表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/24

01.

菊壽(きくじゅ)から連絡があったのは、午前七時。

『故・美野川嵐道(みのかわらんどう)を偲ぶ会』が始まるのは午前十一時。

まだ、余裕がある。


釆原凰介(うねはらおうすけ)はベッドにいた。

傍らには妻の維鶴(いづる)。窓の外は明るいが、二人はベッドに入ったままでいた。

だが、『レブラが姿を現しそうだ』とあっては、起きなくてはならない。


菊壽は同僚の記者で、面白いネタがあればとにかく追うことにしている、という点で、馬が合った。

パパラッチまがいのこともする。お陰で相当煙たがられるが、面白い紙面を作るために出来ることはしておいた方がいい。という理念で、釆原は動くタイプだ。






レンブラントという画家がいた。

一六〇〇年代、光と影の表現が巧みな絵画を作り上げていた人物。


アイドルの『レブラ』はそこから名前を取ったという噂もあるし、そうでないという噂もある。

本名は黒田零乃(くろだれの)

故・美野川嵐道のお気に入りだった。


光と影。レブラはそれを意識していたのだろうか?






「もう起きるよ」


「美野川さんとこに行くの?」


瀬戸宇治(せとうじ)ドームだって」


「分かった。気を付けてね」


言うなり、維鶴はまた布団をかぶった。




釆原はベッドを出て、風呂場へ向かう。

シェービングクリーム。(こだわり)りはないが、薬草、例えばカモミール配合のが良いという。

買い足すのを忘れていた。






光と影。交わることはないのだろうか。

アイドルの光の面。レブラの場合。

歌唱力、肢体、顔立ち、ただ身長だけは低かった。

逸材なのは間違いなく、アイドルグループの中心メンバーとして活躍していた。


影の面。まず、レブラは現在活動を休止していることが挙げられる。

その他、女性問題、(かね)の流れ、紙面が好むスキャンダル。

パパラッチがレブラの餌食になったこともある。盗み、乱暴。もちろん噂だが。






キッチンへ。昨日の残りを掻っ込む。

維鶴は何か、自分で作るだろう。パンもジャムもある。

手早く身支度を済ませる。

スーツを着た。シャツは白。ネクタイはなし。


カレンダーでは休みだが、ネタのある日は休みじゃない。






交わることはない。だが、レブラは両方だった。光と影の両方。

それが記者に好まれるところでもあり、警察の対象になるところでもあり、スキャンダルの中心になるところであったのかもしれない。


光と影。白と黒。

釆原はどちらかというと、レブラの『白』の面を記事にすることが多かったが、レブラは一概に記者を嫌っていた。パパラッチなんて(もっ)ての(ほか)だ。


レブラから見れば記者は一概に影、黒だったろう。

白と黒。光と影。瀬戸宇治(せとうじ)ドームは白、そして群がる報道陣やその他は黒だ。




ドームの外には『黒』が(たむろ)し、釆原もその中の一点だったのだが、ドームへ脚を踏み入れればそこは白い空間。

だが設営の葬儀屋たちだろうか、てんやわんや、大わらわの状況だった。


偲ぶ会にはまだ時間がある。

実際、釆原の目的は偲ぶ会ではなくレブラだったから、取材を受けている黒装束の美野川一族のことも正直他人事(ひとごと)、どうでもよかった。

夫に先立たれた夫人は麗々しさを失わず、黒い衣装も豪華絢爛であることが見て取れる。

妙齢なのだろうがとても若々しく、艶があった。他の一族も同じような感じ。




釆原には他人事だったのだが、夫人の脇に控えていた黒い男はそうではなかったようだ。

彼は釆原の傍へやって来た。釆原は眼をぱちくりする。サングラス越しに。


「記者さんですか?」


「そうだけれど、なに?」




男は釆原より背が低い。ただ、小柄ではない。

肌が浅黒く、頭を刈っている。丸刈りというわけではない。理髪店で言うところの『おしゃれ坊主』の類か。おしゃれなのかどうかは、釆原にはよく分からないが。

とはいえ、声の響きなどから判断するに、二十代半ばだろう。


「一級品なんです」


彼は言うなり、持っていた包みを少し開いてみせる。丸い形が覗いた。金色に輝く。

見たところ贋造品ではないだろうと、釆原は思った。赤い宝玉も目立っている。


「葬儀屋としてのプライドを記事にして欲しいとか、そういう依頼?」


釆原は言った。青年は微笑む。


「いえ、生前の美野川嵐道様の宝物だということを、知っておいていただいた方が良いと思いましてね」


「俺にか?」




お互いに眼をぱちくりやってしまった。だが、大事なものなら言いふらさない方が良いのでは……と、釆原は冷静に頭を回す。

案の定、美野川の夫人が憤然とした様子でやって来て、釆原を睨みつけた。記者はここでも嫌われ者だ。


取り巻きも増えている。釆原から見れば、見目麗しい女性の葬儀屋だった。

黒髪を一つに結わえ、スーツに身を包んでいる。お世辞ではなくスタイルがいい。背丈は低いものの、とても魅力的に釆原の眼には映った。




釆原は彼らの元を離れたが、彼らは焼香台の前へ移動していくようだった。

話題の中心はあの、青年の持っていた香炉のようである。

だが、一向にレブラの姿は見えない。菊壽とも会えず。その点、アイドルの追っかけばかりが眼に入る。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ