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怪-想  作者:
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【終】 カイソウ

【終】 カイソウ


 後日談。

 ネオジョウを脱出した直後、僕らはすぐにコオリさん……もとい、子織ねおあゆむさんに電話をかけた。しかし、先輩が彼から貰った名刺に書かれていた番号は「現在、使われておりません」とのことで、使い物にならなかった。

 以来、かなりの日数が経過した今日にいたるまで、子織さんとは連絡がついておらず、また番号を交換した先輩のもとにも、先方からの便りはない。

 不可抗力とはいえ、バイトを途中で切り上げてしまったわけだから、しっかり説明してバイト代を返そうと思っていたのに、その方法はなくなってしまった。

 まあ、そのあたりは、ネオジョウが「大人の社交場」として正式にオープンしたらおいおい、とのことで、僕と先輩は話をつけた。貰った十万円にも、そういうわけで手はつけていない。

 ──でも、今後ネオジョウに出向くことは、きっと二度とないと思う。

 そう確信する理由が、少なくとも僕にはあった。



 あの事件の数日後、僕と先輩は休日を使って、近所の図書館へと出向いた。

 きっかけは、鍵を開ける方法を知るために見たブログの記事の一節だった。

 ──『この工房は、経営者一家を襲った強盗事件によって、閉鎖を余儀なくされたという(地元の新聞記事により確認済み)』

 この鍵フェチの管理人さんは、ネオジョウで起きた事件を「地域の新聞記事」により、裏を取ったと書いてある。となれば、彼が見た新聞記事は、近隣の図書館に所蔵されている可能性が高いので、せっかくだから僕らも見てみようと思ったんだ。

 ベテランの司書の人に検索を頼むと、今から四十数年前に刊行された、地域新聞の関連記事をいくつかコピーして持ってきてくれた。

 そこからわかったのは、地元のある鍵屋で起きた、凄惨な強盗事件のあらましだった。


【「子織錠前屋」強盗殺人事件】

 10月20日、21時頃。「子織錠前屋」を営む一家の店舗兼住宅に、強盗団が鍵を壊して侵入、居合わせた一家らを次々とナイフで刺し、金品を奪って逃走した。

 この家に住んでいた、子織ねお義史ただしさん(46)、妻の佳子よしこさん(46)、祖母のかよ子さん(80)、来客として泊まりに来ていた近隣住民、岸川つよしさん(50)ら計四名が、胸などを刺され、搬送先の病院で死亡が確認された。

 住居内で隠れていた、義史さん夫妻の息子、あゆむさん(14)の通報により事件が発覚。逃走した強盗団については、県警が捜査を進めている。

 市ではこれを受けて、遅い時間帯の外出を控えるよう、市民に要請している。


 そこから約一月後に発行された別の記事には、事件の顛末も載っていた。


【「一家殺害」強盗団のメンバーら、逮捕へ】

 先月、市内の住居に強盗目的で侵入し、子織義史さん(46)ら一家三名と、居合わせた岸川剛さん(50)が殺害された事件で、県警は本日、強盗団のメンバー三名を、強盗殺人などの容疑で逮捕したと発表した。捜査関係者によると、犯人らは◯県内にある潜伏先の住居にいるところを、身柄を確保されたという。


 ……心霊スポットに付属してくる怪事件などというものは、人間の口伝えが作る与太話が大半なのだが、ことネオジョウに限っては、ほとんどネットや噂話通りの内容だった。

 さらに、四人が強盗目的で殺害されたという、あまりにむごい内容だったためか、ネットをよく調べてみると、数十年前の出来事だというのに、事件の経緯や関係者のその後などを詳細にまとめた記事もヒットした。

 その記事からは、淡々とした新聞記事よりも、もっと事件の深いところを知ることができた。

 記事いわく──子織一家を襲ったのは、隣町の建設会社に勤める三名の若者で、いずれも暴力団の構成員だったという。彼らは以前から恐喝や窃盗事件を繰り返していたものの、殺人どころか、強盗行為は今回が初犯。調べによれば、メンバーの一人が事前にした情報収集が間違っており、本来は留守のところを侵入するつもりが、一家と鉢合わせてしまい、焦った末の凶行ということだった。

 ネオジョウ、子織錠前屋が狙われたのは、やはり豪勢な見た目や設備などから「繁盛している印象だ」というのが、一番の動機となったらしい。

 21時50分頃、犯人らは玄関の鍵を壊して店舗に入り、金品を漁ったがめぼしいものはなく、三階に上がったところで子織一家と遭遇。無人だと思っていた予想が裏切られたこと、義史さんに抵抗されたことを受け、動揺したリーダー役が、所持していたナイフで義史さんを殺傷、他二人に「やらなきゃ、お前らもおしまいだ」と圧力をかけ、居間で泥酔して休んでいた来客の川岸さんと、奥の寝室で寝ていた祖母の殺害にも加担させた。

 とっさに逃げ出した奥さんの佳子さんは、客間として使っていた、内鍵をかけられる小部屋に息子の歩さんを隠し、その直後に背中から刺され、犠牲になったそうだ。佳子さんを刺した犯人は、事前調査で一家の構成を四人だと把握していたため、客間の中を怪しんで扉をこじ開けようとしたが、残りのメンバーに「こっちでもう二人やった」と言われ、それで一家は全員亡くなったと判断したという。

 その後、犯人らは通帳や財布を漁り、凶器は近所の公園の池に投棄して証拠隠滅を図った。しかし、息子の歩さんによる迅速な通報によって、警察の初動対応が早く行えたこともあり、足取りを詳細に追われてしまい、最後は潜伏先の住宅の隣家からの通報が決め手となって、逮捕されたようだ。

 ちなみに、その後の裁判で、犯人らはいずれも死刑判決が確定し、数年かけて全員が執行済みである。

 しかし──記事には補足として、遺族が受けた「風評被害」についても言及があった。

 知っての通り、子織夫妻は錠前や防犯設備などの器具工房を営んでいた。そんな鍵屋の家が、あろうことか強盗に入られたというのは、部外者にとっては笑いの物種だったという。

 風評被害は色濃く、生き残った少年は被害者にもかかわらず、憶測や中傷の的となり、転居・転校を余儀なくされたと書いてあった。


 

 一連の調べ物が一息ついた時、千夏先輩は作業に使っていた図書館の机の上で、紙の名刺を握りしめていた。

子織ねお あゆむ

 そこには、ネオジョウを襲った強盗事件で、唯一生き延びた少年の名前が書かれている。

「子織さんは、私のこと、恨んでいたのかな?」

 名刺の表面を触りながら、質問してくる先輩に、僕は正直に答えた。

「かもしれません」

「そう思う理由も、教えてもらっていいかな」

「えっと……」

 口ごもりながら、それでも自分の意見を言葉にするのが、いろいろな人への誠意だと思った。

「あのライオンの飾り鍵、扉の『内側』についていましたよね?」

「うん」

「でも、この前調べたブログには、このようなことが書いてあります」

 僕はスマホでブックマークしておいた『奇妙な鍵の歴史館』のページを表示させ、机の上に置いた。

『たてがみの部分を引っ張りながら左に三回回すと、ライオンの口から鍵穴が露出し、内鍵と共通のキーで施錠・解錠ができる。』

 僕らを救ってくれた子織式錠前の開け方を説明する文章、その一節を、僕は指で示す。

「ここ、見てください。ライオンの口から出てくる鍵穴は『内鍵と共通のキーで』施錠などができるって書いてありますよね。要するに、この錠前は本来〝外鍵〟なんですよ」

 指を下にすべらせて、サイトに乗っている写真を画面に映した。そこには、どこかの家の軒先に取り付けられた、飾り錠前の見本写真が載っていた。

「どうでしょう、この写真だって、錠前は明らかに扉の外に付いてますよね」

「ほんとだ。なら、どうしてネオジョウのは扉の『内側』に設置されてたんだろう。……改修工事の時に、設置位置を間違えちゃったとか?」

「ありえません」

 僕は首を振り、お墨付きをつける。「だって、これを設置した歩さんは、この鍵を開発した工房の一人息子ですよ? 設置方向を間違えるわけがない」

「なら、どうして?」

「おそらくは──閉じ込めるため、ですよ」

 口にした瞬間、先輩はぎょっとしたように目を開き、息を飲んだ。

 青白い顔の彼女の前で、僕は推論を続ける。

「この錠前は、開け方の手順を知っている人にしか開けられない。だから、扉の内側に設置すれば、一度鍵をかけさせたら最後……中の人を閉じ込める密室が完成する」

「たしかに、歩さんから貰った資料には、戸締まりの方法しか書いてなかった。実際、そのせいで私たちは立ち往生したわけだし」

「その他にも、あそこ、全部の窓に内側から厚い板が張られていましたよね。いま考えると、それも窓を割って逃亡を防ぐのが目的だとしか思えません」

 そこで、先輩が手を挙げて、話に割って入った。

「ちょっと待ってよ! 『逃亡を防ぐ』ってまさか……例の怪異から?」

 その問いかけに僕は、胸がきりりと痛むのを感じつつも、うなずいてみせた。

「はい、建物の管理者である彼は、怪異について知っていて、それに意図的に僕らを襲わせた可能性が高い」

「どうして」

「根拠は、過去の強盗事件が起きた日付です。新聞記事によると、事件発生は10月20日と、ちょうど僕らが行ったのと同じ日、狙いすましたようなタイミングなんです。ここから導き出されるのは、あの怪異の正体は、強盗事件に襲われた子織さんの家族の、思念である可能性が高いということです。ともすれば、歩さんがそれに気づかないはずがない」

 さらに僕は「何よりも」と付け加えた。

「あの怪異、言っていたんです『開けるな』って。女性の声でした。『歩ちゃん』と名前を呼んでいたのは、きっと最後に殺されてしまった、歩さんのお母さんの佳子さんだと、そう思います。きっと彼女は、せめて息子だけは助けようと、最後まで必死だった」

 忘れもしない、扉の外側についた「アケルナ」の血文字。彼女は背後から、身勝手な殺人者にその身を切り刻まれながらも、最後まで客間を守り、息子を災厄から遠ざけようとした。

 その無念は、計り知れないものだったろう。

「そうやって母親が救ってくれたのに、歩さんを待っていたのは、事件を面白おかしく捉える人々からの心無い扱いだった。……『ネオジョウ』。僕は、その愛称がずっと残っていたのは、お客さんや近所の人からの好意や愛着のためだと思っていました。けれど実は、その言葉は……歩さんら遺族の方に、後ろ指を指すために使われていたのかもしれない」

 僕の言葉の一つ一つに対し、先輩は痛切に、顔を歪めた。いいや、僕の顔だって、前から見たら、どれだけひどいものだったろうか。

「歩さんが、ネオジョウを『心霊スポット』だと面白がる人に、激しい怒りを抱えていても無理はないと思います。その憤懣ふんまんから、かつての事故の日に、そういう人を呼び寄せて、怪異と対峙させてやろうという発想に至ることも、あるかもしれません」

 言い終えた先で、先輩は背筋を伸ばして、静かに席に座っていた。

「正直な考えをありがとうね、帆高くん。私が、面白半分で首を突っ込んで、歩さんの怒りを買ってしまったということみたいだね」

「そんな……これは、あくまで予想です。それに先輩は、他の野次馬とは──少なくとも僕なんかとは、違いました。怪談噺の舞台としてじゃなく、神秘的な場所として、純粋にネオジョウに敬意を払っていたじゃないですか!

 歩さんだって、その態度に純粋に感動して、怪異のことなんて知らず、ただ招き入れたかったっていう可能性も、ゼロじゃない。鍵のことだって、きっと翌朝には迎えに──」

「何をおっしゃる後輩くん」

 先輩は優しく言った。真正面を向いた顔には、穏やかな微笑みがあった。

「君の優しさだけで、私には十分。だからいまは、ネオジョウの味方になってあげなきゃ」

 ──ああ。

 僕はきっと、この人のこういうところを、尊敬しているのだろう。僕ならば、横スクロールの人生に立ちはだかる、『敵』だと簡単に名前をつける奇々怪々にすら、真摯に想い、向き合っていく姿に、きっと惹かれているんだろう。

 怪異を想い、彼女は言葉をつむいだ。

「私たち『超常現象研究会』は、目には見えない、けれど日常の中にきっとある、取りこぼしてはいけないものに、心を、想いを向け続けるんだ。そうしなくちゃ、この世にある『穴』は、きっと塞がらないと思うから」

「ええ」

 僕はスマホに表示された、ネットのページを閉じながら、女子にしては背の高い、黒髪の先輩を見返した。

「──僕も、そう思います」



 それきり、僕らは図書館で別れたのだけれど……自転車を飛ばして家に向かっていた帰りしな、僕の脳裏に、今回の出来事に対するもう一つの「推論」が浮かび上がってきたことは、いまでも先輩には秘密にしている。

 それは、歩さんが僕らをネオジョウに招いた、動機についてだった。

 図書館で記事を見た僕は、歩さんが、先輩と僕をネオジョウに閉じ込めるようなことをしたのは、事件を面白がる愛好家への、純粋な怒りが動機だと予想した。

 しかしそれでは、彼がわざわざネオジョウを「大人の社交場」に改造し、バーカウンターやコスプレ衣装などを置いて、それなりに豪勢な空間に仕上げていたことには、いまいち説明がつかないと思ったのだ。

 仮に、怪異を通じて、自分や故人の恨みを思い知らせたいだけならば、例の飾り鍵を使って、閉じ込める準備をしておくだけで十分だ。それに、憎しみの対象である「心霊マニア」をおびき出すという点でも、改修などせず、当時の状態を維持したまま方が、より不気味な印象になって好都合だったはずだ。

 では、どうして彼は、わざわざネオジョウの「改造」を行ったのだろうか。

 その疑問を出発点として、もう一度彼の動機を考えた時、浮かび上がってきたのは、身も凍るような、恐ろしい一つの「狙い」だった。

 ──記事によると、強盗事件の死傷者は四人。

 子織さん夫妻と、その祖母、そして川岸さんという来客の男性だ。

 これに対し、犯行グループの一人は、事前調査で四人家族ということを知っていたため、義史さんをリーダーが刺殺し、また自分は佳子さんを手にかけたあと、生き残りを探した。

 しかしその男は、残りのメンバーからの「こっちでもう二人やった」という報告を受け、一家が全滅したものと認識し、殺戮をやめた。ただし、メンバーが殺害したのは、運悪く居合わせた来客の川岸さんであり、全滅という認識は誤認だった。

 これにより、歩さんが見逃される形で生き残り、警察への通報がなされ、事件はスピード解決したわけだ。

 ……この事実はある意味、歩さん視点では「来客のおかげで生き残った」と言い換えることはできないだろうか?

 もっと踏み込んだことを言うなら、そう。

 歩さんは「来客がもっともっといれば、そのぶん家族も助かったのでは?」と、考えてしまったのではないだろうか。

 もしそうなのだとしたら、と、そこから推理を組み立てていった。

 ネットの記事によれば、犯人らが三階に上がってすぐ、最初に抵抗した義史さんが殺された。場所は、直通の階段を上がってすぐの廊下の一角だろうか。しかしこれは、身も蓋もないことを言ってしまうと、あまり重要ではない。

 重要なのは、〝来客の〟川岸さんが犠牲になった場所だ。

 誰がどう殺したかはぼかされているが、犯行現場は「居間」とはっきり書かれていた。ネオジョウは現在、一、二階はリフォームされているが、三階には工事が入った気配はなく、古いままだった。ゆえに、そこは当時の間取りそのままと考えると、居間に当たる場所は……【衣装室】となる。

 僕らがしばし、コスプレを楽しんだ場所だ。 

 ここでさっきの「来客がもっといれば──」という発想に立ち返る。

 子織歩、彼は〝来客〟という、家族を生かすための〝生贄〟を作り出すために、もっと巧妙な仕掛けをしていたのではないだろうか。

 彼は来訪者に「チェックリスト」というミッションを与えた。その一は「しっかり戸締まりをする」こと、これによって、飾り錠前のギミックで逃亡を防止する。

 その後は、台帳への記入や水回りの確認など、他愛もない作業を通じてチェック作業に順応させ、同時にリラックさせる。すると自然な流れで、〝来客〟たちは二階に誘導される。そこには高級な酒類を設置したバーカウンターや、ダーツなどの遊戯設備があり、〝来客〟はゲームに精を出し、お酒を飲んでくつろぐかもしれない。

 たっぷり楽しんだ頃、〝来客〟たちはチェックリストのことを思い出す。彼らを待っているのは、終盤のチェック項目。それは……「三階の【衣装室】を見てこい」という指令だ。

 順当にいけば、〝来客〟は【衣装室】に用意された衣装に気を引かれて、足を止めるだろう。さっきのバーで酒を飲みすぎたものは、思わずそこでウトウトしてしまうかもしれない。──そう、まるで事件の日の、川岸という来客の男性のように。

 僕はその考えに至った瞬間、全身に鳥肌が立つのを感じた。

 実際は、僕らはこんな流れにはならなかった。なぜなら、横着者の先輩が、ネオジョウに入るなりシャワーを浴びて、着替えのために直接【衣装室】に出向いたからだ。

 しかし思い返してみれば、あの時先輩はこんなことを言っていた。


 ──『チェックリストとしては……まあ、かなり後半の方だけれども、この【衣装室】を見るように、っていうのもあるしね。』


 心の底から、ぞっとした。僕らは想像よりも、ずっと危険な状態だったのかもしれない。

 あの日、先輩の気まぐれによって、チェックリストの順番が前後していなければ、ちょうど事件が起きた時間帯に合わせるように、僕らは【衣装室】で、怪異に襲われていたのかもしれない。

 数十年前、家族の代わりに犠牲になった男性と、〝来客〟たちの状況を一致させ、家族の魂の蘇生を希求するような「儀式」を執り行う場を作り上げること。それこそが、唯一の生存者である子織歩が、ネオジョウを改修した理由だったのでは、ないのだろうか。

 秋口にしては、まだまだ暑い日差しを浴びながら、誰もいない通りで一人、僕はしばらく戦慄していた。考えすぎだと、そんな楽観視をすることは、できそうもなかった。

 ……僕らが助かったのは、思ったよりもはるかに偶然で、幸運な出来事だったのかもしれない。

 そのことを先輩に伝えようかと、自転車を停めて少し悩んでいた時、メッセージアプリの受信を告げる、場違いに明るい効果音が鳴った。

 ポケットからスマホを取り出し、アプリを開くと、一件の新着メッセージが入っていた。差出人の名前は「鈴木千夏」。

 なんだか恐ろしい予感がして、僕は震える指でアイコンをタップして、彼女からのメッセージを開いた。


『そういえばさ、ネオジョウでのビリヤード、よくも負かしてくれたよね』


「えっ?」思わず、素っ頓狂な声が出てしまった。

 メッセージは、さらにこう続いていた。


『あの時は潔く諦めてあげたけど、あれはその前のダーツの投げすぎで、腕が痛くなった果ての無念の棄権なんだから(怒) したがって、今度は絶対に、借りを返すからそのつもりで』

『だからさ、また遊ぼうよ。今度は身の丈に合った、ゲームセンターとかで!』


 まったく……。僕はしばらくぶりに、笑えたような気がした。

「ま、ゲームセンターなら、十万円もいらないか」

 スマホを閉じると、僕は自転車に乗って、駅前の通りを走り出した。

 この僕、鈴木帆高は、人生を横スクロールアクションのゲームのように生きてきた。この世には、触れただけでアウトな怪物もいれば、底が見えない穴もある。

 けれど、どうやら僕はそんなゲームを、それほど嫌っているわけではないらしい。



(終)

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