その1
さかさかさのおじいさんの思い出とは?
今はもっぱらスカイツリーでね、東京タワーなんて、古いでしょ。でもねぇ、私が幼い頃、東京タワーって とてもかっこよかったんですよ。 えっ?スカイツリーだってもう10年なんだって? それはそれは。そうですかぁ。私も歳をとるわけですねぇ。東京タワーはオリンピックより前ですものねぇ。あっ、東京オリンピックも2度目ですねぇ。スカイツリーと東京タワーは名前が違うし場所も高さも違いますが、東京オリンピック、前のと今度のとどう区別すればいいのでしょう。
あっ、そうですか、東京タワーができたのは、1958年ですか。調べてくださってありがとうございます。お若い方は、スマホでさっと調べられますものねぇ。私など、ポケットから出して、カバーを開いて、ロックを外して、GOOGLEを立ち上げて、それから入力ペンを出して、ですものねぇ。
でね、東京タワー、私は入園前になるんですねぇ。おやおや、私も歳をとったわけですねぇ。今、令和ですものねぇ。その前が平成でその前が昭和。昭和は長かったですねぇ。え〜と、昭和は西暦から25引けばいいから、東京タワーができたのは昭和33年ですか。昭和は何年まであったんでしたっけ。60年以上ありましたよね。そうですかぁ。昭和の中頃だったのですか。それはそれは、私も歳をとるわけですねぇ。
ご質問は、さかさかさの名前の由来でしたね。どうもね、この歳になると、短期記憶が苦手で、そのくせ、昔のことならいくらでも思い出せるんですよ。ですから一つ思い出すと、ついつい昔話があちらこちらに飛んでしまってね。すみませんねぇ。歳ですねぇ。
あっ、それで東京タワーなんでした。できた当初は混んでいるだろうからと、近くに住んでいたのに、父も母もなかなか連れて行ってくれなくて。で数ヶ月経って、平日でした。幼稚園に通っていた姉が、なぜか家にいたんですが、雨の日で、それならさぞかし空いているだろうと、急遽、母が連れて行ってくれたんですよ、はい、東京タワーに。上に登って、でも、幼児でしょ、背が低いから遠くは見えないんですよ。まぁ、見えたって、自分の家だって上から見たら、小さい子にはわかるわけないですよ。あそこ、ほら、あそこに見えているあの建物が、とか言われたってねぇ、見る角度が違いますからね、母の説明だって意味がわからないわけですよ。で、抱っこされたり足下から見たことで覚えていることと言ったら、渋柿色に黒い目や渦巻きが動いているのばかりだったのです。しばらく見ていて、傘だとはわかったのですが、不思議でしたね。その頃、私は黒い傘でしたし、姉は赤い傘、母の傘は覚えていませんが、それまで見たことのなかった蛇の目ではなかったことだけは確かです。ああいう傘があるってのが不思議でね。普通の傘がない! 黒や赤の傘がない! 変な傘ばっかりだ、って。東京タワーに来たのに、見えるのは知らない変なものばっかりだ、って。
あの時まで、歌の意味がわからなかったことも覚えていますから、家やよく遊びに行く場所や友達の誰それも、ああいう傘は誰も持っていなかったのですよ。歌、ほら、あの歌、もしかしてお若い方は、もう、ご存知ではないのでしょうか。♫ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン♫っての。私、あれの、蛇の目でお迎えの意味がわからなくてね。へびの目なのよ、と言われたって、へびの目なんて見たことありませんでしたし、今だってねぇ、大人になったって、そうは目にしないでしょ。で、蛇の目ってのは傘のことと言われたって、幼い子にわかるわけ、ないですよ。
で、その、東京タワーに初めて行った日が雨だったので、初めて、蛇の目傘の意味がわかったわけです。上から見た傘は、ほとんど蛇の目傘だったんですよ。つまり、へびの目がたくさん。今時、蛇の目傘ってほとんどお目にかからないでしょ。観光地にでも行けば、たまに売っていますっけ。ここにも、置いてないですよ。傘はね、色々進化したんですよ。アイデアルなんてCMもありましたね。ジャンプ傘の走りでした。あの頃は、まだまだ単色。それから柄物が出て、次に大きく変わったのが、100円傘、使い捨てでしょう。コンビニで売っているわけですし。これは、傘屋には痛手でしたね。痛手といえば、国産が減ったこともでしたね。薄利多売はできても、こう、自信を持ってお薦めできるってのがどんどん減って、輸入品との価格差で、なかなかね。気に入った傘だからと、修理に持ち込むお客さん、今もたまにいらっしゃいますが、修理は手間ばかりかかって、儲けは微々たるもので。部品のサイズはなんとか合わせても、心棒が歪んでいたりで、直してもすぐにダメになったと苦情がきますし。もうこの歳ですからね、そろそろ店仕舞いしなくては。
あっ、すみません。店名さかさかさの由来でしたねぇ。歌に出てくる蛇の
目は傘のことなんだと、雨の日に初めて登った東京タワーで上から見て、初めてわかったわけですよ。蛇の目傘が身近になかったので、それまで内側から見たこともなくてね。まぁ、多分に、内側から見ても、幼い子の目には、今度は大きすぎて、目だとは理解できなかったとは思います。で、その時の、傘は、上から見ると、よくわかる、って体験が店名に結びついたのです。
そうそう、女性用の傘に柄物が流行るようになって、でも、相変わらず、男にはつまらないわけですよ。高校の時に初恋の人が雨の日にバス停まで一緒に入る?と誘ってくれてね、相合傘をした時に初めて知ったんですよ。女性の傘って美しいって。小さな花柄の、色使いも3色、4色ぐらいでしたか。あっ、もちろん秘めたる片思いに決まっているじゃないですか。家の奥さんにも平気で話せる古き美しき思い出ですよ。もう半世紀以上前のこと、なのに、いまだに男性の傘は、単色が主流で、色も黒、紺、茶で、たまにワンポイントが入るくらいでしょう。水色ぐらいでも人目を引きますし、暖色系の傘を持ったら、やはり、首を振りますか。でしょう、ピエロか奇人変人扱いですものね。こういうのは男女差別とは言わないですよね。釈然としないものがありますよね。あっ、また話が横道に入ってしまいました。歳のせいですね、なんて、なんでもかんでも歳のせいにできる歳なんですよ。ははは。
謎解きになりましたでしょうか?
次回で完結いたします。
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