01.
菊壽から連絡があったのは、午前七時。
『故・美野川嵐道を偲ぶ会』が始まるのは午前十一時。
まだ、余裕がある。
釆原凰介はベッドにいた。
傍らには妻の維鶴。窓の外は明るいが、二人はベッドに入ったままでいた。
だが、『レブラが姿を現しそうだ』とあっては、起きなくてはならない。
菊壽は同僚の記者で、面白いネタがあればとにかく追うことにしている、という点で、馬が合った。
パパラッチまがいのこともする。お陰で相当煙たがられるが、面白い紙面を作るために出来ることはしておいた方がいい。という理念で、釆原は動くタイプだ。
レンブラントという画家がいた。
一六〇〇年代、光と影の表現が巧みな絵画を作り上げていた人物。
アイドルの『レブラ』はそこから名前を取ったという噂もあるし、そうでないという噂もある。
本名は黒田零乃。
故・美野川嵐道のお気に入りだった。
光と影。レブラはそれを意識していたのだろうか?
「もう起きるよ」
「美野川さんとこに行くの?」
「瀬戸宇治ドームだって」
「分かった。気を付けてね」
言うなり、維鶴はまた布団をかぶった。
釆原はベッドを出て、風呂場へ向かう。
シェービングクリーム。拘りはないが、薬草、例えばカモミール配合のが良いという。
買い足すのを忘れていた。
光と影。交わることはないのだろうか。
アイドルの光の面。レブラの場合。
歌唱力、肢体、顔立ち、ただ身長だけは低かった。
逸材なのは間違いなく、アイドルグループの中心メンバーとして活躍していた。
影の面。まず、レブラは現在活動を休止していることが挙げられる。
その他、女性問題、金の流れ、紙面が好むスキャンダル。
パパラッチがレブラの餌食になったこともある。盗み、乱暴。もちろん噂だが。
キッチンへ。昨日の残りを掻っ込む。
維鶴は何か、自分で作るだろう。パンもジャムもある。
手早く身支度を済ませる。
スーツを着た。シャツは白。ネクタイはなし。
カレンダーでは休みだが、ネタのある日は休みじゃない。
交わることはない。だが、レブラは両方だった。光と影の両方。
それが記者に好まれるところでもあり、警察の対象になるところでもあり、スキャンダルの中心になるところであったのかもしれない。
光と影。白と黒。
釆原はどちらかというと、レブラの『白』の面を記事にすることが多かったが、レブラは一概に記者を嫌っていた。パパラッチなんて以ての外だ。
レブラから見れば記者は一概に影、黒だったろう。
白と黒。光と影。瀬戸宇治ドームは白、そして群がる報道陣やその他は黒だ。
ドームの外には『黒』が屯し、釆原もその中の一点だったのだが、ドームへ脚を踏み入れればそこは白い空間。
だが設営の葬儀屋たちだろうか、てんやわんや、大わらわの状況だった。
偲ぶ会にはまだ時間がある。
実際、釆原の目的は偲ぶ会ではなくレブラだったから、取材を受けている黒装束の美野川一族のことも正直他人事、どうでもよかった。
夫に先立たれた夫人は麗々しさを失わず、黒い衣装も豪華絢爛であることが見て取れる。
妙齢なのだろうがとても若々しく、艶があった。他の一族も同じような感じ。
釆原には他人事だったのだが、夫人の脇に控えていた黒い男はそうではなかったようだ。
彼は釆原の傍へやって来た。釆原は眼をぱちくりする。サングラス越しに。
「記者さんですか?」
「そうだけれど、なに?」
男は釆原より背が低い。ただ、小柄ではない。
肌が浅黒く、頭を刈っている。丸刈りというわけではない。理髪店で言うところの『おしゃれ坊主』の類か。おしゃれなのかどうかは、釆原にはよく分からないが。
とはいえ、声の響きなどから判断するに、二十代半ばだろう。
「一級品なんです」
彼は言うなり、持っていた包みを少し開いてみせる。丸い形が覗いた。金色に輝く。
見たところ贋造品ではないだろうと、釆原は思った。赤い宝玉も目立っている。
「葬儀屋としてのプライドを記事にして欲しいとか、そういう依頼?」
釆原は言った。青年は微笑む。
「いえ、生前の美野川嵐道様の宝物だということを、知っておいていただいた方が良いと思いましてね」
「俺にか?」
お互いに眼をぱちくりやってしまった。だが、大事なものなら言いふらさない方が良いのでは……と、釆原は冷静に頭を回す。
案の定、美野川の夫人が憤然とした様子でやって来て、釆原を睨みつけた。記者はここでも嫌われ者だ。
取り巻きも増えている。釆原から見れば、見目麗しい女性の葬儀屋だった。
黒髪を一つに結わえ、スーツに身を包んでいる。お世辞ではなくスタイルがいい。背丈は低いものの、とても魅力的に釆原の眼には映った。
釆原は彼らの元を離れたが、彼らは焼香台の前へ移動していくようだった。
話題の中心はあの、青年の持っていた香炉のようである。
だが、一向にレブラの姿は見えない。菊壽とも会えず。その点、アイドルの追っかけばかりが眼に入る。