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I know①


 ルーカスは悩んでいた。任務中も考え事をしてばかりでうわの空。体に染み付いているから動きはいつも通りだが、思い詰めた表情は色気をだだ漏れにしていた。


 道行く人はそんな彼を見つめて「今日はいつにも増して色っぽいわ」と頬を染める。だが残念、その男の脳内にはアメリアしか存在していないのである。



 (最愛の彼女、ゆくゆくは俺の奥さんになるエイミーとの初デート……。我が人生において、後世に語り継がれるターニングポイントのひとつになり得るだろう。一体どこに連れていくのが最適だ。ッ、分からない! こればっかりは、答えを簡単に出せそうにない。考えすぎて夢にまで出てくるほどだが、今朝の夢で会ったエイミーが最高すぎて、最早現実なのではないかとさえ思ってしまった。ベールを外して、恥ずかしそうに俺に微笑みかけるエイミーなんて、絵画にして寝室に飾っておくべきだ。駄目だ、エイミーが思考の邪魔をする。そんな構ってちゃんなところも愛おしいが、君を満足させたいんだ。今は大人しくしておいてくれ。一番に思い付いたのは、流行りのカフェ。しかし、俺としては全国民にデートしているところを見せつけたいが、控えめなエイミーはきっと人目を気にするだろう。それなら、静かなところの方がいいのか……。でも、彼女は甘いものが好きだろうし……)



 「……い、」

 「(ああ、もう、エイミーのことで頭を悩ませるのは至福の時間だが、早く先に進みたいのに……。これだっていう最高のデートプランが降りてこない……)」

 「おい、ルーカス。お前、たま~に俺のこと無視するよな」

 「失礼。先輩の声はどうも聞き取りづらいみたいで」

 「はぁ……、どんな言い訳だよ。ほんと、可愛くない後輩だなぁ」



 ぼーっとしていたルーカスに声をかけてきたのは、やれやれとわざとらしいポーズを取るランハート。こんな扱いだが、一応ルーカスの先輩だ。女好きの彼を敬う気にはなれなくて、いつも無礼な態度を取ってばかりいるが、ランハートは逆にルーカスのそんなところを気に入っている。それなりに仲のいい同僚だ。



 「俺の声も届かないほど、そんなに顔を顰めて何か悩み事か? お兄さんが聞いてやるぞ」

 「……女好きに私の気持ちは分かりませんよ」



 嬉々として話しかけるランハートをばっさりとぶった斬る。ルーカスより四個も年上だからいろいろと経験は豊富なのだろうけれど、一途な彼とは対照的にランハートはこの世の全ての女性を愛しているので、硬派なルーカスはアメリアのことを話す気にもなれなかった。



 (この世の全ての女性が恋人? そこに俺のエイミーを含むなよ)


 そんなことを常々考えて、アメリアにアプローチをかけようものなら迷わず寝首をかいてやるとさえ思っているのだから。



 「ふふん、さては女性のことで悩んでいるのだろう。珍しい、堅物のお前を落としたのは一体どこのご令嬢だ?」

 「……馬にでも蹴られてきてください」

 「そんなつれないこと言うなって。ここんとこ、ずっとボーっとしてるんだから相当悩んでるんだろ。百戦錬磨なお兄さんに言ってみな」

 「別に業務に支障をきたしているわけでは、」

 「話しかけてもすぐに返事がないのは問題だと思うけど?」



 ああ言えばこう言う。こうなったら、ルーカスが折れるまでランハートの追求は止まらないだろう。可愛い弟分の初めての色事だ、首を突っ込みたくて仕方ないのである。



 「はぁ……」

 「わざとらしいため息だな」

 「貴方が面倒なんですよ」

 「珍しく余裕がないねぇ」



 無表情がデフォルトの男とは、一体誰のことか。嫌そうに顔を顰めるルーカスは、能面とは程遠い。


 ふふんと楽しそうに笑う目の前の男から早く逃れたい。そんな気持ちが顔にも表れていた。



 「女の落とし方なんて簡単さ。腰を抱いて、赤く染まった頬を撫でながら、甘く見つめて囁くんだ。『君が欲しい、今晩どう?』って。今から俺が実践してやろうか?」

 「……汚らわしい」



 あまりにも低俗だと、汚いものを見る目でランハートを睨むルーカス。


 来るもの拒まず、去るもの追わず?

 そんな考えがルーカスには全くもって理解できない。エイミーが来たら全力で迎え入れるし、たとえ地の果てまで逃げようともどこまでも追いかけるしかないだろう。ストーカーの執念は伊達じゃない。



 「あーあ、箱入り息子はこれだから……」

 「ランハート、しょうもねぇ話に花を咲かせる暇があるなら、訓練場に戻って、俺が直々に鍛えてやろうか?」

 「げ、団長……」



 人好きのする顔でにいっと笑いながら声をかけてきたレオナードに、さすがのランハートも顔を引き攣らせた。騎士団最強の男からのお誘いは避けた方が吉である。筋肉隆々な体躯から放たれる一撃は、受け止めるだけで腕にピリピリとした痛みが走る。明日のことを考えるなら、ある種拷問のような鍛錬からは逃れたい。



 「やだなぁ、今から見回りに行くところだったんですよ。じゃあ、俺はこの辺で。失礼します!」



 口を挟む隙も与えないほどの勢いでそう言うと、ランハートは足早にその場を去っていった。その後ろ姿を見送って、レオナードはため息を吐き出した。



 「ったく、あいつももう少しお前のような落ち着きを持ってくれたらいいんだけどなぁ。これじゃあ、どっちが年上か分からないじゃないか」

 「真面目なランハートは想像できません」

 「ははっ、それもそうだな」



 明るい笑い声を響かせたレオナードだったが、すぐに笑顔を引っ込める。ルーカスの肩に腕を回し、内緒話をするみたいに顔を近付けた。滅多にない行動にルーカスが面食らっていると、レオナードはニヤリと口角を上げた。



 「で、お前の想い人は一体誰なんだ?」

 「(いや、あんたもかい)」



 結局、貴方もランハートと同類だったのか。そんな呆れた眼差しを向けるも、ニヤニヤと楽しそうに笑っている団長殿はルーカスの答えを待っている。人は等しく、誰だって恋話が好きらしい。



 「言いませんよ。まだ本人にも想いを告げていないのに」

 「ほう、なんとまぁ殊勝なこった」



 レオナードの口が軽いとは思っていないが、人の口に戸は立てられない。そのまま真実が伝わるならまだいいが、変に捻じ曲げられてアメリアに誤解されるのは何よりも嫌だった。


 この溢れんばかりの熱い想いは一番にアメリアに伝えたい。今はまだそのときじゃないだけ。


 ルーカスのただならぬ恋心を理解したレオナードは「それなら仕方ない」とあっさり身を引いた。自身も奥さんを溺愛しているから、何か思うところがあったのかもしれない。



 「ま、悩みならいくらでも聞いてやるよ」

 「……では、ひとつだけいいですか?」

 「もちろん」

 「団長は初めてデートに行くなら、どんなところを選びますか?」



 ランハートに聞くよりは団長の方が経験豊富で、茶化してくることもないしマシだろう。恥を忍んで小さな声で問いかければ、顎を擦りながらレオナードは唸る。



 「うーん、俺なら自分のお気に入りの場所だな」

 「お気に入り……」

 「相手にもよるんだろうけど、初めて行く場所よりも詳しい場所の方が落ち着いてエスコートできるだろうし、失敗は少なくなるだろ」

 「なるほど……、参考にさせていただきます」



 ふむ、と考え込んだルーカスの頭の中にぼんやりと浮かんできたのは、ストーカーをしていない時によく行く場所。あそこなら静かで、アメリアも気に入るかもしれない。


 ここ数日の悩みがぱあっと解消されて、ルーカスの気分は上昇する。これであとはアメリアを誘うだけ。珍しく微笑みを浮かべながら感謝を述べるルーカスに、レオナードは「珍しいもんを見たな」と内心驚くのであった。



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