れて行け、利子の代わりにはなるだろう」

「お父さん、助けて……っ!」


 貧乏人に甘い顔をするとすぐにつけあがるじゃろうからな。

 もしも期日を伸ばしたなどと噂になれば、足元を見る輩も出るじゃろう。

 そもそも契約も守れないのに金を借りたこいつが悪いんじゃ。娘を売り払われればいい薬になるじゃろう。

 部下が男の娘を連れていく。

 男が儂を親の仇のように睨みおった。

 男が包丁をつかむのと、儂が振るった杖が男の頬をとらえるのは同時じゃった。


「どうした娘を連れ戻さずに牢屋に入れられたいか? ほっほっほっ、そりゃ貧乏人が減っていいのう」

「このクズ野郎……!」


 部下に取り押さえられた男が儂を見上げる。

 

「死ぬ気で働いて金を返せ。怠けていると利子が嵩んでいくからそのつもりでいるのじゃ」


 儂は杖をくるくると振り回しながら、男の家を後にする。

 まだ金を返してもらわないといけないやつはたくさんいるからの。

 こんなところで時間をつぶしてる暇はないのじゃ。



 老骨に冬はつらい。

 儂は召使いに用意させた湯たんぽでたっぷりと温めた布団に入る。

 染み入るような寒さの中、外を出歩いたから手足はすっかり冷えていたので温かさが染み入るのう。

 そうして、儂は昼間の疲れも相まってあっさりと夢と落ちていったのじゃ。


 ――硫黄の匂いがする。

 真っ赤な溶岩が流れ、光がまったくない暗い地の底。

 そこでは悲鳴で満ち溢れていたのじゃ。

 地面はぎらりと尖った剣山のような岩でできておった。

 皮膚がはがれた人間がそこもかしこにおり、蝙蝠の羽をもった化け物がフォークでそれらを追い立てておる。


「ここはどこじゃ……?」


 驚き周囲を見渡していると、化け物の一人がこちらを見て笑い、走ってきおった。

 儂は驚き、逃げた。


「痛っ……!」


 夢じゃ、夢のはずじゃ!

 しかし、走ると足の裏が岩で切り裂かれ、鋭い痛みがはしる。

 だが化け物につかまるわけにはいかぬ。

 化け物のフォークに突き刺され火にあぶられ、悲鳴を上げている人間がそこらへんにいるからじゃ。

 冷や汗をかきながら逃げる……が、ついに追い込まれてしまった。

 目の前には溶岩の川。後ろには化け物。

 振り向いた先で化け物はニタリと笑ったのじゃ。

 わざわざ儂の目の前でフォークの先を溶岩であぶり、真っ赤に熱した後、じわりじわりと儂へと近づけてくる。

 溶岩の熱気が背後から伝わってくる。

 近づいてくるフォークから落ちた溶岩がじゅーっと音をたてた。

 あれが当たれば周囲の人間のように皮が焼けはがれ、肉は焦げるであろう。


「ひっ、ひぃぃぃ……!」


 儂の口から悲鳴が漏れた。

 じわじわ近づいてくる痛みの確実さが怖さに拍車をかけるのじゃ。

 足ががくがく震える。

 後ずさりすると、溶岩の熱が儂に存在感を訴えてくる……。

 意地の悪い悪魔はフォークをひっこめたり、ゆっくり近づけてくる。

 フォークを前後してくるので儂の手の溶岩の飛沫が触れた。

 い、いっそ、ひと思いにやってくれっぇぇぇ……っ!


 ――そうして鋭い痛みで儂は目覚めた。

 起きた儂は確信した。あれは地獄の風景なのじゃと。

 儂の左手には悪魔の溶岩でできた火傷の跡があったのじゃ。


 それからというもの、儂は財産を慈善事業に使うことを決めた。

 地獄に行くのが怖くなった儂は教会へと行き、懺悔を行うことにしたんじゃ。

 そこで聞いた話によると「悔い改め、罪の告白をしたうえで、善行を行えば天の国へと道は開ける」という。

 天の神は全てを見ておる。

 ゆえに、善行を積んでゆけば罪深いものでもその働きに報いを与えてくれるのじゃ。

 特に無私で自分を犠牲にすることが良いこととされておる。


「“これ以上に大きな愛はない。人が友のために命を捨てることだ”、のう……」


 隣人愛を説く主は隣人のために愛を与え、そのために自分を犠牲にするのが天国の門をたたく道だと説いておる。

 だから、儂は様々な慈善事業を行ったのじゃ。

 まずは儂が金を貸しているやつらの借金をなくしてやり、彼らから奪ったものをすべて買い戻して、補填までしてやったのじゃ。

 そして、ひとりひとりに頭を下げていった。

 唾をかけられ、蹴られ罵倒されたが怒りはおさえにおさえた。

 頭の血管が切れそうな思いだったが、天国に行けるのなら我慢はできたのじゃ。

 金がどんどんなくなっていったため、使用人には退職金と推薦状をわたし去ってもらったのじゃ。

 その後、屋敷を売り払い、持っていた宝石などを売り払い、金へと換えていった。

 その金で、それから救貧院を立派なものに変え、炊き出しを行った。

 儂はちいさな小屋に住むことになった。

 儂ひとりしかいなくなったため、暖を取るために自分の手で火をつけなくてはならなくなったのじゃ。

 それでも、馬鹿にされたくはないため、身なりには気を使っておったつもりじゃったが、ある日、浮浪者に乞われたため、上着をやってしまった。

 それから何人も儂の家に来て、乞うものじゃからみるみる服がなくなり、つぎはぎの布切れを着るようになった。

 パンを買うのもおぼつかなくなったが、儂を見てる孤児がおったからわけてやった。

 ふらふらの腹を抑えながらも小屋に帰り、眠りにつく。

 しかし、ここまでやったのじゃ、きっと儂の善行は天にとどき地獄に行かなくてよいはずじゃ。



 ――再び、硫黄の匂いに儂の睾丸は縮み上がった。

 

「なぜじゃ……なぜ儂がここにおるんじゃ!」


 溶岩の川、鋭い石、硫黄の匂い、化け物の群れ、皮膚をはがれ叫ぶ人々――地獄の風景じゃった。


「……わからないのか?」


 儂の背後から声がした。

 振り返るとそこには全身をぼろ切れのローブで包み、顔をローブで深く隠した男がおったのじゃ。

 重苦しい鉛のような声の男。


「お前は地獄に行きたくなくて自分のためだけに善行をしておったのだろう?」

「そ、そんなことはないのじゃ! 儂は儂のできるすべてをなげうって善いことをした! それの何が悪い!」

「ただ、私欲を満たすためだけの善行は贅沢と何が違う?」

「それなら善行をすれば天国にいけるなどと言うではないわ! 意地が悪いではないか!」

「天の国への門は誰にでも開かれておる。しかし、確実に行ける方法などはありはしない。聖書に書かれているのは指針にすぎぬ……」

「な、ならば、どうすれば地獄に行かずに済む!? それを教えてくれ!」

「神はいかなるものも見ている。それを心に刻むのだ」

「ま、待ってくれ……、待ってくれ!」


 目が覚める感触を感じる。

 このままだと天国に行く方法がわからず目を覚ましてしまう!

 儂は焦燥感に駆られながらも男に問い詰めようとしたが、しかし、無情にも夢から覚めるのじゃった。

 

† 


 目が覚めた儂は失意のまま、外へと出て教会へと向かった。

 教会にゆき、今の気持ちを懺悔し、聞いてもらいたかった。

 夢ではあったのだが、あの亡霊が言うことには奇妙な説得力があったのじゃ。

 魂に響く雰囲気というべきか……。

 つまり、このままじゃと儂の努力はすべてむなしく地獄へ行く。

 だがしかし、もはや儂にできることはほとんどない。

 万が一の時のために手元に残していた銀貨しか財産は残っておらず、その銀貨もどう使えば地獄に行かずに済むのかわからぬ。

 これが今までの報いなのじゃろうか。

 儂はあの地獄で永遠になぶられ続けるのじゃ……。

 鉛の入った服を着ているような絶望がのしかかってくる。

 そうして歩いていると、


「マッチ、マッチはいりませんか!」


 マッチを売っておる少女がおった。

 赤い頭巾をかぶり、籠にいれたマッチを必死に売ろうとしている、やせ細った少女。

 頬がこけており、目にも力はなかった。

 クリスマスの鵞鳥の匂いがする中、少女はただ一人、みなから見捨てられているように儂には見えた。


「マッチを一つくれんかの」

「ありがとうございます! これで母においしいものを食べさせてあげられます!」

「ほう、お母さんがおるのかの?」

「はい、病気で倒れてまして……少しでもおいしいものを食べさせて良くなってほしいんです」

「そうか……そうじゃな」


 儂は銀貨の入った袋を少女に渡し、握らせた。


「……ッ! こんなにはいただけません!」


 少女が代金だけ抜き取り、儂に返そうとする。

 なんと正直な少女じゃ。儂ならそのままもらうというのに。


「いいんじゃ。儂はそろそろ死ぬ。クリスマスプレゼントして受け取ってくれ」

「そんな……っ」


 少女は銀貨をもらって逡巡した。


「……ふむ、それなら儂からお主に銀貨を貸したことにしよう。心につっかえがあるのなら返しに来るがいい。儂の名はジェレマイア=グリムショウじゃ」

「あの金貸しとして有名な……?」

「おお、そのジェレマイアじゃ。なんじゃ、恐ろしくなったかの?」

「いいえ、今のジェレマイアさんの目は澄んでおります。この金は一時、借りて使わせていただき、母が元気になったら返しに来ようと思います。ありがとうございました」


 ふふ、果たしてその言葉を本当に果たすかどうか。

 金を貸しておいて返さない連中はごまんといたし、昔の付き合いがあった連中も金がなくなったとたんに儂のそばには寄り付かんようになったのう。

 しかし、不思議とこの子の言うことは信じられるような気がした。

 儂は軽くなった足取りで教会に向かって歩いて行った。



 ――後日、ジェレマイア・グリムショウはなくなった。

 生前、財産を使い果たした彼の遺体は無名墓地に葬られることになったが、とある少女が現れ、彼の墓地代を代わりにはらうことを申し出た。

 彼女は今も母と二人でジェレマイアの墓地へと行くと、その墓の世話をしているという。


 それを見ていた亡霊のような男はフードを脱ぐと、白鳥の羽で天へと向かって羽ばたいていった。


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