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二人ぼっちの即興劇  作者: 沖田 ねてる
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辛気臭い演劇部に美少女が来てやったぞー


 次の日の放課後の演劇部室内。購買で買ってきた白いこし餡饅頭入りの紙袋の傍ら、おれはプロジェクターに投影したスクリーンにて全国高等学校演劇大会の再配信を観ていた。

 未だにあいつが来ないので暇つぶしだったのだが、昨年はかなりレベルが高くて気が付くと熱中してしまっていた。


「まさかハンバーガーショップの野望を、こんな風にアレンジするとは……にしても遅いな、あいつ。居眠りでもしてんじゃ」

「やっほ~!」


 一昨日を思い出す勢いで扉が開かれた。びっくりして顔を向けてみれば、そこにいたのはアッシュグレーの長髪とLLサイズの乳を揺らした、知能Sサイズの白ギャル。


「さ、サクラコッ!? お、お前、今日は休むって」

「そのつもりだったけど。来る筈だったお爺ちゃんが来れなくなっちゃったから、家の用事がなくなりました~。で、来ちゃった!」


 部室の扉を閉めた後、てへ、と拳を頭にあてて舌を出しているサクラコに対して、おれは内心で焦りしかない。

 こいつが来ないと言っていたから、あいつを呼んだってのに。このままじゃ鉢合わせになっちまう。


「来ちゃったって、そういう時は事前に連絡してだな。い、いや。そんなことはどうでも良い。兎に角、今日は帰ってくれ」

「え~、なんで~? あれあれ、なんか映画館っぽくない? ってか、お饅頭まであるじゃん! なによ~。リョウちん先輩、一人で映画饅頭タイムするつもりだったの~? ずる~い!」


 スクリーンと机の上にあった紙袋を目ざとく見つけた彼女は、近寄って中身を確認しつつ頬を膨らませている。


「いや、そうじゃなくてな。今日は来客が」


 おれの言葉を遮るかのように、再び扉が勢いよく開けられた。ビクッと身体を震わせたおれの頭に過った単語は一つ。

 遅かった。


「へーい。寝坊したけど、辛気臭い演劇部に美少女が来てやったぞー。ぴーすぴーす」


 藍色のウルフカットの髪の毛に、髪の毛よりも濃い青の瞳は半分しか開いていない。学校指定のセーラー服に包まれた体型はスレンダーで、控えめな胸と青いスリッパ。

 おれよりも小柄でおでこのところでダブルピースを決めながら入ってきた彼女こそが呼んでいた幼馴染のあいつ、水無瀬(みなせ)ヨルカだ。


「さーさー、こし餡饅頭はちゃんと用意した、の、か」


 棒読みの癖にノリノリの言葉を吐いていた彼女の勢いが、徐々に失われていく。無表情だった顔が、一気に赤面していった。青い目が、室内にいたおれ以外の人間を捉えたからだ。

 彼女と初対面となる女子、サクラコを。


「わ~! なにこの子、めっちゃ可愛い~! えっ、リョウちん先輩の知り合い?」


 原因であるサクラコは饅頭を放り出し、ヨルカをぬいぐるみのようにぎゅーっと抱きしめる。

 初対面への距離の詰め方じゃないな。流石は陽キャ、距離感がバグってやがる。あと誰かってのは、抱きしめる前に聞くことだろう。


「あー、えーっとだな。こいつは水無瀬ヨルカっつって、おれと同い年の幼馴染で」

「先輩だったんだ! あたしサクラコって言います。よろしく~」

「    」


 先ほどまで無表情でもノリノリだった筈のヨルカは、サクラコの巨乳に挟まれたまま、赤面して俯いている。完全にされるがままになっており、微動だにしない。自分の処理限界を超えた時の様子だ、オーバーヒートしてやがる。

 身内しかいないと思ってふざけてやってきたら、見知らぬ人がいたんだ。気まずいなんてもんじゃない。誰もいないって伝えていたおれからしたら、非常にいたたまれない。


「……~~っ」


 親の仇でも見るような目でおれを睨んできているヨルカ。やべえ意識を取り戻したか、マジで怒ってやがる。視線だけで人を殺そうとする意気込みさえ見える。

 すると彼女はポケットに手を入れて、スマホを取り出していた。


 次の瞬間、聞こえてくるのは、重低音で低周波の不快な音。


「ん? なんか虫の羽音みたいな音が聞こえ」

「ッ!? は、蜂だァァァッ!」


 飛び上がったおれはすぐに背中を丸め、頭を抱えて縮こまって机の下に入り込んだ。


「うぇええええ!? り、リョウちん先輩どうしたの!?」


 サクラコの素っ頓狂な声が響いたが、おれは顔を上げることなくガタガタ震えている。

 ふと、羽音が止んだ。気のせいかとも思ったが、静寂が続いたことで事実だと理解し始める。


 恐る恐る顔を上げた時、おれの視界に映ったものは。


「…………」


 物凄い不愉快な顔でスマホをこちらに向けているヨルカの姿だった。突き付けられたスマホの画面には動画サイトが表示されており、その中でブンブン飛び回っている蜂の姿がある。

 全て察した。今さっきあった羽音は、ヨルカが動画サイトの音を流していただけで、実際には蜂などいなかったことを。


 おれのトラウマを熟知している、彼女による報復だったということも。


「~~~~っ!」

「わ、悪かった、悪かったって。おれだってこいつが来るなんて思ってなかったんだってッ!」

「こ、こいつ? えっ?」


 無言のまま、唇を横一文字に固く結んでいるヨルカに対して、おれは素の自分でただただ平謝りする羽目になった。

 つーか悪いのはおれじゃねえ、休むとか言っておきながら勝手に来やがった陽キャだ、クソが。



 場が落ち着きを取り戻して三人で机を囲む。ヨルカはずっと俯いたままだった。


「もっもっもっもっ」


 お茶と共に買ってきた饅頭を渡すと、どんぐりを見つけたリスのように無言で食べ続けている。おれのことを睨みつけながら。ごめんて。

 演劇部の廃部のこと、来ないって言っていたサクラコが勝手に来たことなど事情は一通り説明したのだが。


 彼女の不満そうな無表情は、恥をかかされたことへの折り合いがついていない証だ。おれだってできていない。


「まさかリョウちん先輩があそこまで蜂嫌いだったなんてびっくり! その内におか~さ~んとか言い出しそうだったね~」

「……誰にだって苦手なもんくらい、あるだろ」


 ニヤニヤ笑っている陽キャから、おれは目を逸らす。あそこまでの失態を演じるとは、マジで情けねえ。誰が言うか、んなガキみてぇな悲鳴。


「にしてもヨルヨル先輩、食べ方まで可愛い~!」


 サクラコはまた勝手にあだ名をつけてべったりとくっついている。

 一方でヨルカは、今のところ彼女に応えるようとする様子はない。必死になって目を合わさないようにしながら、黙々と饅頭を頬張っている。


 まあ、当然だろうな。


「その辺にしといてくれ、サクラコ。ヨルカは初対面の人と話すのが苦手なんだ」


 おれはサクラコをヨルカから引きはがす。

 彼女は保育園の年長の頃、お遊戯会にて泣きだした年少の子をあやそうとした。


 その時に取った行動が、びっくりするものだった。彼女はなんと、一人で演劇を始めたのだ。

 当時、おれ達の代はお遊戯会でアラジンと魔法のランプをやっており、これがウケていた。特に最後の悪い魔法使いがアラジンによって倒され「ぎゃ~、まいった、許してくれぇ~」と情けなく言うシーンは、誰もがクスクスと笑う程だった。


 これを知っていた彼女は、泣いている子にこれを見せたら笑ってくれるに違いないと考えたのだ。

 そうして彼女は一人でアラジンのラストシーンをやり、「ぎゃ~、まいった、許してくれぇ~」と情けなく言うシーンまでやり切ったが。年少の子は泣き止むことはなく、訪れていた観客から受けたのは「いきなり何をしているんだこの子は?」という冷たい視線だけ。


 結果、良かれと思ってやった彼女は大勢の人の前に出ることはもちろんのこと、見ず知らずの人さえ怖くなってしまい。気を許した相手以外とのコミュニケーションが上手く取れなくなった。事件直後は、塞ぎ込んでしまった程に。


「あっ。そ、そうなんだ。ご、ごめん、気を悪くしたかな?」

「ぶんぶん」


 サクラコが恐る恐る謝ると、ヨルカは首を横に振った。

 吃音ではないので全く話せない訳ではないし、こうして仕草や何やらで返事をすることだってできる。向こうの両親にも頼まれておれが励ましたこともあり、何とか普通の生活を送れるレベルには回復している。


 ただまだ、ちょっと怖いだけなんだ。


「んで、まあ、話した通りの事情な訳だけど……ヨルカ。演劇部に入って、くれん? 駄目、だよな」


 おれも恐る恐る、彼女に尋ねた。彼女は一時手芸部に入っていたが程なくして止め、今は帰宅部だ。過去のこともあるが部員として狙い目だったので、説得から始めるつもりだった。

 本来であればサクラコがいない時に彼女と話をし、仮でも良いから入部だけさせておいて。画面越し等で徐々にサクラコを慣らしていき、最終的には対面させ。役者は論外としても、舞台衣装等を担当してもらえたら万々歳だと思っていた。


 が、蓋を開けてみればクソ陽キャの所為で、いきなり顔見せでしたのこの状況。おまけに、かかんでも良い恥までかかせてしまった。オッケーは絶望的だ。


「ごそごそ」


 お饅頭を食べ終わったヨルカがポケットからスマホを取り出すと、右手で勢いよくフリックし始めた。

 直後、おれのスマホが震える。表示された通知欄にあったのは彼女からのチャット。


『別に良いよ』

「マジかよッ!?」


 おれは大声を出さざるを得なかった。


「い、いやお前だって事情がある訳だし。無理しなくても良いんだぞ?」


 再び、ヨルカが指でスマホの表面をなぞっていく。


『ちょっと、びっくりしたけど。良い機会だと思って、頑張る』

「が、頑張るって。お前」

『わたしなら大丈夫』


 チャットを見た後で顔を上げてみると、彼女はとても真剣な顔をしていた。

 もしかしたら彼女は、上手く話せない今を変えたいと思っているのか。元々はみんなの前でふざけるのが好きだった奴だしな。


「本当か? 駄目だったとしても、おれの所為じゃねーからな」

『知ってる。リョウイチの責任逃れは、今に始まったことじゃない』

「責任逃れっつーか事実な。お前の課題だろ」

『そもそもギャルと同室してたリョウイチなんか、アテにしてないから大丈夫。どーせ三十分二万円でしょ?』

「なんの料金設定なんだよ、エンコーだとしてもぼったくり過ぎだろが」

「えっ? えっ? えっ?」

「あっ」


 送られてくるチャットにいつものように返事をしていたら、戸惑っているサクラコの姿が目に入った。

 しくじった、今はこいつがいたんだった。完全にヨルカと二人の時のノリだったわ。


「り、リョウちん先輩。なんか、いつもと、違う?」

「あー、まあ、な。ヨルカは幼馴染だから」

「そ、そーなの? びっくりしちゃった」


 慣れてる人間と慣れてない人間で対応が変わるのは当たり前のことだが、この知能Sサイズはみんなやってることも知らんらしい。

 馬鹿は自分が知ってる範囲内でしか物を考えんから、当然っちゃ当然か。


「……リョウちん先輩、あたしには壁作ってたんだ。で、でも来てくれて嬉しいって言って」

「どうかしたか、サクラコ?」

「っ、ううん、何でもない! ヨルヨル先輩、チャットならお話できる感じ? じゃ~、あたしとも連絡先交換してよ~!」

「こくこく」


 復帰が早いのも、陽キャの強みか。何か言っていた気がしたが、よく聞こえんかった。まあいいや。


「お~、来た来た。え~! なにこのアイコンの服、可愛い!」

『わたしが作ったんです。手芸関係が、趣味で。これは推しのコスプレイヤーさんの、衣装応募用に作ったやつで。多分、当たらないとは思うけど』

「ヨルヨル先輩すご~い! っていうかあたしより先輩なんですから、敬語は止めてくださいよ~」

『ま、まあそのうちに』


 彼女達が連絡先を共有した後、演劇部用にと三人でのトークルームも作った。これで会話が楽になるな。

 その後はおれとサクラコの即興劇(エチュード)をヨルカに見てもらうことになった。喋れない彼女が、舞台に立てる訳もないからな。


 今日は舞台がショッピングモールで、おれ達は買い物に来た兄妹という設定で、服屋をブラついた感じになり。普通に買い物して終わりという、何とも味気ない即興劇(エチュード)になった。


『これは僕たちが兄妹という垣根をこえた禁断の関係に踏み入れる、第一歩だった』

「おい変なエピローグを入れようとするな」

「ヨルヨル先輩おもしろ~い!」


 ヨルカはグループチャットにて酷いコメントを残していた。サクラコは面白がっていたが、彼女が頑張ってサクラコに馴染もうとしている様子が見て取れる。

 おれは幼馴染の頑張りに敬意を払いながら、頑張るのならナレーションくらいならやらせても良いかな、と悪だくみを考えるのだった。多分、断られるけど。

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